漆黒の闇に

わだすう

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23,狙撃、再び

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「気持ちのよい風だ」

 夜のひんやりとした風がバルコニーを吹き抜け、酒でほてる王の顔を心地よくくすぐる。6階にあるVIP用の客間は広いバルコニーが設備されていて、城周りの深い森とその先のシューカ街まで見渡せる。

「…」

 強引にそこへ連れ出されたシオンは焦燥する気持ちを抑え、そんな王を見つめる。いくら鉄壁をほこるウェア城でも室内にいるのとバルコニーにいるのとでは安全性にかなりの差がある。今のところ悪意ある気配は感じないが、危険であることに変わりはない。

「シオン君、こちらに来なさい」

 王はシオンに手を差し出す。

「お部屋に戻りましょう、陛下」
「つれないことを言うな」

 室内に促そうとするシオンの手を握り、ぐいっと引き寄せる。

「陛下…」

 手を胸元で握ったまま、じっと顔を見つめられ、シオンはそろそろと目を反らす。苦手な酒の匂いが鼻をつき、めまいがしそうでグッとこらえる。

「君は、本当に美しい…」

 王は改めて感嘆すると、シオンのほほに顔を近づける。

「っ!へい、か…っ」

 シオンはさすがに離れようとするが、酒の匂いをまともに吸い込んでしまう。眼前がぐらりと揺れ、思わず王の袖をぎゅっとつかむ。

「ん…!」

 ちゅ…と王の唇がほほをついばみ、首筋をなぞる。ビクッと身体が跳ね、肌も粟立つが力が入らない。

「…シオン君」

 王は驚いていた。言ってしまえばダメ元で、悪ふざけのつもりで。王室護衛であるシオンは本当に嫌であれば、自分を突き離すことなど容易に出来るはずなのに。震える手で袖を握り、深紫色の左目を潤ませ、ほほは赤く染まって。拒絶しないどころか、誘っているのではないかと思ってしまう。
 王はプツッとシオンの黒コートのホックを外し、胸元に手を差し入れる。張りのある胸をまさぐりながら、薄く開いた唇に唇を重ねる。

「ぅ、ん…っ」

 ワインに濡れた舌が直に口内に触れ、シオンはさらに意識が遠のく。しかし今、気を失うわけにはいかない。力の入らない手で王の腕にすがり、必死に意識を保った。







「はい」

 客間前。通信機が鳴り、護衛は黒コート内のそれを取り出す。相手の話を聞きながら、彼の顔色が変わっていく。

「…わ、わかった!護衛長たちもいらっしゃる!すぐに確認する!」
「どうした?」

 慌てた様子で通信機を切った彼に、レイニーが聞く。

「森の見回りで不審な人物を発見したそうですが、見失ったとのことです!念のため、メンバル王陛下にお知らせを…っ」
「?!」

 報告をしている最中、客間内からガラスの割れるかん高い音が廊下まで響く。護衛たちは殺気も感じとり、一気に臨戦態勢になる。

「行くぞ、シャウア!!」
「ああ!」

 レイニーとシャウアは覇気を高め、ためらいなく客間の扉をぶち開けた。






「は…シオン君…」

 メンバル王は一度唇を離し、シオンのとろけたような表情を見つめてから再び唇を味わおうとした時

「!!」

 シオンは背後に確かな殺気を感じ、それから王を隠そうと身体を素早くずらす。と、同時にシオンの肩口を弾丸がえぐった。吹き出た血が王とシオンのほほを濡らす。

「な…っ?!」
「ぐ、ぅ…っへ、陛下…!ふせ、て…っ」

 突然のことに驚く王の肩を押し、シオンはうめきながらその場に伏せさせる。再び飛んできた弾丸が頭上をかすめ、客間の窓ガラスを突き破る。

「陛下…っその、ままで…!」
「シオン君!!」

 まだ殺気は消えない。肩口の痛みで意識を引き戻されたシオンは、王に言いながらバルコニーの柵に足をかける。そして、その殺気を発する者のいる方向へ跳んだ。跳びながら、また発砲された弾丸を驚異の動体視力で素手でつかむ。

 いた…!

 高い塀と深い堀を越えた、城を囲む森の中。大きな木の上、枝葉に隠れる何者かを目視出来るまで近づく。

「?!!」

 ライフル銃を構えるその男は、暗視スコープ越しに見えた黒コートの若者に驚愕する。人がこちらに向かって飛んでくるなど信じられず、突然で予測もしていなかった事態に、再び発砲することも逃げることも出来ない。

「げふぅっ?!!」

 跳んできた勢いのまま、シオンは男のあごに一撃をくらわした。当然失神した男と共に、地面に落ちていく。

「シオン!!」

 そこへ、すぐに状況を解したレイニーが跳んできて、シオンを地上で受け止める。その脇に、男がライフル銃と共にべしゃっと落ちた。

「よくやった、シオン!大丈夫か?!」
「レイニー!シオンは…っ」

 シオンを抱きしめるレイニーの元へ、メンバル王の無事を確認したシャウアもやってくる。

「ぅ…」

 シオンはかろうじてうめくが、目を伏せ、ほとんど意識がない様子。

「銃創…?それほど深くなさそうだが…まさか毒か?」

 シャウアはシオンの肩の傷に気づく。この程度の負傷でシオンが意識を失うはずはない。このライフル男も間違いなくメンバル王暗殺を狙った狙撃手。暗殺に使用しようとしたのだから、弾丸に毒が塗ってあっても不思議はない。

「医務室行くぞ!!」

 レイニーも傷に気づき、シオンを抱えたまま血相を変えて城に向かう。

「護衛長!!」

 そこへ、森を見回っていた護衛たちが慌ててやってくる。

「不審者はそこだ。連行は任せる」
「は、はい!」

 シャウアは彼らに指示し、レイニーの後を追った。










「眠っているだけですな」
「「は?」」

 医務室。王室お抱え医師のセツの診断に、双子の護衛長は間の抜けた声が出る。

「シオン君は飲んではならんと言っておいたのに…」

 セツはぼやきながら、ベッドに伏せているシオンの肩口の治療を始める。シオンは狙撃手を仕留めたことで安堵し、アルコールによる眠気の限界を超えていたのもあって、眠ってしまっていた。

「「ど、毒はっ?!」」
「それほど深い傷ではない。それに毒が塗ってあっても、君らなら何の問題もなかろう」

 セツは半分あきれて言い、すでに止まっている出血を拭きとり消毒する。

「「…」」

 確かに金眼保有者とその血縁者は毒物や薬物に耐性があり、多少の毒物を服用しても効き目はない。それは元保有者のシオンも例外ではなく、慌て過ぎてそれを忘れていたレイニーとシャウアは絶句して顔を見合わせた。








 1時間後。

「失礼する」

 メンバル王が客間の護衛ふたりと共に医務室を訪れた。

「陛下、ご無事で何よりです」
「我々の対応が遅れ、申し訳ありませんでした」

 シオンに付き添っているレイニーとシャウアはさっと片膝をつき、頭を下げる。

「顔を上げなさい。謝るのは私だ」

 王は申し訳なさげに話す。

「シオン君の体質を知らなかったとはいえ、無理に酔わせ、怪我までさせてしまった。君たちは特に彼を大事にしているとウェア王から聞いたよ。相当、腹が立っているだろう。本当に申し訳なかった」
「はい」
「レイニー!」

 思わずうなずいてしまったレイニーをシャウアが制する。

「は…っし、失礼しました!」

 レイニーは慌てて再び頭を下げる。

「いいんだ。殴り倒されても文句は言えない」

 王は苦笑い、首を振る。

「私は式典に参加せず明日、帰国するよ」
「え?」
「もう君たちにこれ以上迷惑をかけられない。ウェア王は承諾済みだ」
「しかし、陛下は来賓として…」
「祝いの言葉は直接言ったから問題はないだろう。君たちやここの国民の安全の方が大事だ」
「…」

 メンバル王は歩を進め、ベッド周りのカーテンをそっとめくる。ベッドにうつ伏せて眠る、幼い子どものような寝顔のシオンを見つめ、ふ…と微笑む。

「それから、君の話はとても楽しかったとシオン君に伝えてくれ」

 そう言いながら、医務室を出て行った。









 翌日、メンバル王は帰国の途につき、数日後の記念式典まで何事もなく過ぎていった。開催された式典は滞りなく終了し、身代わり護衛の実も異世界へと帰省した。その一方、変わりがあったのは。

「また届いたよ。どうする?」

 ウェア王は手にしたエアメールを掲げ、執務室に呼んだ双子の王室護衛長に聞く。

「破棄で!」
「レイニー」
「し…失礼しました」

 間髪入れずに言ったレイニーをシャウアがとがめ、レイニーは納得いかない表情で頭を下げた。

 式典が終わった頃から、メンバル王から頻繁に手紙や贈り物が届くようになった。もちろん、シオン宛てだ。手紙の内容はほぼラブレターで、贈り物も一般人では手を出せないような高価なものばかり。シオンに怪我を負わせたことでアプローチを諦めたかと思いきや、ますます熱を上げてしまったらしい。

「私どもでお預かりいたします。今回もシオンにはお伝えしないよう願えますか」

 シャウアも頭を下げる。王室に仕える者として一国の王からの好意を無下には出来ず、兄貴分としては受け入れることが出来ない。よって、シオンには何も伝えずに預かり、こっそり処分することにしている。

「ふふ、わかったよ」

 どこか他人事で面白がっているウェア王は、そんなふたりににこにこと笑む。

「面倒なことになっちゃってごめんね。頃合いをみて、私から断るようにするね」
「「ぜひともお願いいたします」」

 双子は深々と頭を下げた。
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