白銀色の中で

わだすう

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21,犠牲

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「レンーっ!!」

 クラウドの叫び声が夜の雪原に吸い込まれていく。満月の明るさでかろうじて周りを見渡せるが、国境の森へ向かう道に蓮らしき人影はない。

「はぁ…っ!あいつ、どこへ…っ」

 クラウドはズキズキ痛む頭を押さえ、白い息を吐き、蓮の気配を探る。
 ヒナタを奪われ、その引き渡し条件が自分だと知ったなら、蓮は何を置いても城を出て国境へ向かうだろう。あの場でその話をしてしまい、うかつだったと悔やむ。

「そう遠くへは行けないはずです。それに、暗い中、土地勘のないレン様は国境の森へまっすぐ向かっていないかもしれません」 

 人の気配を探ることに長けたシオンも、蓮の気配を見つけられない。重傷を負っている上、何の防寒もせずにこの凍える寒さの中にいたら命に関わる。一刻を争う今、ウェア城の近くを手分けして探した方がいいとふたりはうなずき合う。

「はぁ…っ俺は、城の森に戻ってみる…!」

 クラウドは上がる息を整えられないまま、城を囲む深い森へ引き返し

「はい、私はシューカ街へ行きます」

 シオンは城に最も近い街へ向かった。







「こんなところにいたのか」

 ウェア城内。ひとりの護衛が廊下にたたずむ者に声をかける。

「すみません。もう見れないと思ったら、最期に城内を見たくなりまして」

 と、はにかんで謝るのはノームだ。

 現在、彼は母親の殺害容疑で城の自室に軟禁されている。地下牢でないのは殺害理由が異変のためなのと、彼の王室護衛としての信頼があるためだ。見張りの護衛は一応いるが。

「ノーム、お前が極刑とは決まっていないぞ。私はお前を信用しているが、おとなしくしていた方がいい」
「そうですね。すぐ、戻ります」

 護衛の忠告にノームはうなずく。
 本来、この国の殺人犯はどんな理由があろうと監禁後に極刑である。しかし、外国人による異変が原因で起きた殺人や傷害についてはどのような処遇とするか、まだ話し合いの最中なのだ。

「先に戻っているぞ」
「はい」

 廊下を引き返していく護衛の背を見送ってから、ゆっくり歩き出した。







 自室でベッドに入っていた王はふと、目を覚ました。新調したばかりのベッドが馴染まない訳ではないが、何とも言えない漠然とした不安を感じたのだ。以前にも経験したことのあるそれ。昼間の例の外国人らが城の塀を壊したという報告に、動揺しているのかもしれない。

「…レン」

 思い浮かんだのは大切な友達の顔。王はベッドから出ると、寝間着のまま自室の扉を開けた。

 蓮に会いたい。

 彼ももう寝ているかもしれないが、顔だけでも見ればきっと、この妙な不安がなくなる。王はそう思いながら足早に廊下を歩いていると、窓から階下の大会議場の灯りが目に入る。国務大臣たちは夜を徹して、山積みの案件について会議を続けてくれている。
 自分だけ休んでいるのが心苦しくなり、蓮の自室に行く前に大臣たちを労い休むよう話そうと大会議場に方向を変えた。


「…考えるまでもないだろう!元よりレン君はそのためにいるようなものではないか!」

 大会議場の扉に手をかけると、大臣たちの話し合う声がもれ聴こえる。
 聴こえた蓮の名に、王は手を止めて耳を澄ます。

「しかし、レン君には王の身代わりとしての役目が…!」
「レン君ひとりでヒナタ君だけでなく、80人もの保有者を救えるのだぞ。しかも出て行ってくれるなら、願ったり叶ったりではないか!」

 何の話だろう。自分が把握している案件ではなく、王は首をかしげる。

「しかし、外国人らの言うことを全部うのみにしていいのか?」
「仕方ないだろう。レン君には犠牲になってもらい、向こうの反応を見るしかない。他に打つ手があるのか?」

 元々少数派だった蓮を養護する大臣たちは、反対意見を出せなくなっていた。シオンやクラウドでさえ太刀打ち出来なかった彼らに『従う』以外の行動をするのは、皆、正直恐ろしいのだ。

「では、陛下に何と説明するのだ?陛下は彼を特別に気にかけていらっしゃるぞ」
「陛下ももう子どもではない。多数の金眼保有者と異世界の者ひとり…。どちらを優先すべきかお分かりになるはずだ」

 話し合いはどうやって王に納得してもらうかに移っていく。

 バンっと大きな音をたてて大会議場の重い扉が開き、大臣たちは驚いてそちらを見る。

「陛下…っ?!!」

 そこにいたのは寝間着姿のウェア王。大臣たちはあわてて片膝をつき、頭を下げる。

「…どういうことだ?レンを犠牲に…?」

 顔を上げた王の両目は光輝き、普段のかわいらしい表情が怒りでゆがむ。

「包み隠さず、説明しろ…!!」

 掴んでいた扉の取っ手が、力任せに根元からもぎ取られる。重いそれが勢いよく飛び、耳障りな音を出して床にめり込んだ。
 大臣たちは身体を強ばらせ、恐怖で青ざめた。







 城周りの森では、城に向かって走るシオンとクラウドが鉢合わせていた。

「シオン…っさっきの、感じたか?!」
「はい」
「陛下、だよな…っ?!」
「ええ、間違いなく」

 ふたりとも王の強大な覇気を感じ、蓮の捜索を中断して城に戻ることにしたのだ。

「止められるか?俺たちに…っ!」
「わかりません。ですが、我々がやるしかありません」

 王の暴走だけは、なんとしても阻止しなければならない。

「レン様が気づいて、戻ってくださると良いのですが」
「ああ…っ」

 ふたりは一縷の望みを胸に、君主を止めるべく城へと急いだ。









「くそーっ!!取れ!取れよーっ!!」

 国境の深い森。冬季の夜間はいっそう静まり返るはずのそこに、子どもの甲高い声が響き渡っていた。

「あー…うるさい」
「…ああ」

 ベンチシートに寝そべるイールはげんなりして読んでいた雑誌を下げ、横に立つワンスも腕を組んでうなずく。

「金眼保有者なのに口悪いし、かわいくないしさー」

 ヒナタは手足を拘束してテントの中に放り込まれているのだが、数時間前に起きてからずっと大声を出し、転がって暴れ、吊るされたランプが常に揺れていた。

「ねぇ、ヨイチー!いつまでこのコ預かっておくの?お守りするのすでに嫌なんだけどー!」

 テントから少し離れて立つヨイチに、イールは我慢出来ず訴える。

「おとなしくさせればいいだろう」

 ヨイチは森の方を向いたまま、興味なさげに言う。

「ホンっト他人事だねー」
「仕方ねぇな。あんなガキ、趣味じゃないんだが」

 ワンスも我慢の限界らしく、ため息をついてテントに手をかける。

「さすがワンス!男前!」
「うるさい」

 茶化すイールを背に、出入り口を開けた。

「あっ!てめーこれ取れよ!てめーらなんか、レンがぶっ飛ばしてやるんだからな!」

 大きな身体を屈めて入ってくるワンスを、ヒナタは精一杯威嚇する。

「へぇーキミもレン君なんだ」

 人気者だねーとイールは感心する。

「痛い…っ!やめ、離せ!!」

 ワンスは構わず、ヒナタのクセのある髪をつかみあげる。

「黙れ。舌噛むぞ」
「嫌だ…!レン…んんーっ?!」

 ジタバタ嫌がるヒナタに顔を寄せ、覆い被せるように口で口をふさいだ。これがキスというものだと、ヒナタにも分かった。見開いた金色の眼に涙がにじむ。
 次第にヒナタの動きが弱々しくなっていき、やがて動かなくなった。

「お味はどうだった?」
「ふん…腹の足しにもならない」

 テントから出てくるとイールがからかうように聞き、ワンスはため息をつく。

「やっと静かになったねー。ねぇ、ヨイチ?」

 ヨイチは応えず、じっと森の中を凝視している。

「ヨイチ?」
「…俺のものが、迷子になっている」

 ぽつりとつぶやくように言う。

「迷子?レン君のこと?」
「迎えに行ってくる。ここを出る準備をしておけ」

 と、命じるや否や走り出した。

「ええーっ?!ちょっと急過ぎ!」

 驚くイールの文句も聞かずに、ヨイチの姿は森の中に消えていた。








 再び、ウェア城では。

「何故、そのように重大なことを我に知らせなかった?」
「…そ、それは」

 王には外国人らが城の塀を壊したという報告だけで、ヒナタのことも蓮やクラウドの負傷、シオンのことも報告していなかった。王位継承式での件もあり、蓮の命に関わることは伝えない方が良いと判断したのだ。しかし、今回は逆効果だったと大臣たちは後悔する。

「そちらの都合よくことを運び、我には事後報告で済ませようという魂胆か」

 その通りで彼らは言葉に詰まる。

「得体の知れない者の戯れ言に屈し、人の命を天秤にかけようとは呆れたものだ」
「しかし…っ陛下、奴らには80人もの金眼保有者を…っ」
「黙れ!!我の言うことがわからぬのか!!」

 おそるおそる口を開いたウォータ大臣を王は金色の眼でにらみ、怒鳴りつける。大会議場の窓が連鎖するように割れ、王の足元の床がベコリとへこむ。

「ひぃい…っ!!」

 大臣たちは悲鳴を上げ、ほとんどの者が腰を抜かす。

「奴らに国内を混乱させられた上、要求に従うなど正気か!!そのようなものに屈さず、保有者も異世界の者も、我が国すべての命を救い守るのが我々の役目であろう!!」

 それは継承式の時のような友達を思う子どもの怒りではなく、一国の王としての怒りだった。大臣たちは自分の歳の半分もいかない少年に畏怖し、説き伏せられ、もはや顔も上げられない。

「もうよい。この案件は我が預かる。そちらは今すぐに解散しろ。そして、明日からは別の案件を話し合え」

 王は神々しく光る眼でそんな彼らを見回してから命じ、開け放たれた扉に向かった。
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