漆黒の闇に

わだすう

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22,指名

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「ミノル様、一体何をなさったのですか?」

 シャウアが聞く。

「私の血気を入れたんだ。ただ私が貧血気味になるから休憩が必要だがな…」と、実は真っ青になった顔色で苦笑いする。

 先ほどのキスは『血気』を操る術。シオンに伝授した『結界』と同じく、城野家に代々伝わる術のひとつだ。口を介し、術者の血気を相手に入れたり、相手のものを吸い取ったりすることが出来る。多量に失血してしまった者に施せば新たな血液を作り、失血を補うことが可能だ。

「だ、大丈夫ですか?!」
「こちらでお休みになってください」
「ありがとう…」

 ふらつく実をレイニーとシャウアは慌てて支え、医務室の空いているベッドへ促す。

「飲み物を用意してくる!」
「ああ、大臣にも知らせておく。シオン、ミノル様のおそばにいてくれ」
「…」

 シオンはバタバタとその場を離れていく双子の話を聞いているのか否か、返事もせずに実の寝るベッドに近づく。

「ミノル様」
「シオン君…すまないな。情けないところを見せて…」

 実はふうと息を吐き、シオンを見上げる。

「先ほどのも『術』ですか」
「ああ、そうだが…」
「教えていただけませんか」
「これを君に伝えるつもりは…」
「お願いします」

 シオンは頭を下げる。
 『血気』の術は『結界』と比べて守ることに特化しているものではなく、戦闘にも使えない。先ほどのように医療技術として使えなくもないが、今は普通に輸血も出来る。また、口を介さなければならないのもあり、実は後継の息子にも拒否されれば伝える気がなかった。

「見ていただろう?口を介するんだ。それにリスクもある。『結界』ほど役立つものではないぞ」
「構いません。お願いします」

 当然、シオンに伝える気もないが、彼は表情なく頭を下げたまま引く様子がない。実が折れるまで、シオンは頭を下げ続けた。








「昼間は大変だったんだってね」
「ああ…怪我人まで出してしまって、本当に申し訳ない」

 その日の夕方。ウェア王とメンバル王は夕食を共にしていた。

「君は悪くないよ」
「ありがとう」

 ウェア王に穏やかに微笑まれ、メンバル王は心苦しさが少し和らいだ。
 昼間、捕らえた狙撃手はメンバル王を暗殺すべくメンバル王国に雇われたと自白していた。海を渡り、海岸から密入国したらしい。

「そうだ。お詫びと言ってはなんだが、守ってくれた護衛たちに礼をしたい」
「そんな必要はないよ。彼らの仕事なんだから」
「それでは私の気が済まない。ならば…あの、若い護衛のシオン君…と言ったか。彼だけでもいい。礼をさせてくれないか」
「シオンに?」

 シオンの名が出たことで、ウェア王はメンバル王の内心に勘づく。

「まだ学生なんだろう?にも関わらず身体を…命を張って守ってくれたんだ。ぜひ労いたい」
「…」

 そう話すメンバル王の表情は恋心を秘めた若者かのようで。もう何を言っても引かないだろうとウェア王は思う。十年以上の付き合いで、一度決めたらテコでも折れない彼の性格はよくわかっている。

「構わないけど…無理強いはしないでね。シオンは私にとっても大切なコなんだよ」
「もちろんだ。彼が嫌がることはしない」

 諦めたように了承するウェア王に、メンバル王は笑顔でうなずく。

「私が相手するだけでは不満なんだね」

 嬉しそうな彼を見ながら、ウェア王はボソッとつぶやく。

「うん?何か言ったか」
「何でもないよ」

 首を振り、グラスを口に運ぶ。「ごめんね、シオン」と思いながら。










 その夜。

「よく来てくれた、シオン君」

 メンバル王の宿泊する客間をシオンは訪ねていた。扉を開けると王は微笑み、ソファーから立ち上がる。

「座りなさい」
「いいえ、ここで構いません」

 向かいのソファーを指されるが、シオンは閉めた扉前に立つ。

「そこでは話もよく聞こえない。こちらへ来て座りなさい」
「…はい」

 何度も拒否することは出来ない。シオンは扉から離れ「失礼します」と、向かいのソファーに浅く腰かけた。

「君は17歳だったね。改めて見ると大人びているな。そのサングラスのせいか」
「…」
「外して、顔を見せてくれないか」
「申し訳ありません。出来ません」

 シオンは頭を下げる。護衛になってから、レイニーとシャウアの前で以外、自らサングラスを外したことはなかった。

「何故だ?…そうか、その目のせいか?」

 右目を指され、ぴくっと膝上の拳が動く。

「8年ほど前だったか、ウェア王が幼い子どもの眼と家族を失わせてしまったと懺悔のように話したことがあった。君のことではないか?」
「…」
「話したくないなら構わない。辛いことだろうからな」

 黙っているシオンを見て、メンバル王は深く腰かけたソファーに背を預ける。

「ならば、命令だ。外しなさい」

 そして、両手を組むと口調を強めて命じた。

「…はい」

 一国を治める王らしい威厳と、有無を言わせない威圧感。これ以上の拒否は機嫌を損ねさせるだけでは済まないと思い、シオンは仕方なくサングラスを外した。顔をあげ、伏せていた左目をゆっくりと開く。

「やはり、美しい…。隠す必要などないではないか」

 あらわになる、惚れ惚れとするような端正な顔立ち。王は感嘆の吐息をもらし、前のめりになってシオンを見つめる。

「その青布も外せるか」
「これは…」
「ウェア王に忠誠を誓った証、なのだろう?今、君の前にいるのはウェア王ではないぞ」
「…はい」

 屁理屈だが、もう拒否は出来そうにない。シオンはため息を抑え、頭を覆っている青布をシュルっと外す。サラサラとした薄紫色の髪がほほに流れ、ますます美しさが際立つ。

「君も飲まないか?ああ、確かこの国は学生は飲酒禁止だったか」

 メンバル王は上機嫌な様子で、テーブル上の新しいグラスを手に取る。

「陛下、何故僕をご指名になったのですか」

 ウェア王に命じられてここに来たシオンだが、何故自分が名指しされたのかはわからなかった。ただ、ウェア王が申し訳なさそうにしていたので、なんとなく嫌な予感はしている。

「ウェア王から聞いただろう?君と話をしたかった。昼間の礼も兼ねてな」

 と、王は新しいグラスにフルーツジュースを注ぎ、シオンの前に置く。

「我々は当然の職務を遂行したまでです。礼にはおよびません」
「真面目だな。君は学生だろう?それらしさを見たい」
「僕にはあなたを楽しませるようなお話は出来ません」
「はっはっは…そんな必要はない」

 愉快そうに笑い、自分のグラスにはワインを注ぐ。

「そうだな。学校生活の話を聞きたい。勉強は好きか?」
「はい」
「力を入れている教科は何だ?」
「え…と、数学…と古文にも興味があります」

 シオンは王に聞かれるまま答え、王はそれを肴にワインを飲み、シオンの美しさを堪能した。

 メンバル王がシオンに興味を持ったのは昼間、シューカ街で狙撃された時だ。身体を張って覆いかぶさり守ってくれた、顔を隠した若い護衛。他の3人の護衛にももちろん感謝しているが、素顔のわからないシオンにはそれ以上の興味が湧いた。きっと彼は美しい。それを確かめたくて、強引にウェア王に頼んだのだ。
 メンバル王が平和主義でウェア王と考えが合うのも嘘ではないが、根本的に彼はウェア王を含め、美しいものが好きなのだ。『金眼』についても奪い取って愛でる気はなく、ウェア王が金眼であってこそ美しいと思っている。



「今日はいい夜だ。シオン君、酔い醒ましに外へ出ないか」

 しばらくして、メンバル王は機嫌よく窓の外を指す。テーブル上のワインのビンはほとんど空で、すっかり酔いが回っているようだ。

「陛下、それはなりません」

 シオンはぎょっとして止める。

「昼間の狙撃を気にしているのか?この城ほど防衛に優れた場所はないだろう?」
「ですが…っ」

 王はふらっと立ち上がり、焦るシオンの手をつかむ。強引に立ち上がらせ、バルコニーへと向かった。





 その頃。

「クソ~…っ聴こえない…!」
「この客間は広いからな。奥に行かれると無理だ」

 メンバル王の客間前にはレイニーとシャウアが張り付いていた。中の様子を少しでもうかがおうと必死に耳を扉にくっつける。

「護衛長。ご心配なさらなくても大丈夫ですよ」
「シオンは普段から礼儀正しいですし、失礼なことはしませんよ」

 そんな護衛長ふたりをなだめるのは客間前に立つ護衛ふたり。昼間のこともあり、他にメンバル王暗殺目的で密入国した者がいる可能性もあるため、警備を強化しているのだ。城外でも数人、護衛が見回りをしている。

「そんなことは心配していない」
「え?」

 てっきりシオンが王に無礼をはたらかないか心配していると思っていた護衛たちは、シャウアの否定に首をかしげる。

「シオンを名指ししたということは下心があるに決まってるだろがぁああっ!!」

 レイニーが叫ぶ。

「王陛下相手ではシオンも拒否出来ないだろう。事が起こる前に防ぐのが俺たちの役目だ」

 この双子は君主の客人をそういう目で見ているらしい。過保護というより被害妄想に近い。

「「わかったら、黙ってろ…!!」」
「…はい」

 同時にすごまれ、護衛たちは考えることを止めて前に向き直った。
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