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やっぱ、そういうことか
スノウから受け取ったナイフを鑑定して、んなこと出来たっけと言われ、説明をし。
ふと、思い出す。
あの彼を前にしてしなかったこと。出来なかったことを。
使うなよと言われていた、彼から受け取ったナイフの鑑定をまだしていなかったことを。
俺に対して本当の名は明かせないような話をしていた。
その理由がこの世界においてなのか、彼本人の気持ちの問題なのか。それも聞くことが叶わなかった程度の関係性だ。
その彼がナイフを使っていたのを羨んだらもらえた、偶然の産物にも近いナイフ。
(悪意はなかったと思いたいけど)
何らかの理由があって、どこかに彼の雇用主がいて。命令に従い、半月に二度ほど、この場所を訪れていた様子の彼。
彼について知っていることはほぼ無いと思った方がいい。
名前だって、結局は俺が付けただけ。
信用も信頼も、あの短い時間で何も構築できなかった気がする。
(…今思えばだけどな)
あの短い時間で俺が知ったことといえば、彼のことというよりもこの世界でのことかもしれない。
それでもまだまだ足りていない。何も知らないに等しいのだろう。
スノウが留守の間に俺が知ったことといえば、睡眠学習のようなそれで魔法の使い方を半強制的に取り入れさせられた感じのこと。
学んだ感が少なすぎるそれに、満足感は無いに等しいだろうな。
ふぅ…と短く息を吐き、あのナイフを手に取る。
「おい! そのナイフは使うなよって言ったよな!」
俺がナイフを手にしたことで、スノウが反応をする。
鑑定をする前から、嫌な予感がしてるのに。それでもスノウの反応や言葉だけを鵜呑みにして、勝手に想像だけで決めつけるのがなんとなく嫌だなと思っただけなんだと思う。
スノウが止めるのも聞かず、俺はあのナイフを鑑定する。
手に持つナイフの横に、予想よりも大きな画面が出てきて驚く。
「…………へぇ」
説明文というには長すぎなその文章を流し読み、出てきた感想がたったそれだけ。
それだけの感想を吐いた自分に気づき、思っていたよりもガッカリしたんだなと気づかされ。
と同時に、何かを彼に期待していたんだろうなとも気づかされ。
(だからこそ余計にガッカリしたんだろうな、俺。元の世界でもミーティング以外で誰かと会話する機会も失くしてたところがあったからな)
「どんだけ飢えてたんだよ……俺」
と、まあ、そういうことだよな。
ナイフの説明文は、こんな内容だった。
『愚者の塔に現れし人物のみに有効。他者が持っても使っても、普通のナイフと等しい。手渡した相手が近くにいる際には、隠ぺい魔法が適用される。持ち手から、使うたびに体内に浸透していく毒もしくは毒が効かない相手だとナイフが認識すれば、同様の魔法が沁みこむ仕様になっている。解毒は不可能。使用して何らかの食材などを口にすれば、その食材経由で同様の効果が得られる仕組みとなっている。愚者の塔の人物以外には、その毒は効果なし。同じ食事をしても、問題が起きない。その効果は、愚者の塔の人物が亡くなるまで効果が継続。亡くなり次第、ナイフは消滅。英知の塔が製作』
「…は、はっ」
乾いた笑いしか出てこないや。
ポイッと床に放るようにして、そのナイフを棄てる。
ベッドにゴロンと寝転がり、壁の方へと横向きになってスノウに背を向けた。
「……ナギー?」
わずかにベッドが揺れ、背中の方からスノウが俺を呼ぶ声がした。
「……」
でも今は、無理。
返事なんかできない。
散々仕事ばっかしてきて、人の尻拭いばっかして生きて。
最終的にはクソ神の尻拭いみたいなこともして、そうして何も気づかなきゃ知らないうちに毒に侵されて死んでたんだろ? 俺は
「なんなんだよ…」
俺の命は、そんなに軽く扱われるような存在なのか。
あの世界でも、この世界でも。
ギュッと目を閉じる。
(こんなこと、慣れたもんだったろ?)
――――いたら、便利。いなくても、困らない程度。
(そう飲み会で言ってたのは、誰だったっけ)
珍しく参加した飲み会で、ちょっとトイレにと席を外して戻りかけた時。俺がいないからと、酔っているからか声のデカさが調整出来ていない誰かが俺のことをバカにするような話をしていた。
数人の声がしてたのは、なんとなくわかってた。
誰か一人だけが酔って盛り上がってたってんでもなかったと思う。
あんなに必死に仕事をして、今日はいつもよりも早く帰れると思った就業間近に積み上げられたファイルにも笑顔で応えて。
そんな日々を積み重ねて得られた評価が、それっぽっち。
仕事が回せられれば、会社は納得するだけ。それが当然といわんばかりに。
けれど、そこまでに至る経過は?
俺に仕事を回していた上司が、本当はどうしていたかなんて知ってた。
自分のためだけに時間を使っていたって。俺の時間を喰っていたって。楽して、会社からの評価を自分の物にしていたって。
なにもかも、俺の犠牲の上で毎日が回っていたって。
「ナギー…」
肩甲骨あたりに、わずかにスノウらしき温もりを感じる。グイグイと押しているのは、頭だろうか。
「…なに」
思いのほか低い声で返したそれに、一番驚いたのは俺自身。こんな低い声が出るんだなって。
「だ、大丈夫、か?」
「…なにが」
何に対してだ? 気持ち? 体?
(ああ、そうか。ナイフの毒のことを知っていたから、使うなって言ったんだよな? スノウは。なら、体の方か、心配してんのは)
すこしずつ体に浸透するって仕組みになってて、使ったのは梨っぽいのを剥いた時だけ。
持ち手からと、食材から…だっけ。
それを使わなくなれば、いつか抜けるのか。体に残り続けるのか。解毒は不可能とか書いてあったな。
蓄積して、致死量になったら死ぬってことで合ってるんだよな。
(なら、現時点では体への影響は少ないと見積もってよさそうだ)
「すぐに死ぬってことはなさそうだろ? なら、大丈夫なんじゃねえの?」
自分で他人事みたいに言うなと内心思いながら、スノウへと返事をする俺。
「じゃねえの…って、お前さ…」
俺の返事に納得がいっていないのか、スノウが俺の肩に乗ってくる。
そうしてグイグイと背中の方へと押してくるもんだから、仰向けにならざるを得なくなった。
「……なんなんだよ、スノウ」
仰向けになったまま、視線だけ左へと流して横目でスノウを見る。
「ナギー…お前」
スノウは、白い蛇で。尾にはリボンが付けられてて。小さな目をまともに見たのは初めてかもしれないが、金とも黄色とも、陽があたると違う色にも見える不思議な色合いで。
本当に小さな目なのに、表情がわかるとも思えないのに。
「泣いてんのか?」
俺を心底心配してくれてるように見え、すこしだけ険しく歪んだ目で俺以上に辛そうに見えた。
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