それ、どんなチケット?~売られたチケットは、50%オフでした~

ハル*

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俺って人間は



淡い色をした煙が立ちのぼり、ボフンと鈍い音が鳴り。

「…お」

「お?」

出会った時と同じ姿のスノウが、足元にいた。

服も何かの事件でも起きた感じにもなっていなきゃ、抜け殻にもなっていない。

「で、口の中の空間魔法は?」

確認することは少なくない。漏れることなく確かめていかなきゃな。

体感でわかるようで、口を何度か開け閉めしてから大きくうなずくスノウ。

「口の中に戻ってた?」

「うん」

「他に体に違和感とかなさそう?」

「戻る前との差がよくわからんってことは、ないんじゃないか?」

「他人事かよ。こういう場合の確認は、結構大事なんだけどな。後で気づいて、困ったことになっても、スノウが自分でフォローできるならいいだけの話でさ」

「え。何か起きるの? 俺に」

「起きても困らないようにって話。だから、こういう場合にはキッチリ確認をしておいた方がいい」

仕事の時の癖だよな、これって。

「真面目かよ」

「悪いことじゃないだろ?」

「まぁな」

蛇の姿の彼へ手を伸ばし、両手で掲げるようにして持ち上げた。

どこぞの鑑定番組で、白い手袋をつけてお宝を見るアレっぽく。

リボンの方も確かめてみて、問題なさそうだなとうなずく俺。

「それじゃあ、もう一回。そこから人の姿に戻ってみて?」

さっきまで着ていた服が蛇の姿の時にどういう扱いになっているのか定かじゃないが、逆も確認しなければ不安といえば不安だ。

慣れていない魔法だスキルだで、俺の脳内だけで組み立てたそれが上手くハマってくれたのか否か。

「りょーかーい。じゃ、戻るな」

「ん」

まばたきほどの間に、目の前にバカでかい銀髪の男が現れた。

リボンも同じく、長い髪をまとめるように結ばれている。

「こっちの姿に戻ってみての違和感は?」

「耳の裏のやつは?」

「ああ、ちょっと見てみる」

スノウが体の向きを変え、髪を指で寄せた。

「……うーん。大丈夫にみえるね」

五角形の魔方陣を指先で撫でると、くすぐったそうに身を捩るスノウ。

「これなら大丈夫、か?」

疑うのは大事。必要。何かあってもと身構えることが出来る。慢心は…。

(なんて言われたっけ。慢心は、だったか? 油断だったか? 元上司になんて言われたっけ)

思い出せない言葉を一旦どこかに置いておき。

「またの機会がある時には、今みたいになるつもりでね」

「変態魔女んとこ行く時だろ? …今思ったけど、間違って人の時に会っちゃったら?」

「それは自分でどうにかしなよ。そもそもで俺は、この場所から出られない…」

と、言いかけ。

ふと思い出したのは、俺の能力がチート級なんだっていうこと。それと、

チラッとスノウの髪に揺れるリボンを見る。魔女がスノウの姿を固定するために使った、小さな面積の媒体を。

解呪をし、獣人としての彼の元の姿と生活を取り戻し、その後の生活に極力影響が起きないためにと細工をし。

(この手には、やれることがあるということかもしれない?)

魔法とスキルについて、何の情報も知識もなかった時ならいざ知らず。

睡眠学習でとはいえ、今は使おうと思えばどうにか出来る可能性の方が高いんじゃないのか?

(――ならば?)

次回、スノウがまた出かける時にでも、試してみてもいいんじゃないのか?

それまでに、使えそうな魔法をこの場所で練習して、スムーズに発動できるようにすれば。

「んー? どうかしたのか?」

この話をスノウにしてもいいんだろうかと、開きかけた口を噤む。

信用できる?

信用できない?

信頼は?

もしも話をして、できなかったら?

それと、

「それと…」

「ん? どうした?」

頭の中で考えていたことが、口を吐く。

そこまでして外に出たがってるだなんて、スノウが魔女のところにと出かけた時に抱いた感情を肯定するみたいで。

「ど、どうした? ナギー。顔が赤いぞ? 熱でも出てないか?」

そう考えた時点で、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。

(寂しくなんかなかった。大丈夫だった。暇だっただけ。そうだろ? 俺)

「本当に大丈夫か? なあ」

見目麗しい男が、俺のことを心配して、肩をガシッと掴んで前後に揺さぶってくる。

「揺らすな、揺らすな」

ガクガクと思いのほか激しめに揺さぶられ、その勢いで頭がブンブンと音が鳴りそうなほど振られて目が回りそうだ。

「ちょ、マジでストップ。やめろ」

スノウと俺の間に腕を挿し込み、スノウの胸へ手のひらをあてると勢いつけてグイッと押す。

物理的に距離を置かなければ、いつまでもガックンガックンと頭を揺らされて完全に目を回した気がする。

「でもよー」

両目を手のひらで覆い、クラクラするのが治まるのを待つ。

フラッとしながらしゃがまずにはいられない。

「ご、ごめん」

「いや……気にしてない」

そう返すのが精いっぱいだ。

ややしばらくしてから、ゆっくりと立ち上がってスノウに伝える。

「他にも試してみようかと思うことが増えた。そのことを考えていただけだから、体調が悪いとかじゃない」

何をどうするつもりとは言わずに、かなり要約した内容だけど、何も言わないよりはいい。多分。

「ならいーけどよ」

そう言ってからスノウが何をしたかというと、見上げるほどの高さで身長に見合った手のデカさの彼が。

「無理すんなよ?」

まるで子どもをあやす風に、俺の頭をイイコイイコと撫でたのだ。

「……は?」

「あ、悪い。なんか、がんばってんなぁって思っちゃった」

悪意のなさそうなその様子を理解できるのに、素直には受け取れない。素直に受け取るには、もう遅い。

は? と口にしてから、呆然とする。

誰かによくできましたと褒められた最後は、一体どれくらい昔だったか。

社会人になれば、褒められるよりも叱られるか貶されるか小バカにされることの方が増えた。

社会人一年目から、やれて当然。即戦力でなければ、クソ・カス・クズの三点セットで唾を吐きつけられた。

仕事は誰かに学ぶんじゃなく、人の仕事を見て盗め。学べ。わからないことは、自分で調べろ。

上司が口を出すのは、仕事を振る時と最終確認だけだ。相談なんてやりとりは存在しない。

面接の時にはずいぶんといい話ばかり聞かされて、この会社を逃したら他にいい場所は無いなと思い込み。

まわりが就職難民のように、日に日に暗い顔つきになっていくを見ていて、その仲間入りだけは避けたいと焦ってもいたんだと思う。

(ああ。それでも入社初日だけは褒められたか)

って言っても、入社初日にと張り切って結んだネクタイの結び方だったな。たしか。

社会人はネクタイくらいキチンと結べないと、一人前とは言えないとかなんとか。すぐそばにいた先輩を引き合いにされてさ。

「そういうの……いいからさ」

どんな感情を抱いて、どんな言葉を返せばいいのか。すぐには浮かばず。ようやっと返せたのが、それだけ。

(カッコ悪いな、俺)

「がんばってなんか…」

そう呟いた俺は、スノウの前でどんな表情を浮かべていたのか。

たとえいつものように鏡が目の前にあったとしても、見ることは出来なかった気がする。

元の世界から、この世界へ。

ここに来る時にも、きっと置いてきたんだろうなと思う。

自己肯定感なんてもんがなくても、仕事は回せたんだからという、謎の言い訳めいたものを呟きながら。

俺には何も出来ることがない。

俺には何もない。

俺を見てくれている人なんか、もっといない。

俺は。

(――――無能だ)

上司から繰り返し繰り返し、挨拶の如く繰り返し聞かされたそれが、俺の評価だ。

そのことを思い出し俯き、無意識でこぶしをぎゅっと握る俺を、スノウが無言で見下ろしていたことに俺は気づかなかった。



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