白銀色の中で

わだすう

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26,外出

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「レン」
「!」

 背後から突然名を呼ばれ、両肩を掴まれて蓮は驚く。ヨイチだった。彼の気配を消す能力には感心する他ない。

「リハビリにはなるが…部屋から出るなと言っただろう」

 と、肩を引き寄せられる。

「退屈なのか?本や音楽は興味ないか。来週には外出させてやるから、もう少し我慢しろ」

 流行りの雑誌や小説、音楽プレイヤーを買い与えられていたが、蓮は触れてもいなかった。

「…っやめろ」

 ほほに唇を当てられ、毎度馴れ馴れしく受ける気のない蓮は肘でヨイチの腹を押す。

「レン」
「?!」

 すると、急に痛いほどの力で肩をつかまれる。

「い、つ…っ」

 痛みに顔をしかめ、身体をよじらすがヨイチは離さない。

「口で拒絶するだけならいいが、もう二度とあの見えない壁は作るな。いいな」
「…?」

 結界のことを言っているのか。蓮はヨイチが何故今そのことを言うのか、意味がわからなかった。
 ヨイチはすっと力を弱め、改めて蓮のほほにキスをする。

「昼食を買ってきた。部屋に戻って食べろ」

 そして、ダイニングのテーブルに投げるように置いてある袋を指す。

「…玉子焼き」

 袋からはみ出ている厚焼き玉子が見え、蓮はつぶやく。

「ん、これか?近くの屋台で売っていた。お前は玉子焼きが好きなのか」

 久しぶりに食べなれたものを見たので、思わず口に出してしまっただけなのだが。

「そうか。レンは玉子焼きが好きなのか」

 ヨイチは嬉しそうに何度も確認するように言い、厚焼き玉子を手に取る。

 人の好みがわかっただけでそんなに嬉しいものなのかと、蓮は笑顔のヨイチを見上げる。同時に、彼のこの情緒不安定さは何なのかと思っていた。










「クソ…っ!レンは本当にこの国にいるのかよ!」

 クラウドは殴って気絶させた犯罪組織の男をイライラと蹴りつけた。

「まだ十分の一も捜索は進んでいません」

 シオンは冷静に同じく犯罪組織の男を背後から絞め上げ、失神させた。


 2週間経ち、ふたりはいくつかの街を渡り歩いたが、ひっきりなしに来る犯罪組織の相手に時間をとられ、蓮の捜索は思うように進んでいなかった。


「そうだけどよ…っ!」
「それより、クラウド。今朝から何も食べていないのではないですか?」

 今日は寝起きに犯罪組織に襲われ、それからずっと戦い通しだったので、クラウドは携帯食すら口にしていない。

「食ってる場合かよ!こうしている今も、もしかしたら、レンは…っ」
「食べてください」

 シオンが差し出したのは、肉や野菜をたっぷり挟んだサンドイッチだった。

「お前、これ…」
「先ほど購入したものです。どうぞ」

 一時別れて行動していた時に、わざわざ危険を犯してまで店に寄ったのか。クラウドは驚いてそのサンドイッチを受け取る。
 進まない捜索にイラつくばかりだったが、シオンは同志の体調を気遣ってくれていた。八つ当たりしてしまったことが申し訳なくなる。

「シオン…俺は…っ」
「倒れてお荷物になられると困りますので」

 と、シオンは表情なく言う。

 そうだ。こいつはそういう奴だった。
 クラウドはもう二度と反省も謝罪もしないと思いながら、サンドイッチにかぶりつく。

「お前の分は?」
「私は1週間ほどなら、水だけで過ごせます」

 シオンは言いながら、ボトルの水を口にする。

「やっぱりバケモノだな」
「確信しないでください」

 同志の人間離れした発言にクラウドはもう驚きもせず、不本意なシオンは言い返した。










「どうだ、レン。久しぶりの外は」
「…別に」

 この国に来て3週間が経とうとする頃、蓮はヨイチに連れられるまま、初めて外出した。ヨイチの好みなのであろう襟のあるカラーシャツにタイトなズボンを履き、コートを羽織り、マフラーを巻いている。
 彼らの住まいは高層マンションが他にも建ち並ぶ中の一棟で、ワンフロアに2世帯しかない最上階の部屋だった。
 マンションのエントランスを出ると、真冬らしい冷たい空気を久しぶりに感じ、蓮は首をすくめる。雪はなく、乾燥していて日本の都市部と似た気候らしい。
 マンション街を抜けると広い道路を多くの車が行き交い、高層ビルや様々な店舗が連なる通りは人々で混雑していた。ウェア王国よりも近代的な国のようである。
 『ラスタリ街』という街の名が刻まれた標識が頭上を通り過ぎる。

「しっかりつかんでいろ。迷子になられると困る」

 ヨイチは頭上を見上げている蓮の左手をとり、自分の右腕につかまらせる。蓮の右腕はまだ吊っているが、左腕は自由に動かせるまで回復していた。

「ガキ扱いすんな」

 振り払おうとする蓮の手を、ヨイチは離さない。

「お前は平和ボケしたウェア王国しか知らないのだろう?この国の治安は良くない。お前のような子どもは犯罪者の格好の餌食になる」

 今は負傷しているとはいえ、蓮は日本の治安最悪な地域を身体ひとつで渡り歩いてきた。言い聞かせるように話すヨイチを、見くびるなと見上げる。

「…そうか、故郷は違うのだったな」

 無言でにらむ蓮に気づき、ヨイチは彼がウェア人ではないことを思い出す。

「イールから聞いたが、お前の生まれ故郷は探しても見つからないらしいな。滅びた国なのか?どんな国だ?」
「…さぁな」

 地理に自信のあったイールが意地になって『ニホン』を探したらしいが、異世界の国が地図上にあるはずない。これこそ説明する気はなく、蓮は答えを濁す。

「話したくないか。まぁいい。向こうの通りにいい店がある。行こう」

 ヨイチは大通りの先にある、飲食店の並ぶ通りを指した。




 やって来たのは入り口に警備員と案内役がいるような、高級レストランだった。キラキラしたシャンデリアとピカピカな床、大きな水槽には魚が優雅に泳いでいる。普通、蓮のような一見の未成年は門前払いされる類いの店だろう。
 予約済みのようで、ふたりは丁重にテーブルへ案内された。

「この店は評判がいいらしい。お前にあまりいいものを食べさせていなかったからな」

 渡されたメニューの内容も頭に入ってこない蓮に、ヨイチは落ち着いた様子で話す。

「お決まりでしょうか」
「ああ、あんたのすすめるコースでいい。こいつの分だけだ。この腕だから、食べやすくしてやってくれ」

 注文を取りに来たウェイターに言いながら、慣れた仕草でメニューを手渡す。
 やっぱりこいつは食べないのかと、蓮は思う。

「かしこまりました」

 ウェイターはヨイチに何やらすすめる料理名を告げてから、下がっていった。

「それで良かったか?」
「注文してから聞くな」
「ははっ!そうだな」

 蓮の指摘に、ヨイチは愉快そうに笑った。




「うまいか、レン」
「…フツー」

 前菜の色鮮やかに盛り付けされたサラダを、蓮は黙々と口に運ぶ。利き手は右だが、左手で器用にフォークを使う蓮をヨイチは満足げに眺める。

「ウェア王国では、もっと高級なものを食べていたか?」
「別に」

 きっとこの料理もウェア王国で王と一緒に食べたものと同じくらい、高価でおいしいのだろう。しかし、蓮はほとんど味を感じない。

『ひとりで食べたっておいしくないもの。レンと一緒に食べたい』

 ふと、初めて王と食事をした時のことを思い出す。王と一緒に食べるものは何であってもおいしく感じた。とたんに食欲が失せ、蓮はメインの肉料理を一口かじっただけでフォークを置く。

「どうした?口に合わないか」

 ヨイチに聞かれるが、何か言う気もなく顔を伏せる。

「お前は玉子焼きの方が好きか。帰りに買ってやろう」

 ヨイチはウェイターを呼んで料理を止めさせ、ふらっと席を立つ蓮の手を取った。




 それから。ヨイチは反応が乏しくなった蓮を様々な場所に連れて行った。若者向けの服屋や雑貨屋で買い物をし、緑の多い公園を歩き、流行っているという温かい飲み物を買ってやった。マンションに戻ったのはすっかり日が落ち、暗くなってからだった。

「お帰り!ずいぶんゆっくりだったねー」

 玄関に入ると、イールが出迎える。

「レン君、疲れたでしょ?この人、気遣い出来ないからさ~」

 と、ヨイチを横目で見ながら、蓮のマフラーとコートを取って預かる。

「レン…っ?」

 そのとたんに蓮がふらつき、ヨイチはとっさに身体を支える。

「ほら~やっぱり疲れたんだよ。大丈夫?すぐに寝る?」

 イールも蓮の顔をのぞきこみ、顔色の悪さに気づく。

「どうした?体調悪いのか」

 リビングからワンスが出てくる。

「ヨイチが連れ回して疲れちゃったみたい。寝かせてあげないと」
「わかった。毛布を用意してくる」

 ヨイチはイールとワンスが蓮の世話を焼いても何も言わず、ぐったりと身体を預けてくる蓮を見つめていた。




「レン」
「…」
「悪かった。許せ」

 電気スタンドだけが灯る、蓮の部屋。ベッドに寝る蓮を呼んでは謝るをヨイチは繰り返し、蓮はいい加減うんざりして寝返りを打つ。

「レン」
「あー…も、うぜーって」

 歩き疲れたのは確かだが、体力がそれほど戻っていないことに蓮自身も気づかなかっただけで、別にヨイチのせいだとは思っていない。そう伝えればいいのだが、素っ気ない態度しか出来ず、余計にヨイチの罪悪感を煽ってしまう。

「すまない。キスしても…いいか?」
「あ?いつも勝手にしてくるクセに何言ってんだ」
「…そう、だったか…」

 言われて初めて気づいた様子のヨイチに、蓮はため息をつく。

「寝かせろ」

 そして、また寝返りを打ってヨイチに背を向け、目を閉じた。
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