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空を仰いで、アナタを想う 10 ♯ルート:Sf
しおりを挟む耳にあるピアスから、かすかな音がした。
カチリ、と。
そして、手の届かない場所に浮いている大事な人が呟いた。
「…ひな。ごめん、な」
って。
カチリと音を立てた直後、パキンと鳴ったと同時に石が割れてしまった。
そして何故か、シファルを傷つけそうになっていた槍状のものまで霧散して消えてしまう。
その直後、不思議なことが続く。
割れたピアスの石の欠片が、この上空から落ちていくと思ったのに落ちていかない。
その欠片たちを白い光が包み込み、ふわりと浮かんだままでシファルの元へと移動していく。
割れて、欠片になって、光に包まれて。その流れは本当に瞬きを数回するほどの間での出来事。
そして、その流れの一部のようにまたひとつ…事が起きる。
ナーヴくんが目の前で起きていることが信じられないと言わんばかりに、目を見開いていた。
あたしもナーヴくんも、どうして? と言いたいのに言葉を一瞬だけ、言葉を封じられたように何も言えなかった。
目の前にはそれぞれで大事にしている人がいるのに、なにも……。
ふ…っと喉が楽になった瞬間、二人で彼の名を呼ぶ。
――なのに。
「シファル!!!」
「シファ!」
ピアスの欠片たちがシファルの元へと光ごと、コツンとでもいうように触れた刹那。
本当に刹那というほどの、一瞬だった。
目の前にいたはずの彼の姿が、残滓も残さずに消えてしまった。
ナーヴくんは浄化の第二段階を進めながらも、シファルのいた場所へ魔法で干渉してみても何も追えないと呟く。
悔しそうに、今にも血が出そうなほどに唇を噛んで。
シファルが消えた。それでもあたしたちが最優先しなきゃいけないのは、ここまで来た浄化だ。
浄化の後のことは、浄化が完了してからだっていい。
あたしはボロボロと大粒で落ちていく涙を拭いもせずに、溜まりに溜まった瘴気を浄化へと導いていく。
ナーヴくんの光属性と、聖女だけが持つ魔力とを掛け合わせて。
魔方陣に食わせるようにして集めた瘴気は、真っ黒な魔方陣としてその形を見せている。
そこから漏れることがないように、逃がさないように、二人でダンスのように左手をつなぎ、右手は手のひらを魔方陣へ向けて浄化の呪文を告げるだけだ。
ただし、ここで一番必要なのは浄化だけに向き合っている強い思い。
どっちもが、今、相手へ口に出せずにいる言葉がある。
(どうしても、さっき消えたシファルの姿が頭の中から消せない。心が揺らいでしまったまま、浄化の瞬間を迎えられない。ここで文言を呟いても、完全な浄化を想像できない。……どうしたらいい?)
その言葉は、脳内で何度も繰り返されている。
紙に書けば、きっと一行程度のその言葉を言えずにいる。
これ以上の時間をかけても、自分たちの体力が持たないことをわかっていても。
つないだ手に、かすかに力がこもったのを感じる。
チラッと視線を向ければ、一瞬だけ合って、すぐさま逸らされてしまう。
(終わらせなきゃいけないのに。じゃなきゃ、シファルに起きたことだって集中して調べてもらえないのに)
隣にいるナーヴくんだって、これ以上の時間の経過は情報が足りなくなるかもしれないってわかってるんだ。
焦れている気持ちが、ナーヴくんの眉間に深いシワとなって表われている気がした。
「……ナーヴくん」
「…………なんだ」
「これ以上、待たせられないね?」
「…わかってる」
「あたしも…わかってる」
あたしだけじゃなく、ナーヴくんの目にも浮かんだ涙がこぼれ落ちていく。
「早くシファルのことだけ考えられるように、一旦、忘れよう。…酷いかもしれないけど」
一瞬だって忘れたくないのに、忘れようと提案したのはあたし。
――大事にしたい人なのにね。
大事だからこそ、すこしだけ彼を置き去りにするしかないんだ。
「酷いのは、俺もだ。…同じこと考えていた」
あごを上げると、自然と視線も上がる。
ボロボロと泣きながら、二人どちらからともなくつないだ手に力を込めてしっかりつなぐ。
二人の想いが重なった瞬間かもしれない。
共通の、大事な人がいる。
「さっさと終わらせるぞ、ひな」
自分の名を呼んでくれたことは、彼がくれた優しさかもしれない。背を支えられた思いで、うなずく。
「…うん!」
ボタボタとこぼれていた涙は、二人で少し乱れた呼吸を整えるように深呼吸をしている間に止まり。
やがて互いの呼吸の音だけが耳に入り、それが心音のようにも感じられて。
「ふー…」
「すー…」
自然と落ち着くことが出来たと思う。
ちゃんと自分の中に魔力を巡らせるように、血液とともに酸素を取り込む。
ベストな状態で、目の前のことを完結させるために。
大きく息を吸い、一気にその言葉を呟く。
言霊として、浄化を遂げるために。
『『不浄を滅し、次代へのつながりを断つための礎を。浄化を辿った全ての思いを、今こそ形に』』
過去の聖女たちの記憶では、浄化の際の言葉は、その時々で違っていた。
だから、今あたしたちが告げた言葉は今回限りのものなんだろう。
二人の手のひらから魔方陣へ、グングンと吸い込むように二つの魔力が螺旋状になりながら送られていく。
中心から拡がっていく、二つの魔力。
それが魔方陣に黒く染みこんでいた瘴気を飲み込んでいく。
浄化された瘴気が色を変えて、じわりじわりと魔方陣の色を変えていった。
ピンクゴールドにも見える混ざり合った魔力が、時間をかけて魔方陣の端まで満たされた瞬間。
体の中から、とどめの魔力を魔方陣へ送る。
『『二度と、手間かけんな』』
その言葉はどっちかといえば、ナーブくん寄りの言葉だろう。
なのに、嫌じゃない。
(だって、正直なところホントそれな? と言いたいくらいだったから)
一気に魔方陣の表面に拡がって、グラスに水がたっぷり満たされているように魔力が膨らんでいき。
『『爆ぜろ』』
瘴気自体は浄化され、あとはその痕跡を消すだけだったあたしたち。
ふんっ! と鼻息を勢いよくふき出し、いつもナーヴくんがするように二人そろって右手で指を鳴らす。
パチンと、二つの高い音が響く。
するとまるで表面張力をして目いっぱい膨らんでいたはずの魔力が、魔方陣ごと爆ぜて霧散した。
爆ぜたピンクゴールドの光が、広範囲に拡がっていく。
その光景はまるで、星が降ってきたみたいに見えたんじゃないだろうか。
上空からそれを見下ろしているあたしたちは、互いに黙ってその光景を見ているだけ。
わずかな間のその後に、ナーヴくんがポツリと呟く。
「シファと一緒に見たかったな。こんな…キレイな光景」
星が降るようなその光景を見下ろし、息を吐く。
「下から見てもキレイだろうけど、ここから見ててもキレイだよね。…一緒に見たかったね、ホント」
「あぁ」
浄化はすんだのに、二人とも下に下りる気配がない。
「……調べるの? 今から」
何を…とは言わずに聞けば、ナーヴくんは「あぁ」とだけ、返事をくれた。
「お前は、下に下りてろ。とりあえず、シファの大事な弟のフォロー…頼む。あのままじゃ、シファが心配しちまう」
本音を言えば、このままここにいたい。彼が消えた場所を探るナーヴくんのそばにいたい。
――たとえ、自分にはその手に役立つ能力もスキルもないんだとしても。
それでも…と思ったところで、ただ邪魔でしかないこともわかっている。
それになによりナーヴくんが集中して、やれることを探せないだろうし、探れないだろうし。
「わかった。カルナークと、他のみんなへの話も可能な限り…してみる。上手く話せる自信はないけど」
人と話すこと自体が苦手なあたしが、どこまで上手く話が出来るのかわからないけれど。
「お前なら、大丈夫だ。元いた世界じゃどうか知らねぇけど、やれていたんだろ? こっちで」
シファルから何か詳しくきいたのかなと思うような話が出てきた。
カルナークから、ナーヴくんは口は悪いけど二人目の兄貴みたいなものとも聞いたことがあるのを思い出す。
(たしかに口の悪そうなお兄ちゃんかもね)
「…だといいな。とにかく頑張ってみるから、こっちはお願い…」
まっすぐ見つめ、その視線に願いを込める。
「わかった。浄化の後のことについては、また後日。浄化がすんだんだ。優先順位は、シファ…だ」
「うん。わかったことがあったら、教えてね? 待ってるから」
「あぁ」
「……シファルほどお茶淹れるの上手じゃないけど、薬草茶の準備しておく。いつでも飲めるように。きっとシファルなら、ナーヴくんに回復用のを飲ませてくれるはずだから」
「…ふ。飲めりゃいーよ、別に。味なんか気にすんな」
あぁ…優しいんだな。やっぱり。口は悪いけどね。
「それじゃ、お先に」
「…あぁ」
心も体もボロボロだ。
このまま落ちられたら楽だろうな。
転移の魔法を使ってほしいとこだったけど、さすがに同じようにボロボロの人を捕まえてお願いなんて出来なかった。
浮いたままゆっくりと下降しようとしたあたしの耳に、聞きなれた音が入った。
パチン! と高い音だ。
「え…?」
まさかと思って振り返ったはずが、その先にいたのはジーク。
「ひ…ひな?」
互いに驚き、目を見開き、そして上空を見上げる。
「あぁ、もう! ほんっと、わかりにくいけど優しいなぁ! もう!」
疲れているはずなのに、ここまで送ってくれたナーヴくんに。
「ありがとう」
聞こえるはずないのをわかってて、呟く感謝の言葉。
そっと肩にかけられたアレックスのジャケットのぬくもりを感じて、目の前の三人へ目を向ける。
話したいことはたくさんあるけど、最初はこれなんだろう。多分。
「ただいま!」
無事に生き残れたこと。浄化を終えられたこと。
そのことで何か最初に言うのなら、きっとこれだろうと思っていたから。
「「「おかえり」」」
三人がほぼ同時にあたしの体を囲むようにして、ぎゅっと抱きつきながら呟く。
「…うん」
三人のぬくもりにホッとしてから、顔を上げ、空を仰ぐ。
(シファル……。生きてる、よね? また会えるよね?)
最悪を信じたくない気持ちを胸に、シファルがいるどこかにこの空がつながっていますようにと願いながら、流れる雲を眺めていた。
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