黒木くんと白崎くん

ハル*

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消えない名残り 2

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~黒木side~


俺って人間は、なにかをごまかすのが上手いわけじゃない。

まわりからも「さくちゃんって、詐欺に向かない。表しかない気がする」とか言われていること多数。

ごまかしきれない自分の性格をわかっていたから、失くした電話番号のことを白崎に伝えられる勇気もなかった俺は会いに行かないという選択をし続けてた。

…それが、最終的に白崎を寂しくさせてしまってた。しない方がいいことランキングの中で、きっと下位にある選択肢だったはずなのに。

物理的に距離を取るって、ごまかすとか以前の問題で、きっと一番ズルかったと思える。…今思えば、だけどな。

家の中に入ってまでも白崎の手を掴んだまま、俺は窓を濡らす雨を眺め続けていた。

白崎はいまだに俺の背後でグスグスと鼻をすすりつつ、まるで子どものように泣いている。

つないでいない方の手が、無意識で強く握りこんでいたよう。爪が肌に食い込んで、赤くなっている。

その手を開き、爪の痕がクッキリ残っているのを目視した。

自分がこぶしを握りこむ時が、どんな時なのかくらい…知ってる。

ふ…と、掴んでいた白崎の手を離すと、白崎が「あ…」と小さく声をあげた。

白崎がさっき脱いでいたパジャマ代わりのセットアップを手にし、ズボンの方だけ放る。

「濡れてるから干すって言っただろ。…脱げ」

素っ気なくそう言えば、鼻水をすすりながら着替え始める。

思ったよりもしっかり濡れてしまった制服のズボンのすそをタオルで挟んで水分をとり、ハンガーに掛けて干しておく。

俺が母親にしてもらってきたことを、真似るようにしてやってみた。

「先輩…」

俺が電気ポットに水を入れに行こうとすると、子どもが母親へ行かないでと甘えてか縋るかの時にやりがちな仕草をする。

俺の服のすそを指先でつまんで、グイグイ引っ張ってくるやつだ。

「さっきコーヒー淹れろって言っただろ?」

そう返して、服のすそをつまんでいた手に、俺の手を重ねてやんわりと外す。

なるべく白崎の不安が減ればと、口調も仕草もいつものようにキツくならないように。

俺の食器は出しっぱなしだったから、白崎が使うマグだけを用意する。

「ミルク多めっていっても、熱々のコーヒーに牛乳ドボドボ入れるだけでいい。砂糖は……っと、この中のスプーンで二杯」

昨日の親子丼で使った砂糖の調味料入れを、キッチンとリビングを仕切っている位置にあるカウンターの上に置く。

「…了解、です。……ずずっ」

スイッチを入れて程なくして、カチリと音をたててお湯が沸く。

それまでの間に白崎が二人分のコーヒーの準備をして、俺をチラチラみていた。

白崎がコーヒーを淹れ終わる頃には、スマホに着信があり、学校は休みだということになった俺たち。

俺の家付近はそこまでじゃないけれど、学校のあたりがかなりな状態らしく一部浸水した箇所があるとかで、その片付けで休校…だという。

母親の会社の方も若干ひどい範囲内ではあるけれど、外に出るよりもネットでの打ち合わせをメインでやることになり、今日も泊まりになる可能性が高いと書かれていた。

「話をするとして…。今日はどうする? この雨なら、迎えに来てもらうのも大変そうな気がするけど」

と俺がいえば、白崎が「…え? 幻聴?」とか言いだす。聞き間違いじゃなきゃ、幻聴とか言ったような。

「ありもので作るしかないけど、食事は出せる。…二日続けて俺と一緒にいるとか、キツ…」

キツいよな? と質問をしようとした俺の言葉を遮るように。

「嬉しいです! 先輩が泊めて下さるなら、ぜひ!!!」

と、かなり前のめりな感じで返してきた。

「…ぜひ」

思わずその言葉を繰り返す。

さっきまでの泣き顔はどこへ行ったんだか、もう今は目をキラキラさせて俺を見ていた。

「ん。…じゃあ、下だけじゃなく上も着替えてしまえ」

「あ、はい」

その声を背中に、俺は一旦部屋に戻る。

ここへと戻らせたキッカケは、忘れ物があるだろうという俺の嘘だ。

嘘をまるっと嘘にするのは気が引ける。

何も隠さず話せばいいんだろうと思うのに、どう話せばいいのかわからなくなった。

正直に話すまでの時間稼ぎを、俺は部屋に取りにきた。

「こんなもの渡されて、白崎が喜ぶか?」

読み込まれた感のある、一冊の本。

部屋を出てリビングに戻れば、湯気の立ったコーヒーを前に正座をして俺を待っている白崎の姿があった。

「足、崩せよ。…ってか、なーんで正座だ。説教でもされたいのか?」

そういいながら、白崎が淹れたコーヒーを二つ手にして、ソファーの方へと移動する。

「こっちに来いよ」

ソファーの前にあるテーブルにマグを置いて、ソファーの俺の隣を手のひらでポンポンと叩いて示す。

先にソファーに腰かけて白崎が来るのを待っていると、右手のひらで口元を隠しながら俺の隣に腰かける。

「…どうかしたか?」

なんて話しかけても、耳を赤くしてそっぽを向かれる。

白崎の告白を知っていても、俺の言葉やどの仕草が赤くなっている原因なのかが不明だ。

(恋愛対象ってだけで何をされても言われても嬉しくなるとか聞くけど、…その手ってことなのかな)

とか考えている時点で、現時点では白崎が恋愛の対象なのか微妙なのと、過去の彼女たちを好きだったのかが不確かな気がしてきた。

告白されて、好きになれる気がしたとか程度の気持ちで付き合っていたのかもしれない。今更だけど。

(俺って、ほんと…ヒドイな。もしかして俺って…人に好意を持たれちゃダメなやつじゃないのか?)

横を向けば、まるで尻尾でも振っている犬っぽい白崎がそこにいた。

(告白聞いていたって言った方がいいのか? でもそれを言えば、コイツの気持ちに応えるみたいな流れになってしまわないか? こういう時って、どうしているのが正解なんだ?)

俺の言葉を待って、まるで覗きこむような格好で俺を見つめている白崎。顔だけ真横に向けて、首をかしげたようなやつだ。

その視線に耐えきれず、マグカップを手にした。

「学校付近、片付けしなきゃいけないくらいって…相当だな」

何を話せばいいのか困って、口から出たのがどうでもいい話。

「ですね。教室に影響はあったんですかね?」

「…さぁな。メールの方にそこまで詳しくは書かれていなかったし、登校してみてどうなってるか…って感じだよな」

ずずっと音をたててコーヒーを飲み、小さく息を吐く。

どうにも落ち着かない。

半分寝ている状態で耳にしていた告白は、もしかしたら夢だったのか? と思えなくもなく。

時間が経過すればするだけ、あの告白は気のせいだと思いたい気もするし、夢だったとしたらそんな告白されたい願望が自分にあるみたいで自分にどうした? と問いたくもなる事態だ。

正直に横にいる白崎に『お前、俺のこと好きだって言ってたか?』とか聞けたらいいのに、軽く聞ける内容でもなさそうで。

もしも本当に白崎が告白をしていたんだとするなら、目の前で白黒つけなきゃいけないのかと焦る。

(というか、俺が寝ていると思って告白しておいて、朝になってから態度に出しもしない時点で答えが欲しいわけじゃないって思った方がいいのか? どっちの方が白崎にとって…俺にとって…)

悶々とする俺に、白崎が口を開く。

「美味しいですか? コーヒー」

と。

まだ涙の痕が残る目は、ほんのり赤い。

「ん。美味い」

とだけ返すと、嬉しそうに笑う。

そわそわして、どうしていいのかわからなくなっていく。

らしくないといえばらしくない態度だ。

先に焦れたのは、白崎の方。

「あの…忘れ物って?」

ビクンと、肩先が動揺した気持ちのままに揺れる。

「…あー……の、よ」

まだ頭の中を整理しきれていない。時間が欲しい。でも、さっきみたいに雨の中を帰したくはなかった。あのまま、またな? なんて気になれなかったのは嘘じゃない。

(今日、話をすべきだって思ったのに。…なにをどう聞きたいのか、まとまらない)

それをごまかすように、さっき部屋から持ってきた一冊の本を差し出した。

「これ。お前に貸してやりたくて、持ってきたんだけど。……使わないか?」

昔、母親に買ってもらった初心者用の料理やお菓子のレシピ本。俺が作れるようになったアレコレが載っている。

「……え? 忘れ、も…の?」

忘れ物っていうのは、本人の持ち物だったりするもんだろう。それか、元々相手にそのものについて伝えてある場合とか。

自分が手渡したものが若干的外れなんだってことは、俺自身が一番わかってる。

それでも、あの瞬間に白崎を引き留めようとして出せた言葉が、あれしかなかったんだから。

(かといって、忘れ物なんかありませんでしたと言うことも出来ない俺って、一体なにをしたいんだ?)

白崎に対して、引き留めてどうしたいっていうのが実はないんじゃないか? ノープランどころじゃないレベルで。

普段はしないだろう行動をしていると思うのに、いつもの道に戻せないで困っている。

白崎がキョトンとした顔をして、俺とレシピ本とを交互に見ては俺にかける言葉を探しているように見えた。

「図書室じゃないけど…貸してやりたくて。そ、の……俺に作ってくれたし。プリン。……料理に興味出たなら、よかったら…って」

半分以上は嘘のようなものだから、しどろもどろになってしまう。白崎の顔を見られない。

「…そう、ですか」

白崎はそういって、俺の横でレシピ本をめくりはじめた。

ペラペラと紙の音だけが部屋に響き、しばらしくしてから「…ふっ」と小さく笑う声がした。

その声に思わず真横を向けば、本を読みながら指であるページの写真をトントンと叩いている。

「これ…かぁ」

白崎がそう呟いたのは、煮込みハンバーグのページで。

「白崎?」

なんだかすごく嬉しそうに写真を指先で撫でて、ふふ…とまた笑う。

「先輩が昔いってたのを、思い出しました。…お母さんの誕生日に、作ってやりたいって言ってたなぁって」

煮込みハンバーグ。母親の誕生日。

俺が記憶しているのは、それを話題にあげたのがたった一回だったということ。

「卒業前だったので、上手くいったのかどうか気になってたんですよね」

本当にちょっとした話だったはずなのに、そんなことも憶えているのか。

「先輩のお母さん、喜んでくれたんですか?」

まるであの頃に戻ったみたいに、俺に聞いてくるその姿に、顔に、俺の胸がズキリと痛んだ。

(俺は白崎のように、交わした会話の中から白崎を知ろうとしてきたか? 近づこうとしたか? 大切にしてきたか?)

人の情の形がいろいろあって、俺と白崎のその形が違うんだとしても、それでもその気持ちを甘んじて受けっぱなしにしていい気がしない。

(というか、俺…ズルくないか?)

自分に、イラつき。

恋愛をしてきたようで、結局相手に向き合えたかも曖昧なままに、ただ相手の世話を焼いて“ただ優しいだけの男”にしかなっていなかった。

(俺ってつまんない男じゃないか? ……白崎は俺のどこが…)

不意に湧く疑問に、自分の心が止められず。

「…なぁ、白崎」

本のページに置かれた白崎の手に、自分の手を重ねてから問いかける。

「俺のどこがいいの?」

どういう意味で、とかもなにもなく、ポツリと呟くように吐いたその問いに、白崎が固まったまま俺を見つめていた。


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