モブ王子、悪役令嬢に転生した少女をフォローする

豆もち。

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モブ王子、悪役令嬢に出会う。

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 とある日、王妃主催の大きな茶会が開かれた。
 しかし、和やかな席と言うわけにはいかなかった。
何故なら、主役は12歳になった第1王子カルロ・トリステアだったからだ。
特別に子供同伴を許可すると銘打ったそれは、まさしく王子の婚約者を選ぶ為に催されたものであった。






 早朝から忙しなく使用人達が駆け回り、準備は着々と進んでいく。


「アベルト、どこだ、アベルト!」


 今日の主役であり、出席者の名前を最終チェックしていたはずのカルロは、末の王子を探し王宮内を練り歩いていた。
 すると、渡通路の柱の陰から幼い子供がパッと出て来る。


「兄様っ! どうしたの?」


 柔らかなプラチナブロンドの髪に、澄んだセレストブルーの瞳が特徴的な少年は、カルロが探していたアベルト本人だった。


「どうしたじゃない。今日の茶会に出席する様に母上に言われただろう?
支度をしていないのはお前だけだぞ」
「え~、どうしても出なきゃダメ?
だってロラン兄様達も出ないんでしょ」


 駆け寄り、ぷくっと頬を膨らませて文句を言うアベルトに、カルロは苦笑いしながら、優しく頭を撫でた。


「彼等は関係ないからね、仕方ないよ。
ほら母上達が待ってる。着替えに行こう」
「この格好じゃダメ?」
「んー、似合ってるが……母上がアベルト用に作ったんだ」
「え~またぁ?!
この間の兄様の誕生日会で仕立てたばっかりじゃん!」
「着てやってくれ。母上はお前を着飾るのが大好きなんだ」
「ぶぅ。僕は人形じゃないのにっ」
「アベルトが可愛くて仕方ないんだよ。分かるだろう?」


 ムスッと不満気な顔をしながらも小さく頷くと、カルロに連れられ、王妃と侍女が待つ部屋へ急いだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆


 正午から始まる茶会の会場に、次々と招待された貴族がやって来た。
 婚約者候補の令嬢はもちろん、王子に顔を覚えてもらうべく、10歳前後の令息も出席した。


「王妃様、カルロ殿下、アベルト殿下。この度はお呼び頂き、誠にありがとう存じます。
こちら、娘のレティアと息子のハルソフにございます」
「お初にお目にかかります、レティア・ヴォストラにございます」
「ご無沙汰しております、王妃様、カルロ殿下。
……初めまして、アベルト殿下。ハルソフと申します」


 挨拶をする為に出席者が列をなす中、始めに声をかけたのは、招待客の中で最も位の高いヴォストラ公爵夫人とその子供だった。


「まあ、ヴォストラ夫人、来てくれて嬉しいわ。
とても可愛らしいお嬢さんね」
「ええ。私が言うのもお恥ずかしいですが、良く出来た娘で、きっと将来は良き妻になりますわ」
「……あら夫人ったら、うふふ」
「ふふ。ではご挨拶はこの辺で失礼させて頂きます。また後ほど」
「ええ、楽しんでいって下さいな」


 しっかりと、後方に並ぶライバル達にまで聞こえる用に牽制し、夫人は満足そうに用意された席へ向かった。
その後も次々に同じ様な挨拶を貴族達と交わし、ついに茶会が始まった。


 王宮の庭に用意されたテーブルは、5つに分かれており、王妃と高位貴族の夫人達、その他の夫人達。令息も同じ様に分かれ、1番大きなテーブルにはカルロ、アベルト、そして令嬢達が座った。
 もはや微塵も隠す気が無い、あからさまな席順にカルロとアベルトは、何とも言えない表情を浮かべている。


「カルロ様は来月、王立アカデミー初等部に入学されますのよね?」
「ああ。ヴォストラ嬢もだろう」
「はいっ! 同じクラスになれるとよいのですが」
「さっき公爵夫人が褒めていたから、とても優秀なんだろうね。きっと同じクラスになるんじゃないかな」
「いやですわっ、お母様が先ほど言ったのは大袈裟ですのよ?
ですが、殿下にそう仰って頂けるなんて…夢の様ですわ!」


 カルロ達のテーブルは、完全にレティアとカルロだけが話す空間になっていた。
カルロが他の令嬢に話を振ったり、アベルトが助け舟を出しても、全てレティアに戻ってしまうのだ。
 令嬢達も公爵令嬢の彼女に萎縮してしまい、口を閉ざした。
しかし、1人の勇気ある令嬢が、流れを変える。
 自分の話や流行りのドレス、劇などの話題を話すレティアに対し、令嬢は領地の話や特産物、王都の街並みの素晴らしさを語った。
それは、教育を受けるカルロにとって興味深く、また共感しやすい話題だった。
 末席に座る令嬢達は、やはりこの2人の一騎討ちだとコソコソと話す。
 一方、主導権を持っていかれたレティアは余裕の表情だった。
伯爵令嬢の頭の良さは有名で、勝てないと分かっていたからだ。
 レティアはニヤリと口角を上げ、自分の取り巻きの令嬢に目配せした。
するとその令嬢は、伯爵令嬢に新たな話題で話しかけた。


「隣国といえば、ロマーノ帝国とアドリア王国の間で少し衝突があったと聞きましたわ。ソフィア様はご存知で?」
「ええ。たしかアドリア王国の第2王子が帝国の皇女に傷を負わせたとか。
許せませんわよね。どんな理由があったか知りませんが、女性に怪我をさせるなんて!」

 その応えに、レティアはにんまり笑い、嗜める様に会話に参加する。


「(クスッ、かかった) まあ、ソフィア様ったら。決めつけはよくありませんわ。
アドリア王国の王子は優しい方だと聞きますもの。きっとやむに止まれない理由があったんですわ」


ーーザワザワ

 一部の令嬢が引き攣った顔でザワつき始める。
 アベルトは心配そうな表情で兄の顔を窺い、カルロは眉を顰めた。

「そうであっても、女性に手を上げるなど。しかもご自身の立場を考えてらっしゃらないわ。
王族が他国の皇女を害すればどうなるか、考える事も出来ないなんて、愚かだと思います」
「そう、とても正義感の強い方ですのね、貴方って。でも時にはそれが、誰かを傷付ける事にもなりますわよ(例えば、今さっきまで楽しく話していた殿下とか、ね)」
「それはどういうーーー…」


ーーカチャン
 

「失礼、お茶が冷めてしまった様だ。新しいものを用意させよう」


 マナー違反ではあるが、わざと乱暴にカップを置き、カルロが話を遮る。


「そうだ、兄様。昨日教えてくれた本、とっても面白かったよ。
皆さんにも紹介してあげたら?」
「ああそうだな」
「まあっ、どんなご本ですの?
レティアに教えて下さいまし、殿下」
「……あ、私も気になりますわ」


 アベルトの少々無理矢理な話題転換にカルロは乗った。
 彼は、にこやかに対応し続けたものの、先程までの楽しそうだった伯爵令嬢との会話が嘘の様に、形式上の対応に戻ってしまった。
そして、茶会が終わるまで彼女の方を向かなかった。








 王妃と2人の王子が退出した事で、招待客は帰り始める者や、知人と立ち話をする者で疎らになった。
 

 その中で、伯爵令嬢はカルロの突然変化した態度にショックを受けていた。
レティアは彼女に近付いて、「お馬鹿さんね」と、笑って見せた。


「えっ?」
「ソフィア様はカルロ殿下のご気分を害してしまったのよ」
「いったいどうして……」
「あら、決まってるじゃない?
貴方が殿下のご友人を否定したからよ。ただの伯爵家の娘が、他国の王子を非難するなんてね。
私だったら、恐ろしくて出来ませんわ」
「ご友人ーー?」
「クスクス。ええ、そうよ。あまり知られていないけどね。
ご存知だった? 皇女様はね、アドリア王国の民を顔が気に入らなかった、という理由だけで殺してしまったの。
まあ、帝国で皇族は神の子孫だと考えられているから、皇女様も悪気はなかったんでしょう」
「嘘っ、そんな理由があったなんて。
私、なんて事をっ!!」


 顔面蒼白になり、ガタガタと震える令嬢にレティアとその取り巻き達は、愉快そうに笑った。
しかし、令嬢はそこで気付く。
レティアの取り巻きの中に、件の話題を自分に振った者が居るではないか。


「まさか……わざと?」
「あら、何がですの。
それにしても不便ですわねぇ。隣国に情報網がないだなんて。
でも、今朝はこの話題で持ち切りでしたのに。おかしいですわ」
「レティア様、仕方ありませんわ。ソフィア様は田舎からお越しになったんですもの。時差がありますのよ」
「そうでした。遠くから来られて大変でしたでしょ?
今日は王都の観光でもされるのかしら。宜しければ、馴染みの店をご紹介しましょうか」
「まあっ、さすがレティア様です!
なんてお優しいのかしらっ。ーーでも、公爵家の馴染みの店なんて大丈夫でしょうか。
レティア様にご迷惑がかからなければ良いのですけど」
「いやだわ、ソフィア様に失礼よ。彼女だって一応は伯爵家の生まれなんだから」


 令嬢は、ぎゅっと唇を噛みしめて、涙を堪えた。
 自国の王子を傷つけてしまった事。家を馬鹿にされた事。
そして、はじめから標的にされていたであろう事。その全てが悔しかった。


「お気遣い、ありがとうございます。
ですが今日はこのまま宿で休みます。実は昨晩到着するはずが、道中で足止めにあってしまって……
今朝着いたばかりなんです」
「まあ、それはお疲れでしたわね。
道が封鎖されていたのでしょう? 検問で」
「何故知って……?!」
「あら、お可哀想に。きっと昨晩到着されてたら、宿でアドリア国とロマーノ帝国のお話を知れたでしょうにっ。
ねぇ? レティア様」
「クスクス、あまり言ったら可哀想よ。
彼女だって悪気はなかったんだから。お聞きになったでしょ? とても正義感に溢れるお方なのよ」
「あなたがっ! あなたが手を回したのねっ!!」


 キッと真正面からレティアを睨み付けて言う彼女は、やはり強い心の持ち主なのだろう。
普通の令嬢であれば、公爵家に恐れをなして固まってしまうはずだ。
さらに彼女は、まだ13歳。いや、だからこそレティアに目を付けられたのだ。

「なんて失礼な方なの!? レティア様に向かって!」
「落ち着きなさい、貴方達。
お疲れなのよ、許して差し上げて。
そろそろ私達も帰りましょう。
ーーあ、そうそう。帰りもお気をつけになって。今度こそ、盗賊に出会わないと良いわね」

「あっ、ああ゛ーーーっ!!!!」


 突然、膝から崩れた令嬢に、周囲の人々は「なんだ、なんだ」と、不思議そうにしている。
娘の光景が視界に入った伯爵夫人は慌てて駆け寄り、その身体を支えたのだった。




「アベルト、何を見てるんだ?
気になる子でもいたのか?」
「ん~、いや、何でもないよ。兄様。ほら、母様が待ってるよ。行かなきゃっ。

ーーーーうわぁ。女の子って、性格悪っ。
アレは兄様には相応しくないな」
「お~い、アベルトも早く来い」
「うん、今行くよ!」





 こうして、アベルト・トリステアは最悪の形でレティア・ヴォストラに出会った。
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