15 / 55
消えない名残り 1
しおりを挟む~黒木side~
(…苦ぇ)
今日は甘いものを飲む気分になれず、飲めもしないのにブラックコーヒーに口をつけている。
「美味しいですか? 先輩」
「ん? …あ、あぁ」
曖昧に返事をし、自分が作った朝食に手を伸ばした。
トーストにたっぷりのマーガリン、ベーコンエッグ、即席のポタージュスープ。
そんなありがちな朝食に口をつけるたびに、美味しいだの先輩最高だの…やかましい白崎。
俺はその声に、ロクな反応を出来ずにいる。
そういえばと思い出して、ミニトマトを野菜室からパックごと出して指先でつまんで皿に置いてやる。
「母親がさ、毎日必ずトマトだけ食わせてくる。体にいいとかなんとかって」
ひょいひょいと皿に置いてから、あ! と気づく。
「悪ぃ。一個、割れかかってるな、ミニトマト。熟しすぎたか…。俺が食うから、代わりにこっちのを」
そういったタイミングで、白崎がそれを指先でつまんでいる。
「あー…それ、俺が食うから。よこせよ」
手のひらを上にして、よこせと示しているのに。
「白崎?」
一向に、そのミニトマトは白崎の指に挟まれたままだ。
「どうし…」
た…と言いかけて、固まる。
どうしたかって? んなこと、目の前で白崎がしていることに反応できずにいるせいだ。
指先でつまんだままのミニトマトを、俺の方へとまるで『あーん』でもするように突き出してきたから。
朝から白崎の目を見ることが出来ずにいる俺。一瞬だけ白崎を見れば、どこか楽しげに俺が口を開くのを待っている。
「さ…皿に置いたら、俺が食うって」
手のひらに乗せさせるのは止めて、手を引っ込めた。その代わりに、皿を指先ですこしだけ押し出す。
「…先輩? 見えてますよね? あーん…くらいいいじゃないですか」
まるで俺をからかうようにしているそれは、よく見れば白崎自身も照れくさいようで耳を赤くしている。
「そんな赤くなるくらいなら、からかうのはやめろよ」
あーんなんかしないで、指先同士で受け取る格好にしてミニトマトを受け取った。
「…あ!」
なんていいながら、わかりやすく拗ねて俺を黙って見つめている。
「食い方はどうだっていいだろ? …ほら。さっさと食っちまえよ」
ごまかすように、ミニトマトを中途半端に噛んで飲み込む。目玉焼きをトーストに乗せて、一緒に思いきりかぶりついた。
「あ。その食べ方、いいな。真似しよっかな」
「…好きにすればいいだろ? 別に宣言なんかしなくたって」
どうしたらいい? 自分のせいで出来た隙間を埋めたかったはずなのに、埋められたようでまた自分が空けている気がする。
けど、そうしたくてしているつもりはない。
(それもこれも、目の前の白崎が)
――「好きです…咲良先輩」
俺が眠っていると思って告白をしてきたせいだ。
ただの先輩と後輩の延長。それだけ。俺はそのつもりだった。まぁ、他の同じ関係のやつらよりは少しだけか仲がよかったらなと思ってはいたけれど。
これまで彼女がいたことはあった。自分でいうのもなんだけど、自分から告ったことはなくて相手からばかり。
告白され慣れていないわけじゃない。
(…のに、なんでこんなに動揺してんだ? 俺は)
単純に白崎が男だから…なのか、それとも白崎だから…なのか。
好きと言われて嫌な気分じゃない。そこは認める。……のに、どうしてこんなに白崎のことを見れなくなってるんだ?
今はまだ白崎に気づかれていないようだけど、そのうち気づくはずだ。なんていったって、俺が白崎に言ったことがキッカケで、前髪を切るようになったんだから。
「あむ…んー…! 単純に一緒にしただけなのに、めちゃくちゃ美味しい! コレ好きです」
目玉焼き乗せトーストのことだって話の流れでわかってるのに、好きという言葉に反応してしまう。
(カッコ悪いな、俺)
「そ、か」
耳が赤くなっているのを自覚する。そこまで人の好意に免疫がないわけないっていうのに、多分だけどこれまでの彼女たちから言われた同じ言葉よりも反応してしまってる。
そこから朝食の方にちっとも手がつかなくなって、苦いブラックコーヒーをちびちび飲むだけ。
「食欲ないんですか? もしかして、僕のせいで眠れませんでしたか?」
俺とは対照的に、黙々と朝食を食べ続けている白崎。チラッと横目で見れば、同じブラックなのに普通に飲んでるし。口角についている黄身を舌先でペロッと舐めとっていても、汚いとかだらしないとかは微塵も感じない。
(むしろ、そんな顔をするのを見たことがなかったせいか、すこしドキドキしてきて)
とか思いはじめては、首を振ってイヤイヤ違うだろ? と自分に言い聞かせる。
白崎に好きだと言われたから、いつもとは違う目線で見てしまっているのか? それは、かなり単純じゃないか? 俺。
(そこまで恋愛レベルって低かったか?)
自分で自分がよくわからなくなってきた。
「眠れなかったわけじゃないけど、ちょっと…な」
誤魔化しきれていない、きっと。それでも、これ以上の言葉が出てこない。
「僕のせい……ですか?」
不安げな声が耳に入っても、顔を見ることが出来ないままだ。
「そんなことは…」
言いかけて、言葉を飲み込む。
(こんな態度とってたら、肯定しているようにしか見えないだろ?)
埋めようとした時間や溝が、また深く…そして広がっていきそうな感覚に不安が襲う。
(不安? ……どうして?)
自問自答を延々繰り返す。
俺に伝わっているとは知らない、白崎の告白。たったそれだけで、こんなに揺さぶられるだなんて。
(俺は一体…どうしたっていうんだ?)
口を覆うようにして手のひらをあて、うつむくだけの俺に、白崎がすぐそばで俺に声をかけてきた。
声をかけられたことに気づいた時、白崎はテーブルの上の物を片づけて鞄を手にして立っていたんだ。
(いつの間に?)
戸惑う俺は、一瞬だけ白崎を見たっきり視線をそらしてしまう。
「僕、帰りますね。長い時間、ありがとうございました」
その言葉になにも返せないまま、白崎が出ていく音だけを聞いていた。
どれだけの時間、呆けていたのか。よく見れば、キッチンには洗った食器が置かれていて、他に使ったものも片付けられている。
楽しかったはずの時間。昨日の一日で、過去に自分が作ってしまった二人の隙間をかなり埋められたと思っていたのに、それを台無しにしたのは俺だ。
白崎の告白がキッカケとはいえ、その責任はアイツにはないはず。
「また俺…か」
何度やらかせばいい? 何度、言葉足らずでアイツに気を使わせる? 顔を見ることが出来なかったが、きっとアイツはいつものように笑って出ていったはずだ。
「笑ってるのに、哀しそうな…捨てられた子犬みたいな顔で」
わかってるのに、どうして傷つけちまったんだろ。
玄関から飛び出せば、外はまだ激しい雨が降っている。
「―――チッ」
舌打ちをし、中に入ってスマホを手にする。
数回のコールの後に、白崎の声がした。
「忘れもんしてるから、戻れ」
こんな態度を取れる立場にないって思えるのに、それしかアイツをここに戻せる言葉が浮かばない。
「後日にでも受け取りに」
遠慮がちな声がして、その背後では激しく屋根を打つような雨の音がする。
「めんどくせぇから、今すぐ取りに来い。今、どの辺だ」
「5丁目って書いてあります、近くの家に」
「なら、近いな。…戻れ、い・ま・す・ぐ」
怖がらせるつもりなんかないっていうのに、なーにやってんだろな。俺。
「え、でも…忘れ物って…一体」
ないんだよ、忘れ物なんて。物を出したらすぐに片づけるところは、委員会やっててよく知ってる。泊まってる間でも、それは同じだった。使ったものは元の場所に片していた。
(だから、忘れもんなんて…らしくないことはするはずがない。…けど、それ以外にお前を戻せる言葉を俺は…)
「何を忘れてるのかは、こっちに着いたらわかる。…だから、早く……戻れ」
自然とスマホを握る手に力がこもる。
「お前が戻るまで、外で待ってるからな」
そう言ったきり、俺は通話を切る。
これは、賭けだ。
勝ち目があるはずの、賭け。
あの告白の通り、俺のことが好きなんなら俺が雨の中で待っているだなんてダメだと思うはずだ。
それがなくても、白崎の性格上…戻ってくるはずだ。
(俺が知っている白崎なら、必ず)
宣言したまま、傘をさして雨の中を待ち続ける。
ビニール傘に、激しい雨音がバチバチと鳴ってやかましい。
その雨音の隙間を縫うように、小さな水音が聞こえた。
「……先輩」
制服のズボンを雨で少し濡らしながら、白崎がオズオズと歩いてくる。
「あの…忘れ物…って」
遠慮がちな白崎へと大股で近づき、傘を持つ手をグイッと掴んで引っ張っていく。
「帰るぞ」
掴んだ手はひどく冷たくて、それが雨のせいなのか違うのか。
「帰ったら、またコーヒー淹れてくれ」
「え…」
「今度はミルクも砂糖も多めで」
「あ…はい」
らしくない自分での会話はしない方がいい。
せめて、普段の自分になってから話をしなきゃダメだ。
(じゃなきゃ、おかしなことを口走りそうで)
自分の中から消せない妙な不安を抱えながら、白崎を誘い家へと入る。
玄関で先に靴を脱ぎ、一歩中へと入った俺は、あまりにも静かすぎる背後を振り向いた。
「……う……ぁっ」
背の大きな白崎が、小さく見える。
声を殺して、肩を震わせて、子どもみたいに涙をこぼしているんだ。
「せ…ぱぃ…」
もしかして中学を卒業して以降、俺と連絡が取れなかった時もこんな風に泣かせていたことがあったのかと想像してしまう。
「ごめんなさい…っ、先輩…」
白崎はなにもしてないのに、泣きながら俺へ何度もごめんなさいを繰り返す。
「う…っ」
その姿が、ひどく胸を痛めつける。
「…お前は悪くないよ、なにも」
玄関で、高さの違う場所に立つ俺たち。
玄関で立ちっぱなしの白崎と、玄関を上がった俺。その差は多分、ちょうど俺たちの身長差みたいで。
白崎の濡れた前髪を指先でよけて、避け続けたその目を見つめてからその頭を抱きしめるように腕を回す。
「俺の方こそ、ごめん」
囁くような声でそう言えば、白崎が肩をビクンと一瞬震わせて固まる。
「ごめんな、白崎」
抱きしめる腕に力を込めると、ドサッと床に白崎の鞄が落ちたんだろう音がしてから、俺の背中にぬくもりが伝わった。
白崎が震えながら、俺を抱きしめて。
「イヤです…僕……嫌です、絶対に。もう…先輩とあんな離れ方したくないのに」
その胸の内を伝えてくる。
「ごめん。ホント…悪かった」
目を見てやらなかっただけで、こんなにも不安にさせたんだと痛感する。
「中に入ろう。濡れちまったズボンも、ひとまず干しておこうな?」
腕を解き手を差し出すと、子どものようにうつむきながら、俺の手を取って付いてくる。
リビングに入ったものの、”忘れ物”についてどう切り出そうかと、俺は雨で濡れる窓を眺めていた。
0
あなたにおすすめの小説
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる