黄金色の君へ

わだすう

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3,蔵の中

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 翌朝。夜間に何度か自宅を抜け出そうとしたが、シオンにことごとく阻まれてしまい、結局、蓮はしぶしぶ彼と共に玄関を出ることになった。荷物は不要と言われ、手ぶらでロンTにジーンズと見知らぬ場所に行くとは思えないラフな姿で。
 そして、全部、この異世界からの客人の言うがままになっていることが腹立たしくて仕方なく、かわいらしい顔が台無しな仏頂面だった。

 玄関で見送りをした母親は心配げな表情で手を振り、父親は「頑張ってこい」とだけ言った。



「こちらです、レン様」

 門に向かう蓮をシオンは何故か自宅裏手へ促す。

「ウェア王国への道はこちらにあります」
「あ?」

 シオンが指したのは自宅裏庭にある古い蔵。蓮も幼い頃に探検と称して入ったことはあるが、古めかしい巻物やら焼き物やらがあるだけで特に異常な道を見たことはない。
 シオンは慣れた手つきで錠前を外し、扉を開ける。きしむ音と共に暗い蔵内に朝の光が射し込む。

「足元にお気をつけください」
「キモい」

 扉をまたいで手を差し出したシオンを蓮は迷惑そうに一瞥し、中に入る。そんな態度にも、シオンはくっと口角を上げた。

 埃が舞い、カビ臭い蔵内を進み、突き当たったのは朽ちかけた漆喰の壁…ではなかった。天井から吊るされたゴザをめくると、和風の蔵に全く合わない洋風な装飾のされた鉄製の扉が現れた。

「どうぞ、レン様」

 いきなりの異世界感にあっけにとられる蓮をよそに、シオンはその扉を開ける。扉の中は地下室にあるような四角い通路が一直線に続いていた。薄暗くはあるが等間隔にランプが灯り、コンクリートの壁を奥まで照らしている。
 しかし、蔵の裏側は竹林があり、こんなものがあるスペースなどない。蓮は思わずシオンを見上げる。

「レン様」

 シオンは蓮の気持ちを察してか否か、再びどうぞと促す。

「…」

 蓮はもうどうでも良くなり、また仏頂面になって扉をくぐった。




 むき出しなコンクリートの壁に、コツコツと靴音が反響する。シオンの後に続き、蓮も出口の見えない通路を歩く。

「レン様」

 黙れと命令されたシオンだが、めげずに口を開いた。

「!」

 ふいに足を止めて振り向いたシオンを、蓮は思わず警戒してしまう。

「どうしました?」
「んでもねーよ。黙れっつったろ」

 蓮の様子を不思議がるシオンから、ふいっと顔を反らす。

 昨日、この男に訳もわからず犯され、辱しめられた。殺したいほど憎んでもよいはずなのに、何故かそんな気を起こさせない。シオンはそんなことなかったかのように蓮に接し、自分だけが意識しているようでバカらしくなるのだ。

「昨日、ご説明が途中でしたので、お聞きになりますか」
「あ?」
「あなたのこちらへの来訪時期は本来なら1年後です。にも関わらず、私が今お迎えにきた理由です」
「いい」
「何故ですか」
「何聞いても多分ワケわかんねーし」
「…承知しました」

 本心なのだろうが、無関心過ぎないかとシオンは少しあきれ気味で頭を下げる。父親から役目の意義をほぼ引き継いでいないことが、ひとつの原因であるとは思うが。昨日、蔵から出てきた自分を見て、開口一番すまなかったと頭を下げた実をシオンは思い返した。

「おい」
「はい」
「それより、俺に『様』つけんのやめろ」
「何故ですか」
「キモい」

 蓮は当然かのように様付けで呼ばれることが不快でたまらなかった。

「そうですか。ですが、皆前で敬称を付けずにお呼びすることは出来ませんので、『ふたりの時は』でよろしいですか」
「…勝手にしろ」

 『ふたりの時』を強調されたのは引っかかるが、蓮はぼそっと言って歩き出す。

「承知しました。では、私のことも『おい』ではなく、シオンとお呼びください、レン」
「っ?!」

 いつの間にかサングラスを外していたシオンの顔が迫ったかと思うと、キスをされていた。

「な…っ?!」

 突然すぎてガード出来なかった蓮は焦って後ずさる。シオンは腰をかがめたまま、そんな蓮ににこりと微笑む。

「もうすぐウェア王国に着きますよ」

 そして、何もなかったかのようにサングラスをかけ、歩き出した。

「…チッ」

 蓮は呆然とした後、颯爽と歩く彼の背を見て舌打ちした。






 通路の突き当たりにあったのは簡素なはしご。それを上り、頭上にある正方形の扉を押し開ける。外の光が薄暗い通路の出口を照らす。

「どうぞ、レン」

 先に地上に出たシオンに差し出された手をやはり無視し、蓮は軽々と飛び上がって地に降りた。

 ここは異世界。今まで自分がいた場所とは地理も歴史も異なる世界。

…とは特に感じることはなく、うっそうと木々が生い茂る森の中だった。天を仰げばかろうじて木漏れ日が射し、昼間なのはわかるが、前後左右どこを見ても同じような木々ばかりで方向は全くわからない。一般人なら。
 蓮が気になったのはそこではなかった。地上に出たと同時に感じた違和感。まるで、透明な膜を身体が突き抜けたような感触に。蓮はジロリとシオンをにらむ。

「お気づきになられましたか。さすがです」
「お前か」
「はい、ミノル様にご指南いただきました。お父上に比べたら、私のなどたいしたものではありません」

 蓮が感じたものは『結界』と呼んでいる術のひとつ。人や土地に施し、敵の侵入を防いだり、人の出入りを把握したりすることも出来る。人を守るために役立つ術として、蓮も実から教わってはいたが、肉弾戦を得意とする蓮は集中力が必要な術は苦手だった。
 このシオンが施した結界は少なくともこの辺り一帯を覆っており、かなりの力量を必要とする規模だ。侵入を拒むことは出来ないが、出入りの把握は容易だろう。

「イヤミだろ」
「何のことでしょう」

 くっと口角を上げ、シオンは迷いなく進む方向へ歩き出す。また舌打ちをし、蓮も後に続いた。





 深い森をしばらく歩き、ようやく開けた場所に出る。まぶしい太陽が地を照らし、蓮のいた世界と季節や時間帯はさほど変わらないようだ。しかし、足元を見ればここは雲より上、数百メートルはありそうな断崖絶壁に立っていた。はるか眼下にはミニチュアのように街が広がっている。

「ここがウェア王国です。この森は隣国との国境にあたります。通る者はまずいませんが」
「だろーな」

 登ることも下りることもためらわれる断崖絶壁と入れば出てこれないような深い森。普通、隣国へ行くのにここを通る選択肢はない。だが、今の自分たちはそれを選ぶしかなさそうである。

「跳べますか?」
「ナメんな」

 背負いましょうかと言い出さんばかりのシオンをにらみ、蓮はためらいなく底に向かって跳んだ。シオンも口角を上げ、蓮に続いた。

 時間にすれば数秒のこと。蓮は数回崖に足を着いて落下スピードを緩め、地にたどり着く。シオンもまるで鳥の着地のように、ふわりと蓮の隣に降りた。

「到着しました」

 と、シオンは胸元から丸っこい懐中時計型のものを取り出し、見ながら話す。スマホのような通信機だろうか。

「間もなく迎えが参ります」

 待ちかまえていたのか、蓮が辺りを見回す前に送迎車がふたりの横に停車した。




 送迎車の後部座席に揺られる最中、車窓を街の風景が流れる。高い建物はほとんどなく、中世ヨーロッパにアジアンテイストを混ぜたような独特な街並み。人々の服装や顔立ちも洋風のようであり、アジアのどこかの民族のようでもあり。
 蓮は近代的な通信機や車を彼らが持っているのを不自然に思う。確かに、今までいた世界とは異なる文化を持つ世界なのだと実感していた。

 いくつかの街を通り過ぎ、蓮がうとうとし始めた頃。

「レン様。あちらに見えますのが、ウェア城です」

 助手席に座るシオンが指したのは、はるか前方に見える小高い丘。城…と言われても、手前にまた深そうな森が迫り、建物のようなものはあったがそのようには見えなかった。
 森の入り口にシオンと同じ黒コートを着た男がふたり立っており、送迎車はいったん停止する。

「護衛長、お疲れさまです!!」

 と、彼らは腰から直角に頭を下げる。

「はい、ただいま戻りました。お願いします」
「はい!」

 ひとりがシオンの持っていた通信機と同じものを取り出し、操作すると森の木々の一部がズズっと動く。すると、丘に向かって一直線の車道が現れた。

「ありがとうございます」

 シオンが礼を言い、送迎車はその道を進む。大自然の中のハイテク機能に、蓮はやはりアンバランスな世界だと思った。

「…?」

 それから、黒コートのふたりが自分を見て驚きを隠せない表情をしていることに気づき、そんなに珍しいかといぶかんだ。
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