黄金色の君へ

わだすう

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41,恋敵

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 唯一の女性王室護衛、ライカは小さな紙袋を持ち、城の廊下を歩いていた。袋には料理下手な彼女なりに一生懸命作った焼き菓子が入っている。4階に着き、ドアの数を数える。先輩護衛に教えてもらった護衛長シオンの部屋を確認し、ぽっとほほを染めた。

 ライカはシオンに恋心を抱いていた。今まで弟を守ることに全力を注ぎ、人並みの恋愛に興味のなかった彼女にとって、初めての恋。
 護衛長という権威をひけらかすことなく、進んで任務にいそしむ姿。別格な強さを鼻にかけない優しさ。そして、数日前に見た端正な顔立ちときれいな笑顔。シオンを思うだけで胸が高鳴ってしまう。
 護衛という職務に就きながら、恋愛にうつつをぬかしている場合ではないかもしれないが、初めての感情を抑えられないのだ。告白するつもりはないが、自分の不注意でぶつかってしまったお詫びを渡し、少しでも気にかけてもらえたらと思っていた。

「!」

 そのシオンの自室ドアが開き、ライカは思わず柱の陰に隠れる。出てきたのは部屋主のシオンと…何故か蓮。

「…?」

 まだ日勤の時間にもならない早い時間。シオンが蓮の世話役であるとはいえ、普通自室に泊まらせたりはしないだろうと疑問に思う。

「…朝食なら私がお持ちしますよ。食堂では落ち着かないでしょう」
「お前に見られて食う方が落ち着かねーし」
「私はあなたを見ていると落ち着きます」
「キモい」

 聴こえてきた会話も何かおかしい。妙に馴れ馴れしくて、先日の説明会でのふたりの様子とだいぶ違う。ライカは食堂に向かうシオンと蓮の後をこっそりとついて行った。







「え?シオンさんとレン様の関係?」

 ライカに聞かれ、先輩護衛たちは何故と思いつつ答える。

「シオンさんはレン様の世話役で…」
「仲いいですよね。お互いを信頼しているというか」
「ああ、無口なレン様もシオンさんとはよくお話しされているよな」

 ふたりのほほえましい様を思い出して、皆うなずく。

「おい、待て。おふたりの話をしていると、あの人が…っ」

 先輩護衛のひとりがはっとして口を挟むと

「シオンとレンが何だって?」

 いつの間にかやって来たクラウドが彼の肩にぽんと手をおく。

「く、クラウドさん?!」
「さすが、地獄耳…っ」
「はぁ?!何だと?!」

 クラウドは口が滑った彼に怒鳴り、黒コートの胸元をつかみ上げる。

「ぐぇっ?!す、すみません…っ!」
「お前ら、新人に変なこと吹き込むなよ!レンは『俺と』仲がいいんだよ!!」

 あわてて謝る護衛たちに更に怒鳴りつける。シオンと蓮の仲を話されるのは腹が立つし、自分との特別な仲を周知のものにしたいのだ。

「みんなわかっていますよー。クラウドさんとレン様の仲がいいのは」

 クラウドの性格を知る彼らはうんうんと同意する。

「だろ?!おい、聞いたかライカ…っあれ?」

 クラウドは笑顔になって振り向くが、ライカはすでにいなかった。





 あの人は何か嫌。

 ライカはその場を離れ、廊下を歩いていた。クラウドのような兄貴肌のがさつな男が苦手なのだ。
 話を聞いてわかったのは、蓮が王室護衛ナンバー1と2に気に入られているということ。蓮に対して、ライカはいい印象を持っていない。王子と同じ容姿でかわいらしく、『身代わり』という重要な任務を担っている特別な人物なのはわかる。しかし、目付きも態度も悪く、やる気も王室への忠誠心も感じられず、戦闘の力量も疑わしい。何故、シオンもクラウドも先輩護衛たちも必要以上に彼を気にかけ、敬うのか理解出来ないでいた。







「レン様、今からお手合わせを願えますか」

 ライカは蓮に戦闘訓練を申し込むことにした。手合わせをすれば、蓮の戦闘の力量を見極められ、圧倒して負かすことで彼の不誠実さを露呈させることが出来るはず。そして、先輩護衛たち…特にシオンに、彼への好意は間違っていたと目を覚ましてもらうのだ。

「…ああ」

 ライカに鼻息荒く誘われ、蓮は引きつつも断る理由もないのでうなずく。

「…」

 ずんずんと闘技場へ向かうライカについて行きながら、今日の彼女の動向を思い出していた。


 今朝、シオンと食堂に行った時、ライカの殺気だつ視線をずっと感じていた。何なんだと思っていたら、数人の護衛たちからシオンとの関係を彼女にたずねられたと聞かされた。そして、今、訓練に誘ってきたにも関わらず、あからさまな敵意を向けられている。確信したのは、彼女はシオンにほれているということ。俺は恋敵ってか。蓮はわかりやすいヤツだなと苦笑いした。


 闘技場に入り、蓮とライカは軽く準備運動をしてから向き合う。ふたりが手合わせするという話はあっという間に護衛たちに広まり、10人以上のギャラリーがすでに集まっていた。

「では、お願いいたします!」
「ああ」

 ライカは深く礼をしてから構え、蓮も構える。彼女の覇気は戦闘訓練というより、命をかけた決闘を始めるかのようだった。

「ヤァっ!!」

 新人護衛最速のスピードを発揮し、ライカはすぐに間を詰めて攻撃を繰り出す。蓮はさすが速ぇと感心しながら、その攻撃を避ける。間髪入れず飛んでくるお手本のようなライカの打撃を、蓮はすべて寸前で避けていく。

「何故…っ攻撃しないのですか…っ!!」

 ライカは攻撃を続けながら聞く。

「あ?」
「女だからと、手加減は無用ですっ!!」
「お…っ!」

 顔を狙った渾身の回し蹴りに意表をつかれ、蓮は腕で防御する。

「っつー…痺れた」

 思ったより重い蹴りで、受け止めた腕をさする。

「ふざけているのですか?!それとも、私では訓練相手にならないとでも思っているのですか!!」
「るせーな。攻撃したら終わっちまうだろ」

 怒鳴るライカに、蓮はうっとうしげに言う。

「やはり、そうなのですね…!本当に終わるかどうか試してくださいっ!!」
「チッ…」

 そうじゃないと思いながら、聞く耳を持たないであろう彼女の拳を舌打ちして避ける。そのままライカの背に回ると、肩をつかんで膝裏を蹴る。

「ぅあっ?!」

 こらえられずに膝をついた彼女の腕を取り、ギリッと関節をきめた。

「あ…っ?!あぁ…!」

 その痛みで動けず、ライカは肩を押さえてうめく。金眼の血縁である彼女の方が蓮よりスピードも力も上だが、素人相手が多かった彼女に比べ、蓮はプロとの実戦の場数が圧倒的に多い。実戦形式の手合わせならば、蓮の方が上手なのだ。

「参ったか」
「く…ま、参りません…っ」
「折るぞ」
「わ、私は王室護衛です…!この位で降参なんか…っ」

 蓮のおどしにもライカは屈しない。

「ふーん…」
「あ、ああぁっ!!」

 更に腕を締め上げられ、激痛に悲鳴があがる。見学している護衛たちは蓮がライカの腕を折ってしまうのかと、息を飲んで見守る。しかし

「参った」

 蓮はふっとため息をつくと手を離した。

「え?!な、何で…っ?!」

 まさかの蓮からの投了に、ライカは驚く。

「だって、お前降参しねーし、マジ折るワケにいかねーし」
「ば…っ馬鹿にしているのですか?!そんな情けをかけるなんて…っ!」

 きめられていた腕を押さえ、怒りをぶつける。

「ああ、バカだろ」
「…っ!」

 蓮の目付きが真剣なものに変わり、はっとして言葉に詰まる。

「しなくていいケガして、お前、王子を守る気あんのか?胸張って王室護衛だって言うなら、王子を守ることを一番に考えろよ、バーカ」

 王室護衛であるなら、万全の体調で君主を守れるよう努めるべき。蔑みの対象だった蓮に得意の戦闘で負かすどころか手加減された上、逆に正論を諭され、自分の不甲斐なさを思い知る。

「ぅ…う…っ」

 ライカは悔しくて情けなくて立ち上がれず、ぽろぽろと涙をこぼした。

「おい、コイツ医務室連れてけ」
「…は、はいっ!」

 蓮は呆然とふたりを見ている周りのギャラリーに命令し、数人の護衛たちがあわててライカにかけ寄る。

「…」

 護衛たちに付き添われて闘技場を出る彼女を、蓮はため息をついて見送った。

「お優しいですね」

 と、蓮の隣に並ぶのはシオン。いつの間にかやって来て、蓮とライカの手合わせの一部始終を見ていたらしい。

「だろ?」

 イヤミかと思いつつ、蓮も嫌みっぽく同意してやる。

「彼女は真面目過ぎて護衛のあり方を見誤っていました。いい薬になったでしょう」
「あ、そ」
「お見舞いに行かれてはどうですか」

 興味なさげな蓮に、シオンは口角を上げて提案する。

「俺より、お前が行った方がいーんじゃね」

 蓮はからかい気味に言い返す。

「何故ですか」

 シオンはその意味に気づいていないようで、コイツ意外に鈍感かと蓮は思う。

「いいから行って来いよ。で、伝えろ」
「はい…」

 何をさせたいのかと疑問に思いながら、シオンは蓮の伝言を聞いた。








「腕の筋を少し痛めていますが、心配ないでしょう。2、3日で完治しますよ」
「はい…ありがとうございました」

 医務室で医師に腕をテーピングしてもらい、ライカは頭を下げる。先輩護衛たちには戻ってほしいと伝え、付き添いはいない。いつもきびきびしている彼女の態度も声も今は張がなく、腕より心の方が重症のようだった。
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