漆黒の闇に

わだすう

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30,目的

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「ふ…っ気持ち、い…?サンカ」
「…っ」

 けれど。シオンの口から出るのは、知らない名。彼の美しい深紫色の目が見ているのは自分ではない。『サンカ』という名の、見知らぬ誰かだ。きっと、シオンが心から愛している人。このまま性交したとして、彼の記憶に残るのはその人であり、自分は残らない。そんなむなしいことがあるだろうか。
 それに、まだ夢うつつであろうシオンに自分が愛する人だと偽って愛し合うのは、ただ騙しているだけだ。
 自分のためにも、シオンのためにも、これ以上進んではいけないとナツは思う。

「サンカ…?」

 動きの止まったナツをシオンがいぶかしんで見上げる。

「…」

 でも、シオンをこの状態で放っておくのは可哀想だ。ナツはギュッと唇を噛み、彼のズボンに手を伸ばす。

「ごめんね。イカせてあげるから…」
「あ…っ」

 タイトなズボンから、苦しげだったシオンのモノを開放する。自分の猛るモノも取り出し、シオンのそれと共に握りこむ。重ねたモノは硬く熱く、こすり合わせているだけでたまらなく気持ちがいい。

「ん、んあっ!はぁ…っ!」
「はぁ…っシオン、くん…っ」

 ぎこちない手の動きではあるが。シオンの喘ぎ声と腰の動きに合わせ、自分のモノと共に追い上げていく。

「ああぁ…っ!」
「んん…っ!」

 ふたりは同時に絶頂し、ナツの手をふたり分の白濁が濡らす。

「ふぁ…っサンカ…愛してる…」
「…」

 シオンはとろけた目でナツではない者を見つめ、愛の言葉をつむぐ。それに応えるべきではないかもしれないけど。この気持ちは嘘ではないから、これだけ、許してほしい。ナツは熱く息を吐くシオンの唇にそっとキスをする。

「うん、僕も…愛しているよ」

 苦しげな表情が見られないように抱きしめ、囁いた。











「急に倒れたって聞いた時は驚いたぞ?」
「ああ。過労で倒れるなんてらしくないな、シオン」
「ご心配をおかけしてすみませんでした…」

 医務室のベッドに寝るシオンを見舞いに、先輩護衛たちがやって来ていた。シオンは力なく彼らに謝る。

「お前、ナツさんに感謝しろよ!あの場をおさめてくれたんだからな」

 ザイル大臣への挨拶を終え、様子を見に来たクラウドが叱咤する。

「はい、ありがとうございました。ナツさん」
「えっ、あ、うんっ!僕は、そんな大したことは…っ」

 申し訳なさそうに礼を言うシオンに、ナツはワタワタと両手を振る。

 あの後、シオンは眠るように再び意識を失った。ナツは彼の身体を拭いてやり、衣服を整え、何事もなかったかのように医務室へ運びこんだ。王室お抱えの医師は過労だと診断し、間もなくしてシオンは意識を取り戻した。シオンはナツとのことを覚えていないのか、夢だと思っているのかわからないが、特に気にする素振りもない。ナツもあえて聞く気はなく、あの一件は自分の心に留めることにした。


「まぁ、しばらく休めばいいさ」
「そうだな。1週間でも2週間でも休暇とれよ」
「いいえ、そんなに休む訳にはいきません」
「お前、護衛長になってから全然休んでないだろ」
「こんな時くらい俺たちを頼れよ」
「しかし…」

 先輩たちに優しく労われても、シオンはためらって首を縦に振らない。

「無理してまた倒れられる方が迷惑だ!休め!」
「…はい」

 見かねたクラウドがダメ押しし、渋々うなずいた。










 シオンは3日間の休暇をとることになった。しかし、倒れたのは過労のためではない。それはシオン自身が一番よくわかっている。

 翌日の早朝。シオンはウェア城の裏手にある草原の緑をサクサクと踏み鳴らし、ある場所に向かっていた。低い草木と花々に囲まれ、清らかな小川が流れるそこには、角柱状の白石が無数に並ぶ。国のために命を落とした者たちが眠る墓地だ。
 その中のひとつの白石の前に来ると、ストンと座り込む。ここに、殉職した兄、サンカが眠っている。毎年の命日以外にここに来るのは初めてだった。

「サンカ、見つけたよ」

 兄の前では幼くなる口調で、白石に話しかける。

 シオンが王室護衛となった目的は兄サンカの遺志を継ぎ、自分の眼を奪った犯人を探すためだった。しかし、護衛任務の忙しさに追われ、長にまで任命され、本来の目的を忘れていた。さらに、まさかその犯人自ら自分の前に現れて目的を果たせるとは予想外過ぎた。
 思えば、犯人を見つけた先のことを何も考えていなかった。探して、見つけて、どうしたかったのか。捕らえて、罪を償わせたかったのだろうか。いや、違う。両親を殺され、右目を奪われ、凌辱されたことは辛く、耐え難い恐怖であったのは確かだが、つい昨日まで犯人の顔さえ忘れていたのだ。ただサンカの遺志を継ぎたかっただけで、シオン自身は犯人を憎いとも罰を与えたいとも思っていなかった。サンカの遺志が重要であり、犯人には何の興味もない。
 ならば、サンカならどうしただろうか。詰め寄り、罵詈雑言を浴びせ、殴り倒しただろうか。それとも、何も言わずに彼の喉を引き裂いたかもしれない。

「…でも、出来ないよ」

 シオンは頭を振る。両親を殺めた罪人であり、極刑が下される者だとしても、自分にそれは出来ない。彼に対して、怒りも憎しみもないのだから。それどころか混乱とショックで意識を失う始末だ。これから、国に仕える国務大臣と王室護衛として、何度も顔を合わせることになる。今までのように冷静に、平常心でいられる自信はない。

「僕は、どうしたらいいの…サンカ」

 返事のない兄へ問いかけ、膝に顔をうずめた。











「…シオン…?」

 正午頃、シオンはある街の警備員駐在所を訪れた。そこで資料整理をしていた元王室護衛長シャウアは、弟分の突然の訪問に驚く。

「お久しぶりです、シャウアさん」

 と、うやうやしく頭を下げる彼を所内に招き入れた。

「レイニーさんは」
「レイニーなら、街の定期巡回中だ。そろそろ戻るだろう」

 シャウアは椅子に座ったシオンの前に、温かいお茶を置く。護衛を退職して4年。兄のレイニーと共に生まれ故郷のこの街で、頼れる警備員として働いている。

「連絡もなく来て、どうしたんだ?護衛長になったと聞いたが、悩みでもあるのか」

 真面目なシオンは訪ねてくるならアポを取るはず。護衛長に就任した時でさえ相談はなく、何かそれ以上の問題が起こったのかと思う。

「ただいまー!特に異常な…っしぃ?!シオンっ?!」

 そこへ、巡回を終えたレイニーが駐在所に戻ってくる。久しぶりに見るかわいい弟分の姿に、ゆるキ●ラばりに声を裏返して驚く。

「お久しぶりです、レイニーさん」
「連絡もなく来てどうした?!護衛長になって悩みでもあるのか?!」
「落ち着け、レイニー」
「…」

 テンションは違うが、シャウアと同じことを聞くレイニーを見て、シオンはふたりが護衛だった頃のような懐かしい気持ちになる。口角を上げ、顔を隠すサングラスを外す。

「レイニーさん、シャウアさん。聞いて、いただけますか」

 静かに話すシオンの左目から、つうと涙がほほを伝う。

「「シオン…?」」

 サンカが死んだ時以来、見たことのなかったシオンの涙。久しぶりに表出した弟分の感情に、双子はまた驚いた。






 シオンから聞かされた、新大臣の話に双子は更に驚愕する。シオン一家の件やサンカの遺志を彼らも知っている。

「間違いないのか…?」
「はい」

 低い声で問うレイニーに、シオンはうなずく。

「シオンの眼と親の命を奪っておいて、のうのうと大臣に就任だと?!ふざけてるのか!!問い詰めて吐かせて牢にブチ込む1択だ!!」

 レイニーは怒りでテーブルを叩き、怒鳴る。

「落ち着け、レイニー。シオン、犯人だという証拠はあるか?」

 シャウアは怒りを抑え、冷静な口調で聞く。

「…ありません」
「証拠なら、お前自身だろ!!そいつはお前の眼を奪ったんだ!!」

 力なく首を横に振るシオンの両肩を、レイニーがつかむ。

「この国で殺人と金眼略奪を犯し、15年以上逃げ続けている輩だぞ。たとえシオンが訴えても確かな証拠がなければ、認めないだろう。奪った眼を持っているかもわからない。否定されたら終わりだ」
「な…っけ、けど…っ!クソ…っ」

 シャウアの見解に、レイニーはうつむくシオンと弟を交互に見て悔しげにうめいた。相手は罪に厳しいウェア王国で大罪を犯して逃れ続けた上、国務大臣になれる学力と運に恵まれたしたたかな者だ。シャウアの言うとおり、正当な訴えは通用しないだろう。

「その人を、陛下はお認めになったのか」
「…はい」
「…っ」

 しかも、ウェア王が国務大臣として認めたのだから、下手に訴えれば王への侮辱行為としてとられる可能性もある。一介の警備員でしかない自分たちには何も出来ないのではないかと、双子は思う。
 しかし、このかわいい弟分はそれをわかっていながら、藁にもすがる思いで自分たちを頼りに来てくれたのだろう。なんとしてでも、彼の力になりたい。双子は顔を見合わせた。

「シオン、お前はどうしたい?」

 レイニーが聞く。

「わかりません。私はあの人に対して、怒りも憎しみもないのです」
「…え?」
「何で…っ」

 最も犯人を憎むべき被害者なはずなのに。双子はあっけにとられる。

「ただ…サンカならきっと有無を言わさずあの人を殺すと思います。その思いに従うべきか、わからないのです」

 双子はまた顔を見合わせ、うつむいて話すシオンの心の迷いを理解する。確かに、兄のサンカであれば証拠もなく自白もしないなら、ためらいなく犯人の心臓を潰しただろう。シオンは当事者であるが、犯人に対する感情より、サンカに対する思いの方が断然強いのだ。彼が護衛になったのも、犯人を探していたのも、全てサンカの遺志に従ったことなのだから。
 だが、何の憎悪も抱かない者を極刑覚悟で殺害するなど、例え兄の遺志でも並の神経では出来ない。双子はシオンに自分の意思があることに安堵した。そうでなければ、今頃とんでもない悲報を聞いていたかもしれない。
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