漆黒の闇に

わだすう

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20,弱い

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「…痛」

 目を覚ましたシオンは起き上がり、痛む頭を押さえる。今いるのは自室のベッドの上。記憶が飛んでいて、どうやって帰ってきたのかわからず呆然とする。
 けれど、懐かしい感触が残っていた。生まれ育った街で、両親の待つ自宅へ、大好きな兄に背負われて帰った幸せな記憶。もう二度と味わえないはずなのに。なんて残酷な夢だと、自嘲した。





「あら、シオン君起きたの」

 シオンは着崩れていた服を直し、自室を出ると通りかかった使用人が話しかけてくる。

「大丈夫?お水持ってきましょうか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」

 シオンは微笑んで頭を下げる。

「下でお友達が待っていますよ」
「友達?」
「あなたを送ってくれた、赤い髪の子よ」







 応接間に入ると、赤い短髪の幼なじみが顔を上げる。

「クラウド」

 『友達』はやはり彼かと、シオンは名を呼ぶ。

「ああ、大丈夫か?」
「はい。僕を送ってくれたそうですね。ありがとうございます」

 クラウドの向かいに座り、シオンは礼を言う。

「…うん」

 色々と文句を言いたかったクラウドだが、素直に礼を言われて拍子抜けする。今でこそ完璧でいけ好かない奴だが、4年前までは何かと助けてやり、こうして感謝されたことを思い出す。

「シオン君もどうぞ」
「ありがとうございます」

 使用人は淹れ直したお茶をふたりの前に置き、応接間を出て行った。

「僕はいつの間に眠ってしまったのでしょう。全く記憶にないのですが…」

 ふたりだけになった応接間で、シオンはまだ痛む頭を押さえる。冗談でなく、本当に飲酒で記憶を飛ばしたのかとクラウドは驚き天を仰ぐ。あの鬼のような先輩護衛たちの様子を見たら、下手に本当のことを話さず、何もわからない方がいいのではと思った。

「あ、あー…疲れてたんだろ。あんまり無理するなよ?」
「…はい」

 濁すようにティーカップに口をつけるクラウドを見て、釈然としないがシオンもカップを手に取った。

「ところでさ、王子は何歳だ?」
「5歳になられました」
「12歳差か。悪くないな」
「何を考えているのですか」

 かわいらしい王子の姿を思い出し、ニヤニヤと笑む幼なじみをジロリとにらんだ。







 シオンはクラウドを送迎車に乗せて送り出した後、再び自室に向かっていた。

「「シオン」」
「レイニーさん、シャウアさん」

 自室のある4階の廊下に、双子の護衛長が待ち構えていたかのように立っている。

「お疲れさまです。お休みをいただいてすみませんでした。着替えてきま…っ?!」

 ペコリと頭を下げたシオンの肩を、ふたりは同時につかむと壁に背を押しつけた。何事かと、シオンは驚いてふたりを見つめる。

「何で、あんなになるまで飲んだ?」
「え?」
「酒に弱い自覚はあるだろう?お前なら自制出来ると思って参加させたんだぞ」
「酒…?」

 一体何の話なのか。ふたりとも怒りをこらえているのはヒシヒシと伝わってくるが、理由がわからない。

「すすめられたからって、調子にのって飲んだのか?」
「いくら恒例行事だって言っても、そこまでハメ外していい訳がない」

 学校での懇親会のことだとシオンは察する。

「いいえ、飲酒はしてな…ぁ…」

 飲酒した覚えはなく否定しようとするが、男子生徒たちと話し、もらった飲み物に口をつけたあたりから記憶が途切れていることを思い出す。まさか、あの飲み物が酒だったのか。

「心当たりありそうだな」
「…」

 黙ってしまったシオンの様子を見て、レイニーは図星かと確信する。

「はぁー…っ何考えてんだシオン!お前、襲われたらどうする気だったんだよ?!」
「お前がいくら強くても、意識失ってたら誰でも容易に襲えるんだぞ」
「忘れるな!お前は『金眼保有者』なんだ!!」
「保有者は相手を狂わせ、犯し尽くされるんだ。お前は身をもって知っているだろう」

 レイニーとシャウアはグッとシオンの肩をつかみ、交互に叱咤する。どんなに戦闘能力が高くとも、シオンはふたりにとって守らなければならない『金眼保有者』なのだ。

「…っ」

 『金眼保有者』。その証の眼を失ったとはいえ、自分のルーツを忘れるはずがない。フラッシュバックする右眼をえぐり取られた激痛、犯される嫌悪、恐怖。そして、それに引きずられるように鮮明に蘇る、血にまみれた自分の拳と変わり果てた兄の姿。
 シオンはヒュッと息を飲み、ふらついてがくんと膝を折る。

「「シオン?!」」

 ふたりは慌ててシオンを支える。

「はぁっ…す、みませ…っはぁ…っ!」

 呼吸がうまく出来ない。苦しい。シオンは胸と口元を押さえ、必死に息を吐く。

「…っ過呼吸か?落ち着け、シオン!」
「すまない、シオン。責め過ぎた。ゆっくり息をしろ」
「はぁ…!は、はぁ…っ」

 ふたりは生理的な涙を流して震える弟分を横にして抱き、落ち着かせようと声をかける。

「シャウア、医務室行くぞ!」
「ああ。酒も飲んでいるし、診てもらった方がいい」

 レイニーはシオンを抱き上げ、シャウアと共に医務室へと走った。









「ごめんな、シオン」
「つらかったろう。本当にすまない」

 医務室のベッドに寝かせたシオンに寄り添い、レイニーとシャウアは何度も謝罪していた。シオンの話を聞き、すすんで飲酒したのではないとわかったからだ。
 それから、王室お抱えの医師によると、金眼の力で毒物や薬物に耐性のあるシオンだが、アルコールにだけ極端に弱い体質とのこと。原因不明で医師も首をかしげていた。
 双子も以前、シオンが酒を使ったケーキの香りだけで気持ち悪くなっていたのを見ており、普通よりは酒に弱いのだろうとは思っていた。だが、ウェア人は酒豪なのが普通で、まさかひと口で酩酊するほどだとは思いもしなかった。(なので、男子生徒たちもクラウドもめちゃくちゃ驚いた)

「いいえ…僕に自覚が足りなかっただけです。ご心配かけて申し訳ありません…」

 わからなかったとはいえ、禁止されている飲酒をしてしまったのは事実。シオンはまだ青白い顔で謝り、目を伏せる。

「任務はしばらく休め」
「そうだな。式典当日まで休めばいい」
「そんな訳には…。もう大丈夫です」
「まだ起きるな!」

 起き上がろうとするシオンをふたりは止める。

「ですが、王子のお部屋に行かないと…」

 学校に行く予定ではなかったので、任務の合間に王子と遊ぶ約束をしていたことを思い出したのだ。

「王子には俺たちからお話ししておく。心配するな」
「…はい」

 ふたりから頭とほほをなでられ、力なく返事をする。

「ところで、お前に酒を飲ませたのはどこの誰だ?」
「え?」
「「丁重に礼をしてやらないとな…!!」」
「やめてください…」

 また鬼の形相になるふたりを苦笑いして止めた。










「シオン…どこ…?」

 同刻、ティリアス王子は広い廊下をトコトコと歩いていた。護衛長ふたりに一度自室に戻されたが、シオンがいつまで待っても来ないことにしびれを切らし、また自室を出たのだ。生まれてからずっと城にいるとはいえ自室にいることがほとんどで、城内を把握しきれてはいない。シオンのいる場所の検討もつかず、泣きそうになりながら大好きな人を探していた。

「おや」

 キョロキョロしながら歩く王子に気づいたのは、客間の扉から顔をのぞかせたメンバル王。ウェア王との会食を終え、宿泊する客間でくつろいでいたところだった。

「君はティリアス王子だね。父上とよく似ている」
「だれ…っ?」

 メンバル王が声をかけると、王子はビクッと警戒して見上げる。何度か王国を訪問している王だが、王子と顔を合わせたことはなかった。

「私は君の父上の友達だ」
「とうさまの、ともだち…」

 『友達』という言葉に、王子は少し警戒をとく。

「ここで何をしているのかな?」
「シオンがね、いないの。あそぶやくそくしたのに…」
「シオン?」

 メンバル王は会食中に話した、王室護衛のひとりを思い出す。

「ああ、あの若い護衛の…。彼は学校に行くと言っていたよ」
「でも、でもね、あそぶって」
「では、私と遊ぼうか」
「えっ?」

 思わぬ提案に、王子は金色の目を丸くした。








「どこ行ったんだ?王子は…っ!」
「城からは出ておられないはずだ。くまなく探せば…」

 王子の自室に行ったレイニーとシャウアは王子がまたいなくなったと、使用人から報告を受けた。まだ5歳とはいえ、彼は大事な次期国王陛下。一時でも所在不明には出来ない。王子を探して廊下を進んでいると、VIP用の客間がある方からにぎやかな笑い声が聴こえてくる。

「つかまえたーっ」
「はははっ!速いな、ティリアスは」
「つぎはおじさまだよ!」
「よし、10数えるぞ。いーち、にーい…」
「わぁーっ!」

 ふたりの目に入ったのは広い廊下で追いかけっこをする、幼い少年と中年の男。

「「…」」

 親子なら微笑ましい光景だが、まだ対面を許可していないはずの我が国の次期国王と友好国の王である。しかし、あまりに楽しそうで声をかけるのもためらわれる。

「おい、こういう場合はどうすればいい?」
「俺に聞くな」

 シャウアに肘でつつかれても、レイニーは判断出来なかった。
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