黄金色の君へ

わだすう

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22,責任

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 蓮は大会議場を抜け出し、廊下を歩いていた。まだ話し合う議題は多数あり、会議は続いているが、とりあえず言いたいことは言えた。王子はまた蓮の自室に戻ってくるだろうからいつでも話は出来るし、もういる必要はない。

「レン」

 どこに行こうかと思っていると、背後から名を呼ばれ振り向く。シオンが後を追うように歩いてきていた。

「お前が抜けていいのかよ」

 自分を棚に上げて言う。

「ええ、私が訴えたいことはもうありませんし、後で会議録を見ればよいことです」

 と、シオンは口角を上げた。

「あ、そ」

 興味なさげに歩き始めた蓮に、シオンも並ぶ。

「ありがとうございました。公の場で私をあのように庇ってくださって」
「庇ったワケじゃねーし」
「ですが、これらは全て私の責任なのです」
「あ?」
「この事件のきっかけは私の眼です。20年前、私が彼と出会わなければ、この眼を奪われなければ…彼はこんな事件を起こさなかったでしょう。きっと誰も命を失わず、怪我を負うこともありませんでした」

 自惚れでも自己嫌悪でもなく、それが事実。ザイルが死亡した今、責任の所在を問われたら自分しかいないとシオンは思っていた。

「ガチのバカか、お前」

 蓮は立ち止まり、シオンを下からにらみつける。

「好きでとられたんじゃねーだろ。その眼で生まれただけで責任あんのかよ?」

 昨夜、右目を見せられた時、彼が一番の被害者だと思った。にも関わらず、冷静に事件に向き合い対処したことに尊敬さえしていたのに。その気持ちまで責められたようで、怒りがわいてしまう。

「だったら、何でお前は護衛やってんだよ」
「…」
「とられたその眼の代わりに、王子を守ってんじゃねーの?十分責任とってんだろ。それ以上何してーんだよ」

 黙って聞いていたシオンは蓮に向き合うと、勢い良く抱きしめた。

「っ?!」

 ここは廊下のど真ん中。いつ誰が通るかわからないのに、シオンは離そうとしない。

「ちょ…っやめ…!」

 蓮は無駄とわかりながらももがく。

「あなたは…何故…」

 そうやって人の心に無遠慮に踏み込んで来るのか。言いたいことをそのまま言っているであろう蓮の言葉で、シオンはまた心に触れられたように感じる。あふれてくる、抑えようとしていた感情。

「そんなに、私に言わせたいのですか」
「ああ?」

 蓮は頭も抱えこまれて顔も上げられず、シオンが何を言いたいのか全くわからない。

「廊下のど真ん中で何しようとしてるんですかネー?」

 そこへ、療養中のはずのクラウドがいつの間にかやってきていて、顔をひきつらせてわざとらしく言う。

「お、おぃ…っ離…!」
「あなたには関係のないことです」

 蓮はいっそう焦ってシオンを押すが、ますます強く抱きしめられる。

「あるね。昨日の夜のことでこいつに話があるんだよ」

 クラウドはぐいっと蓮の腕を引っ張り、シオンから離そうとする。

「その前に医務室で休まれた方が良いのでは。傷に障りますよ」

 シオンはさせまいと蓮の肩を抱えて引き戻す。

「金眼の血縁の治癒力をナメるなよ。お前がレンのそばにいたんじゃ、おちおち休んでいられないからな」
「どういう意味でしょうか。レン様はあなたのものではありませんが」
「お前のものでもないだろ」

 俺はおもちゃか。頭上で言い合うふたりに蓮はあきれていた。一方で、こうやって言い合える関係をうらやましくも思った。腐れ縁とかいう友情みたいなものなのだろう。

「お前ら、仲良いな」
「はぁ?!どこがっ!!」
「今までの会話のどこにそのような要素がありましたか?」

 蓮の感想に、ふたりはかっとなって言い返した。

「腹減ったな」

 脈絡なくふいに蓮が言うと、ふたりとも気がそれに向く。

「そうですね。ご昼食なら私がご用意いたします」
「レン、たまには俺と食おうぜ」

 シオンもクラウドも手を離し、とりあえず身体は解放されて蓮はほっと息をつく。

「外行かないか?うまい店知ってるぞ」
「お前はおとなしくしてろ」
「うっ…!」

 外食の誘いをばっさり断られ、クラウドはショックで言葉に詰まる。

「メシはティル…王子と食うから。用意しろよ」
「…承知しました」

 王子の名を出すと、シオンはふっと我に返ったかのように立ち止まって頭を下げ

「…っ」

 クラウドも顔を強ばらせ、止まってしまう。

「?」

 何だ、こいつら。何故ふたりがこんな反応をするのか、蓮は首をかしげる。だが、これ以上付いて来なさそうなのでまあいいかと思って歩き出した。
 シオンとクラウドは同じことを考えているとお互いわかりながら、言葉は交わさずに反対方向へ足を向けた。









 その夜。

「ぅええっ?!ち、ちょ…っ!レンっ?!」

 王子の慌てる声が蓮の自室から聞こえてくる。

「あ?」
「ここで裸にならないでよ!」

 シャワーでも浴びようと服を脱ごうとする蓮を王子が止めていた。

「何で」
「ふわわっ?!な、何でも無理なの!!」

 蓮が構わず脱いでしまい、真っ赤になった顔を覆い隠して必死に叫ぶ。

「じゃ、お前先に入るか?」
「へえっ?!僕は、い、いいよっ!」

 女子かのように自分の肩を両手で抱え、拒否する。王子は他人の裸を見ることに抵抗があり、自分自身が裸になることも出来ない。その身分ゆえにそういう機会がなかっただろうから、仕方ないのかもしれないが。今は良くとも、将来を考えると色々支障が出るのではと思ってしまう。否、今も蓮と同じ部屋で過ごす上で支障が出ている。蓮はふとある考えを思いつき、服を着直した。

「この城、風呂ないのか?」










「お、サスガ広いな」

 王子の案内でふたりは城内にある浴場にやってきた。脱衣場も浴室もちょっとした銭湯くらいの広さがあり、綺麗な造りである。住み込みの護衛や使用人のための設備だが、日本ほど湯船に浸かる習慣のない国なので、利用者は少ない。風呂好きな蓮は感心して誰もいない浴場を見回し、王子は固まって入り口から動かない。

「ホラ、脱げ」
「む、無理無理っ!!」

 蓮は服を脱ぎながら王子を誘うが、ブンブン首を振られる。

「仕方ねーな」
「うひゃっ?!」

 ため息をつくと王子の上着をつかんでバンザイさせて脱がし、下もその勢いで脱がしてしまう。そして、何か言う暇も与えずに抱え上げて浴槽に投げ入れた。蓮も素早く全部脱ぐと続けて浴槽に入る。

「ぶはっ!げほっゴホっ!!」

 思い切り湯を飲んでしまった王子はやっと顔を出し、苦しげにせき込んだ。

「大丈夫か?」
「だ、だい…っ!ゲホっ…レンーっ?!」

 そばに来た蓮に、せき込みながらさすがに怒るが

「これなら、ヘーキだろ」

 蓮はにっと笑い、濡れてしまった金髪をなでる。確かに強引ではあったが、恥ずかしがる暇もなく、浴槽に入ってしまえばお互いの裸もよく見えない。

「…うん」

 王子はほほを赤らめ、うなずいた。





 背中合わせで湯に浸かった後、蓮は次のステップに早速進む。

「身体、洗うぞ」
「ぉえっ?!」
「背中流してやるから」
「無理ぃ~っ」

 嫌がる王子を強引に浴槽から引きずり出すと、洗い場の椅子に座らせた。王子は身体をぎゅっと縮ませて背を向け、顔も上げない。背中を洗っているのに、蓮はいじめている気分になってしまう。
 それにしても。蓮は王子の背を見つめる。白くて柔らかで、シミひとつない。身長も同じで、服を着てしまえば体格もほぼ同じふたりだが、そこだけは違った。女みてー。そう思いながら、シャワーをかけてやった。

「ティル、交代」
「ひゅおっ?!」

 タオルを差し出すと、王子はびくっとして悲鳴をあげる。

「ホラ、頼む」
「う、うん…」

 おそるおそるタオルを受け取った。

「こっち、見ないでね…っ」
「ああ」

 王子は洗うというより、かろうじて触れているくらいの力で蓮の背中にタオルを当てる。こっそり背後を見ると、やはり身を縮ませて目もつぶってしまっていた。俺が相手でも本当にダメなのか。蓮はどうしたものかと思う。

「れ、レンっ!もう、いい…っ?」
「ん、ああ」

 限界らしい王子の訴えに振り向くと、ばっちり目が合う。

「びゃぅあああっ!!見ないでぇえっ!!」

 痴漢かのぞきか、俺は。顔を覆って泣き叫ばれ、もうあきれるしかなかった。











「うぅー…」

 蓮の自室。王子はベッドに寝てうなっていた。短時間の入浴だったにも関わらずのぼせてしまったのだ。

「水、飲むか?」
「んーん、大丈夫…」

 蓮はやり過ぎたかと少し反省して、冷やしたタオルで額を拭いたりと世話をしていた。

「失礼します、レン様。いらっしゃいますか」

 ノックの音と共に聞こえたのはシオンの声。

「何」

 蓮は薄くドアを開け、素っ気なく聞く。

「お休みのところ申し訳ありません。ご相談したいことがありまして…」

 ファイルを手にしたシオンはふと蓮の背後を見て言葉を失う。

「ど…どうされたのですか?王子!」

 ベッド上でぐったりしている次期国王の姿に、さすがに驚く。

「あー何でもねーよ」

 蓮はごまかそうと身体で入り口をふさぎ、部屋に入ろうとするシオンをガードする。

「何でもない訳がないでしょう。何をされたのですか」
「うっせーな。ちょい待ってろ」

 問い詰めるシオンにそう言うと

「ティル、寝てろよ」

 王子の頭をなでてから部屋を出た。






 人のいない4階と5階の間の階段の踊り場まで蓮はシオンを連れ出し、王子と入浴したことを話した。

「なんて強引なことを…」

 シオンはあきれて額を押さえ、ため息をつく。

「あの方はそういったことに全くご縁がありません。無理に押しつけてはご体調を崩されてしまいます」
「…」
「レン、あなたがそこまでなさる必要はありませんよ」
「…わかってる」

 優しくたしなめるシオンから、蓮は仏頂面で目を反らした。
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