白銀色の中で

わだすう

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44,戦闘訓練

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 深夜、まだ溶けきらない雪が残るウェア城の中庭。昼間なら聞こえる噴水の水音も風の吹く音すらもなく、静まり返っている。その中央に体格のよい男が仁王立ちしていた。ワンスだ。
 ふっと息を吐き、覇気を集中させるとどこからともなく複数の兵士が出てきて彼を取り囲む。そして、一斉に襲いかかった。ワンスは伏せていた左目を開けると、覇気を一気に高め、兵士たちに次々と致命的な打撃をくらわせていく。それでも兵士はひっきりなしに現れ、彼も休みなく攻撃を続ける。

「はぁ…っ!」

 さすがに疲れが出始め、ワンスが荒く息を吐いた時

「こんな夜中に訓練かよ」
「!」

 突然聞こえた声にワンスは動きを止め、同時に兵士たちは煙のように消える。それらは実在するものではなく、ワンスが戦闘訓練のために生み出した想像の産物だった。
 声の聞こえた方に目をやると、ダルダルのスウェット姿の蓮が中庭への外階段を降りてきていた。

「よく部屋出れたな」

 蓮が聞く。ワンスら3人の部屋前には常に見張りの護衛がおり、自由に出入りは出来ないはずである。

「ああ、見張りが話のわかる奴だった」
「ふーん」

 護衛を脅して出てきたなと蓮は勘づくが、どうでもよいので言わないでおく。

「眠れないのか?」

 ワンスは近くまで歩いてきた蓮を見下ろす。真冬の丑三つ時、普通ベッドから出たくない時間だろう。

「目ぇ覚めただけ」
「…そうか」

 隣国のミカビリエにいた頃なら、有無を言わさずヨイチの元に連れていくところだが。今は蓮の行動に手出しは出来ない。

「ひとりじゃ張り合いねーだろ。付き合ってやるよ」

 蓮はそう言うと、ぐっと伸びをしたり、屈伸したりと準備運動をし始める。

「何?お前が?」

 戦闘訓練の相手をしようと言っているのか、ワンスはぎょっとする。

「相手にならねーって思ってんのか」
「そうじゃない。お前は今そんなことが出来る立場じゃないだろう」

 むっとする蓮にワンスは言い返す。国の命令で、蓮とこうして話すことはもちろん、顔を合わせることすら禁止されているのに。

「関係ねーよ。文句言われたら仕事しねーで帰ってやる」
「ふ…お前、思った以上に性格悪いな」

 いざとなれば任務を放棄する気らしい蓮に、ワンスはあきれて笑みがこぼれる。

「よく言われる」

 蓮もにっと笑う。

 ワンスはその笑顔を見て不思議と後ろめたさが薄れ、望むようにしてやるかと思う。面倒ではあるが少し相手をしてやれば蓮は気が済むだろうし、眠れぬ夜の暇つぶしにもなる。

「死んでも恨むなよ」
「死なねーよ」

 ワンスが構え、蓮もそれを見て構えた。







 激しい打撃音と、ふたりの息づかいが静かな中庭に響く。

「く…!」

 蓮の素早い動きと手数の多さにワンスは押され気味になり、たまらず後ろへ飛んで間合いをとる。ヨイチお気に入りの生意気なガキ、というイメージしかなかった蓮に思った以上の戦闘能力があることに正直驚いていた。

「は…っ相手に、なるだろ…っ」
「ふぅ…ああ」

 上がる息を整えながら、蓮はどうだと言わんばかりに笑み、ワンスも大きく息を吐いてうなずく。
 度重なる怪我等で戦闘能力がすっかり鈍っていた蓮だが、完治するやいなや護衛たちと訓練をし直し、格上のワンスとも手合わせ程度なら対等に出来るようになっていた。

 少し、おどかしてやるか。

 ワンスはふっといったん気を落ち着かせると、普段閉じている右目をゆっくり開いた。

「!」

 初めて見る、ワンスの鈍く光る金色の右目。蓮はハッとして身構える。

「いくぞ」
「っ?!」

 ワンスの覇気が一気に高まり、スピードも桁違いになる。あっという間に間を詰められて突き出された拳をかろうじて避けるが、間髪入れずに横からきた足には反応出来なかった。

「が…っ!!」

 無防備な脇腹に重い蹴りをくらい、蓮の身体は吹っ飛ぶ。受け身も取れず、雪の積もる植木へ勢いよく突っ込んだ。

 やりすぎたな。

 ワンスは覇気を治め、右目を閉じる。金眼の力はコントロール出来ているつもりだが、格下の相手につかうものではなかったと反省する。

「ぅ…い、てぇ…」
「大丈夫か、レン」

 と、植木から足を突き出した格好でうめく蓮に手を伸ばす。

「ああ…クソ…っ」

 蓮はやっとその手をつかみ、バキバキと枝を折りながら起き上がる。

「もう気が済んだだろ。部屋に戻れ」
「あ?勝ち逃げする気かお前」

 訓練は終わりにする気らしいワンスを、頭についた雪も払わずににらみつける。

「何?」
「も一回、その目開けろ。で、一発は殴る」

 再び覇気を高め、構える。

 かわいらしい顔に似合わず、口が悪くて負けず嫌いで意地っ張り。
 実力差を見せつけられて怯むどころか余計に奮い立つ蓮に、ヨイチはこんなガキのどこに惹かれたのかとワンスは思う。

「ん…レン、怪我したのか」

 ふと、蓮の右前腕を見るとスウェット生地が裂けて切れ、血が滴っている。

「あ?ああ、大したことねー」
「見せろ」
「!」

 かまわず手をつかみ、引き寄せる。

「植木で切ったんだな」

 スウェットをめくり、裂傷を確かめると顔を近づける。

「…っ?!な、何す…っんん!」

 流れる血に舌をはわせられ、蓮は驚いて腕を引こうとするがつかまれた手は動かない。傷にも柔らかな舌がはって血をなめ取られ、痛みにびくっと身体を強ばらす。

「うまいな、お前の血は」
「…は…?」

 赤く染まる唇をなめながら笑むワンスに、ゾクリと背が粟立つ。『人を食う』という彼らの特性が頭をよぎる。

「ふ…冗談だ」

 ワンスは笑って手を離し、自分の服の裾を破り取る。

「お前は治癒力が高いからな。これで大丈夫だろ」
「…」

 呆然とする蓮の右腕にそれを巻きつけた。

「チッ…」
「何だ?物足りないか」

 からかわれたことに気づき、仏頂面になる蓮に腰を屈めてまた顔を近づける。

「あ?ん…っ!」

 今度は何をするのかと顔を上げた蓮の唇に、唇を重ねた。

「ん、ふ…!んん…っ」

 熱い口内を舌が探り、逃げる蓮の舌をとらえて絡ませる。溶かされてしまいそうな濃厚なキスに蓮はびくびくと震え、ぎゅっとワンスの腕をつかむ。

「は…こっちの方がうまいな」

 ぬるりと舌を離し、ワンスは濡れた蓮の唇を親指の先でぬぐう。

「な、な、んで…っ」

 ミカビリエで生活を共にしていた時の彼は世話をするために蓮に触れることはあっても、性的な部分に関しては気にする素振りさえなかったのに。蓮は訳がわからなくて、顔を赤く染め息を荒らげる。

「こんなことしないと思っていたか?」
「あ…っ?ちょ、や…っ」

 ワンスはその様が煽られているように感じ、更に身体を丸めて首筋に唇を当てる。

「お前は今、ヨイチのものじゃないだろ?まだ物足りないなら、満足するまで付き合ってやるぞ」
「ふぁ…っ?!」

 ちゅうと首筋に吸いつき、スウェットの裾から手を入れて脇腹をなでる。蓮は声をあげ、がくんと膝からくずれ落ちる。

「…っと、立っていられないのか?」
「う、ぅ…」

 ワンスは倒れる前に腰を支えてやり、涙ぐんで身体を震わせる蓮を見つめる。キャパオーバーの深いキスで、蓮はもう身体に力が入らず、悪態をつく気力もない。このまま放っておくことは出来ないなと、ワンスは蓮を抱きあげる。

「お前の部屋はどこだ」

 と、城内に入る外階段に向かった。







 蓮の指差しに従い、たどり着いた蓮の自室に入る。深夜とはいえ、誰とも鉢合わせなかったのは運が良かった。軟禁中の罪人が身代わり護衛を抱いて歩いているのが見つかれば、大騒ぎになるだけでは済まないだろう。

「く、う…っ」

 ベッドに沈め、上に覆い被さると蓮はますます震えて顔を反らす。

「ぁ…っや、だ…」

 蓮の下半身に手をやると、避けるように腰をよじらす。

「そんなに怯えるな。食いやしない」

 体力を食われることに怯えているのかとワンスは思うが

「ひ…!」

 ベッドが少しきしんだだけで蓮は悲鳴をあげる。

「お前、まさか行為自体が怖いのか?」
「…っ」

 蓮がぐっと唇を噛み、図星かと思う。

「何故だ?身代わりとして、散々犯されてきただろ?ヨイチにだって何度も…」
「し、知るか…っ」

 潤んでいた蓮の黒い瞳からポロポロと涙がこぼれる。セックスも戦闘訓練の延長のような気分で、慣れているはずの蓮の誘いにノッてやったつもりだったのだが。誘っていたのではなかったのかと、ワンスは拍子抜けする。

「生娘みてえだな…。面倒くさくて嫌なんだが…」

 と、ため息をつく。元々処女の相手を嬉しくは思わない質なのだ。

「お前なら構わないと思うのは何でだろうな」

 ニヤっと笑い、蓮の汚れたスウェットに手をかけた。
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