白銀色の中で

わだすう

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48,学校

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「お前、学校行かねーの」

 翌日。蓮は自室のベッドに寝転び、ヒナタに話しかける。彼はベッド脇のテーブルに着き、算数の問題集とにらめっこ中だった。

「…あんなとこ、行かない。勉強ならシオンが教えてくれるし、レンと一緒にいたい」

 ヒナタはちらりと蓮を見てから問題集に目を戻し、ボソボソと言う。ヒナタの向かいには家庭教師代わりのシオンが座り、計算間違いを指摘していた。

「ふーん…」

 蓮はそれ以上突っ込まず、天井に目をやる。シオンは何故急にそんなことを聞くのかと思い、蓮を見つめた。

 ヒナタは蓮が城に戻ってから、ほとんどの時間を蓮のそばで過ごしている。蓮と離れていた空白の時間を取り戻すように。おかげでヒナタの精神状態は安定しており、蓮も特に気にしていなかった。
 しかし、ヒナタは今10歳。本来なら学校に通い、勉強と共に年齢の近い子どもたちと社会性を学ぶ時期だ。
 今までに数回、教育担当の大臣らに、やんわりと学校への通学を促されたがヒナタは毎回拒絶していた。養護施設にいた頃も学校は休みがちだったらしく、シオンやクラウドが促しても同じだった。そこでシオンが仕事の合間に勉強を教えることを提案し、大臣らは仕方なく妥協している。王も気にはなっていたが、通学することが全てではないし、ヒナタの気持ちに任せようと思っていた。
 昨日、王が蓮から『罰』の話をされた時に思いついたのはこの件だった。王は蓮に、ヒナタに学校へ行くよう話してほしいと頼んだ。だが、高校を中退した蓮が自分を棚に上げて、学校に行けと言うのはあまりに説得力がない。蓮はそう話したが『罰の代わりだよ』とにっこり言われ、渋々引き受けた。ヒナタが最も信頼している蓮から言われれば、少しは気持ちの変化があるかもしれないと王は考えたのだ。


「それ、も、終わるか?」

 数分後、蓮はベッドから起き上がると、ヒナタの問題集を指してシオンに聞く。

「そうですね。では、キリも良いので終わりにしましょうか」
「うん!やったっ!」

 いつもより早めに終わったため、ヒナタは喜んで問題集を閉じる。

「じゃ、行くか」

 蓮は立ち上がって自分のフード付きマントを手に取る。

「遊びに行くの?」

 いつもねだらないと遊んでくれない蓮がどこかに連れて行ってくれるのかと、ヒナタは目を輝かす。

「シオン、お前も来い。案内しろ」
「?…はい」

 蓮に命じられ、シオンはどこに行くのかわからないがとりあえずうなずいた。







 3人がやって来たのは城下のシューカ街。メインの大通りはすっかり活気を取り戻し、行き交う人々でにぎわっている。
 外出が嫌いな訳ではないヒナタは蓮の腕をしっかりつかみ、にこにこと歩いていた。大好きな蓮と一緒に歩くだけでも楽しいのだ。

「レン様、どこへご案内すればよろしいのですか」

 ふたりの斜め後ろを歩くシオンが蓮の耳元に顔を寄せて聞く。命じられて送迎車の手配をし、付いて来たのはいいが、具体的な目的は何もわからない。

「あ?お前の母校」
「街の学校ですか。構いませんが…」

 シオンは何となく蓮の目論見に気づき、ヒナタをちらりと見る。

「学校?何で…っ?」

 ヒナタは驚き、不安げな表情になって蓮を見上げる。学校は行かないと言ったばかりなのに、だまされた気分になる。

「ひとりで帰るか?」
「えっ?!や、ヤダよ!」
「なら、黙ってろ」
「レン…」

 冷たく言われても蓮の腕を離せない。何故蓮がこんな仕打ちをするのか疑問と不満で泣きそうになり、うつむいた。




 数分歩き、3人は街の学校前に到着する。
 ウェア王国では基本、街にひとつ学校があり、初等部から高等部までが同じ敷地に建っている。義務教育は中等部までだが。
 王国で最も人口の多いシューカ街の学校は数千人の生徒を受け入れており、正門からして大きく、頑丈そうな造りで、敷地も建物も大規模だ。

「では、許可を取って参りますのでお待ちください」
「別に入ってもよくね?」
「なりません。お待ちください」

 学校に部外者が許可なく入ることは出来ない。シオンは門を飛び越えようとした蓮を制止し、門横のインターホンを押した。




「ようこそ、初等部へ。私がご案内します」

 すぐに見学許可は通り、初等部の教頭が昇降口で3人を出迎える。教育者らしくキッチリした服装で、一見気難しそうな男だ。

「いらねーよ」
「はっ?」

 横を通り過ぎ、勝手に校内へと入って行く蓮に、教頭は顔をしかめる。

「失礼しました。お忙しいのにお手をわずらわせて申し訳ないとおっしゃりたいのです」

 シオンがにこやかにフォローする。

「ああ、なるほど。お気になさらずに。こちらです」

 教頭は一応納得し、蓮の前へ進み出る。

「マジ、ジャマくせーんだけど」
「レン様」

 別に学校の説明を聞きたくはない蓮は悪態をつくが、シオンが威圧的に見下ろす。

「…チッ」

 仕方なく舌打ちし、黙ることにした。





「何度かウェア城からお問い合わせのあったお子さんですよね。ようやく来ていただいて安心しました」

 広い廊下を歩きながら、教頭が話す。ヒナタは城に来てすぐに学校へ通う予定だったので、転入の申込みはしていたのだ。拒否してしまったため、保留状態だった。

「こちらが4年生の教室になります」

 教室のドアを開けると、授業中の生徒たちはざわっとして一斉にこちらへ振り向く。

「ホラ、後少しで終わるから!集中しろー!」

 見学があることを聞いていたらしい担任教師は慣れた様子で手を叩く。生徒たちは背後を気にしながらも前に向き直った。



 数分後。授業が終了するなり、生徒たちはわぁっと蓮たちの方へ押し寄せ、囲む。

「転入生?いつから来るの?」
「カッコいいー!あなたのお兄さん?!」
「遊ぼー!校庭行こうよー!」
「…っ」

 矢継ぎ早に話しかけられて、ヒナタは表情を強ばらせて蓮の腕を握り、背後に隠れてしまう。

「今日は見学だけなんだよ。校庭は君たちだけで行っておいで」

 教頭は気難しさがふっと消え、優しく生徒たちを促す。

「はーい!」
「俺、見学について行く!」
「わたしもーっ」

 数人はバタバタと教室を出て行き、数人は教頭を見上げてねだる。

「おやおや…。構いませんか?」
「ええ」

 苦笑いして教頭が聞くと、シオンは微笑んでうなずく。他人に興味のない彼は子どもがいても、特に気にならないのだ。

「…ウゼー」
「レン様」

 また嫌がる声と態度が出てしまう蓮を威圧する。

「レン、レンさんって言うの?」

 目の前にいる珍しい髪色の『お兄さん』の名前がわかり、ひとりの女子生徒が目を輝かす。

「あ?」
「かわいい名前!」
「顔もかわいいね!似合ってるっ」

 名を呼ばれた蓮が目線を下げ、かわいらしい顔立ちも見えて女子生徒たちはきゃあきゃあとはしゃぐ。

「れ…っレンはカッコいいし、強いんだぞ!1番なんだ!!」

 彼女らの勢いに押されそうになっていたヒナタは、ぎゅっと蓮の腕を握る力をこめると声をあげた。自分の知る蓮は『かわいい』のではないと言ってやりたかったのだ。

「えーっ!すごいね!」
「かわいいのに、強いんだ!」

 ヒナタの話に生徒たちはいっそう盛り上がる。

「こっちのお兄さんは?」

 と、シオンを指す。

「シオンも強いぞ!ごえいちょーだったんだ」

 ヒナタはシオンの服のすそを引き、得意げに言う。

「何それ?強そう!」
「背、高ーい!」
「強いお兄さんがふたりもいるなんていいなぁ」

 口々に驚かれ、うらやましがられ、とても誇らしい気持ちになる。

「うんっ」

 にっこり笑い、うなずいた。






 ひと通り校内を見学し、3人は学校を後にすることにした。

「では、待っていますよ、ヒナタ君」
「またねー!」
「次は遊ぼーなー!」

 教頭と同級生の生徒たちから手を振られ、ヒナタはおずおずと小さく手を振り、門を出た。





「どうでしたか、ヒナタ」

 歩きながら、シオンが聞く。

「前、行ってた学校と違った…。俺の眼のこと、誰も言わなかった」

 ヒナタは金色の左目にコンタクトレンズも眼帯も着けずにいた。保護施設にいた頃は眼帯で隠していても、周りの者は皆、金眼保有者だとわかったとたんに珍しがり、一歩引いた態度をとってきたのに。この学校では顔を合わせた誰ひとりとして、ヒナタが金眼であることを指摘しなかった。
 
「この学校は保有者も何名か通っていますし、皆、気にしませんから」

 と、シオンは微笑む。

 シオンもこの学校に通い始めた時にはすでに隻眼だったが、怪我の心配をする者はいても元保有者であったことを気にする者はいなかった。元々、シューカ街はそういった差別意識が少ない街なのだ。
 また、異変による保有者の暴走は起こったが、すぐにおさまり、大きな騒ぎにならなかったことも影響しているかもしれない。

「あと…ああいう話したの、初めてだった」
「ああいう?」
「レンとシオンのこと…」
「そうですか」

 自分以外の…言ってしまえば『家族』の話を他人にすることなど、今までしたくても出来なかった。本当のそれではないが、大好きなふたりの話を皆、聞いてくれた。聞いてくれたあの同級生たちの話も聞いてみたいと思った。そして、一緒に遊んでみたいと思った。

「なぁ、レン」
「あ?」
「俺、学校行って…いいのか?」

 ヒナタは蓮の腕をぎゅっと握り、おそるおそる蓮を見上げる。

「好きにしろ」

 蓮の返答はいつもと同じ。冷たくも感じるが『お前に任せる』ということ。他の大人のようにやることを押し付けず、決めさせてくれることがヒナタは嬉しかった。思えば、蓮も最初からヒナタを特別扱いせず、普通の子どもとして接してくれた。

「…うん、わかった」

 頼れる腕にほほを寄せ、うなずいた。







「レン様」
「あ?」

 城に向かう送迎車の中。ヒナタは疲れたらしく、蓮の膝に頭を預け、眠っている。

「ヒナタを学校に連れて行かれたのは陛下からのご命令ですか」

 助手席のシオンが聞く。面倒事が嫌いな蓮がこんなことをしたのは、王の依頼だったからではないかと勘づいたのだ。
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