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にゃん?!

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「ひ、拾ってしまった…」

艶はないが、短めの柔らかな皮毛に包まれた細身の身体が、ふくふくと膨れては縮む動作を繰り返す。
心地良さそうに眠るその毛玉を起こさないように、そっと触れてみた。

ふわっ

「あぁぁぁあ…どうしよ、最高に可愛い」

労基も裸足で逃げ出すような悪徳業者で、理不尽な扱いを受けて疲れ切った体。

ボロ雑巾かのように扱われている自分に歩み寄ってきた天使は、野良にしては小綺麗な毛並みをしていた。


************


「も~い~くつ寝ると…30連勤明け…やっとか」

ハハ、と街頭も疎な道端で空笑いが湧き起こる。
こんなに面白味のないギャグでも、表情を崩す程には感性がイカれている。

最寄りの路線はとっくに抜け駆けして業務を終了し、俺は2時間差でラストランナーとなっていた。
もはや帰ると言う行為すらも億劫にも感じる道程を、一歩ずつ覚束ない足取りで進む。

「何があっても、会社に泊まるのだけは嫌だ。自分の中の大切な何かが壊れる気がする」

なけなしの矜持を盾に歩き出したは良いが、道中の公園に差し掛かったところで、体力の限界が来た。

(足が…棒だ)

深夜帯の今、家に帰っても即風呂に入り、ただ眠るだけなのに…その道程が驚くほど遠い。

フラリと身体が傾き「倒れる」と思った時にはもう遅かった。
地面の硬さを改めて実感した時には、既に俺の意識は衝撃により彼方へと飛ばされていた。

ピチチチチチ…
くるっぽー!
うるるるる!

(珍しい鳥の鳴き声もあったもんだな…え、鳥?)

俺の部屋は5階にあり、しかも年がら年中カーテンを締め切っている。
あらゆる障害を超えて聞こえてくる鳥の声なんて、そうない。

違和感でハッと目を覚ますと、視界に映ったのは、見慣れた天井ではなく澄み渡る青空。
…と、茶色の毛玉。

「…ねこ?」

「うるる!」

視界にデデン!と猫らしき毛玉が映り込んでいる。

(もしかして、俺ベンチで寝てる?)

寝そべった俺の上に、さも当然かと言うような態度で鎮座していた。

(なんでこんなことに…)

「あ、もしかして、昨日転けた時にそのまま寝ちゃったのか」

寝ちゃった、と言うよりは<気絶>が正しい表現かもしれない。
毛玉は俺が公園のベンチの上で爆睡しているところに通り掛かり、暖を取っていたという所だろう。
でも俺、転けて地面に着地したような気がするんだけど…首を傾げながら、腕時計に目をやると、もう家を出る時間になっていた。

「えっ?!ヤバい、マジ寝してる!…あ、あの!そろそろ起き上がりたいんですけど」

ついついこの毛玉相手にも敬語を使ってしまう。
骨身に染みた謙虚な手付きで、撫でつつ毛玉を退かそうとした…が。

「グルルルル…」

何故か喉を鳴らされてしまい、手に擦り寄られる。

「け、毛玉さん!困りますって、俺仕事があるんです…」

もう少し力を強めてその横っ腹に触れてみると、毛玉はゴロリと体を横たえ、まるで犬かのように甘えてくる。

「あ、あぁ…」

目に輝きを宿してこちらを見上げてくる瞳。
そして、意図せず触れた温かくも柔らかい、ふわもちなお腹の感触を手のひらに感じた瞬間。

「もういっか。仕事休も」

俺の中で、全ての踏ん切りがついた。


**********


とまぁ、そんなこんなで意外と重量のある毛玉を脇に抱えて帰宅したのが1時間前。

道中の毛玉だが、それはそれは大人しかった。
家に到着して床に下ろされても、黄色い綺麗な瞳でこちらを見上げるばかりで、嫌がる素振りはゼロ。

道中コンビニで調達した家猫御用達のご飯を前にしても、取り乱す様子もなく静かに食し、満腹になったら寝ると言う些か人間臭い行動を取っている。

そして、冒頭に戻るわけだが。

「犬派の俺でもあっという間に陥落しちゃったよ…にしても、この子本当に野良なのか?」

艶まではないが、身体の汚れはあまり見当たらない。
しかし、首輪をしているわけでもないし、ここから立ち去ろうと言う気配がまるでない。
人懐こいと言えばそうなのだが、マイペース過ぎるとも捉えられる。

「不思議な子だ…うちに迎えるなら名前をつけなきゃな。毛玉だとあまりにもだし」

(何が良いだろう、毛色は茶色でどちらかというと毛が短くて密度が高い感じなんだよな~)

「茶…茶太郎、茶子、ねこすけ……ダメだ。ネーミングセンスが壊滅的だ」

実を言うと、動物に名前をつけるのは初めてだった。実家に居た犬は親が名前を付けていたし、それ以降は一人暮らしの忙しさを理由に迎え入れていない。
この茶色い毛玉に命名しようにも、猫らしくなる名前の候補を持ち合わせていなかった。

ピクリ!とジャーキング反応のような動きを見せた毛玉。あんまりここで独り言を呟いていても、この子の眠りを妨げてしまうかも。
俺は溢していた独り言をやめて、ゴロリと床に寝そべる。

(なんだか毛並みも立派で鬣みたいだから、ライオンを文字ってレオにしようか…猫科だし良いだろ)

隣で寝こける子のささやかな寝息を感じながら、軽く目を閉じた。

(この子が起きたら、まずは病院に連れて行って、それからお風呂に入れて…)

全く予定になかったTODOリストを頭で作っているうちに、温かい気持ちのまま睡魔に身を委ねた。

「…おい、寝過ぎだろ。こっちは暇してんだけど」

「んぇ」

深い眠りに落ちそうになったところを、何か柔らかいもので叩かれる。
急激に覚醒させられたおかげで、心臓がバクバクと早鐘を鳴らした。

「ほら、起きろ」

「わぶ!な、何?!」

どうにか息を整えているところに、また追撃。家主に対してなんたる仕打ち。

「もう何なんだよ…って、誰?!」

振り向きざま、今この場所が何処であるか、どんな状況下を瞬時に思い出した。
ここは俺の家で、俺は一人暮らし。
俺を起こすはずの人間などいない事を。

「おはよう、良く寝てたな。まだ寝こけるなら喉元に食い付くところだったぜ」

目の前の大きな影がゆらりと動いた。

「全く、地面で寝るやら家に帰っても爆睡するやら…世話のかかる奴だな」

そこには八重歯をキラリと光らせた、精悍な顔立ちをした男性が鎮座していた。
フワリとした茶髪を、ウルフカットの様に遊ばせた髪型。
鋭く吊り上がった眦に、獲物を値踏みするかのような黄色の目。
おまけに、見覚えがあり過ぎる黒いタンクトップに茶色のシャツ。

「どどどどどうやって入ったんですか?!強盗?!…っていうか、その服って俺のですよね」

「質問が多いな。服は借りた。強盗じゃない。どうやってって…アンタが俺を連れ去ったんだろ」

「俺がって、は?」

(何を言ってるんだこの男は…)

座っているだけでも伝わってくる体格の良さ。筋肉質な大男を俺が連れ去るとは、何の冗談だろうか。

「なんだっけ、毛玉とか言ってただろ。失礼極まりねぇけどな」

「けだま…?いやまさか、猫と人間を見間違えるわけないでしょ!」

勢いよく否定すると、目の前の男性は少しばかり目を見開き、面倒臭そうに尻尾を揺らした。

(…え?尻尾?)

「猫でもねぇし、人間でもねぇよ。俺は獣人」

「……尻尾がある」

「あ?そうだよ、ホラ見てみろ」

茶色にグラデーションがかった、ふわふわの毛束は、意思を持っているかのようにヒラヒラと動いた。

(本物、だ…)

「さて、状況を理解して貰ったところで…なあ、アンタ名前は?」

「安藤 福太郎です…」

「ふぅん、何だか名前負けしてるな」

(なんかイラッとするぞコイツ)

とはいえ、これは良く言われることだった。
どちらかというと不幸体質な俺は、名前だけは幸運を呼び寄せそう等と称されることが多い。

「俺の名前はアンタが付けた。獣人の名付けってのは、いわゆる所有の証。つまりアンタは、強引に俺と契りを交わしたわけだ…詫びとして、これから俺の世話係になって貰おうか」

そう言いながら、レオ(仮)は俺の顎を掬い上げた。
唇を濡らす様に、ペロリと縁をなぞる赤い舌が妖しく映る。
オマケと言わんばかりに睨みつけられ、鋭い眼光が俺の心臓を射抜いた。

あのふわふわで、ふにゃふにゃなリオのイメージは一瞬にして上書きされた。

(捕食者の目だ…怖すぎるッ!)

「ひぃぃ…」

「分かったら、さっさと撫でろや」

唐突に話を終え、ゴロンと床に寝そべったレオ(仮)が、怯えて床にへたり込んでいた俺の太腿の上へと雑に頭を乗せる。
そして、どこか泳いだ視線をそのままに、俺の手を取った。

「へ?」

「…撫でろって言ってんの。ここ、耳の後ろのあたり」

拗ねたように呟いた言葉につられて視線を頭部にやると…ピコピコと揺れ動く、猫にしては丸い耳が確かに存在していた。

(なんてこった、気が付かなかったけど、猫耳と人耳がある…!)

「みみみ、みみぃ…」

超常現象が怒涛の様にして起こり続けることに、いよいよ脳が耐えかねたらしい。
俺は、あえなく意識を手放してしまった。

「んむっ?!…ぷ、おい!起きろって!」

俺は再び目覚めた時に、
リオに覆い被さって意識を手放したために事故チューをかましてしまったことや、足の痺れによってこれが夢ではないことも理解することとなる。

そして、リオと名付けたこの獣人と、生活を共にする羽目になるのだが、それはまた別の話で。
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