龍骨の魔王

おかゆデッサン教室

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修行編(五歳)

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 時が経つのは早いもので、私がこの世界に来てから体感で5年くらい経った。身長は100cmぐらいにしか伸びなかったが、牙や爪は岩も削れるくらい鋭く、丈夫になった。爪は長くしてフルーツの皮を剥くと便利だが、牙は本当に使い道がない。服もないのも合わさって、野生児っぽいね。



 まあ薄々気づいていたが、私は亞人族で確定だろう。この世界に所謂『純粋な人間族』がいるのかは知らないが。頭皮を探ると謎の突起が二つあるので、鬼族orドラゴニュートだと思う。この二種族は大抵の作品で扱いがいいから正直ワクワクしますわね。お義父様に尋ねてみたことがあるが、言葉を濁された。何か都合の悪いことでもあるのだろうか。



 ついでに言うと、髪の伸びるペースがかなり早い。朝方にベリーショートまで切りそろえても、夕方には肩甲骨ぐらいまで伸びているので。仕方がないので腰まで伸びるくらいのベリーロングで落ち着いた。前世でこんな髪型試す機会なかったし、これはこれで良しなのかな。







 この4年くらい、ほとんど寝ていた記憶しかない。人生の理想系ではあるが、それだけだと流石に罪悪感とかが出てくる。そんな中、お義父様が修行を始めようとか言い出したのだ。特に断る理由も無かったし、漫画の修行編は大体好きだ。特に倒すべき敵とかは居ないし、劇的なパワーアップを望む訳でもないが、喜んで参加することにした。



 修行メニューは予想よりだいぶ違う感じだった。私が初め想像してたのは剣の素振りとか走り込みとか、肉体系のやつ。しかし、メニューのほとんどは瞑想の時間だ。自宅三分、徒歩三日の滝壺までお義父様の背に乗って飛び、瀑布を眺めながら禅を組んで精神集中。ずっとこれ。



『いいかい。私の言った通りの光景を思い浮かべなさい。お前は海の底にいる。海というのは巨大な湖のことで、地域によってはサソゴという石のようで色鮮やかな植物や、それを根城にする魚たちがいる…。その清らかな水がお前の中に流れ込んでくる.......。どうだ、魔力の流れを感じるか?』

「相変わらずよく分からぬです…。」



 龍特有らしいの唸るような言語は最近使えるようになった。



『そうか。続けなさい。』



 お義父様はそれだけ言うと何処かへ飛んでいってしまう。数分経ったら戻ってきて、同じような問答をしてはまた飛んでいく。これを夕暮れまでずっと繰り返す。......指導される分際でこんなことを言うのもアレだけども、絶望的につまらない。終わりが見えないのも合わさって気が滅入る。一ヶ月経ったあたりから完全に飽きてしまい、お義父様の目を盗んで水遊びしたりする時間がどんどん増えていく。



 このままではよくない。遊ぶなら遊ぶでメリハリをつけないといけない。と言うわけで、お義父様に直談判してみた。



「その、義父様と私は種族も違うし、必ずしもこの方法が最適解とは言えないのでは…?」

『ああ、効果がいまいち実感できないと言う訳だね。』



 流石お義父様、話が早い。



『では、そこの岩を持ち上げてみなさい。流れる水をイメージしつつだ。』



 指し示されたのは、高さ4m、幅2mぐらいはある大岩。これを持ち上げろって......?



「流石に無理です無理。」

『まあ、物事は試しじゃないか?』



 渋々、自分の数十倍も重い岩に手をかける。これ、重心崩して私の方に倒れてきたら間違いなくぺっちゃんこなんだけど大丈夫?まあ、お義父様が私を危険な目に合わせようとするはずがないか。意を決して腕に力を込める。



「重いです。ピクリともしません。」



 予想通りびくともしない。



『瞑想のようにイメージしながらやるんだ。』



 何が変わるんだと思いながら、大海原の流れが私の中に流れ込んでくるのをイメージする。



「せー…のっ?????」



 踏みしめられた地面にヒビが入る。



 それは、幼い少女の細腕では、いいや、どんなに鍛え上げた益荒男ですら決して出せるはずのないパワーだった。子猫を抱き上げるように、あっさりと数十トンの大岩が持ち上がった。



『瞑想によって鍛えられた魔力が筋肉の代わりを果たしているのだ。筋力トレーニングよりずっと効率がいいだろう。』

「な、なるほど。人類ってごいごいすー…。」

『いや、それはお主だけ…いや、なんでもない。』



 何を言ったのかよく聞こえなかったが、それより岩を地面に下ろすのが先だおっかない。できるだけふわっと投げ出したのだが、地響きがして体が軽く浮いた。細く柔いはずの腕を撫でてみれば、確かに何かが筋肉の中を流れているような心地がする。これが魔力か。



「す、すごいです……!これがお義父様の修行!なんて教師スキル!」

『ははは。これは正直、生徒がよかったな。』

「うふふ、ご謙遜を!テンション上がってきました!まだまだ稽古をつけていただけますよね!?」



 調子のいいやつと思われるかもしれないが、現実に思考が追いついてくるとすごくテンションが上がる。そのうち螺旋◉とか領域展■とかできるかもしれない。魔力ってすごく夢があるんじゃないか?



『ああ、そうだね。まだまだお前を強くせねば、我らは……。』

「……?」



 遠くを眺めるお義父様。その面影にどこか暗い影が落ちていた。いつも明るく接してくれる彼だからこそ、僅かな影が恐ろしい。不意に寒気がして肩を震わせた。



『おや、寒いのか?本格的な身体強化をしたから体がビックリしているんだな。今日はもう帰ろうか。』

「は、はひ…。」



 私としてはまだまだ修行を続けてもよかったのだが、異論を挟むだけの勇気を持てなかった。いつものように尻尾からよじ登り、首筋の羽毛っぽい鱗が多いところに乗らせていただく。



『いくぞ。』



 これも魔法の一種なのか?わずか数回の羽ばたきで、象よりも大きい体が地面から雲のすぐ下まで上昇する。加えて、私はほとんど空気抵抗の風を感じない。だから天空からの絶景を一望にできる。地上には深紅の花畑があり、エメラルド色の渓流があり、私たちの住む枯れ切った峡谷がある。異世界にしかない不可思議な、しかし見慣れてきた景色に今日は知らない影が混ざっていた。



「あ、遠くで何かが飛んできますよ。あれって、もしかしてお義父様と同じドラゴン?お義父様の友人だったりしますか?」

『……そうだが。用事を思い出した、少し飛ばすぞ。』

「会わなくていいのですか?」

『……ああ。彼らも忙しいだろうから。』



 雲を引き裂いてぐんと加速する。もしかして会いたくないのだろうか。



「彼らは……ええと、いい人ですよね?」

『ああ。奴らとは何万年も共に過ごしてきた仲だ。それは間違いないはずなんだ。』



 何か含みのある言葉だ。私たちの間に、言いようのない暗い雰囲気が生まれるのを感じる。それを吹き飛ばしたくて、精一杯明るい声を出してみた。



「よかった!じゃあ、きっと私ともいい友達になれますね!あ、友達って歳じゃないでしょうか......。」

『そうだな。』



 でも、会話は弾まない。ドラゴンたちの影は遠ざかり、夕日に飲まれて見えなくなる。赤く焼けた空の下には暗く不気味な夜が潜んでいる。せっかく幸せなはずの私たちの将来に、何か暗い影が落ちている気がしてならなかった。



(名誉も収入も......前世であれほど求めたものが、今ははもうどうでもいいとさえ思う。ただ、平穏に過ごせればそれでいい。だから……どうか、何も起こらないで。)
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