40 / 53
40,誤解
しおりを挟む
ノームは闘技場前に複数人の気配を感じ、足を止めた。
「チッ…こんな時間に来る人いるんだね」
舌打ちし、ぼやく。もう夜勤に入るような時間だが、護衛が闘技場を利用しに来たのか。
「まだあきらめてませんからね、レン様」
ノームは捨て台詞を残し、休憩室の窓を開けてそこから外へ出て行った。
ノームが去り、蓮とカンパはひとまず安堵する。
「…重い」
「おあっ?!」
蓮がぼそっと訴え、カンパはほぼ全裸の蓮の上に乗っていることにはっとする。
「も、も、申し訳ありません!!」
あわてて蓮から離れ、土下座した。
「コレ、外せるか」
蓮はよろよろと上半身を起こすと、カンパに背を向ける。とりあえずこの手錠を外さないと何も出来ない。
「は、はいっ!」
カンパはさっと膝をつき、蓮の腕を後ろ手に締める手錠に手をかける。
その時、休憩室のドアが開いた。
「おい、誰かいるの、か…っ?!!」
明かりがもれていることに気づき、確認に来た黒コート姿の護衛は目の前の光景に驚愕する。
「ふぇ?」
「あ?」
カンパと蓮は間抜けな声を出して彼を見上げる。
「何をしているんだお前ぇえーっ?!」
「せ、先輩…っちょ、待ってくだ…ぐぇっ?!」
カンパは訳も話せず、腕をつかまれて頭を床に押し付けられる。
「何だ?どうしたんだ?」
もうひとりの護衛が騒がしい休憩室をのぞきこむ。
「こいつがレン様をっ!!」
「ちが、違いますっ!誤解、誤解です!!」
「この状況でどう誤解するんだ?!お前はいつか何かやるとは思っていたがっ!」
「うぐぐ…っ」
確かにこの場面だけ見れば、カンパが裸にむいた蓮を縛り上げ、ことに及ぼうとしていたとしか思えない。更にギリギリと腕を締め上げられ、頭を押さえられてしまう。
「レン様!ご無事ですか?!失礼します!」
もうひとりの護衛は黒コートを蓮に羽織らせ、カンパから遠ざけようと抱き上げる。
「…」
何でもいいから手錠を外してくれないかと、蓮はぼんやり思った。
「本当にすまなかった、カンパ」
「いえ、わかっていただいて良かったです」
医務室。ベッドに寝るカンパに先輩護衛は申し訳なさそうに謝る。蓮が話したことで誤解は解け、まさか許さんとも言えないのでカンパは苦笑いするしかない。
「いたた…」
痛む脇腹を押さえる。彼自身も蓮を守ることに必死で気づいていなかったが、ノームからの攻撃で肋骨にヒビが入ってしまっていたのだ。先ほど医師に治療を受け、それでも話をするだけで痛い。
「でも、お前ではないなら、誰の仕業だろうな?」
「…」
首をかしげる護衛から、カンパは目を反らす。ノームのことは言うなと蓮から命じられ、以前と同じようにわからないということにしていた。
「失礼します」
医務室のドアを開け、もうひとりの先輩護衛と蓮が入ってくる。身体を洗いたいという蓮に付き添い、浴場へ行っていたのだ。
「レン様、こちらへ。先生、お願いします」
彼はタオルを頭にかぶったままの蓮を、医師の前へ促す。
「ヘーキだって」
「ダメです!首も腕もアザだらけではないですか!」
仏頂面で嫌がる蓮を半ば強引に椅子に座らせた。
「カンパ、疑って悪かったな。大丈夫か?」
蓮が治療を受けている間に、彼もカンパの寝るベッドのそばに来て謝る。
「まぁ…はい」
「シオンさんには報告したか?」
カンパに付き添っていた護衛が聞く。
「ああ。クラウドさんにはどうする?」
「報告すると、俺たちが怒られそうだよなー…」
「ああ…」
クラウドの性格を良く知る彼らは天を仰いで悩んだ。
「なぁ」
治療を終え、首と手首に包帯を巻かれた蓮が彼らに声をかける。
「はい!」
「何でしょう、レン様!」
ふたりはばっと片膝をついて頭を下げる。
「お前ら、もう行け」
「は…っ?しかし、あなたを襲った者が不明な今、おそばを離れることは出来ません!」
「しばらくヘーキだろ」
「え?どういうことですか?」
蓮の言う意味がわからず、彼らは蓮を見上げる。
「仕事中なんだろ」
と、蓮はかぶっていたタオルを手渡す。彼らが闘技場に来たのは見回りの一環だったのだ。
「そうですが…っ」
「ずっとついてこられんの、うぜーし」
「?!」
蓮の本音に彼らはショックを受ける。
「これからシオンのとこ行くから、いいだろ」
護衛長の名が出ては引かない訳にはいかない。ふたりは顔を見合わせ、うなずく。
「わかりました、レン様」
「何かあれば、すぐお呼びください」
まだ少しの心配を残しつつ、頭を下げて医務室を出て行った。
「アンタ、口固いか?」
蓮は護衛たちを見送ると、医師に聞く。
「レン様がおっしゃるなら、何も言いませんよ」
医師がうなずくと、蓮は医務室のドアを開けた。
「入れよ」
「よく、わかりましたね」
医務室前の柱の陰から、ノームが姿を見せる。護衛たちを医務室から強引に出したのは、彼の気配に気づいたからだ。
「足、痛ぇんだろ。診てもらえ」
と、アゴで医師を指す。ノームが休憩室を出る時、右足を引きずっていたのを蓮は見ていた。
「それもわかってましたか。思ったより頑丈な人で、やられてしまいました」
ノームははにかみながら医務室に入り、ベッド上のカンパに目をやる。
「っ?!の、ノーム!レン様に近づくな…っい、いつつ…!!」
カンパはノームを見るなり、起き上がろうとして肋骨の痛みにうめいてうずくまる。
「寝てろよ、バカ」
「うう…っ」
蓮に呆れられ、泣きながらベッドに倒れこんだ。
「捻挫ですね。しばらく安静にしてください」
「はい、ありがとうございました」
医師に痛めた右足を治療してもらい、ノームは丁寧に頭を下げた。
「レン様」
「あ?」
そして、壁に寄りかかって見ていた蓮を振り返り、立ち上がる。
「何で人払いをしてまで私を治療させてくれたんですか?」
「別に」
右足を引きずりながら近づくノームに、蓮はそのまま動かず素っ気なく言う。
「~っ!!」
「ふ…心配しないで。何もしないよ」
蓮が心配でたまらずギリギリと歯ぎしりをするカンパに気づき、ノームはくすりと笑う。
「今回こそ、謹慎処分の覚悟くらいしてたんですよ?」
同志に怪我をさせ、自分も負傷してしまった。蓮が訴えなくても、ごまかすのは難しいと思っていた。
「謹慎してーのか」
「もちろん、嫌ですよ」
「お前もバカだな」
「え?」
「お前、王子付きの護衛だろ。いねーと困んだよ。さっさと足治せ」
継承式期間の護衛の欠員などもっての他。そんなこともわからないのかと、蓮はノームをにらむように見上げる。
「ふは…っ、本当に面白い人ですね」
自分の身より、王子の心配をしているのか。ノームは吹き出して笑うと、蓮のほほにそっと手を伸ばし、優しく触れる。
「犯すより…あなたともっと話をしたくなりました。継承式が終わったら、その機会が欲しいですね」
「あ、そ」
興味なさげな蓮に、また笑う。
「ではまた、レン…」
「!」
唇にちゅっと軽くキスをされ、蓮は驚く。そんな蓮を見ていつものはにかんだ表情になり、ノームは医務室を後にした。何だアイツと思いながら、蓮はカンパの寝るベッドに歩み寄る。
「レン様…っ」
「大人しくしてろよ、バカ」
と、泣きそうな彼を叱咤する。
「う…っ申し訳、ありません…っ」
「お前、何であそこに来たんだ」
「え?あ…忘れ物を取りに行って…また忘れてきました」
カンパは思い出してガックリする。
「マジ、バカだな」
「はは…はい」
蓮の何度目かの悪口に、泣きながら苦笑う。
「けど、助かった。悪かったな、カンパ」
と、蓮はにっと笑った。
「は…っ?」
「寝てろよ」
「は…い」
カンパはかろうじて返事をし、医務室を出ていく蓮の背を見送る。つい昨日まで、いくらアピールしても殴られるだけ(それも嬉しいが)だった蓮と普通に会話し、名を呼ばれ、笑顔を向けられた。夢のような出来事が連続で起こり、理解が追いつかなくて頭の中は真っ白になる。
「レン、様…っ」
鼻血を一筋垂らし、静かに気絶した。
「レン!」
足早に医務室に向かっていたシオンは廊下の向こうに蓮の姿が見え、名を呼ぶ。蓮の件は報告を受けていたが、仕事を抜けられず、つい先ほど勤務を終えたばかりだった。蓮がいつもと変わらない様子で歩いているのがわかり、安堵する。
「これから医務室にうかがおうと思っていたのです。お怪我は…っ」
腰を屈めて顔に手を伸ばそうとすると、蓮の額が肩に当たり、そのまま身を預けてくる。
「レン…?」
どうしたのかとその肩を抱き、顔をのぞきこむ。
「眠い…運べ」
蓮は目を閉じ、今にも眠りそうな声でシオンに命令する。
「…はい、承知しました」
シオンはふっと口角を上げ、蓮を宝物のように抱き上げた。
「やはり護衛をつけましょうか、レン」
翌朝。シオンの自室で一晩過ごした蓮は、お茶を淹れる彼に提案される。数分でも蓮ひとりの時間があると危険だと、シオンは思った。蓮はノームの負傷と医務室での件は、面倒になりそうなので話していない。
「いらねーって。うぜーよ」
と、蓮はベッドから起き上がる。護衛はただでさえ大変な勤務なのに、加えて不必要な仕事をさせたくない。
「私たちは喜んであなたを護衛いたしますよ」
「知ってる」
くあっとあくびをし、上着を羽織る。昨日、カンパもふたりの護衛たちも必死に蓮を守ってくれた。シオンに言われても素直に受け入れられなかったが、それを直に感じて、彼らに頼ってもいいと思えた。もちろん、王子も自分の身も自分で守ることが前提で、それが出来ない時は助けを呼んでいいのだ。そう思えただけで、蓮の気負っていた気持ちはずいぶん楽になった。
「だから、いらねーよ」
「…そうですか」
シオンは蓮の穏やかな表情を見て、無理強いはしないことにした。
「チッ…こんな時間に来る人いるんだね」
舌打ちし、ぼやく。もう夜勤に入るような時間だが、護衛が闘技場を利用しに来たのか。
「まだあきらめてませんからね、レン様」
ノームは捨て台詞を残し、休憩室の窓を開けてそこから外へ出て行った。
ノームが去り、蓮とカンパはひとまず安堵する。
「…重い」
「おあっ?!」
蓮がぼそっと訴え、カンパはほぼ全裸の蓮の上に乗っていることにはっとする。
「も、も、申し訳ありません!!」
あわてて蓮から離れ、土下座した。
「コレ、外せるか」
蓮はよろよろと上半身を起こすと、カンパに背を向ける。とりあえずこの手錠を外さないと何も出来ない。
「は、はいっ!」
カンパはさっと膝をつき、蓮の腕を後ろ手に締める手錠に手をかける。
その時、休憩室のドアが開いた。
「おい、誰かいるの、か…っ?!!」
明かりがもれていることに気づき、確認に来た黒コート姿の護衛は目の前の光景に驚愕する。
「ふぇ?」
「あ?」
カンパと蓮は間抜けな声を出して彼を見上げる。
「何をしているんだお前ぇえーっ?!」
「せ、先輩…っちょ、待ってくだ…ぐぇっ?!」
カンパは訳も話せず、腕をつかまれて頭を床に押し付けられる。
「何だ?どうしたんだ?」
もうひとりの護衛が騒がしい休憩室をのぞきこむ。
「こいつがレン様をっ!!」
「ちが、違いますっ!誤解、誤解です!!」
「この状況でどう誤解するんだ?!お前はいつか何かやるとは思っていたがっ!」
「うぐぐ…っ」
確かにこの場面だけ見れば、カンパが裸にむいた蓮を縛り上げ、ことに及ぼうとしていたとしか思えない。更にギリギリと腕を締め上げられ、頭を押さえられてしまう。
「レン様!ご無事ですか?!失礼します!」
もうひとりの護衛は黒コートを蓮に羽織らせ、カンパから遠ざけようと抱き上げる。
「…」
何でもいいから手錠を外してくれないかと、蓮はぼんやり思った。
「本当にすまなかった、カンパ」
「いえ、わかっていただいて良かったです」
医務室。ベッドに寝るカンパに先輩護衛は申し訳なさそうに謝る。蓮が話したことで誤解は解け、まさか許さんとも言えないのでカンパは苦笑いするしかない。
「いたた…」
痛む脇腹を押さえる。彼自身も蓮を守ることに必死で気づいていなかったが、ノームからの攻撃で肋骨にヒビが入ってしまっていたのだ。先ほど医師に治療を受け、それでも話をするだけで痛い。
「でも、お前ではないなら、誰の仕業だろうな?」
「…」
首をかしげる護衛から、カンパは目を反らす。ノームのことは言うなと蓮から命じられ、以前と同じようにわからないということにしていた。
「失礼します」
医務室のドアを開け、もうひとりの先輩護衛と蓮が入ってくる。身体を洗いたいという蓮に付き添い、浴場へ行っていたのだ。
「レン様、こちらへ。先生、お願いします」
彼はタオルを頭にかぶったままの蓮を、医師の前へ促す。
「ヘーキだって」
「ダメです!首も腕もアザだらけではないですか!」
仏頂面で嫌がる蓮を半ば強引に椅子に座らせた。
「カンパ、疑って悪かったな。大丈夫か?」
蓮が治療を受けている間に、彼もカンパの寝るベッドのそばに来て謝る。
「まぁ…はい」
「シオンさんには報告したか?」
カンパに付き添っていた護衛が聞く。
「ああ。クラウドさんにはどうする?」
「報告すると、俺たちが怒られそうだよなー…」
「ああ…」
クラウドの性格を良く知る彼らは天を仰いで悩んだ。
「なぁ」
治療を終え、首と手首に包帯を巻かれた蓮が彼らに声をかける。
「はい!」
「何でしょう、レン様!」
ふたりはばっと片膝をついて頭を下げる。
「お前ら、もう行け」
「は…っ?しかし、あなたを襲った者が不明な今、おそばを離れることは出来ません!」
「しばらくヘーキだろ」
「え?どういうことですか?」
蓮の言う意味がわからず、彼らは蓮を見上げる。
「仕事中なんだろ」
と、蓮はかぶっていたタオルを手渡す。彼らが闘技場に来たのは見回りの一環だったのだ。
「そうですが…っ」
「ずっとついてこられんの、うぜーし」
「?!」
蓮の本音に彼らはショックを受ける。
「これからシオンのとこ行くから、いいだろ」
護衛長の名が出ては引かない訳にはいかない。ふたりは顔を見合わせ、うなずく。
「わかりました、レン様」
「何かあれば、すぐお呼びください」
まだ少しの心配を残しつつ、頭を下げて医務室を出て行った。
「アンタ、口固いか?」
蓮は護衛たちを見送ると、医師に聞く。
「レン様がおっしゃるなら、何も言いませんよ」
医師がうなずくと、蓮は医務室のドアを開けた。
「入れよ」
「よく、わかりましたね」
医務室前の柱の陰から、ノームが姿を見せる。護衛たちを医務室から強引に出したのは、彼の気配に気づいたからだ。
「足、痛ぇんだろ。診てもらえ」
と、アゴで医師を指す。ノームが休憩室を出る時、右足を引きずっていたのを蓮は見ていた。
「それもわかってましたか。思ったより頑丈な人で、やられてしまいました」
ノームははにかみながら医務室に入り、ベッド上のカンパに目をやる。
「っ?!の、ノーム!レン様に近づくな…っい、いつつ…!!」
カンパはノームを見るなり、起き上がろうとして肋骨の痛みにうめいてうずくまる。
「寝てろよ、バカ」
「うう…っ」
蓮に呆れられ、泣きながらベッドに倒れこんだ。
「捻挫ですね。しばらく安静にしてください」
「はい、ありがとうございました」
医師に痛めた右足を治療してもらい、ノームは丁寧に頭を下げた。
「レン様」
「あ?」
そして、壁に寄りかかって見ていた蓮を振り返り、立ち上がる。
「何で人払いをしてまで私を治療させてくれたんですか?」
「別に」
右足を引きずりながら近づくノームに、蓮はそのまま動かず素っ気なく言う。
「~っ!!」
「ふ…心配しないで。何もしないよ」
蓮が心配でたまらずギリギリと歯ぎしりをするカンパに気づき、ノームはくすりと笑う。
「今回こそ、謹慎処分の覚悟くらいしてたんですよ?」
同志に怪我をさせ、自分も負傷してしまった。蓮が訴えなくても、ごまかすのは難しいと思っていた。
「謹慎してーのか」
「もちろん、嫌ですよ」
「お前もバカだな」
「え?」
「お前、王子付きの護衛だろ。いねーと困んだよ。さっさと足治せ」
継承式期間の護衛の欠員などもっての他。そんなこともわからないのかと、蓮はノームをにらむように見上げる。
「ふは…っ、本当に面白い人ですね」
自分の身より、王子の心配をしているのか。ノームは吹き出して笑うと、蓮のほほにそっと手を伸ばし、優しく触れる。
「犯すより…あなたともっと話をしたくなりました。継承式が終わったら、その機会が欲しいですね」
「あ、そ」
興味なさげな蓮に、また笑う。
「ではまた、レン…」
「!」
唇にちゅっと軽くキスをされ、蓮は驚く。そんな蓮を見ていつものはにかんだ表情になり、ノームは医務室を後にした。何だアイツと思いながら、蓮はカンパの寝るベッドに歩み寄る。
「レン様…っ」
「大人しくしてろよ、バカ」
と、泣きそうな彼を叱咤する。
「う…っ申し訳、ありません…っ」
「お前、何であそこに来たんだ」
「え?あ…忘れ物を取りに行って…また忘れてきました」
カンパは思い出してガックリする。
「マジ、バカだな」
「はは…はい」
蓮の何度目かの悪口に、泣きながら苦笑う。
「けど、助かった。悪かったな、カンパ」
と、蓮はにっと笑った。
「は…っ?」
「寝てろよ」
「は…い」
カンパはかろうじて返事をし、医務室を出ていく蓮の背を見送る。つい昨日まで、いくらアピールしても殴られるだけ(それも嬉しいが)だった蓮と普通に会話し、名を呼ばれ、笑顔を向けられた。夢のような出来事が連続で起こり、理解が追いつかなくて頭の中は真っ白になる。
「レン、様…っ」
鼻血を一筋垂らし、静かに気絶した。
「レン!」
足早に医務室に向かっていたシオンは廊下の向こうに蓮の姿が見え、名を呼ぶ。蓮の件は報告を受けていたが、仕事を抜けられず、つい先ほど勤務を終えたばかりだった。蓮がいつもと変わらない様子で歩いているのがわかり、安堵する。
「これから医務室にうかがおうと思っていたのです。お怪我は…っ」
腰を屈めて顔に手を伸ばそうとすると、蓮の額が肩に当たり、そのまま身を預けてくる。
「レン…?」
どうしたのかとその肩を抱き、顔をのぞきこむ。
「眠い…運べ」
蓮は目を閉じ、今にも眠りそうな声でシオンに命令する。
「…はい、承知しました」
シオンはふっと口角を上げ、蓮を宝物のように抱き上げた。
「やはり護衛をつけましょうか、レン」
翌朝。シオンの自室で一晩過ごした蓮は、お茶を淹れる彼に提案される。数分でも蓮ひとりの時間があると危険だと、シオンは思った。蓮はノームの負傷と医務室での件は、面倒になりそうなので話していない。
「いらねーって。うぜーよ」
と、蓮はベッドから起き上がる。護衛はただでさえ大変な勤務なのに、加えて不必要な仕事をさせたくない。
「私たちは喜んであなたを護衛いたしますよ」
「知ってる」
くあっとあくびをし、上着を羽織る。昨日、カンパもふたりの護衛たちも必死に蓮を守ってくれた。シオンに言われても素直に受け入れられなかったが、それを直に感じて、彼らに頼ってもいいと思えた。もちろん、王子も自分の身も自分で守ることが前提で、それが出来ない時は助けを呼んでいいのだ。そう思えただけで、蓮の気負っていた気持ちはずいぶん楽になった。
「だから、いらねーよ」
「…そうですか」
シオンは蓮の穏やかな表情を見て、無理強いはしないことにした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる