黒木くんと白崎くん

ハル*

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特別な一日 3

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~黒木side~



母親から今日は雨だと聞かされていたものの、まさかここまでひどくなるとはな。

俺から家に誘った手前、これだけひどい雨なら飯食ったら帰れよだなんて、どの口が言う?

(もしかしたら、今日があの空白の時間を一気に埋める日になるんじゃないか?)

小さな罪悪感が首をもたげっぱなしで、ここまで来ていた。

二年の空白を一足飛びで埋められるはずがないとわかっていながら、どうにか埋めたくて。

もしも逆に白崎の方が同じことをしたとしたら、気にすんなっていって終わりにするんだろうけど。

いざ自分が後悔を背負う立場になってみれば、そんな言葉でどうにか飲み込むなんて出来やしない。

(っつーか、こういうことをクソ真面目に考える時点で、自分が思っていたよりも白崎のことを大事にしてたんだな)

横で鶏肉と格闘している白崎をチラッと見やり、ぼんやりと考えごとをしていた。

「先輩。大きさはこれくらいでいいですか?」

そう言って見せてきた鶏肉は、思いのほか大きい。

「一口大って、どんだけ口デカいんだよ。もうちょい小さめにしてもいい。それと、外した鳥皮は別で焼くからこっちにくれ」

「うー…ん。そうか…、先輩って目は大きいけど口はどっちかっていえば小さかったですね。えっと…これっくらい…かな」

大きな体をまるで礼でもするように折り曲げて、狭いキッチンで鶏肉を切る男子高校生。

「お前がクッキング男子みたいなことやったら、モテそうだな」

不意に口をつく言葉に、白崎がムッとする。

「モテるためにそんなことしたくないですし、別にモテたくないです」

「そういうのって、普段モテてるやつが言いそうなセリフだよな」

「…モテてませんし、モテたくないですし」

「ま、お前がそれでいいならいいや。お前が気にしてたみたいなことは、その後起きてないのか? 顔を隠したくなるような…」

ちょっとだけイジりつつも、心配になったことを素直に言葉にする。

「………ありがとうございます。今のところ大丈夫です。相変わらず女っぽい顔つきではあるんですけど、耳に入る範囲では言われていないみたいです」

「そうか。…そのまま普通に付きあえる友達が増えたらいいな、お前に」

「まぁ、友人は適当に増やしますよ。でも、無駄にいっぱいはいらないなと思ってます。…先輩と一緒にいる方たちみたいな人数でいいかなと」

そう言われて、学校の玄関で別れた奴らを思い出す。

「あいつら?」

あまり人数も性格も気にしたことがない間柄。気づけば集まって、互いに好き勝手言い合う関係になっていた友達だ。

「はい。多くもなく少なくもなく、見ていたら適度な距離感で羨ましいな…と。それになにより」

そう言いかけて、白崎がその続きを言わない。

「なにより? なんだよ」

切った鶏肉を入れたボウルを受け取り、すき焼きのたれで適当に下味をつける。

「なんでしょうね。上手い言葉が出てこないので、そのうち浮かんだら言いますね」

微笑んで返してきた言葉は、どこかごまかされた感じのあるモノ。

「そのうちかよ」

「はい。そのうち、です」

腑に落ちないなと思いつつも、これ以上は聞かない方がいい。こういう時の白崎は、見守っておくスタンスの方がいいんだ。

白崎が話したくなるまで待とう。それが俺が出来ることのはずだから。

「へーへー。わかったよ、そのうちな? あ…。冷凍庫に揚げ玉が入ってるはずなんだよな。頼んでいいか?」

そういいながら、冷蔵庫中段を指さす。

「はーい」

しいたけとえのきだけ、玉ねぎ…っと。

「そっち終わったら、玉子出しといて。三つでいいかな」

「はーい」

「彩りほしいけど…さやえんどうないしな。…あー…確か母親がネギ切ったやつ冷凍…」

「あ、コレですか?」

「お。それそれ」

二人で協力しながら親子丼を作っていく。

白崎が思ったよりも楽しそうに参加している姿に、俺の顔はゆるんでしまう。

「砂糖を先に入れて、それからすき焼きのたれを……」

「揚げ玉はどれくらい入れます?」

「あー…テキトー」

と俺がいえば、白崎が「ふはっ…っ! 料理までザックリなんですか」と笑う。

一年の後輩経由で耳にした白崎の話は、いつもどこかクールな感じだという話が多い。

(俺が知ってる白崎は、クールっていうよりも)

話を思い出しながら、目の前で笑い続けている白崎を見ていると、なんだか妙な安心感に満たされていく。

(…うん。俺が知ってる白崎の方が、俺は好きだ)

フライパンの中でグツグツと湯気をたてている親子丼を横に、冷蔵庫にもたれかかりながら白崎を眺め見ていた。

「先輩っ! 玉子、割っておきます?」

遠い昔、母親と一緒にキッチンに立っては、邪魔にしかならない位置でウロウロしていた俺。

目の前の白崎は、慣れていなさそうなのに意外といいタイミングで、次の指示を仰いでくる。

「だな。…の前に、もっかい味見。……うん、いい感じだな」

小皿で味見をしていると、白崎が何も言わずに見つめている。

「……ほら、口開けろ」

しょうがないなと思いつつも、望んでいるだろうことを叶えてやる。

小さなプラスチックのスプーンでタレを掬って、そわそわしながら待ってる口に運んでやると、ニコニコしてそれを飲み込んだ。

「ふふ」

本当に嬉しそうに笑っている白崎。

「くくっ」

つられて俺も笑う。

「さて、と。じゃあ、玉子を回し入れて、ふたをして火を消すぞ。あー…今、丼出すからよ。食えるだけ飯よそえ」

「あ、はーい」

エプロンを外して、テーブルの準備をして。

(なんだか変な感じだな。雨のせいとはいえ、こんな風に俺んちで一緒に料理して飯を食うって)

テレビをつけると、案の定、ひどい雨の話をしている。

「よそいましたー。先輩のはじぶんでやります?」

「あー、あぁ」

テレビを横目に、キッチンへと戻る。

飯をよそい、フライパンの蓋を外して親子丼の具材をその上に。そして、冷凍ねぎをパラリ。

「…っぽいですね」

「だろ?」

すこし自慢げにそう返せば、何も言わずに俺を見つめてる白崎の視線と合う。

「ん? どうかしたか?」

お茶の用意をしながら聞いてみれば、「いいなぁって」とだけ返してくる。

「なにが?」

よくわからないことを言われた気がして、首をかしげても「いいえ?」としか返してこない。

これもまた、今は聞かない方がいいのか? どうなんだ?

スッキリしないなと思うのに、白崎が今までになくずっと笑顔で楽しげで、その空気を切ってしまうかもと一瞬頭をよぎって思考を止めた。

「よっし。食うか、白崎」

「はい!」

テレビを見ながら、二人。中学ん時とも違う時間を過ごしている。

今までにない時間の流れ方に、すこしの戸惑い。白崎が相手で、ホッとするのに緊張もするのはどうしてだ。

「明日も雨なんですね」

「今日ほどひどくならなきゃいいけどな」

互いに二杯ずつ食べて、洗い物をして、一息ついたら風呂の準備をして。

「先に入っていいぞ」

そう言いだしたのは俺で、白崎はそれに従っただけ。

「今日はいいことばかりです」

なんて言いながら風呂上がりに頬を赤くしたまま、ガキみたいな顔でアイスを美味そうに食う白崎を悪くなく思うのは。

(…なーんか、おかしくないか? 俺)

乳白色のお湯に、口元まで深く沈んで呆けてしまうのは。

(今日丸一日、白崎とばっか関わりすぎたからか?)

今までにないことばかりだったせいだろ? きっと。

「あ、先輩。ドライヤーしましょうか?」

そうだ、そうだろ? そうだよな? 今までにないことばっかりだからだろ? な?

「自分で出来るって」

「まあまあ…、今日の泊まり賃ってことで、やらせてください」

「んー…、なら…頼むけど」

ソファーに腰かけた白崎を背中に、ソファー前の床にぺたりと座る俺。

こんなことされたのは、小さい時に母親にされたっきりだ。

「先輩の髪って、思ったよりもふわふわですね。てっきりもうちょっと固いかと思ってました」

「お前の髪は、やわらかそうだよな」

そういいながら、顔を斜め上へと向ける。

ドライヤーをかけ終えた白崎が、すこしだけ前のめりになって囁くようにこういった。

「僕のも触ってみます?」

俺の黒髪とは違って、色素が薄めの茶髪。肩より上まで伸ばされた髪が、ふわりと目の前をふさぐように現れた。

指先でその毛先をつまみ、人差し指と親指ですりすりと撫でてみる。

「予想を裏切らないやわらかさだな」

「そうですか?」

そう言ってから体を起こして、自分の毛先を今さっき俺がしたように指先でつまんでから、すこしだけそこに顔を近づけた。

「…うん。先輩と同じ匂いだ、今日は」

俺が使っているシャンプーしか使わせられないのだから、必然的にそうなっているわけで。

「まぁ…な」

改めて言われると、なんだかおかしな気持ちになる。

「ふふ。今日がこのまま終わらなきゃいいのにな。…ね? 先輩」

白崎に返事を求められて、いつものように笑って「だな!」とか返せばいいのに、どうしてか言葉がのどに詰まっているみたいだ。

ドライヤーを受け取って、白崎の方を見ずに洗面所へと歩いていく。

明かりをつけた洗面所で鏡の中に映った俺は、すこし耳を赤くして困った顔つきをしていた。





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