白銀色の中で

わだすう

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「チッ…あいつ…!!」

 クラウドはシオンの声を聞き、怒りがこみ上げる。

「え、嘘」

 クラウドの頭を踏みつけている足がぐぐっと持ち上がり、イールは驚く。頭からひどく出血し、そんな力を出せるわけないのに。

「ど、け…っオラァアっ!!」
「うわ?!」

 勢いよく起き上がったクラウドに押され、イールは足を上げてひっくり返る。

「何しているんだお前はぁあーっっ!!」

 クラウドはその勢いのまま走り、怒鳴りながらシオンのほほを思い切り殴った。
 不意打ちをまともにくらい、シオンはがくんと膝をつく。

「ふざけるな…!!」

 クラウドは鋭い目で同志をにらみつける。

「レン…っ大丈夫か?」

 そして、呆然としている蓮にかけ寄り、そっと抱き上げると走り出した。

「あっ!待ってよ、お兄さん!」

 やっと起き上がったイールが、クラウドの背に叫ぶ。

「ヨイチ、行かせちゃっていいの?」
「ああ、急ぐ必要はない」

 ヨイチは焦ることなくうなずき、イールと共に歩きだす。
 そして、正気に戻ったであろうシオンを見下ろし、満足げに笑んだ。







「は…っはぁ…っ!」

 アラシは足場の悪い森をふらつきながらも、必死に走っていた。もう帰り道などわからず、託された背中のヒナタは鉛のように重い。しかし、止まる訳にはいかない。恐怖で振り向けないが、背後に確かに迫ってくる者がいる。追いつかれれば、自分も、背のヒナタの命も危うい。とにかく逃げなければという思いだけで、アラシの足は動いていた。

 ふと、前方を見るとこの森の中には見慣れないものが目に入る。木々に隠れるように張られたテントだった。日除けの下にはランプにベンチシート。明らかに人がいた形跡がある。

「何故、こんなところに…?」

 普通、こんな深い森で人が生活出来るはずがない。アラシはテント前まで来ると、足を止める。

「ん…」

 すると、眠っていた背中のヒナタが目を覚ました。

「あーっ!何でアラシなんだ?クラウドは?レンはっ?」

 アラシに背負われていることに気づき、じたばたする。

「わわっ?!ちょっと暴れないで…っ!」

 アラシは焦ってヒナタを支え、腰を落とす。

「何だ、これ?」
「テント…だね」

 ヒナタもアラシの背から降りながら、目の前のテントを不思議に思う。

「誰か、いるのですか…?」

 わずかに人の気配を感じて、アラシはおそるおそるテントの入り口をめくった。
 4人は横になれそうな広さのテント内にマットレスが敷いてあり、その上に横たわる者がいた。この寒空で衣服をまとっておらず、毛布を無造作にかけただけの色白な若い男。

「君は…っ!何故こんなところに?!」

 アラシは彼に見覚えがあった。先日、城を訪れた老婦人が見せた写真の中ではにかむ、行方不明になったという孫ではないか。
 アラシの声で気がついたのか、彼は身動ぎ目を覚ます。その右目は美しい金色。間違いないとアラシは思う。

「ひ…っ嫌、も…やめて…っ」

 彼はアラシを見るなり、怯えた様子でかすれた声を出す。

「私は王室護衛長のアラシだ。私は君に嫌なことはしない。君を助けたいんだ」

 よほど恐ろしい目にあったのか。アラシは彼の横に膝をつき、なるべく穏やかに声をかける。

「嫌…っや…」

 彼はアラシから離れようと身体を起こすが、力が入らないのかマットレスに倒れこんでしまう。

「体調が悪いのかい?それとも、怪我を…っ」
「…あ、アラシ」

 彼を心配するアラシの背を、ヒナタがちょんとつつく。

「え?」

 振り向いたアラシが見たのは、テントの入り口を窮屈そうにくぐってくる、大柄な男だった。







「はぁ…っ!レン…っ!」

 クラウドは蓮を抱き、ウェア城へ向かって疾走していた。頭の出血はまだ止まらず、腹も痛むがそんなことにかまっていられない。腕の中の蓮は折れた右腕があらぬ方向へ曲がり、反応もうつろでぐったりとクラウドに身を任せている。
 前にもこうやって重傷の蓮を抱き、走ったことはある。あの時はシオンの判断に任せてただ走るだけで良かった。だが、今はその時と状況が全く違う。頼れる者は他におらず、得体のしれない者たちに追われ、蓮を救えるかどうかは自分ひとりに全てかかっているのだ。

「大丈夫、だからな…!城に戻れば、手当て…出来るから…っ」

 クラウドは蓮と、自分も励ますように言い聞かせる。出血でくらむ視界と身体の痛みに耐え、足を速めた。



「はぁ…っ!も…森を抜けるぞ…!」

 国境の深い森をようやく抜け、クラウドは断崖絶壁を飛び降りる。

「く…っ!」

 いつもなら軽々と着地出来るところだが、途中で崖に足をついて落下スピードを弛め、それでもうまく着地出来ずに転倒する。

「う…」
「レン…っ!ごめんな、大丈夫か…?!」

 腕の中の蓮がうめき、クラウドはよろよろと立ち上がる。

「クラウドさん?!レン様?!どうなさったのですか!」

 待たせていた送迎車の運転手が、ふたりの姿を見てあわてて車を降りてくる。

「レンが…!早く、城に…!」

 クラウドは力を振り絞り、運転手に訴えた。




 送迎車が深い森を抜け、小高い丘にたつウェア城が見えてくるとクラウドは安堵のため息がもれる。これで蓮の手当てが出来、外国人たちも城の敷地には入ってこられないはず。
 城の裏口に送迎車を回してもらい、クラウドは腕に抱いたままの蓮を見つめた。意識を失っているが、呼吸は落ち着いている。

「良かった、レン…」

 ぐったりと力ない蓮の身体をぎゅっと抱きしめた。

「…クラウド」
「!」

 弱々しい声で名を呼ばれ、驚いて蓮の顔を見る。閉じていた黒い瞳が開き、クラウドを見つめ返す。

「レン、気がついたのか…!もう大丈夫だ。城に着いたぞ」
「結界が、弱くなってる…」
「…え?」

 『結界』の有無、強弱は、それを操れる術者にしか判断することが出来ない。クラウドは何のことかわからず、首をかしげる。

「アイツら、入ってこれるぞ…!」

 と、蓮はクラウドのマントを左手で握った。


 城の周りに張ってあった、シオンの強力な結界が解けかかっている。外国人によって正気を失ったことが原因かはわからないが、このままでは追いかけてくるであろう彼らに侵入されてしまう。

「ちょっ…レンっ!何するんだ?!」

 送迎車を降りて裏口から入ると、蓮はあわてるクラウドの肩を借りて立ち上がる。

「結界を、張り直す」
「な…っお前、出来るのか?!」
「出来ねーけど、やるしかねーだろ…!」

 集中力を必要とする『結界』を張る術は元々苦手で、土地に張ったこともない。しかし、蓮はもちろん、クラウドもこれ以上彼らと戦うことは出来ないだろう。侵入を防ぐには結界を張るしかないと、蓮は思った。
 その時、正面の門の方から、巨大な何かがぶつかったかのような爆音が響き渡った。クラウドに支えられ、蓮は正面の方へ移動する。頑丈な門の隣、分厚くて大砲でも壊せないウェア城の高い塀にぽっかりと大きな穴が開いていた。

「あれ~?ホント入れるようになってるよー」

 がらがらと崩れた塀の残骸を乗り越えて現れたのは、イールとヨイチだ。
 思った以上に速く追いつかれたことに、クラウドは驚愕する。

「近づくことも出来なかったのにね。やっぱ、あの元保有者の人が何か仕掛けてたんだねー」

 イールはぴょんと跳んで、城の敷地に入る。彼も結界の存在など知らないが、ウェア城に近づくのもためらわれる『何か』は感じていた。

「ふぅ…」

 やるしかない。

 蓮はクラウドから離れ、気を集中させる。

「『我の、血で』…っ」

 左手を口元にもっていくと、手首の内側を噛み千切った。

「レン?!」

 クラウドは蓮の行動と吹き出す血に驚く。
 蓮は膝を着くと、ボタボタと血の流れる左手を地につける。力量不足を補うため、血を媒体にする必要があるのだ。王に施す際には札に少量垂らせば間に合ったが、この広い敷地に張るにはそれでは足りない。

「『この地、守りたまえ』…!!」 

 力を込めて唱えると地面に染み込んだ血がふっと光を帯び、消える。

「うわっ?!」

 同時に弱くなった結界の内側に新たな結界が張られ、イールは弾かれて塀の穴から外へ飛んでいく。

「ビックリしたぁ!あのコも出来るの?!」

 ざっと手をついて着地し、驚嘆する。
 ヨイチは塀の外に立ったまま、穴の向こうの蓮を見つめていた。

「ぐ、うぅ…っ」
「レン…!」

 苦しげにうめき、ふらつく蓮の身体をクラウドは背後から支える。ただでさえ、蓮の力量では城の広大な敷地に張った結界を安定させることは難しい。今の満身創痍な状態では、少し気を弛めればおそらくすぐに解けてしまう。
 だらんと垂れ下がった右腕と脇腹に走る激痛に耐え、血のにじむ歯を食い縛り、蓮は集中し続ける。噛み千切った左手首から流れる血がかろうじて結界を持続させていた。

「クラウドさん!レン様!!」
「これは、一体何が…っ?!」

 そこへ、爆音で異常に気づいた王室護衛たちが城から出てくる。

「お前たちは近づくな!!」

 何が起こったのかわからず、集まってくる彼らにクラウドは怒鳴った。
 護衛たちはクラウドの剣幕に困惑して立ち止まる。

「クソ…っ」

 彼らが来たところで、何か出来る訳ではない。自分もこんなに苦しげに耐えている蓮に、身体を支える以外何もしてやれない。クラウドは悔しくて辛くて、こみ上げる涙をこらえた。
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