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「ねえ。いつ必死になんの?」 1
しおりを挟む~黒木side~
体育祭が始まった。
天気は曇りで、暑すぎず寒すぎず。まあ、いい感じだな。
「これなら、僕たちの仕事も少なくすみそうですね? 先輩」
保健委員が各々の競技の合間を縫って、保健医プラス二人でテントに待機することになって。
保健医は、体育館での競技もあるから時々は保健室に戻ったりもし、地味に忙しそう。
俺は今年は大した出る競技もないので、後輩への指導も含めて結構な回数ここに来ることになった。
自分が出ない時には、ここと三年のテントでみんなの応援をしたり、体育館の方の競技時間にはそっちに行けそうなら応援に行ったり。
(白崎は何に出るんだろうな)
アイツが足が速いイメージがなくて、リレーには出ないだろうと予想。
一年生のテントを堂々と盗み見れるのは、委員会のテントにいる時だ。かなりはっきり見える。盗み見ってよりも、ガチで見れる。
っても、あんまりジッと見てると、白崎にバレそうだからちょいちょいで。
「早速コケたのが来ましたよ、先輩」
靴を脱がせて、準備してあった水を入れたペットボトルで膝の砂を流す。
「あとは先生にまかせて…っと」
思ったよりもひどくないのは、この程度のアシストで十分だと指示されている。
グラウンドを挟んだ一年生のテントの中では、白崎がまたあのタカナシと並んで何か話している。
午前中の早い時間帯に、複合競技をすることになった今年。
初っ端からテンション上げてけって流れか? もしかして。今まで後半に持ってきてた競技なのにな。
ふ…と見ていると、白崎が動き出したのが見えた。
「へぇ…」
と言ったのは、俺じゃなくて。
「…おい。何しに来てんだよ」
俺の肩に頭を乗っけてきている緑。
「いやさー、アレだよ、アレ。赤井がトイレに行ったっきり戻ってこないから、もしかしたらお前…お呼びがかかるかもしれんよって言いにきた」
「は? 俺? 他にも暇そうなのいるだろ」
緑の頭をグイグイ押して、重いわって言いながら退ける。
「暇そうなのはいるけど、出したら面白そうなやつの中に、お前の名前があがってた」
「面白そうって…。誰だよ、俺の名前あげたやつ」
「え。そんなんいちいち覚えてないって。うちのクラスメイトは、面白いことが好きなだけだって…わかってねぇの?」
そう言ってから、楽しげに笑いながら三年のテントに戻っていく緑。
「っっ…えー…、勘弁してくれよ」
障害物の方はまだいいけど、借り物競争の色恋ものになりがちなやつから逃げようとしてんのに。
違う方向でヒキがよすぎて、その手のくじを引いたりしたら? 多分、一瞬フリーズするから。
これから一年生の複合競技が始まる。
競技の数が少ない代わりに、一つの競技に参加する人数が地味に多い。
白崎は…三組目か四組目あたりか。人がゴチャゴチャしてて、ハッキリわからん。
遠くでパン!という音がして、一度に8人ほどがスタートする。
平均台だのなんだのって、授業の中でそこまで使わないけど、こういうとこじゃよく見かける。
(そういえば、跳び箱って授業で見たことないな。あれって、中学校までしかやんねぇのかな)
遠巻きに競技を眺め、どうでもよさそうなことを考えてみたりして。
ボンヤリしていると、二組目がスタートの位置に立つのが見えた。
白崎は三組目だな。
よく見りゃ、奇数の組が男子で偶数の組が女子だな。
借り物の方はさっき、すぐ近くの放送席の方にいた教頭先生が呼ばれて、いそいそとジャージ姿でダッシュしていった。教頭先生、意外と足が速かった。
二組目がスタートして障害物ゾーンをやっているあたりで、教頭先生が放送席に戻ってきていた。
「いやぁ…2位でした。残念、残念」
って、どっか嬉しそうに。
風に乗ってかすかに火薬のにおいがする。そういや、小学校の時はアレを撃つ先生を羨ましく思ったっけな。
そうこうしているうちに、白崎がスタート地点に立った。三組目のスタートだ。
パァ…ンと合図の音が鳴り、白崎が他の奴らと一緒に駆け出す。
白崎が走ってる姿って、初めてみたかもしれないな。
中間あたりで慎重な性格そのままで、平均台を渡ってまた走って…と繰り返し障害をクリアしていき、今は三位あたり。
そして、借り物競争のゾーンに突入。
右端に置かれていたメモを取り、開いてすぐ。
ぐるっと一周する勢いであたりを見回す白崎の姿。何が書かれているのか。
「…え」
一瞬、目が合う。
たしかに合ったはずなのに、白崎は三年生のテントの方へと駆けていった。
誰かに話しかけているのが見えるけど、白崎の後ろ姿でよく見えない。
「…は」
テントの中から引っ張り出したのが、紫藤。
紫藤は俺の方を見て、「さくちゃーーーん!」と叫びながら白崎と一緒にゴールへと走っていく。
足の速い紫藤は白崎を置いていきそうな勢いで走っていき、それを白崎が追うような感じでゴールしていた。
(俺じゃなくて紫藤かよ)
最近の距離感でいけば、俺のところに来るはずがないくらいわかった話なのに。それでも、もしかしたら来てくれるんじゃないか? ってどこかで期待していたみたいだ。
思ったよりもガッカリしている俺がいる。
「あー…あ」
思わず声に出てしまうほどに。
「え? 何か言いました? 黒木先輩」
「いや?」
賑やかな実況の隙間に混じったボヤキは、風に流れて誰にも聞かれずにすんだみたいだ。
何もなかったっぽくごまかして、俺はまた競技を眺めていた。
今年は色恋ものの借り物はないんだろうか。それっぽい流れが、今のところ見当たらないんだよな。
今年は比較的平和なのかもなと思って、まったりしていた俺。
「おーい! 迎えに来たぞ」
その平和は、あっさり壊される。
「…緑」
その名は、緑。
「赤井、腹壊したってさ。他の競技の前まで、保健室で薬飲んで腹温めるって言い出して…って、あ! 保健医の先生。そういう話なんで、保健室までお願いしていいですかー」
俺を迎えに来たのか、保険医の先生を迎えに来たのか。わかりにくい。
「赤井くんは、どこに?」
「他のやつが保健室まで付き添うって言ってて、先に向かってます」
「そうですか。…でも、黒木くんも競技に駆り出されるんですよね? えーと、他の三年の保健委員でこの時間帯に空いてるのは…」
そう言って、緑に他の三年の保健委員に声をかけてくれるように指示を出した保健医の先生。
交代の三年が来るまでは、ここにいることになった俺。三年の競技までは若干時間があるから、多分大丈夫だろ。
一年に声をかけて、隣のクラスの保健委員を一緒に待った。
「黒木先輩! 頑張ってくださいね! ここから応援してます!」
「おう。…ってもな、やる気ねぇんだよ。これ、出たくなかった競技なんだよなー、俺」
「まあまあ、そう言わずに。後輩にカッコいいとこ見せてくださいよ」
「じゃ、適度にやってくるわ」
「黒木先輩の適度がわかんないんですけど」
「じゃ、これからの判断材料になるかもな。マジで適度だから」
「あはは。じゃあ、よく見ておきますね」
「おう…って、交代だな。じゃ、あとはよろしくな」
「はいっ」
赤井は緊張しいだから、腹…壊したのかもな。バンドの時もいつも飲んでいる腹の薬を飲んでから来たって言ってたしな。
たかだか体育祭だとは思うけど、緊張するしないも本人次第だから、なんでこのタイミングで? とか思っても黙っとく。
好きでなった体質じゃないってのは、それなりに付き合ってきたらわかってきたし。
「早く治ればいいな、赤井」
小走りで三年のテントの方へ顔を出す。
「戻ったぞ」
とかクラスメイトに声をかけると、佐々木が暇そうに手を振っていた。
「もうすぐだってさ、複合競技の三年の点呼」
「あー、やっぱそうか。じゃあ、もうそっちに向かうか」
「困ったお題の時は、俺の手を取ってもいいからなー? 咲良」
佐々木がふざけた感じで、俺に向かって指をキッチリそろえた状態で手を差し出した。
「あー、はいはい。いざって時は、な?」
その手のひらにお手でもするみたいにポンと手を置いてから、「じゃあな」とすぐにテントから離れた。
複合競技に出る三年が集まりはじめているその横を、ついさっきまで競技をしていた一年の群れが通り過ぎていく。
白崎は紫藤と何か話してて、紫藤が白崎の頭をやたら激しく撫でまわしていた。
(なにやってんだ、アイツ)
俺はそれを横目にしながら、複合競技の出場者の列に並んだ。
競技前に短い説明があり、それが終わると組み順に競技が始まる。俺は五組目だ。
一組終わるごとに、前にズレていく。
順番になるまでが、暇といえば暇。三年生のテントの方へと視線を向けると、いつものやつらがこっちを向いていた。バチッと視線が合って、その瞬間になにやら口を動かしているけどわからない。
緑は保健医の先生を保健室に連れていったのか、戻ってきていた。
向こうから何を言われていたのかわからなかったけど、赤井は? とだけ口を動かしてみた。
通じたのか、腕で〇を作ってから親指を立てていたのは緑。
まあ、この後の競技に影響がなきゃいいな。アイツは、プレッシャーに弱いけど、やること自体は嫌じゃないはずなんだ。ただ、緊張しいなだけで。
「次、五組目、準備してください」
という声に、ゆっくりと立ち上がる。何度か屈伸してしゃがんで固まっていた感のある膝をほぐす。
「代理だけど、やるかね…」
やってと言われれば、やるよ。やりますともさ。頼られたら、なんとかしたくなる性分なんでね。きっとその性格も知られているから、俺の方に回ってきた気がしないでもない。
「位置について…よーい…」
の後に、パァ…ンと乾いた音がした。障害物ゾーンはそこまで急がなくてもいい。多少ペースを落とした方がいい。
(ってもな、つい…足が動くんだよな)
タタタタタタッと駆けて、平均台のあたりで二位まで上がる。
そうこうしていくうちに、気がつけば借り物競争ゾーンへと近づいていく。
どうせなら、さっき白崎が取っていたあたりのが取れたらいいなとか思いつつ、一位のやつの背を追う。
一位のやつは、真ん中あたりのメモを手にしている。右端は問題なく残っている。
メモの上に置かれていた石を避け、メモを開く。
『仲よくなりたい先輩・もしくは後輩』
「…え」
その言葉を見た瞬間、一年生のテントの方へ向き、アイツを捜した。
これはチャンスだって思った。
競技だって建前があるなら、誘っても声をかけてもダメじゃ…ないだろ?
キョロキョロしてみても、さっきまで競技に出ていてとっくに戻ってきててもおかしくない白崎の姿がない。
白崎の名前を呼ぼうとした瞬間、あの声が耳に入った。
「いませんよ? 今」
タカナシだ。
「水を飲みに行ってます」
え? と思った。白崎は俺が競技に出ることになったの、見えてなかったのか? 俺を気にかけてない? え? なんで? って。
「俺でも代わりがつとまるような内容ですか?」
ニコニコと愛想よく俺に話しかけてきて、メモを見せてほしがる。他の生徒の前で、拒むのはおかしいってことはわかってる。
「………これだ」
たった三文字だけ告げて、メモを見せる。
「ああ…じゃあ、不本意かもしれませんけど、俺で我慢してくださいよ。俺は先輩と仲良くなりたいんで、どうでしょ?」
さっきまでの笑顔をそのままに、俺へと手を差し出すタカナシ。
「…はあ。じゃあ、頼むわ。時間もないし」
話をしている間にも、あっちこっちにいろいろ何かを借りに行ってるやつらが、ゴールへと走っていく姿が見える。
「じゃ、行きますか」
そう言って一緒に駆け出した俺とタカナシ。
偶然聞いていた会話の通りで、足が速い。身長もあるし足も長いだけあって、グングン加速していく。
俺とほぼ変わらない速さで駆けていき、結果は二位。交渉に時間がかかり過ぎた。
「助かった、ありがとな」
ふう…と息を吐き、呼吸を整える。
「いえいえ。って、本当に速いんですね、先輩って」
「ん? 本当に…?」
「…いえ、なんでもないですよ。お疲れさまでした」
なんだか引っかかるなと思いながらも、競技終了者の列に並ぶ。
さっき白崎が開いたメモには、なんて書いてあったんだろうな。もしかして俺のと同じ…で、紫藤?
「んー…」
答えは紫藤と白崎と係にしかわからない話で、聞きたいような誰に聞くか悩むような。
競技が終わるのを待ちながら、ボンヤリしていた俺。
俺の真横から、タカナシの声がした。
「先輩って、最後の競技も出るんですか? あれだけ足が速いと」
体育座りをし、立てた膝の上にアゴをのせて、俺へ向かって首をかしげている。
「んー、まあ…今年は最後だから出ろって話になったからな。例年、係の方を優先していて断ってたから」
正直に話すと「ふぅ、ん」とうなずいてから「じゃあ、ずっと変わらず足が速かったってことですか」と質問を重ねてきた。
「体は他の奴らより控えめな方だけどよ、逃げ足だけは速いから。俺」
なんて感じで、冗談めかして返す。
「じゃ、俺も三年間リレーに薦められるように頑張るかなー」
わざとらしく明るく言っているように聞こえるのは、俺の気のせいか?
「いーんじゃないのか? 出たきゃ頑張れば」
って、若干素っ気なく返した俺に「足が速いとウケもいいですしね」とニコニコ笑いながら付け加えるタカナシ。
「それに…あれですよね」
「…あれ?」
そう切り出したかと思えば、つい…っと視線を遠くへ向けた。
(白崎?)
タカナシの視線の先は、アイツだ。
「頑張ると、素直に褒めてくれるやつがいると…やる気も出ますよね。だから必死にもなるし」
その言葉に、ドクンと胸が強く脈打つ。
「誰が、とは言いませんけど」
誰が、とは言ってない。けど、視線の先にいる誰かを指しているようなもんじゃないか。
「必死になれるのも、やる気を引き出すのも、いつも誰かの存在だったりしますよね」
目の前のコイツが口にしてることの意味を分からないはずがない。
「先輩って、何かに必死になったこと…あります?」
でも、この言葉をコイツがいう意味が分からない。
「先輩には今……そういうモノや存在は、ありますか?」
口角を上げ、本当に口元だけ笑んだその表情に、一瞬でカッとなった。
「お前…っ」
言い返そうと思ったその時、競技終了を知らせる笛の音が聴こえた。
「退場ですって、先輩」
俺の肩にポンと手を置き、行きましょう? と声だけかけて、先に立ち上がったタカナシ。
流れに逆らわず、いいかけた言葉を飲み込んで退場していく。
「それじゃー」
入退場門から出たと思ったら、あっという間にタカナシがそれだけの言葉を言って戻っていった。
アイツが戻った先には、白崎がいて。
何やら話をして、タカナシは白崎に胸元をポカポカって感じでこぶしで叩かれていた。
風に乗ってかすかに聞こえた声は「ちーのバカ」だけで、他の会話はまったく聞こえず。
バカとか言われているっていうのに、タカナシは嬉しそうに笑ってそのこぶしを受け止めていた。
白崎が首にかけていたタオルで汗を拭いてもらい、一緒に一年生のテントに戻っていく二人。
それを何かを言えるでもなく、ただ眺めているだけの俺に、声がかかった。
「顔、どうにかしなよ。咲良」
って、佐々木が俺にタオルを差し出して立っていた。
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