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第一話 疾走
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アクスが寝ぼけ眼をこすりながら、家畜小屋へと向かう。入った次のことだった、グシャという音と共に何かを践んだ。視線を足下にやると赤黒い物体が見える。
――うん? なんだ。
そう思い視線を上げると、悲惨な光景が飛び込んできた。壁には飛び散った血、地面の彼方此方にはおびただしい数の臓物が転がっていた。
そして追い打ちを掛けるように、ポタリと肩に何かが滴り落ちてきた。見上げると、梁に殺された家畜の皮が吊されていた。言葉にもならない声を上げ家に駆け込む。
「なんだ青い顔して、幽霊でも出たか? 」
「か、か、家畜が」
突如アクスは胃から饐えた何かが込み上げてくる感覚に襲われ、溺れたときのような声と共にその場で嘔吐してしまった。
「しっかりしろアクス! 一体何があったんだ?」
恐怖で震える手を押さえ込み、小屋の方向を指さす。
「飼育小屋だな、お前はここにいろ! 様子を見てくる」
猟銃をもって家を飛び出す無精ひげの男。
「これはひどい……これで四度目だ。こんなに惨い殺しかたは、やつらしかいねぇな」
饐えた臓物の臭気に顔を歪めながら言う。アクスは凄く離れた場所から一言。
「やつらってウェアウルフ? 」
「ああ、そうだ。てか離れすぎだよ! お前はウサギなの! すぐ死んじゃうの! 」
「だってさ……」
「まあいい、ここんところ野生動物達が凶暴化してて家畜や人を襲っているって話だ。本来温厚なウェアウルフの凶暴化もそれと関係ありそうだ」
アクスは腑に落ちない点がいくつかあった。
「じゃあなんで四足歩行のウェアウルフが梁に皮を吊せるの? しかも食べるために襲うはずなのにただ殺戮を楽しんでるようにしか見えないんだけど」
「確かに妙だな」
数週間前からこの村、アルレイ周辺の村々でも家畜が野生の動物に、殺される事件が多発していた。
「これじゃ今晩の飯が……」
するとレインはアクスの顔を凝視してなにかを閃いたようだ。
「そうだ! 悪いがアクスよ王都で鳥肉を買って来てくれるか? 」
――何言ってんのこの人。
「やだよ、大都まで遠いし、さっき吐いたばかりだよ」
「分かった俺が行ってくる! 」
突如レインがウェアウルフの群に食い殺される映像が、アクスの脳裏に流れ込んできた。それが現実になりそうで、恐怖から全身の毛穴という毛穴からどっと汗が分泌する。
「や、や、やっぱ僕が行ってくるよ! 」
突然のアクスの申し出に驚きを露にするレイン。
「何言ってんだよ! お前は留守番を頼む。まだ本調子じゃねえんだからよ」
「気が変わったんだ、木々の匂い嗅げば気分も晴れるはずだしさ」
アクスのもっともな発言に何も言えない。レインは渋々買い物かごを渡す。
「具合悪くなったらすぐ帰ってこい」
「分かってるよ! じゃあ行ってくる! 」
レインは大きく手を振った。それに対してアクスも軽く手を振り返す。
赤髪の彼はアクス・ブラトレイ、16歳。このアルレイ村の村長レイン・ノーティスの息子である。
アルレイ村があるのは、四方を広大な海原に囲まれた孤島、時崔度の南西に位置する温暖な場所だ。
他にも幾つもの大陸があるらしいが、いまだ島を出た人間はなく、そこに何があるのかは謎である。
彼は幼い頃、謎の男に命を救われたことがあり、彼のように強くなるために焔術士団、暁の閃光へ入隊することが夢である。しかし決定的な弱点がある、あれこれと心配してしまう杞憂な性格であること。
アルレイ村は龍翔山の中腹に位置する。標高は八〇〇メートルと低い。麓には王都アシュケロンがある。
アシュケロンを統治しているのはエルス・オリストリア・アシュト十七世、焔術士団とは王直属の憲兵団で、焔術という特殊能力を扱う戦闘の精鋭だ。
今朝まで降っていた雨は雑木林に湿った落ち葉の匂いを漂わせている。そんな獣道を白衣の裾をあおるように歩いていく。その時だった、すぐ横の草むらがガサガサ、ガサガサと音を立てながら蠢きだしたのだ。
アクスは恐々としながら腰の鞘から真新しい短剣を抜き、へっぴり腰になりながら、草むらの方へと構える。どうかウェアウルフではありませんように、そう念じていた矢先、何かが勢いよく飛び出してきた。
「うわ」と震駭した拍子に瞼を閉じ尻餅をついてしまった。頭に左手を付き「なんなんだよ」と思い恐る恐る瞼を開けると、そこには村の家畜を襲ったであろうウェアウルフがいた。
今にも襲ってきそうに、うなり声を上げながら威嚇してきている。がむしゃらに短剣を振り回すが、そんなもの意味もないと言いたげに威嚇を続けてる。
するとそれとは別のうなり声が四方から聞こえた。周りを見渡すと案の定複数のウェアウルフに囲まれている。
まずいと思ったアクスは咄嗟に落ちていた小石を投げて、一瞬隙を作り森に駆け込み、はやてに吹かれた木の葉のように、からだを斜めにして逃げ出す。
しかしウェアウルフ達は徐々に追いついてくる。もうダメだ食い殺されると思ったとき、微かに水が流れる音が聞こえ、残る力を振り絞りその音のする方に走った。
どんどん水の音が大きくなってきてることに疑問をもった、けど今はそんなことはどうでもよかった……。
そして一筋の光が薄暗い森に差し込んだ。
「助かったもう大丈夫だ」
そう口に出し駆け込んだ、その希望は音を立てながら崩れ去る。
突如として霧が立ちこめ、轟音が落ちていく。そう音の正体は滝だったのだ。だが、普通の滝とは大きく異なっていた。
なんと落ち行く水が、登っては落ち登っては落ちを繰り返しているではないか。よくみると全ての水の流れが、そうなっているわけではないらしい。
あるところから通常通り、下流に向かい流れていく様が見える。その流れに上手く乗らなければ、水から出られなくなり溺れ死ぬだろう。
しかし考えている余裕はなかった。水の勢いで白濁し、水底に何があるのか全く分からない。飛び込みでもすれば、水底の岩に頭を打って死ぬかもしれないと思ったとたん、恐怖で足がすくみ動けなくなってしまった。
後ろにはどうどうと地響きを打たせて、山彦を呼んで轟いて流れる滝。正面にはいまにも襲って来そうなウェアウルフ達。
選ぶ余地すらないアクスは、動かない足を短剣で斬りつけ強制的に動かせるようにし、運を天に任せ滝壺に飛び込んだ……
――うん? なんだ。
そう思い視線を上げると、悲惨な光景が飛び込んできた。壁には飛び散った血、地面の彼方此方にはおびただしい数の臓物が転がっていた。
そして追い打ちを掛けるように、ポタリと肩に何かが滴り落ちてきた。見上げると、梁に殺された家畜の皮が吊されていた。言葉にもならない声を上げ家に駆け込む。
「なんだ青い顔して、幽霊でも出たか? 」
「か、か、家畜が」
突如アクスは胃から饐えた何かが込み上げてくる感覚に襲われ、溺れたときのような声と共にその場で嘔吐してしまった。
「しっかりしろアクス! 一体何があったんだ?」
恐怖で震える手を押さえ込み、小屋の方向を指さす。
「飼育小屋だな、お前はここにいろ! 様子を見てくる」
猟銃をもって家を飛び出す無精ひげの男。
「これはひどい……これで四度目だ。こんなに惨い殺しかたは、やつらしかいねぇな」
饐えた臓物の臭気に顔を歪めながら言う。アクスは凄く離れた場所から一言。
「やつらってウェアウルフ? 」
「ああ、そうだ。てか離れすぎだよ! お前はウサギなの! すぐ死んじゃうの! 」
「だってさ……」
「まあいい、ここんところ野生動物達が凶暴化してて家畜や人を襲っているって話だ。本来温厚なウェアウルフの凶暴化もそれと関係ありそうだ」
アクスは腑に落ちない点がいくつかあった。
「じゃあなんで四足歩行のウェアウルフが梁に皮を吊せるの? しかも食べるために襲うはずなのにただ殺戮を楽しんでるようにしか見えないんだけど」
「確かに妙だな」
数週間前からこの村、アルレイ周辺の村々でも家畜が野生の動物に、殺される事件が多発していた。
「これじゃ今晩の飯が……」
するとレインはアクスの顔を凝視してなにかを閃いたようだ。
「そうだ! 悪いがアクスよ王都で鳥肉を買って来てくれるか? 」
――何言ってんのこの人。
「やだよ、大都まで遠いし、さっき吐いたばかりだよ」
「分かった俺が行ってくる! 」
突如レインがウェアウルフの群に食い殺される映像が、アクスの脳裏に流れ込んできた。それが現実になりそうで、恐怖から全身の毛穴という毛穴からどっと汗が分泌する。
「や、や、やっぱ僕が行ってくるよ! 」
突然のアクスの申し出に驚きを露にするレイン。
「何言ってんだよ! お前は留守番を頼む。まだ本調子じゃねえんだからよ」
「気が変わったんだ、木々の匂い嗅げば気分も晴れるはずだしさ」
アクスのもっともな発言に何も言えない。レインは渋々買い物かごを渡す。
「具合悪くなったらすぐ帰ってこい」
「分かってるよ! じゃあ行ってくる! 」
レインは大きく手を振った。それに対してアクスも軽く手を振り返す。
赤髪の彼はアクス・ブラトレイ、16歳。このアルレイ村の村長レイン・ノーティスの息子である。
アルレイ村があるのは、四方を広大な海原に囲まれた孤島、時崔度の南西に位置する温暖な場所だ。
他にも幾つもの大陸があるらしいが、いまだ島を出た人間はなく、そこに何があるのかは謎である。
彼は幼い頃、謎の男に命を救われたことがあり、彼のように強くなるために焔術士団、暁の閃光へ入隊することが夢である。しかし決定的な弱点がある、あれこれと心配してしまう杞憂な性格であること。
アルレイ村は龍翔山の中腹に位置する。標高は八〇〇メートルと低い。麓には王都アシュケロンがある。
アシュケロンを統治しているのはエルス・オリストリア・アシュト十七世、焔術士団とは王直属の憲兵団で、焔術という特殊能力を扱う戦闘の精鋭だ。
今朝まで降っていた雨は雑木林に湿った落ち葉の匂いを漂わせている。そんな獣道を白衣の裾をあおるように歩いていく。その時だった、すぐ横の草むらがガサガサ、ガサガサと音を立てながら蠢きだしたのだ。
アクスは恐々としながら腰の鞘から真新しい短剣を抜き、へっぴり腰になりながら、草むらの方へと構える。どうかウェアウルフではありませんように、そう念じていた矢先、何かが勢いよく飛び出してきた。
「うわ」と震駭した拍子に瞼を閉じ尻餅をついてしまった。頭に左手を付き「なんなんだよ」と思い恐る恐る瞼を開けると、そこには村の家畜を襲ったであろうウェアウルフがいた。
今にも襲ってきそうに、うなり声を上げながら威嚇してきている。がむしゃらに短剣を振り回すが、そんなもの意味もないと言いたげに威嚇を続けてる。
するとそれとは別のうなり声が四方から聞こえた。周りを見渡すと案の定複数のウェアウルフに囲まれている。
まずいと思ったアクスは咄嗟に落ちていた小石を投げて、一瞬隙を作り森に駆け込み、はやてに吹かれた木の葉のように、からだを斜めにして逃げ出す。
しかしウェアウルフ達は徐々に追いついてくる。もうダメだ食い殺されると思ったとき、微かに水が流れる音が聞こえ、残る力を振り絞りその音のする方に走った。
どんどん水の音が大きくなってきてることに疑問をもった、けど今はそんなことはどうでもよかった……。
そして一筋の光が薄暗い森に差し込んだ。
「助かったもう大丈夫だ」
そう口に出し駆け込んだ、その希望は音を立てながら崩れ去る。
突如として霧が立ちこめ、轟音が落ちていく。そう音の正体は滝だったのだ。だが、普通の滝とは大きく異なっていた。
なんと落ち行く水が、登っては落ち登っては落ちを繰り返しているではないか。よくみると全ての水の流れが、そうなっているわけではないらしい。
あるところから通常通り、下流に向かい流れていく様が見える。その流れに上手く乗らなければ、水から出られなくなり溺れ死ぬだろう。
しかし考えている余裕はなかった。水の勢いで白濁し、水底に何があるのか全く分からない。飛び込みでもすれば、水底の岩に頭を打って死ぬかもしれないと思ったとたん、恐怖で足がすくみ動けなくなってしまった。
後ろにはどうどうと地響きを打たせて、山彦を呼んで轟いて流れる滝。正面にはいまにも襲って来そうなウェアウルフ達。
選ぶ余地すらないアクスは、動かない足を短剣で斬りつけ強制的に動かせるようにし、運を天に任せ滝壺に飛び込んだ……
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