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2章 新生活スタート
52 食卓を囲もう
しおりを挟む「セシルさん、今年の優秀者特権、私も狙いに行こうと思ってるんです」
「え、本当に?」
講義が終わり、少しのティータイムを楽しんでいたところで、セシルさんに最近になって立てた目標を伝える。
やっぱり保護者的な立場であるセシルさんにこれは伝えておかなければ、という義務感があった。
パチパチと目を瞬かせている様子から、やはり予想していなかったようだ。
「セシルさんが教えてくれる魔獣学で狙おうと思ってるんですよ」
「それは光栄だけど…なんで急に?君にはハンデも多いでしょう」
「優秀者特権で欲しいものがあって」
「欲しいもの?」
セシルさんがこちらを探るように見ているのが分かる。
でも事前に伝えてしまえば邪魔が入りかねないし、特権を受けられる状態になるまでは秘匿しなければいけない。
「秘密、です」
指を唇にあて、微笑む。
我ながら痛々しい所作だが、こういうのが効くってどこかで見た気がするんだ。
目に毒なものを見せてすみません、と思いつつセシルさんをチラ見してみると、顔をほんのりピンク色にしている。
(あれ、これは効いているのだろうか?)
少し意外に思いながらも、これは好都合だし、利用しない手はないと心を決めた。
セシルさんの手を軽く握る。
「私、頑張りますね」
最後に控えめにニコリと微笑めば、セシルさんはさらに頬を赤らめた。
(チョロすぎる…それでいいのか校長!)
マーナやグリフを外に連れ出すためには、魔獣に関わる学問で特典を獲得しなくてはならないと考えている。
そのためにも、魔獣学を教えてくれている、かつ校長でもあるセシルさんにお願いを聞いてもらう地盤固めが必要だ。
(社会人の根回しスキルを発揮する絶好の舞台が来たな)
セシルさんに悟られないよう、ひっそりと口角を上げた。
セシルさんとのティータイムはその後和やかに終了した。
夜も遅いからと持たされた食堂のお弁当を引っ提げて、帰宅した…のだが。
いつも通りの筈の家が、どことなく静かだった。
いつもなら、家に近づいた時点でマーナがソワソワしているのが伝わってくるのに。
「マーナ、ただいま」
「…スゥ」
「あれ、寝てる」
恐る恐る玄関から小声で呼びかけてみたが、返ってきたのは細い寝息だけだった。
銀の美しい毛をソファに散らばせて、すぴすぴと鼻を鳴らしている。
寝てはいるが人が居る気配を感じ、時折耳や尾がピクッと動いていた。
暗い中よくよく目を凝らすと、ラフな格好をしているためか、均整のとれた腹筋を惜し気もなく晒している状態だった。
「…めちゃくちゃ無防備だ」
「んぅ」
「(危ない、起こすところだった)」
そのあまりの熟睡っぷりに、現実世界の近所の柴犬タロに思いを馳せる。
(あいつもぐっすり寝てる時、お腹出して寝てたよなあ。野生の本能はどこへ…)
マーナの珍しい居眠りの様子をしばらく観察していたが、温かいお弁当がある事をふと思い出した。
(気持ちよく寝ているところ申し訳ないけど、ご飯は食べないと)
…セシルさんで犯した失態を反省して、次は声ではなく物理で起こそう。
そっとマーナに手を伸ばし、フワフワな触り心地の髪の毛を撫で付けた。
「マーナ、起きて。ご飯にしよう」
「…グルル」
「あれ、全然ダメだな」
いくら撫でても喉を鳴らすばかりで、全く起きる気配がない。
ならば他の場所を撫でてみるか、と白羽の矢を立てたのは…
露出しているシックスパック目掛けて、掌を滑らせた。
ビクッと身体が揺れた事を確認して、2度3度と手を往復させる。
「…ん、ぁ」
「マーナ?起きないと擽るよ」
「……っ」
「っていうか、起きてるでしょ」
いつの間にかソファに垂れていた尻尾は忙しなくバタつき、顔を紅潮させている。
狸寝入りをしていたらしいマーナは、突然の腹への刺激に耐えられず全身で反応を示してしまったのだ。
勢いよくパチリと目を開くと、視線を彷徨わせ、小さな声でこう主張した。
「起きるタイミングを見失ったのだ」
パサパサと動く尻尾を構っていた俺の手を頭に持って来させると、自分から掌に擦り寄る。
「あと3度撫でてくれたら起きよう」
「えぇ…」
まあ、仕方ないか。
数度撫でるとマーナもようやく満足したらしく、二人で食卓を囲むことに成功した。
ホカホカの食事を口に運ぶたび、今日の疲れが癒えていく。
やる事が多い学院での生活も、こうやって1日の終わりにのんびりとした時間が過ごせれば苦ではない。
現実世界でいう、温泉みたいなものだな!
マーナもそれは同じらしく、時折俺に目配せをしながら尻尾をゆるりと震わせて食事を進めていた。
「そういえばマーナ、ユージンから良いことを聞いたんだ」
「ユージン…あぁ、あの詮索好きな小僧の名か」
「そ、そう。学院の模擬試験には優秀者特権っていう仕組みがあるんだって?」
「聞いたことはあるが、試験には直接関係ないのでな。気にした事もない…この学院での褒美となると、契約ごとになるだろうな」
「そうなのか?しっかりしてるな…実はその優秀者特権で、マーナたちを外に連れ出そうと思ってるんだ」
そう告げると、マーナはいつぞやの日の如く、口から肉をポロッと落とした。
その様子があまりにコミカルで、何度見ても笑えてしまう。
「…カンザキにはいつも驚かされる。どういった算段をしているんだ」
「あぁ、優秀者にはその学問に纏わる希望が一つ叶えられる、らしい。」
「そういうことか。魔獣学か?」
「マーナは理解が早すぎて説明のしがいがないな…そうだよ。
魔獣学の実地学習として、チームを組んで家出…っと。冒険をしてみようと思うんだ」
「なるほど、家出…冒険か。あり得ない話ではないな」
「賛同してもらえて嬉しいよ。我ながら良い案だと思ってた」
構想元は言わずもがな、修学旅行や職業体験だ。
期間は長期にして、学院にマーナたちがいなくても上手く回り、使徒が独立的な立場である事が証明できれば良いんだ。
それに、俺が個人的にこの世界を見て回りたい、と思っている。
(…現実世界とは違う、この世界の事を知りたいんだ。)
来た道も帰り道も一切分からない、一生付き合わなければいけなくなるかもしれないこの世界の事を。
魔力なんてものがあるこの世界では、あらゆる物を知らない俺は赤ちゃん同然。
ポジティブに考えると、この歳から生き直す、なんて事も出来ちゃうわけだ。
マーナは気分を良くして、また肉と格闘している。
(プッ、肉が逃げてる…)
俺がいない間は銀狼の姿のまま食事を取っているらしく、食器は未だに扱い難いようだ。
「マーナ、口の端にソースついてる」
「む、良いだろう後で舐める」
「…ワイルドだな」
ソースを口の周りにつけながら、肉をフォークで串刺して頬張っている…そんな姿をいつまでも見ていたいと思ってしまうのはおかしいだろうか。
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