黄金色の君へ

わだすう

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49,恐怖

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 メンバル王国で用意された飛行機は最高速度でウェア王国に向かっていた。

「出血が止まらない…!どうすればいい…?!」

 フラットにした座席に寝かせた蓮の胸を押さえ、クラウドは顔をゆがめて焦る。押さえた布もクラウドの手も真っ赤に染まり、蓮の顔はますます青白くなっていく。

「…うまく出来るかわかりませんが、試してみましょう」
「何か出来るのか?!」

 解決策があるらしいシオンに、ばっと顔を上げて期待の眼差しを向ける。

「私の血を分け与えます」
「…はぁあ?!」

 そんな医療行為がこんなところで出来るわけがない。

「集中しますのでお静かに願います」

 シオンは呆気にとられているクラウドに構わず、ふっと息を吐いて精神を集中させる。そして、腰を屈めると蓮の薄く開いた唇に己の唇を重ねた。

「な…っ?!」

 ディープキスにしか見えない行為にクラウドは驚嘆するが、この状況でシオンがふざけるはずもなく、信じて見守るしかなかった。






「…はぁ…っ何とか、出来ました」

 数分後。シオンは疲労した様子で蓮から離れる。

「『血気』を操る術を施しました。これでレン様の中で血液を作りやすくなったはずです。実行する機会がなかったので、自信がありませんでした」

 この術は結界を張る術と共に蓮の父親、実から伝授されたもの。大量出血を伴うような怪我人に遭遇する機会がなく、口を介さなければならないのもあり、今まで実際に施したことはなかったのだ。

「…!」

 見たくもないふたりのキスシーンを長時間見せられ、精神的ダメージを負ったクラウドだが、蓮を見れば真っ青だった顔にうっすら赤みがさし、呼吸も整ってきている。

「何でもアリだな、お前…」

 あらゆる面で常人離れした同志に、感心を通り越して畏怖すら感じてしまう。

「…っ」

 シオンは貧血を起こしたのか、ふらついて座席に手をつく。

「大丈夫か?」
「ええ…自分の中の血気を分け与えるので、どうしても限界が…。クラウド、あなたの血気を分けていただいてもよろしいですか」
「あ、ああ。でも、どうやって…っ」
「私が仲介します」
「はっ?ン…っ?!!」

 シオンはその意味をまだ理解していないクラウドの後頭部をぐっとつかみ、唇をふさいだ。舌をねじこみ、口内を探り、とらえた舌を強く吸い上げる。


「…ん、ありがとうございます。あなたはやはり血の気が多いですね」
「はぁ…っ?!は…っ!お、お前、吸い取ることも出来るのかよっ?!」

 さんざん口内を蹂躙され、クラウドは目眩がしてふらつきながら叫ぶ。

「ええ。与えるより容易いです」

 シオンはしれっと言ってから、また蓮と唇を重ね、血気を分け与える。

「う、ぉえ…っ気持ち、わる…」

 クラウドは貧血により本日2回目の頭痛と吐き気に襲われ、座席にすがってえずく。そして

「休まれた方が良いですよ。かなりの量を吸い取りましたから。私の分も含めて」

 と、微笑むシオンのドSっぷりに気絶しそうになっていた。







 ウェア王国、ウェア城では。メンバル王国での出来事と蓮が重体だという連絡が入り、王子付きの護衛を務めるノームとライカも先輩護衛から報告を受けていた。

「レン様が…っ?!」

 ライカは蓮の容態を聞いてうろたえる。

「それから、このことは…特にレン様に関してのことはくれぐれも王子には内密に、とのシオンさんからの忠告があった。頼んだぞ」
「はい」
「わ…わかりました」

 ノームは冷静にうなずき、ライカも動揺を抑えてうなずいた。


「まさかあのメンバル王国がね。裏切るなんて予想出来なかったな」

 王子の自室隣の護衛待機室。先ほどの先輩護衛からの報告で知った、かつての友好国の変容にノームもさすがに驚いていた。

「うん…それより、レン様は大丈夫かな…」

 ライカは蓮が心配で、震える手をぎゅっと組む。

「あの人はそう簡単に死なないよ」
「…そう、だよね」

 同志の言葉で少し、気が軽くなる。

「でも、何で王子に報告しちゃいけないんだろうね。真っ先にすべきだと思うんだけど」
「私は何かシオンさんのお考えがあるんだと思う。そのようにしましょう」
「まぁ、そうするしかないよね」

 その理由は気になるが、護衛長の命令は基本絶対。ノームはふっとため息をつく。

「…あ、そういえば定時の鈴の音、鳴った?」

 時間を確認し、ライカに聞く。無事を知らせるはずの、王子が鳴らす鈴の音が聴こえてこない。定時をとっくに過ぎているのに。

「鳴ってない…!どうしよう?様子を見に行く?」

 ライカは焦って立ち上がる。王子とは明日の戴冠式まで誰とも顔を合わせることは出来ないが、緊急時は待機室にいる護衛のみ自室内に入ることが許されている。

「お忘れになっているかもしれないし、もう少し待って…」

 と、ノームがライカを制止しようとすると

「?!」

 王子の自室から何かが砕ける音が聴こえた。

「行こう」
「うん」

 ノームも立ち上がり、ふたりは揃って待機室を飛び出した。




「王子、失礼いたします!」
「どうされました?!」

 扉を開け、王子の自室に入ると、鈴の置いてある台の前にたたずむ王子の姿が目に入る。

「王子…っ?」
「…っ!」

 王子は扉に背を向けており、その表情はわからない。しかし、明らかに普段の彼と様子が違うことにノームとライカは気づく。台の上と床にはガラス製の鈴の破片が散らばっている。先ほどの砕ける音は鈴の割られた音だったようだ。

「我の眼を見ず、聞け」

 王子は背を向けたまま、ふたりに言う。その声は低く、威圧的で王子から発せられたものとは思えなかった。

「は…っはい」
「…っ」

 ノームは驚きながらも片膝をついて頭を下げ、ライカは返事も出来ずにくずおれるように膝をつく。

「ジョウノレンはメンバル王国より帰国したか」
「い、いえ、まだとのことです」

 先ほどの先輩護衛からの話ではまもなく到着するということだったので、もう城に着く頃かもしれないが、ノームはあえて否定する。

「我を、あざむく気か」
「は…っ、いえ、そのような…っことは…」

 頭を下げていても王子がこちらを向いたことがわかり、ノームは全身に冷や汗が吹き出る。

「レンは今、どこにいる。答えろ…!」

 恐ろしいほどの威圧感と桁違いな覇気。ノームは恐怖でもう言葉が出ず、ライカはガチガチと震え、膝をついているのもやっとの状態だった。







 その頃。

「レン様…っ」
「レン様っ」

 ウェア城の裏口に横付けされた送迎車から、迎えた護衛たちが口々に名を呼びながら蓮を運び出す。王子に気づかれないよう、念のため裏口を使ったのだ。

「よく戻ってくれた、シオン…!君は大丈夫なのか?」

 助手席から降りたシオンに、ウォータ大臣が声をかける。

「はい。レン様の手当てをよろしくお願いいたします」
「心配ない。医師を全員召集してある。すぐに治療にあたってもらう」

 ウェア城には王国最新の医療設備があり、腕の良いお抱え医師が何人もいる。事前にシオンから連絡を受けていたので、すでに治療の準備は整っていた。

 医務室にウォータとシオンが入ると、ベッド上の蓮を医師たちが囲んでいるが、誰も彼に触れようとしていない。

「どうしたのだ?治療を始めてくれ」
「はい…そうしたいのですが…」

 医師のひとりが顔をしかめ、ウォータに訳を話そうとすると

「おい、何で誰も何もしていないんだ?」

 少し遅れて医務室に入ってきたクラウドが聞く。まだ貧血気味で顔色が悪く、後輩護衛の肩を借りてやっと歩いてきた。

「クラウド君…」
「なぁ、じいさん!早くレンを治してくれよ!」

 こちらを向いた老医師、セツに叫ぶ。

「聞いてくれ、クラウド君。レン様は呼吸をしているのが不思議なくらいでな…。ワシらには手の施しようが」
「何だよ?!血か?血が足りないのか?!俺のならいくらでもやるよ!!」

 護衛の肩から離れ、顔をしかめるセツの白衣をつかむ。

「これはかなり至近距離で受けた銃創であろう?輸血は出来ても、内臓の損傷はどうしようも出来ん…」
「だったら俺の内臓もやっていい!!だから、治してくれよ…!じいさん…っ!」

 クラウドの悲痛な叫びが医務室に響く。王国最高の医師と設備をもってしても、蓮を救うことは不可能な状態だった。絶望的な空気が流れ、医師たちは不甲斐なさにうつむき、護衛や使用人たちには涙ぐむ者もいる。

「まだ、望みはあります」

 ずっと黙っていたシオンが口を開き、皆、彼に注目する。

「ひとつだけ、レン様を救う方法があります」
「本当か?!どうすれば…っ」

 クラウドがその方法を聞こうとした時、医務室の扉が激しい音と共にバラバラに砕けた。

「?!!」

 皆が驚き、扉の方を見るとそこにいたのは自室にこもっているはずのティリアス王子だった。

「お…王子?!」
「な、何故、ここに…っ」

 明日正式に君主となる王子の姿に皆、更に驚愕する。そして

「…っ?!!」

 医務室に入り、そこにいる多数の者たちを見回す金色の両眼。眩しいほどの輝きを放ち、美しさよりもその荘厳さと威圧感が身震いするような恐怖を与える。皆、動けなくなり、言葉も出ない。数人の医師は腰を抜かしてしまう。あまりにも普段の王子と異なるその様は明日の戴冠式を控え、『金眼』の力が最大限に近い証とも言えた。

「はぁ…っお、王子、が…っ突然、お部屋を飛び出されて…!」

 ノームとライカが息を乱して医務室に走って来る。

「…」

 命令を守れず、許しをこうように見てくるふたりに、シオンは「仕方ない」と言うようにうなずいた。

「…!」

 ベッドに横たわる蓮の姿が目に入り、王子は動きを止める。

「レン…」

 目を閉じ、血にまみれ、色を無くした肌でぴくりとも動かない大事な、大事な唯一無二の友達。絶対に死なないと約束してくれた彼に、死が迫っている。自分の、身代わりとなって。
 かろうじて保たれていた王子の理性がぶつんと切れた。
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