焔刹の瞳

ゆう

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第二話 記憶

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アクスは何処かの岩礁に流れ着いていた。するとたまたま海岸沿いを歩いてきた、紺とも紫とも茶ともいいようのない色合いに変化した上着。裾がボロボロのジーンズを履いた背の高い剛健な男が、気を失い倒れているアクスを見つけ、肩を叩いて呼びかける。

「おい! しっかりしろ! 」

 いくら呼びかけても反応がない、よく見ると右足には深い切り傷があり出血している。

 そう分かると剛健な男は、手拭いを取り出しアクスの大腿部を縛ると軽々と背負い、何処かへ向かい歩き出した。どうやら自宅で傷の手当てをしてくれるようだ。

 アクスが目ざめると、見知らぬベットの上で寝ていることに気づく。とても長い時間寝ていたかのように体が怠い。アクスは起き上がろうと上半身に力を入れる、その瞬間まるで稲妻に撃たれたような痛みが全身を駆けめぐった。

 しばらくすると蝶番でも錆ていそうな、ギーと言う不快な音と共に扉が開いた。現れたのは二メートル近い身長のがっしりした、軍隊にいても何一つ不思議でもない筋骨隆々な大男である。

「おう! 目が覚めたか! 」

 その声にはどこかしら明快で前向きな印象があった。

「どこ、と、どこですか、それに、ぼ、僕は一体……」

 なぜ僕は此処にいる? 一体何者だ? そう頭の中に疑問符が乱舞。

「点けて間もない水銀灯のような顔しやがって、お前はアシュケロンから十五キロのライン海の海岸に流れ着いてた、足から血を流してな。
 それから七日間も意識を戻さなかったって訳よ。感謝してくれよ、俺が見つけなければ、出血多量でおっ死んじまってたんだからな……ところでお前の名前は? 」

 死人のように無表情で答える。

「分からないんです、名前も僕が何者なのかも……」

「なんだと!? 自分の名前が分からんって」

 狐につままれたような顔をして大男が聞く。

「じょ、冗談だよな、ま、まさか記憶ねぇとか言うなよ? 」

 その質問をしたとたん、何か大事な落し物でもしたような浮かない顔つきをした。ホントだと悟った大男は無理矢理話を変え、誤魔化そうとする。

「お、お、お、俺の紹介がまだだったな、レクス・ロザリオ35歳、猛獣ハンターをしている。最近猛獣どもが激減してるんだ、おかげで生活していくのが精一杯でな、食えない日なんてざらにある……そうだ、お前の名前を決めてやる! 名前がないんじゃ何かと不便だからな」

 するとアンティーク調の本棚から古めかしい本を取り出し、パラ、パラ、パラと数ページめくり始める。あるページで止まると何かを閃いたらしい。

「これはどうだ! 伝説の焔術士ハイド・ブラッドレイの名を拝借して、ハイト・ブラッドレイだ! 我ながら良い名前だと思うぞ。」

 レクスの昔なじみかのような親しみのこもった表情に、肩の荷が下りたように吐息を漏らすハイト。

 ハイド・ブラッドレイとはかつて大都アシュケロンを鋼之漆黒龍から救った伝説の焔術士のことである。いまから五百年前、輪廻之魔焔という闇組織があった。

 残虐非道で恐れられていた輪廻之魔焔は、鋼之漆黒龍を蘇らす。彼らの目的は世界中の都を壊滅させて、世界を掌握するという確固たるものである。

 当時鉄壁を誇っていた大都アシュケロン。世界でも唯一無二である焔術の憲兵団、暁の閃光、大都の平和は約束されていた。

 しかしその平和も忽然として消え去った。鋼之漆黒龍がやってきたのだ。大都は暁の閃光で迎え撃つも、圧倒的な戦力差にあっけなく敗北をきす。

 鋼之漆黒龍はアシュケロンを壊滅まで追い込み、打つ手がなく、ただただ地獄絵図を見ることしか出来なかった。そんな危機に赤い瞳を持つ男が現れる。

 彼は命をかけてこいつを倒すと言い残すと、相打ちではあったものの深紅の刀で鋼之漆黒龍を一刀両断。以後五百年間アシュケロンを救った英雄として、後世に語り継がれている。

「ハイトの怪我が直ったら俺の仕事を見せてやるよ! あ、すまん勝手に話し進めちゃって。ハイトが良ければ行ってみるか? 」

「ええ、もちろん行きたいです」

「よし! そうと決まればハンター協会に明日行こうか! それと、敬語はやめてくれよ! 」

 まるで子どもが喜ぶようにして、部屋を出て行く。

 ハイトはベットに腰掛け天井の一点を見つめ、こう思っていた。

――僕が何者かも分からないのに家族みたく迎え入れてくれた、レクスさんに……ついていけば……そのうち記憶も…………と思ったとたん、風が空の雲を運んで来るように眠気がやって来ていつの間にか瞼を閉じて眠っていた。

 翌朝、窓から流れ込む斜光線の小川で目覚めたハイト。体の様子を確かめながら外に面する、扉とは名ばかりの、歪んだ木材を並べて作られた隙間だらけの扉を開け放つ。

 そこにあったのはどこまでも広がる芝の絨毯、朝露で湿った芝はまるでビロードのように光沢を放っていた。するとレクスも室内から出てきてとなりに並んだ。

「ハンター協会があるのは、ソルクの森を抜けた先にある街、レイだ。手ぶらじゃ危ねぇからこれをハイトにやるよ」

 そう言うとボロボロな鞘に入った刀を渡してきた。

「なにをボケッとしてる! さっさと鞘から抜いてみな」

 そうレクスに言われたハイトは右手でボロボロの鞘を握り、左手で振り抜いた。現れた刀身は刃こぼれが酷い、錆び付いたなまくらだった。

「なんですかこれ? ただの鉄の塊ですけど……」

「そのとおり刀の形をした鉄だ。人を育てる刀とでも言おう」

 ハイトはレクスの言う『人を育てる刀』と聞き、意味が分からなかった。

「その時が来たら教えてやるよ」

「一体レクスさんは何者? 」

 ハイトのもっともな問いに、困り顔のレクスは愛想笑いを浮かべ答える。

「あ、あぁ、実は大昔大都である団の団員だったんだよ。その刀もその団の隊長から貰ったんだ……」

「それでレクスさんの武器は? 」

 すると一面の芝が吹いた風にたなびいた 。その矢先、激しい光に襲われ、あまりの眩しさに手を顔にかざすハイトとレクス。

 しばらくすると光はなくなっていた。翳していた手をどけると、そこには赤い髪のどことなくハイトに似た男が現れていた。赤髪の男が一言。

「やっと会えましたねアクス・ブラッドレイさん」
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