黄金色の君へ

わだすう

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26,選考試験

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「ん…」

 蓮は目を覚ました。

「おはよう、レン」

 腕枕をしたクラウドが顔をのぞきこみ、にっと笑う。

「?!」
「なんてな。まだ昼…っと!」

 蓮は飛び起きると反射的に殴りかかるが、軽々と拳を受け止められる。

「ベッドを共にしたやつを殴ろうとするなよ」
「…っ」

 クラウドは上半身を起こし、蓮の手をつかんだまま抱き寄せる。

「レン…すげえ、かわいかった」

 乱れた黒髪をなで、満足げにほほにキスをする。

「…チッ」

 蓮はほほを赤く染めて舌打ちし、クラウドの胸元を押して身体を離した。彼とのセックスが気持ちいいと感じてしまったことが悔しくて仕方がない。

「俺と付き合うの悪くないだろ?」

 それに気づいているのか、クラウドは嬉しさを隠さずににこにこと聞く。

「付き合わねーよ、キモい」

 蓮は不機嫌なままベッドを降り、床に散らばっていた自分の服を拾い集めて着る。

「もう少しゆっくりしていけよ」
「るせー」

 上半身裸のクラウドもベッドを降りて蓮を抱きしめようとするが、ぎゅっと顔を押されてしまう。

「また後でな」
「二度と来るな。仕事しろ」

 蓮はドアを開けるとひらひらと手を振るクラウドをにらみ、乱暴にドアを閉めた。

「仕事復帰は来週からなんだよな」

 クラウドはそんな素っ気ない態度もかわいくて笑ってしまい、つぶやいた。











 数日後。

「つ…っ!」

 闘技場でいつものように護衛たちと戦闘訓練をしていた蓮は、護衛の蹴りをまともに右腕にくらった。

「あ…っ?!も、申し訳ありません!レン様!!」

 まさか当たると思っていなかった護衛は焦って謝る。普段の蓮なら、この程度の攻撃は簡単に避けるか受けるか出来たはずである。

「レン様!大丈夫ですかっ?!」

 見ていた護衛のひとりがタオルを手に蓮にかけ寄る。

「ああ、ヘーキ」

 蓮はそう言っても、痛みで顔をしかめ、腕は赤く腫れ始めている。

「治療いたしましょう!こちらへ…っ」

 護衛は闘技場内の休憩室へ蓮を促す。応急手当の出来る道具はそこにそろっているのだ。

「ヘーキだって」
「いけません!!」

 蓮の怪我は護衛たちにとって一大事。蓮は彼の剣幕に圧され、しぶしぶ一緒に休憩室へ向かう。

「お前、レン様に怪我させるなんてシオンさんに怒られるんじゃないか?」
「ええっ?!」
「クラウドさんにも因縁つけられるかもな」
「そっそんな…!どうしたら…っ」

 他の護衛たちにからかわれるようにおどされ、蓮に蹴りを当てた護衛はいっそううろたえる。

「おい」

 聞いていた蓮はぴたっと足を止めた。

「あいつらは関係ねーだろ」

 と、殺気を込めてギロリと彼らをにらみつける。

「は、はいっ!」
「失礼しました!!」

 護衛たちはさぁっと青ざめ、あわてて片膝を着いて頭を下げる。

「れ、レン様ぁ~っ」

 相手の護衛は泣きながら、休憩室へ入る蓮を追いかけて行った。

「レン様、あのおふたりと何かあったのか…?」
「さぁ…?」

 護衛たちは膝を着いたまま、こそこそと話した。





 戦闘訓練は早々に切り上げられ、蓮は自室に戻っていた。まだ王子の講義は終わっていないらしく、ひとりでベッドに座り、ため息をつく。ぴっちりと包帯の巻かれた右腕を見る。骨や筋に異常はなく、打撲だけだったが大げさに治療されてしまった。
 ここ何日か、なんとなく調子が悪い。原因はわかっている。周りには悟られないようにしていたが、この怪我は失態だったと蓮は落ち込んだ。


「レン、ただいまーっ!」

 しばらくして、講義を終えた王子が元気に部屋へ入ってくる。

「お帰り」
「今日はレンの方が早…っ腕、どうしたの?!」

 腕の包帯に気づき、血相を変えてベッドにかけ寄る。

「ああ、ちょっとな」
「怪我したの?!痛い?!」
「いや、もうヘーキ」

 おろおろする王子に、蓮は苦笑いする。

「そう…でも無理しないでね」
「ん…」

 シオンもこうして心配するだろうか。痛いだろうとあわれむか、何をしているのかと怒るか。クラウドは相手の護衛を責めるだろうから、バレないようにしてやらないと。関係ないと言っておきながら、彼らのことを考えてしまっていることに蓮は自嘲する。

「やっぱり痛いの?」

 ぼーっと腕を見ている蓮が、王子はまた心配になる。

「ヘーキだって」

 蓮はにっと笑って右腕を伸ばし、王子の金髪をなでる。王子はその心地よさにほほを染めて目を閉じた。

「あ、そういえば、レンも明日の護衛選考試験に参加するんでしょう?」

 忘れていたが、今朝、戦闘訓練に行く前にシオンが自室にやってきてそのようなことを言っていた。訓練が出来ないと文句を言ったが、この腕ではどのみち出来なかったなと蓮は思う。

「大変みたいだけど、よろしくね」
「ああ…」

 ほほに当てた蓮の手に、自分の手を添える王子の笑顔に少し癒された。










 翌朝。

「誰にやられた?!教えろ、レン!!」

 予想通り、クラウドは蓮の腕を見るなりつかみかからんばかりに怒鳴る。

「うるせーよ」

 と、蓮はうっとおしげに彼をあしらう。怯えていた相手の護衛には心配ないと伝え、彼の名を言うつもりはない。

「おい!レン…っ」
「集合してください」

 しつこく追及するクラウドをさえぎるようにシオンが声をあげた。集まっていた王室護衛たちは護衛長のそばに整列し、姿勢を正す。10名ほどの護衛たちが黒コートに青布を身につけた正装で、早朝から集まっていたのは闘技場。補充される護衛の選考試験が行われるためだ。
 通常、王室護衛は毎年数名が退職し、その分だけが新たに採用される。採用資格は明確にはないが、戦闘の実力はもちろんのこと、何かしら王室にコネがないと就くことは難しい。今回のように20名以上が一度に解雇された前例はなく、コネだけではとても補充出来ないため、初の試みで公募に踏み切ったのだ。
 王室護衛は比較的マイナーな職業と言え、仕事内容も身体面、精神面共に過酷を極めている。しかし、想定外な人数の応募があり、募集期間途中で締め切るほどだった。まず、応募があった300名以上の履歴書から明らかな冷やかしと思われる者などは落とし、残った受験者、約220名がここウェア城にやって来ている。
 現在、なにぶん人数が多いため、闘技場横の外のスペースに続々と集合中である。

「早朝からお集まりいただきありがとうございます。予定通り、本日と明日、2日に渡り新たに補充する護衛の選考試験を行います。本日は筆記試験と面接、明日は手合わせによる実技試験を予定しています。220名という多人数ではありますが気を抜かず、よく見極めて選考してください」

 シオンの説明に護衛たちは一斉に返事をする。

「220人も来てんのかよ」

 列を外れているひとりラフな服装の蓮は、不機嫌な顔で悪態をつく。

「筆記試験、一般教養と護衛法だけらしいぞ。王室法も入れないと意味ないよな」

 同じく列を外れ、腕組みしたクラウドがぼやく。

「知らねーよ。マジメか」

 言っていることは優等生な彼に蓮はあきれた。

 あれから今日の仕事復帰まで、クラウドは毎日戦闘訓練を行っている蓮を見に行っては護衛たちにプレッシャーを与えて早く切り上げさせ、蓮とふたりでいる時間を少しでも作った。蓮は素っ気なくあしらいながらも、避けることはしなかった。ただ、モヤモヤした気持ちは抱えたままだったが。

「では、順次受験者の方たちをお呼びしますので、所定の位置につき、準備をお願いいたします」
「不正見つけたら、その場でシメていいのか?」

 護衛たちへ指示をするシオンにクラウドが聞く。

「その場では行わず、まず私に報告をしてください。不正の内容によってはお任せします」
「はいよ」

  一応の許可が出、クラウドはニヤリと笑って移動をする。

「…」

 蓮は無表情だが、何人かカンニングしねえかなと内心楽しみにしながらクラウドに続いて移動した。




 ドーム球場並に広い闘技場の一画に長机と椅子が並べられており、護衛数名に引き連れられてやって来た受験者たちがそこに座っていく。さすが、王室護衛を志すだけあって体格が良く、腕に覚えのありそうな者たちが多い。その中の何人かが試験官として立つ護衛のひとりを見てぎょっとする。それはもちろん、蓮だ。ひとりだけラフな服装なうえ、ひときわ小柄で珍しい黒髪。目立ってしょうがないというのもあるが、気づいてしまう者もいた。次期国王、ティリアス王子と同じ顔であることに。
 チラチラと驚きを隠せない顔で蓮を見ながら受験者たちが着席していくことに、蓮本人より先にシオンが気づく。下手すればパニックになるかもしれないと対策に動こうとした時、ひとりの受験者がふらっと列から離れる。

「ティ、ティリアス様…っ!」
「おいっ!お前、待て!!」

 近くの護衛が止めるのも聞かず、蓮に向かって走り出す。

「ティリアス様ぁあ!!お会いしたかっぐおぅっ?!」
「ぅおっ?!」

 突進してきた彼に驚き、蓮は反射的に左拳で思いきり殴ってしまった。彼は勢いよく床に背を強打し、倒れる。

「あ、ワリ…」

 突然のことで手加減出来ず、しまったと思って声をかけようとすると

「なんて、キレのいい拳…っす、素晴らしい…っ」

 彼は鼻血を垂らしながら顔を上げてほめたたえると、気絶した。
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