黄金色の君へ

わだすう

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35,ピクニック

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 機嫌よく仕事をしに行ったクラウドと別れ、蓮は2週間ぶりに自室に戻ってきた。そして、こっちの世界でひとりになるのは久しぶりだと気づく。自分の世界ではいつもひとりなのに、何となく寂しく感じて不思議に思う。
 不在の間も使用人が掃除をしてくれていたらしく、きれいに整った部屋…に、人の気配がある。ベッドの毛布が人の形にふくらんでいた。

「…?」

 おそるおそる毛布をめくると、何とも見間違えるはずのない輝く金髪が目に飛び込んでくる。もうすぐ国王となるティリアス王子が蓮のベッドで眠っていたのだ。

「ティル…!」
「ん…レン…?」

 蓮の声に王子は身動ぎ、目を覚ました。金色の瞳が驚いている蓮を映す。

「何で…」
「あ、ご、ごめんね!さっき来たんだけど、レンがいなかったから待ってたら眠くなっちゃ…っ?!」

 あわてて起き上がった王子を、蓮は抱きしめていた。

「レン…っ?」

 王子が苦しげに名を呼ぶが、かまわず強く抱きしめる。ずっと同じ場所にいたのに、会えなかった『普段の』王子がいる。会いたくて会いたくてしょうがなかった、唯一無二の友達。抱きしめていないと、嬉しくて泣いてしまいそうだから。

「驚かせんなよ…いるなら、いるって…」

 もっと気のきいた言葉があるだろうに、絞り出すように口から出たのは文句だった。

「本当にごめんね…!早く、会いたかったから…っ」

 また謝る王子の身体を少し離して顔を見つめ、にっと笑う。

「俺も、会いたかった」




 ふたりは存在を確かめるようにお互いの手や顔に触れた後、並んでベッドに座り話していた。

「体調くずしたり、怪我したりしたって聞いたよ。今は大丈夫なの?」
「ああ」

 心配そうに聞く王子に、 蓮はうなずく。

「お前は?忙しいんだろ」
「うん、でも明日の朝までは自由にしていいって。『王子』としてレンと会うのは最後になる…のかな」
「あ?」
「明日から継承式までの2週間、僕は部屋にこもって誰とも会っちゃいけないんだ。正しくは最終日の戴冠式までだけど…。あれ?蓮も継承式の説明聞いているよね?」

 初耳といった風に聞く蓮に、王子は首をかしげる。

「あー…かもな」

 2週間前の説明会にきちんと参加していれば、聞いたかもしれないと蓮は思う。

「僕が実際やるのは最終日の戴冠式と国民への言葉を発表するだけなんだ。馬車でのお披露目とか他国からの来賓に会ったりするのはレンなんだって。大変なことばかり押しつけているみたいで…ごめんね」
「いいって。そのために俺はいるんだろ」

 申し訳なさそうにうつむく王子の頭をなでる。

「うん…でも…」
「んな顔すんな」

 頭をなでていた手を滑らせ、両手で王子のほほを包む。

「明日まで自由なら、街行かね?」
「ふえっ?!」

 やっぱりその提案するんだと、王子は驚嘆した。

 王位継承式前のこの時期に外出するのはさすがに無理だと、王子は渋る蓮を何とか説得していた。

「あ、そうだ!中庭行こうよ!お昼ご飯をお弁当にしてもらってさ」
「ん…お前がそれでいいなら」
「いい!いいよ!レンと一緒にご飯食べられるなら、十分だよ」
「…わかった」

 蓮がうなずき、ほっとする。

「じゃあ、早くお弁当を頼みに行こう、レン!」
「ああ」

 蓮の手をぎゅっと握り、部屋を出る。

「…」

 本来なら、食事も共に出来ない関係でいるべき。蓮はシオンにそう言われたことを思い出す。それを思えば、これ以上を望むのは間違っているかもしれない。けれど、5カ月前にした約束を王子は覚えていないのかと少し、落ち込んだ。







「いい天気だねー…」
「…ああ」

 城の中庭にふたりはいた。きれいな芝生に座り、雲ひとつない青空を見上げる。王子はきっと外に出て空を見るのも久しぶりなのだろう。眩しそうに金色の瞳を細め、そよぐ風がさらさらと金髪をなびかせる。しかし、ここは四方を高い壁に囲まれた中庭。本当の意味での外ではない。

「レン、そんな顔しないで」

 と、そんな蓮の気持ちを察してか、今度は王子が言う。

「僕、ちゃんと覚えているから大丈夫だよ。継承式が終わったら…約束、ね?」

 少し照れたような顔で、にっこりと微笑む。

「ティル…」

 落ち込むことはなかった。蓮との約束を王子が忘れるはずない。継承式が終われば時間が出来るだろうし、街にはいつでも行ける。

「ああ」

 蓮はまた抱きしめたいのを抑え、うなずいた。

「ね、さっそくお弁当食べようよ!」

 用意してもらった昼食の入っているバスケットをふたりで開ける。

「わあ、すごいおいしそうっ」
「分厚…」

 ふたりで食べるには多い量のサンドイッチが詰められていて、王子は目を輝かせ、蓮は謎の具材が挟まったそれの厚みにやや引いた。




 ふたりはサンドイッチを頬張りながら、会えなかった5カ月間の出来事を話した。

「…それで、経済のことを勉強し直したんだよ!専門の大臣がいるのに、僕がそんなに細かいこと知っててどうするんだろうって」
「大臣クビになるんじゃね」
「ねー!辞めさせちゃうのって言えば良かったよー」

 いつもは噴水の水音と小鳥のさえずりしか聞こえない中庭が、ふたりの会話と笑い声で包まれる。ピクニックのようで、ふたりは楽しかった。


「あ、レン!果物食べたくない?」
「果物?よく食えるな、お前」

 サンドイッチだけでも食べ切れないくらいの量なのに、蓮はため息が出てしまう。

「レンと一緒だからだよ」
「…ん」

 にっこりと微笑まれ、照れくさくなる。

「あっちにリンゴの木があるんだ。取って来ようよ!」
「リンゴ?」

 この世界にも同じ名前の果物があるのかと、立ち上がって王子の後について行く。

「ほら、これだよ」

 王子の指す木には赤い果実が鈴なりに実っていた。

「取ってあげるね」

 と、王子は実るリンゴに手を伸ばすがあと少し届かない。うなりながら背伸びをしたり、跳ねたりする王子を見て、本当にあと2週間でコイツは国王になるのかと蓮は心配になる。少し跳び上がれば、すぐに取ることは出来るけれど。蓮は王子の股の間にずぼっと頭を突っ込んだ。

「ぅひゃおっ?!」
「俺の頭つかめ」

 と、驚く王子の両太ももに手を添える。肩車をしようというのだ。

「んえ?!こ、こう?」

 王子は説明不足で訳がわからないまま、蓮の黒髪に両手を乗せる。

「おわわっ?!ちょ、レンっ!怖い!!」

 蓮が立ち上がり、肩車などされたことのない王子はまた驚いて蓮の頭を抱える。

「ヘーキだって。顔上げろ。取れるだろ」

 言われておそるおそる顔を上げれば、目の前に赤いリンゴがある。

「あ…うん」

 王子はその実に手を伸ばした。

「レン、取れた…っん?」

 ふたつリンゴを手に取ったことを報告しようとした王子の鼻先に、すーっと黒い毛虫が下がってくる。

「むぎゃあぅあぁっ!!虫っ!!」
「うおっ?!」

 それにまたもや驚いた王子がのけ反り、蓮は支えられずに身体を後ろへ持っていかれる。王子と共にひっくり返る寸前に、頭を抜いて身体を反転させ、王子の頭と背中を地面ギリギリでなんとか受け止める。

「…あっぶねー」

 ほっとして、芝生に顔を伏せた。

「ひぅいい…っビックリしたぁ…」

 王子はというと、驚きのあまり両手にリンゴを握ったまま、涙目で固まっていた。

「っぶ、あははは!ティルおもしれーな」

 その滑稽さに蓮は吹き出して笑う。

「ちょっとレン!笑い過ぎだよ!!」

 王子は顔を真っ赤にして怒った後、一緒に大笑いした。





「甘い?」

 芝生に座り、取ってきたリンゴをふたりでかじる。

「んー…まあまあ」

 形と色は同じだが、蓮の世界のリンゴより小ぶりで甘味も少ないように思う。

「こっちの方が甘いかも。交換する?」

 王子が食べかけのリンゴを差し出す。

「いや」
「えっ?…っん!?」

 蓮は王子の後頭部に手をやると、目を丸くする王子と唇を重ねた。舌を差し入れ、口内を探り、噛みくだかれた果実を絡め取る。

「…っあ、ふ」
「ん、あま」

 取ったリンゴを味わい、満足げに唇をなめる。

「れ、れ、レンっ!!いきなり何する…っあ…」

 王子は突然の濃厚なキスにまた顔を真っ赤に染め怒ろうとして、はた、と動きを止める。

「あの、さ…レン」
「あ?」

 もじもじと言いよどんでいる王子に、蓮は何事かと首をかしげる。

「今、ココが、その…熱くなって、大き…むぐっ?」

 王子の目線が己の下半身に注がれたことで勘づき、それ以上は言わせないと手で口をふさぐ。

「部屋戻るぞ」

 食べかけのリンゴをバスケットに詰め、王子の手を取って立たせた。







 ふたりは王子の自室に来ていた。蓮の部屋よりは、急な侵入をされる可能性が低いからだ。新しい王子の自室も行きづらい場所にあるなと蓮は思う。
 蓮が王子の異変に気づいて場所を移動したのは、中庭に王室護衛が5名、身を潜ませていたため。こんな時期だから、王子から目を離せないのだろう。全員気配を消していたが、肩車をしてひっくり返りそうになった時とキスをした時に一瞬高まった彼らの覇気で人数と場所を大体把握した。キスは彼らに見せつけるつもりはなく、自然にしたくなっただけ。しかし、王子の卑猥なセリフとこの状態は見せたくなかった。

「お前…あんなキスでタったのか?」

 王子とのキスは初めてではなく、勃起するほど性的快感を与えてしまうとは思わなかった。

「た…タツって…?ココが大きくなること?」
「…」

 まさか知らないのか。確か、コイツは同じ年齢だったはず。蓮は自分の記憶を疑う。

「あのね、レンと会ったら聞こうと思っていたんだけど…最近、夢を見てから起きると下着に何か…白いのがついてたりして…何だろうって」
「…夢って」
「レンの…裸、とか、き、キスするとか」

 いくら性的なことをシャットアウトしてきたからとは言っても、その生理現象に近いことすら知らないのはマズイのではと思った。夢精を今さら初体験は遅すぎる。しかも、蓮をその対象にしているのはかなりマズイ。

「僕、病気なの…っ?もしかしたら、し、死んじゃうような…っ」

 蓮が黙ってしまったことで、王子は泣きそうになってうろたえる。

「あー…違うって。それがフツーだ。俺もなるし」

 やや普通ではないが、蓮は一応そう言っておく。

「そうなの?レンも?…そうなんだ…良かった…」

 王子は心底安心したようで、ほーっと息を吐いて脱力した。
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