所詮、狗。

はちのす

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銅像のように動かなくなった白王を何とかして風呂に詰め込み、簡単な夕食を用意する。

「……不思議な感覚だ」

じゃがいも、アスパラ、人参、鶏肉、椎茸を一口大にカットして時間差で湯に投入する。
火を止めてコンソメを落とし、最後にバターを一欠片溶かし入れると、キッチン一帯に食欲を刺激する香りが漂い始めた。

器から溢れ出ないように、ゆっくりと装う。

「あんだけ言われちまうと、正直ここを出るって考えることすら罪悪感があるな」

何だか顔を合わせるのも気恥ずかしくて、作り置きにメモ書きをして部屋へと引き上げる。

(雨の日にはここにいてくれ、か)

「ま、やる事もないし……しばらくは付き合ってやるか」

靴下をポイっと投げ捨てると、1人用にしては少しばかり広いベッドへと沈む。

使い慣れてきたスマートフォンで黄嶋先輩と青野に今日の礼をショートメッセージで送ると、暗闇で微睡み始めた。

「ああそうだ、ツグミにも改めて話にいこ……」

思考の途中で、プツリと糸が切れたように意識を手放すのを、どこか遠くの出来事のように感じていた。


************


「じゃ、ここからは俺1人で行くから、白王はここで待っててくれ」

「……気を付けて」

「あいよ」


太陽が真上から照り付ける。
じりじりと暑くなってくるのを感じながら、つい先日訪れた部屋まで上がっていく。

エレベーターを脱すると、廊下の先にツグミがぼうっと立ち尽くしていた。
外を眺めているのだろうか。

「ツグミ」

そっと近付いて声を掛けると、少し驚いたように身体を揺らした。
動きにリンクして、深い茶色の髪がさらりと流れる。

「黒谷さん、早かったですね」

「部屋に上がらせてもらえるか?ここで話す内容でもない」

「勿論、そのつもりだったので」

俺の手を緩く握ると、幾分か明るくなった部屋に誘導される。
改めて見ても、紙の束以外には目立つものが何もない、無機質な部屋だった。

「椅子、出しといたから座ってください」

1人用の椅子に落ち着くと、ポツリポツリとツグミが話し出した。

「……あの女はどうなりましたか」

「簡潔に言えば、警察に一度部屋に踏み込んでもらった。令状はなし、通報により現場に急行……と言う形でな。それでもかなり依頼者は参っただろう」

ツグミに、事の顛末を伝える。
白王と菖蒲咲子との事は、嫌な記憶を刺激するだろうと思って極力触れずに。

「黒谷さん、ありがとうございます。黒谷さんに対処して貰わなければ、あの女は何の罪悪感もペナルティもなく、挙げ句の果てに、僕を探し出して……のうのうと生きていく筈でした」

丁寧に深いお辞儀をするツグミが、見逃しそうなほど僅かに、身体が震えているのが見て取れた。

この震えを止める方法は、菖蒲咲子を裁く事でしかない。
それでも、少しでも気が軽くなればと緩く頭を撫でる。

驚いた様子で交わった視線の先には、涙をいっぱいに溜めた瞳。

「本当は刑務所にぶち込めれば良いんだけどな」

「手紙を全部見返しても、どこにもあの女に対しての恨み辛みは書かれていなかったんです。きっと僕を悲しませないために」

「そうだな」

「だからこそ、確証がない。事件にならない。僕にできる事は何もなかったんです……ありがとう、黒谷さん」

じっと意味ありげに、こちらを見るツグミ。何となく意味合いを察して両腕を広げた。

少し控えめに身体を寄越したツグミを抱き寄せ、頭をぐりぐりと撫で回してやる。

「ま、一件落着とは言えないが、ハジメさんは安心したんじゃないか」

「……え?」

「当たり前に心配してんだろ、置いていく事になったツグミを」

「そう、かな」

腕の中で少し微笑んだツグミの表情は、初対面で見た歪な笑顔ではなく、年相応の自然なものだった。

「黒谷さん、探偵社って面白い?」

「……は?藪から棒になんだ」

「あのかっこいい人、黒谷さんの相棒ってやつ?」

「かっこいい……あぁ、白王か?まあ、タッグを組んではいるな」

「そっか」

震えも治まってきたから、身体を離そうとすると逆に背に手を回され、身動きが取れなくなる。

「ツグミ?」

「僕も、遊びに行って良い?探偵社に」

「もちろんだ、不在も多いから俺に連絡してくれ」

「やった!ありがとう」

ツグミはそれはそれは嬉しそうに、頬を擦り寄せる。

「バイト募集してたりしないかな……そうしたら」

ずっと黒谷さんの側に居られるのに

何かの独り言がぽそりと聞こえた気がしたが、深く気に留めずに、あやす様に背をポンポンと軽く叩く。

「他に何かして欲しい事はあるか?これまで耐え忍んできたんだ、少しくらいは我儘言って良いぞ」

「……じゃあ、一緒に公園に行って欲しい」

「公園?ってまさか」

「ハジメの所。まだ辛くて、お花を手向られてなかったんだ」

「……分かった、行こうか」

白王に先に帰るよう連絡を入れて、ツグミの身支度と、心の準備が整うのを待った。
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