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「入国の目的は?」
「商会に品物を売りに来ました。」
「身分証を。」
「どうぞ。」
「ほう。アルテナ商会の奴か。もう何年も見てないからてっきり潰れたもんだと思ってたぜ。新顔だろ?そこに掲示してある注意を読んでおけよ。もし中で問題を起こせばいくら登録証があっても一発追放だってありえるからな。」
「分かりました。」
「よし、窓口で入国税銀貨1人10枚を支払えば審査は終わりだ。」

ふぅ…。
陽が暮れかかって来た頃ようやく城門を抜けるとユウタは大きく息を吐いた。
「さて、商会はどこだ?」
エミルは城の方を指差し、ユウタの袖を引いて歩きだした。

城門から続く大通り沿いには商店が建ち並び、一本道を入ると家々がひしめいている。
中央の城に近づくほど商店もより大きく立派な構えが増えてきた。
商会はそんな城の正門前の大広場に面した位置にあり、豪華な装飾が施された石造りの大きな建物の入り口には既に『CLOSE』の札が掛けられていた。

「商会はもう終わっちゃったみたいだな。とりあえず宿を探すか。」
「宿ある。」
何故かエミルはより興奮したように早足で来た道を戻ると途中で路地に入り、別の通りに出ると慣れた足取りで通りを進んだ。
「ここ。」
看板には『キッチン・マタタビ 1F酒場、2F宿』と書いてあった。
エミルに促されて店に入るといかにも肝っ玉母ちゃんという感じのおばちゃんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。飲みかい?泊まりかい?」
あまりの勢いに戸惑っているとエミルがひょっこり前に出てきて答えた。
「りょーほー。」
「あら、あんたはエミルちゃんだったっけ?ずいぶんごぶさただったじゃないの。久しぶりねぇ。じゃあ裏から上にあがって3号室を使ってちょうだい。」
「わかった。マチルダの店はてんごくなの。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。そろそろ混んでくるから荷物置いたら降りてきなさいね。」
「はーい。」
エミルに急かされて部屋に上がると質素な部屋ではあったがしっかりと掃除がされていてシーツもシワ一つなく完璧なベッドメイクだった。
「ところでエミルが酒場なんて出入りしていいのか?」
「ごーほー。」
「9さいから、みんなオトナ。」
「ちなみにエミルは何歳なんだ?」
「そのしつもんは、命をおびやかす。」
「すみませんでした…。」

店に降りるとカウンター脇のテーブルに通された。
「エミルちゃんはビールだろ?お兄さんは?」
「僕もビールで。」
「あと、ふぃっしゅあんどふぃっしゅとまたたびスペシャルせっとにー、マタタビグラタン。」
お決まりといった感じでエミルは次々と注文すると既に待ちきれないといった感じで目を輝かせながらナイフとフォークを両手で握り、口からはヨダレが垂れかかっていた。

「はいよ、マタタビビールお待ち!」
長い赤髪を三つ編みにした店員さんがビールを運んできてくれた。
「エミルちゃん久しぶりね。お連れのお兄さんははじめましてかな?キッチンマタタビ特製醸造のマタタビビールはマタタビのフレーバーを効かせた珍しいビールだからしっかり味わってってね。」

ドンッ!
「おかわり。」
お姉さんが話し終わると同時にエミルはビールを飲み干しジョッキをテーブルに置いた。
「エミルちゃんったら相変わらずね。すぐにお持ちしますね。」
「ぷはぁ。」
いままで見たことないくらい幸せそうな表情を浮かべるエミルにほっこりした。

「はい、ビールとフィッシュアンドフィッシュね!」
「うひょぉ~」
もはやエミルは完全に自分の世界に入り込んでいた。
店が混んでくるとビールを飲み干すと伝票に正の字を一つ足して自分で樽からビールを注ぐほど手慣れている。

ビール樽から一番近いこのテーブルに通されたのも納得だった。
次々と運ばれてくる料理もまた端からエミルのお腹に吸い込まれて行く。
ポルトールを出てあれだけ必死にここまで走ったのもこれを楽しみにしていたんだろうと思うと欲望に素直過ぎるエミルが羨ましかった。

グツグツとまだ煮立っているグラタンがくると勢いよく全体をふーふーしてはスプーンの先でホワイトソースを少し掬って舐めて温度を確認するも熱すぎて慌ててビールを流し込むループを10回は繰り返していた。
「グラタン熱くて食べらんないんだろ?皿に取り分ければ冷めやすくなるぞ。」
おぉ!というふうにエミルはユウタを見つめると皿を渡してきた。
取り分けろ。ってことらしい。

そこに一段落したのかマチルダがやってきた。
「どうだい?エミルちゃん。お味の方は。」

「もうね、しあわせなの。」
「しあわせ以上のことばある?」
「最高級のしあわせ!」

「まったく、嬉しいじゃないねぇ。もうすぐライギョの素揚げができるからちょっと待ってね。エミルちゃんに特別サービス。」

「マチルダ、けっこんしないか!」

「あらやだもらってくれんのかい?」

「僕についてこーい!」

大笑いでマチルダはキッチンに戻って行った。
入れ替わるように腕に錨のマークを彫った大男がデカい皿を抱えてやってきた。
「よぉ、エミル。サービスだ。」
「せんちょ、ありがと!」
「のみくらべ、する?」
「おう。客が落ち着いたら久々にやるか。」
「きょうこそ勝つ!」
「そういえば前回は店のビール全部飲み干して引き分けだったな。今日こそ甲乙つけようぜ。」
エミルがグッと親指を立てると大男も仕事に戻った。


揚がったライギョにかかったソースの香ばしさが漂ってくる。
エミルは大きなライギョの頭と尻尾を掴むとそのまま貪った。
器用に骨を避けて頭から尻尾へ、ひっくり返すと尻尾から頭へ。みるみるライギョは骨だけにされてしまった。

すると、マチルダと大男と三つ編みの店員さんが両手に大量のジョッキを持って押しかけてきた。

「さぁ、オレとエミルの飲み比べスタートだ!」
待ってましたとばかりにエミルは片っ端からジョッキを空けていく。
もはや飲む。という行為ではなく、口から腹へと流し込んでいるようなスピードで吸い込まれて行った。
大男もそんなエミルに負けないスピードで空けるとマチルダが空いたジョッキを下げ、新しいジョッキをどんどん2人の前に置いていった。

そんな2人を見ていたら、隣に三つ編みの店員さんが来て話しかけてきた。
「私はマチルダの娘でマルタ。あの大男は父で元漁師で今はここのオーナー兼料理人のアンドレ。そしてあなたは?」
「僕はユウタといいます。アルテナ商会からこちらの商会に荷物を持ってきました。」
「あら、ポルトールから来たのね。父も昔はポルトールで漁師をしていたらしいわ。でも、街が衰退してしまって漁師仕事じゃ食べられなくなったからってシュクメリアに来てこのお店と宿を始めたの。来た当初は私はまだ小さくてあまり覚えてないんだけどね。」
「そうだったんですか。シュクメリアはとても活気があっていいですよね。」
「最近はめっきりポルトールからのお客さんなんて居なかったから本当に嬉しいわ。父もポルトールの魚が入ってくればもっと美味しい料理を出せるのにっていつも言ってるもの。」
「こっちに魚は入ってないんですか?」
「一応淡水魚と他の港町から加工されたお魚は入ってきてはいるんだけど、新鮮な海のお魚はやっぱりこちらから港町に行ってじゃないと中々食べられないから。」
「またこちらに来ることもあると思うので、その時は持ってきますね。」
「あら楽しみ。お願いしますね。」
「ところで…」

その瞬間、ドタンと倒れる大きな音がした。
目をやるとアンドレさんが床にひっくり返っていた。

「112たい109で、エミルのかちー!」
「はっ!?マルタさんと話してたこの僅かな時間でそんなに!?」
マチルダも肩を回しながら奥から出てきた。
「あら、うちの海坊主ったら負けちまったねぇ。」
「よし、海坊主はこのまま寝かしといて、マルタ。片付けちゃおうかね。」
「分かった。」
「僕も手伝います。」
「ありがとね、じゃあこれでテーブルを拭いてくれるかい。」
「はい。」

マルタは飲み干したジョッキや皿の載ったテーブルの前に立つと両手を掬うように動かした。
するとジョッキも皿も浮き上がり、流しに向って整列しながら進んで行った。
一方マチルダは流しの前に立つと食器たちを囲うように両手を動かした。
すると食器たちが水に包まれ、中で湧き起こる水流で洗われていく。洗い終わった食器から順に水の中を出ると、すっかり乾いていて自分から棚へと戻って行った。

その光景にユウタは感嘆した。
「マチルダさんもマルタさんもすごい!」
「こんな魔法の使い方があるんですね。」

「そうねぇ、この街だと他にもう魔法を使える人は居ないからおいそれと人前では使えないけれどね。家族だけで切り盛り出来るのもアルテナ様のおかげよ。」
すっかり片付けが終わるとエミルは椅子にかけたまま眠り、マチルダとマルタは戻ってきて椅子にかけて話しを続けた。
「最近のエミルちゃんはどう?元気にしてた?」
「えぇ、相変わらず食欲と元気は有り余ってるみたいです。」
「なら良かった。前はよくうちに通ってきてくれてたんだけど、シュクメリアに獣人族の入国禁止が決まってからめっきり顔を見せなくなってしまってね。だから今日は本当に嬉しかったのよ。また商会に荷物を持ってくることもあるでしょう?その時はまたエミルちゃんも連れてきてあげてね。それと出来たらお魚も仕入れさせて欲しいわ。」
「もちろんです。魚はさっきマルタさんとお約束したので必ずお待ちします。」
「それは楽しみね。うちの海坊主もきっと喜ぶわ。」

「さてと、遅くなっちゃったし今夜はお開きにしましょうか。」
「はい、ごちそうさまでした。」
ユウタはエミルを抱え上げると店を出た。

エミルの身体はとても華奢で軽かった。
この身体のどこにあんな力があるのか不思議だったが、満足そうに眠るエミルの寝顔を見たら今はただ休ませてあげようとベッドに寝かせた。

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