所詮、狗。

はちのす

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潜む夜

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「着いたぞ…黒谷君?」

「っ、すまん」

白王は片手にスーパーのレジ袋を提げて、急ぎ足で事務所兼住居へと進む。

白王が車を発進させて、途中で朝食べるものがないからとスーパーに寄って…そのあたりから記憶が朧げだ。

…気が付いたらここに着いていた。

(あの店主が言ったことにすっかり囚われて、上の空だった。だって気になるだろ、あんなこと言われたら)

確かにあの火事の日、白王は俺が知らない間にあらゆる情報を握っていた。

それこそ、初対面では知り得ない、親にすら言っていない俺の辞職理由まで。

そこまで考えて、実のところ警察を懲戒免職になるずっと前から、親と連絡を取っていないことを思い出した。

…まあ、親のくだりはさておき、白王はただの不動産持ちにしてはおかしな情報量だとその時も感じた。

もしや、白王と俺の友人達の間で関わりがあるのだろうか。
それこそ、俺の人事情報を握れるほどの立場や間柄の人間。

(今日の反応を見るに、青野は違うか)

一人でうんうんと頭を捻り考えていると、玄関から訝しげな表情の白王が顔を覗かせた。

「早く入らないと締め出してしまうぞ」

「ま、待てって、入るから閉めんな!」

その声色に本気を感じ取った俺は、慌てて事務所内に身体を滑り込ませた。

1階は事務所が併設されているので、土足で入る形になっている。
ポイントで大理石などが貼ってあり、パッと見は住居も兼ねている施設だとは誰も分からないだろう。

コート掛けにジャケットを掛けると、ベストのボタンを外しつつ、固い生地に刺繍が施されたネクタイを少し緩めた。

上物のスーツに着られて強張っていた体から、重りが取れて緊張が抜けていくようだ。

(やっぱスリーピースってキッツいな。青野のランニングウェアが羨ましいぜ…)

脳内でボヤきながらネクタイと悪戦苦闘していると、白王に肩を叩かれた。

「黒谷君、執務室で今日の成果報告と内容整理といこうか」

「了解」

朝方白王が座っていた長机に、今日の調査結果をメモした手帳、資料の写真や書類を広げる。

白王はそれを横目にスタスタと部屋の中央にある大きな本棚に近寄ると、その側面を弄り始めた。

(何してんだ…?本棚を撫でてる訳でもないよな)

特にやることもないので静観していると、何の変哲もない側面部分から、文字が書き連ねられた黒板のような板が引き出された。

「ほぉ、凄い仕組みだなソレ。だからそんな不自然な場所にレイアウトされてるんだな」

「一見では本棚である事以外、分からないようになっていてね。施錠もしてある。都度情報を消す必要もなく便利な代物だ」

「へぇ、じゃあそこにコイツらを追加で書き込めば良いんだな」

俺は手に取った今日の調査結果をヒラリと揺らす。

白王は肯定を示すように軽く頷くと、黒板に記載してある情報を読み上げた。

「…被害者は 五月 一、本件の依頼者の婚約者で、私の所有するマンションに居住していた」

「…で、被害者は2年前の6月13日に遺体で発見されている。その時、失踪から発見までは何日空いたんだ?」

事前情報として、早々に発見に至ったとは聞いているが、明確な日付は聞いていない。

「依頼者の話によると2日間だ。明日も聞くことになると思うが…失踪時は平日で、帰宅途中だったそうだ」

「ってことは、仕事からの帰宅途中だな。じゃあ夜間に失踪、その2日後に発見…その間の足取りは調べられていないんだよな」

「捜査本部も設置されなかったと聞いている。まあ、遺体発見まで早かったことも、その判断を手伝ったんだろう」

俺は今日聴取したことを簡潔に黒板に連ねていく。

「一番の有力情報は、最初に声を掛けた女性から出た"遺体発見日前後に公園で何かしら記憶に残ることがあった"という話だな。あぁ、あと…被害者が周辺の住宅地に住んでいるのではという証言だ」

「…公園の周辺?あの女性はそう言っていたのか」

鋭い声で静止が掛かり、驚いて振り向くと、白王が面食らったような表情でこちらを見ていた。

「あ、あぁ。よく住宅街のコンビニで見かけていたから、そうだろうと思った…だそうだ」

「それはおかしいな…私が提供していたマンションは、ここから見て公園とは真逆の位置にある。徒歩だと、裕に30分を超える筈だ」

「は?それ本当かよ」

「後でマップを確認するが…間違いはないと思う」

全く予想もしない情報が耳に入り、思考にブレーキが掛かってしまった。

二人とも口をつぐんだまま時間が過ぎ、今は判り得ない事だとお開きになる事になった。

睡眠中に記憶が整理されることは定説にもなっているが、推理にはそんな藁にも縋りたいタイミングがやって来るのだ。

それが今だと判断し、俺はさっさと部屋へ帰ることにした。

「明日は依頼人の家まで足を運ぶことになっている。被害者の家でもあるんだ、慎重に行こう」

「あぁ、分かった…じゃあ」

そう告げて踵を返し、階段に足を掛けた瞬間、嫌味なほど長い足が俺の進路を塞ぐように勢いよく飛び出した。

(おわっ?!)

足を避けるために階段上でたたらを踏んだ俺は、白王を睨みつける。

「言いたい事があんなら口で言えよ」

「そういえば。車内で浮かない様子だったな、黒谷君。話し掛けても上の空…訳を聞いても?」

どうやら、道中俺がボヤッとしていたことをずっと気にしていたらしい。

その場で聞けば良いことを、こうして背後から刃を突き立てるように探る訳だから、この男は油断ならない。

(…しかし、返答に困るな)

店主に"白王さんと親しいんですね"と話しかけられて動揺しました、なんて言えるはずもない。

「…なんでもねぇよ」

呟いた言葉は答えになっていない返事だと捉えられたのか、一向に足が退けられる様子はない。

(コイツ、意外と足癖が悪いんだな…何処かの資産家の坊ちゃんかと思ってたが、勘違いだったか)

涼しげな顔をしてこちらをしばらく見ていたが、ふとその表情は形を変え、不安げな色を見せた。

「…歓迎会があれでは不服だったか」

「は?」

何を言うかと思えばこの探偵、俺が先ほどの歓迎会が気に入らなくて、おかしな様子になっていると勘違いしているらしい。

(おいおい、探偵がこんなことで務まるのか?)

「そんなワケあるかよ。あぁ、礼を言ってなかったな…ありがとう」

「…」

白王は腹落ちしていない様子ではあったが、足を静かに退かすと、それきり壁にもたれ掛かって目を閉じた。

まだ執務室でやることがあるのか、俺が階段を上がるのを待っているようだ。

「見送りのつもりか」

「…だとしたら?」

「アンタの言う、主人とやらの仕事じゃねぇだろ」

その返答を聞いて白王がどんな表情をしているかなんて気にもならない。

今は寝ることが最優先だと割り切った俺は、今度こそ難なく階段を登り、後ろを振り向くことなく部屋へと向かった。
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