漆黒の闇に

わだすう

文字の大きさ
11 / 31

11,爆発

しおりを挟む
 シオンはこの1か月のモヤモヤした気持ちを晴らしたかった。どうしたら、サンカは自分を受け入れてくれるのか。そして、王は何を言いたかったのか。今、あの公園なら、サンカと王と3人で話が出来る。城だとどうしても邪魔が入ってしまうから。ふたりは話を聞いて答えてくれるかと、流れる車窓の景色を見つめた。



 街に着き、シオンはバスを降りた。5分も歩けばあの公園に着く。早く会いたい。シオンは足を早めた。その時

「!!?」

 激しい爆発音。地震かのように建物が、足元が揺れ、立っていられなくて地面に座り込む。

「な、に…?」

 揺れがおさまり、シオンはおそるおそる顔を上げる。土埃が舞う視界の向こう、真っ黒い煙が立ち上っている。

 公園だ…!

 その場所があの公園だと気づき、何事かとざわつく周りの人々を縫い、走り出した。





 シオンが公園に着くと、すでに街の人々が集まり始めていた。その人々の間から見えた公園の様に言葉を失う。緑に囲まれ、広く美しかった公園は一変していた。敷地の半分以上が深くえぐれ、緑の木々も街灯もベンチも跡形もなくなっていた。
 聞いたことのない爆音。見たことのない黒い煙。初めて嗅ぐ火薬の臭い。武器も爆薬もないウェア王国では、こんな大規模な爆発を起こせるような物は存在しない。それでも、集まった街の人々は危険だということはわかり、近づくことも出来ずにただ戸惑う。

「サンカ…っ!」
「おい、君!危ないぞ!!」
「離して!!」

 シオンは引き止める男性を振り切り、公園の敷地にかけ込む。サンカと王がここにいるはず。キョロキョロと周りを見渡し、散らばっている残骸を見てまわる。

「あ…!」

 敷地の隅、見覚えのある木片が目に入る。見る影もないが、あの時、座って休んだベンチのもの。シオンはそれにかけ寄る。

「サンカ!王さま…っ!」

 地面にめり込んだ大きな木片をつかみ、なんとか押して退かすと、土埃にまみれた、見慣れた黒髪と黒いコートが現れる。

「サンカ!!」

 やはり、サンカはここにいた。シオンが叫ぶと、うつ伏せた身体が動き、パラパラと木片や小石が落ちる。

「ぅ…シオン、か…?」

 サンカはうめきながら、血と土埃で汚れた顔を上げた。

「なん、で…ここに…」
「サンカ!大丈夫?!どうして、こんな…っ!?」

 城にいるはずの弟がいることに驚くサンカの横に、シオンは泣きそうになりながら膝をつく。

「ぐ…多分、この前の奴らの残党だ。チッ…クソが」
「あっ!王さま…っ」

 舌打ちして身体をずらしたサンカの下には、ウェア王が横たわっていた。目を閉じ、ピクリとも動かない。
 さっきの爆発は1か月前に捕らえた外国人らの残党によるものだろうと、サンカは考えていた。おそらくベンチ付近に爆発物が仕掛けてあり、時限式か遠隔操作かわからないが、王を狙ったものなのは間違いない。

「気ぃ失ってるだけだ…。シオン、今すぐ、この人を連れて逃げろ」
「逃げ…?何で…?」

 何故逃げるのか、シオンはわからずにサンカを見つめる。

「奴ら、俺とこの人が生きてっか見に来るはずだ。その前に逃げねぇと…っ」
「ぼ、僕ひとりじゃ無理だよっ。サンカも、一緒に…!」
「俺はもう、動けねぇ」
「え…?」

 サンカの目線を追い、シオンはうつ伏せたままの彼の足元を見る。

「…っ!!あ、あぁ…っ?!」

 サンカの両足はなくなっていた。護衛の象徴、黒いコートと共に膝から下が千切れ、赤黒い血溜まりを地面に作っていた。千切れた先はどこにあるかすらわからない。シオンは一気に血の気が引き、ガクガクと身体を震わせる。

「な?だから、お前が…」
「や、ヤダよ!サンカもっ、サンカも一緒に行こう!!」

 あまりの状態に混乱し、ブンブンと首を横に振る。

「言っただろ?俺は王室護衛だ。この人を守るためなら、命も惜しくねぇ」
「ヤダ!ヤダ…っ!」

 違うと言いたい、サンカの命は王のものじゃないと訴えたい。この現実を見たくなくて、目をつぶり、耳をふさぐ。

「シオン!!」
「!!」

 サンカが名を叫び、シオンはビクッと身体を強ばらす。

「このままじゃ、俺どころか、この人も、お前まで殺される!!それでいいのか?!」
「…っ」

 みんな、殺される。サンカの言葉がシオンを現実に引き戻す。

「この人はまだこの国に必要だ。お前も死なせられねぇ。だから、頼む」
「あ、ぅ…」

 優しくなった声色に、シオンの左目からポロポロと涙があふれ出る。

「シオン、顔…見せろ」
「ひ…っう、ぅぐ…っ」

 サンカはなんとか肘で身体を支え、泣きじゃくるシオンの顔に手を伸ばす。

「俺をお前の兄貴にしてくれて、ありがとうな。お前は俺の…この世で一番大切な弟だ」

 流れる涙を拭ってやり、頭をくしゃくしゃなで、にっと笑う。

「サンカ…っ」

 大好きな兄の、あたたかい手と笑顔。シオンはその血だらけの手をぎゅっと握った。

「シオン、急げ。城に戻って、助けを呼べ。出来るな?」

 サンカは近づいてくる複数の悪意ある気配を感じ、シオンを急かす。

「うん…っ!」

 シオンは涙をこらえ、気絶している王の腕を持ち上げて肩にかける。

「待ってて、サンカ!僕、絶対、助けを呼んでくるから!」

 王を探しているレイニーやシャウアに知らせれば、サンカも助けられる。いつも助けてくれた兄を、今度は自分が助けるのだ。シオンは力強く言い、背負った王の足を引きずりながらよろよろと歩いて行く。

「ああ」

 サンカは笑み、その背を見送った。

「…ふぅー」

 シオンが公園を出たのを見送ると、サンカは大きく息を吐く。後は少しでも時間稼ぎが出来れば、シオンと王は大丈夫だろうと安堵する。

「ゲぇ…っがはっ!!」

 そして、顔を歪め、咳き込むと大量に吐血する。爆発で足だけでなく、内臓も激しく損傷していた。いくら金眼の血縁でも治療が不可能なレベルだという自覚もある。震える肘で身体を持ち上げ、ごろんと仰向けに寝転がる。抜けるような青空。それを隠す影が、サンカの視界に入ってくる。

「すげー…生きてんのか?」
「どれだけ頑丈なんだよ」

 驚きを口々に話しながら、10人ほどの外国人がぞろぞろやって来ると、サンカの周りを取り囲む。

「…」

 ヒューヒューとやっと呼吸を保ち、サンカは彼らに目だけを向ける。顔立ちを見て、1か月前に捕らえた者たちの残党だと確信する。

「列車ごと何十人も殺った爆弾と同じヤツだぜ?」
「…!」

 8年前、サンカの家族を襲ったトロッコ列車の爆破事件。外国人が関わっていると考えられていたが、まさかそれも彼らの仕業だとは。

「は、そっか…アレも、お前らか…」

 サンカは運命的と言えるような偶然に苦笑いする。

「うお、しかもしゃべれんのか!信じられねえ」

 虫の息だと思っていたサンカの声を聞き、彼らは引くほど驚く。

「王室護衛ナメんな。クソが」

 サンカはギロリと彼らをにらむ。

「ふん…話せるなら、答えてもらおうか。ウェア王はどこだ?」
「死体がないってことは、お前が逃したんだろ?」

 彼らは仲間が捕まり、もう王が死んでも構わないと半ばヤケクソで爆弾を仕掛けた。しかし、生きているなら本来の目的の金眼を奪ってやろうと、サンカに拳銃を突きつける。

「へ…っバーカ。答えると思ってんのか?アタマ湧いてんな」

 拳銃などに怯むサンカではない。瀕死とは思えない言い草で、彼らを煽る。

「チッ…いちいち腹立つ奴だな…!」
「別にいいさ。そう遠くには行ってないだろ。すぐに見つかる」
「そうだな。で、こいつはどうする?」
「放っておいても死ぬだろうが…仲間をやられた恨みは晴らさないとな」

 彼らはニヤリと笑み、冷たい銃口をサンカの額に押し当てた。

「…」

 終わり、か。サンカはもうかすんで見えない目を閉じる。
 王は怪我をしなかっただろうか。突然の爆発に自分を助けた父親のようには出来ず、この身体を盾にすることが精一杯だった。王室護衛として不甲斐なかったと思う。
 それから、シオンにはかわいそうなことをした。最期の会話が、あんな無理難題を背負わせるものになってしまった。それに『目的』は結局果たせず、望みにも応えられなかった。それでも、弟は、シオンはこんな自分を一生懸命愛してくれた。何もかも失った自分を救ってくれた、綺麗でかわいい弟。
 もっと素直にこう言えたら、シオンは喜んでくれただろうか。

「俺も、愛してる…シオン」

 乾いた銃声が、青空に響き渡った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可
BL
呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...