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海だ! 海だ! 海だ!
しおりを挟む海の日、前日。
前日の日曜日に、三台の車で荷物だなんだと乗り分けて…やってきました初夏の海。
北海道の海は初夏あたりだと、タイミングが悪ければ水温が冷たい時もある…んだけど。
「さー…って、と。今年の海はどんなもんかね?」
「さあなー。最悪海に入れなくても、みんなで飲んで食って楽しめりゃよくね? とりあえず荷物を分担して持ってくか。ん…っと、全員着替えは完了したか? じゃあ、先に優弥と俺とで場所取っとくからよ。他は荷物運んで、テントの方もやっといてくれよ」
そういって、一足先に高台の駐車場から海水浴場へと向かう男が2人。
「オケオケ。やっとくわー。…あ、シーナ! お前は女子だからな? 軽い荷物でいいぞ」
「え? 女子扱いしてくれんの? めっずらしい」
「そっか? いつも女子扱いしてんだろ? んな水着着てんのに、いつもみたいにクッソ重いの持たせるわけいかねえだろ。いくら力持ちだからって言ってもよ。…まわりの目もあるし」
普段はここまで露出高めの服も着なきゃ、なんなら水着だってもっと布面積高いものしか着ないあたし。今年は思い切って一目惚れした水着を着てみることにしたんだ。
上は胸元を隠すように胸の下までの丈で、無地の黒でひらひらフレアのもの。下は淡い緑色の大きめの柄で、同じように裾はフレアスカートみたいになっている。
胸もとも腰まわりもいい感じに体型をフォローしてくれるって高評価がされていた、ワンピース水着だ。
「…あぁ、そゆこと? 自分らの評価のため?」
「ま、そゆことにしとけ」
「はいはい。あー…あの辺に場所取ったみたいだね。ここからでもよく見える。…ほら、あそこ」
と、あたしが指させば、まわりにいたみんなも先に行った二人を目で追った。
「お。いい場所じゃね? アイツら。シーナ、お前よ、このパラソル持ってシートのとこに突き刺しておいてくれん?」
「いいよぉ。パラソルね? やっとくよ」
なんていう会話をして、ビーチサンダルに履き替えて、手にはちょっとした荷物とビーチパラソルを持って。
コンクリートで出来た長めの階段をアチアチいいながら下りて、一足先に駐車場を去るあたし。椎名立花22歳。
今日は社会人になってからも付き合いのある専門学校の時の友人とで、海の日めがけで海水浴へ。
毎日のように天気予報とにらめっこして、ネットで買った水着が着れる着れないでドキドキして。
出かける前日にもかかわらず、これっていう服が決まらず。大きめの浮き輪もこれっていうのが見つけられず。いきなり妹たちを引き連れて、〇オンに行って買い物をして。
眠るギリギリまで、買い忘れがないかって不安になって何回もベッドからおりて。詰め込んだ荷物を出しては、また詰め込んで。
ここんとこ忙しくて、自分への癒しが足りていなかった。息抜きも推しも美味しいものも、何も考えなくてもいい時間も何もかも!
砂浜までおりていくと、本当に海だ! って感じが増してきた。
くふふふ…と勝手に顔が笑っちゃう。
今日と明日だけは、ただただ楽しく過ごすことだけで自分を満たそう。
「おー! シーナ」
「来たよー。これ、突き刺しといてって言われたから、やるね」
「おう! しっかり突き刺せよ? お前のバカぢからで」
「しっつれいな! 否定しないけどー」
あははははと笑いながら、手荷物をシートの上に置き、よっこいせっとパラソルを持ち上げて。
「この辺でいいよね?」
念のために、そばにいた友達に聞いてみる。
「いーよー」
「じゃ、刺すね。…よい……せっ!!!」
思いきり砂にパラソルを突き刺した、その瞬間だ。
雷のような細かくて乱れた線があたしのまわりに走る。
パチパチッとかすかに音を立て、次の瞬間には足元が真っ白に光った。
「や、だっ! なに!? 眩し…っ」
「シーナ!」
「立花ちゃん!」
「立花!!」
友達の声が聞こえているのに、姿が光のせいで見えないよ。
「目が…」
光の眩しさに、目がつぶれてしまいそう。サングラス、バッグの中に入れっぱなしだ。かけとけばよかった。
ぎゅううううっと強く目を閉じる。その光を遮ることなんか出来ないだろうに、握っていたパラソルを咄嗟に持ち上げて開いてしまう。人間、混乱していると、後で考えたら意味不明なことやりがち。
パチパチパチッ…っという音がしなくなって、静かすぎるほどになった。
目を閉じていても、海水浴場だったならまわりからは人の声も波の音も、海鳥の鳴き声も聞こえているはずだった。何の匂いもしない。
(静かすぎる…)
その違和感に、そっと目を開いた。
さっきまでは目を閉じていてもわかるくらい、自分のまわりが眩しかったことに気づいていた。それがなくなった=目を開けてもいい…と答えを出したんだ。
「――――は?」
何ともマヌケな声が出た。
さっきまでの光景が、ど…っこにもない。皆無だ。
代わりにあるのは、やたら着飾った年齢も様々な男性がいっぱいと、レインコートみたいな丈の長い上着を着た人が数名。フードをかぶってて、顔がよく見えない。…ワザと?
どっちかといえば、顔は濃い目。なんていうか、迫力のある顔つきばかりだ。眉がしっかりしてる。
同年代かそれよりも少し上かな? と思える人たちに関して思うのは、顔が濃くてもイケメンはイケメンだ。
例えるなら、阿部〇さんとか北村△輝さんとか平井☆さんとかに囲まれているという感じ?
まあ…イケメンで、かつ顔が濃いっていうのは…圧がすごいね。顔が濃いっていいすぎか。
なんて声をかけていいんだろう。
あたしが言葉に迷っているように、まわりでザワついている人たちもあたしを見てはいるものの、いわゆる様子見しているみたいに見える。
(というか)
時間が経てば経つほど、現状が見えてくる。
こんな中において、めちゃくちゃ露出しまくっているのは自分だけだという…。
(恥ずかしい…っ! 何か一枚でいいから、服が欲しい!)
まわりを見渡してみても、女性らしい人が見つけられない。
「あ…の」
言葉が通じるの? そもそもの話で。ここはどこで、あたしは誰? みたいな状況の中で、あたしはどうしたらいい?
(…あ)
自分が持っているもので、今できうることといえば、これ以外にない!
にぎったままのパラソルを自分の前に縦にして、体を隠す。
「…あ」
でも、惜しい! 前しか隠れていない。背中の方からの視線が痛い!
「じゃあ…こうして…」
中棒の部分は、二本をくっつけたものだ。中棒の中間部分にあるボタンを押しながら、下から棒状のそれを引っこ抜く。
そうしてその短くなった傘の状態で、頭に限りなくくっつけるようにして傘をさして。
「こう…っ」
しゃがんで傘の中に隠れるようにして、まぁるくなった。ようするに体育座りの格好で傘をさしているようなもんだ。
亀の甲羅に入っている感じに近いかも。
途端にまわりのザワつきが大きくなった。目の前でおかしな服装の女が現れるわ、おかしな格好になるわ…だもん。
そりゃ、ザワザワするよね。
そのザワつきの中から、ある声が聞こえた。
「こんなのが聖女のはずがない!」
と。
(……は? え? なに? 聖女って。ファンタジー系のマンガや小説でしかお目にかかったことないけど)
「あんな…ハレンチな聖女がいるはずがない!」
ハレンチな、聖女。
その声に、傘の中でうずくまっている自分の姿を思い出す。
(いや、たしかに水着なんてハレンチといえばハレンチなんでしょうけど。というか今どきハレンチとかいう人がいるの? そもそもでさ)
「…あたしのことなの? それって」
ボソッと呟いてみたものの、全然実感がない。
もっともっと…と体を縮こませる。
これで何かがおさまるとも思えないけど、どっちにしろこの水着姿のままで見られているのは耐えられそうになく。
――どれくらいの時間をそうしていたんだろうか。
まぁるくなったまま、ウトウトし始めたあたし。呑気なのか、考えるのを諦めたのか、また別のものか。
コクンコクンと何度も船を漕ぎ、パラソルの中棒をしっかと抱きしめて半分ほど夢の中に入りかけていた。
「…こんな状況で眠っているようだ」
誰かの声がする。
イケメンだけじゃなく、イケボもいるのか。なんて贅沢な場所なんだ。
「さすがにこの姿のままで連れてはいけまい。…どれ」
抱きしめていたはずの中棒の感触が遠くなる。ゆっくりとあたしの腕の中から抜かれているのを感じるのに、目が開けられない。
「…眠い」
昨日はなかなか寝つけなかったもんね。そりゃ、眠たいわ。限界が来たら、どんな状況だろうが寝ちゃえるんだな。人間って。
(このまま寝たら、殺されてたりして。…次の行き先は、天国? それとも地獄?)
目を開けた方がいいって頭のどこかで思う自分がいるのに、まぶたが重たすぎて無理だ。
「殺さな、いで…?」
言葉が通じるのかもどうかもわかっていないのに、願うように呟きを落とす。
「お……願、い」
そう願った途端に、体が宙に浮いた感覚があった。
(ああ…死んで、天に召されちゃうのか。だから…浮いてるんだね)
こんなことなら、海水浴をしっかり楽しんでから死にたかった。みんなとバーベキューだって、花火だって、あたし以外の唯一の女の子の小泉ちゃんと恋バナをするのだって叶えていないのに。約束したのに。
仕事だって、まだまだこれからいろんなことを学んでいく途中だったはずなのに。
ありのままの自分と、長くいついつまでも一緒にいてくれる誰かとだって出会っていないのに。きっと。
いつか出会えるはずって思ってたのに。
(そういえば、ちょっとだけいいお肉買ってたな。あれをみんなで少しずつ食べようって話していたのも、残念だな)
「お肉…」
朝食もあまり食べてこれず、眠たいわお腹空いたわって状態で死んじゃうのか…あたし。
「お腹…空いた」
天国に行ったならば、お願い神様。美味しいご飯をお願いします。
地獄に堕ちてしまったのなら、お願い閻魔様。針山地獄とか血の池地獄の前に、最後の晩餐をとらせてください。そうしたら、どんな地獄も耐えられるかもしれないから。
クルル…とお腹が鳴っている、多分。
「何が食べられるかわからぬが、軽く食べられそうな物を用意しておけ。それと服もだ」
「…はっ。かしこまりました」
体が宙に浮いたままで、ゆらゆら…グラグラ揺れている。
「これはいかがいたしましょうか」
「念のため持ってまいれ。部屋の隅にでも置いておけ」
「かしこまりました」
誰かの声が、遠くで聞こえるよ? 小泉ちゃんが好きなアニメの声優さんに似ていると思うんだ。
こんなにいい声の人がいて、地獄だったらガッカリだ。
「お肉…食べる、ぅ」
着火剤と炭で火をおこして、ワイワイ言いながらどれを先に焼こうかとか言い合って。
肉が焼けるのが待てずに、近くの海の家で手羽先を焼いたのを買ってくるのがいたり、かき氷を買ってきていたり。
クーラーバッグいっぱいに入った発泡酒を、せーの! で開けて同時に口をつけて。
今度はせーの! って言ってないのに、同時にプハッて言って。笑って、笑って、時々誰かが調子っぱずれの歌なんか唄ってたりして。
そんな楽しい海の日前日と、テントで一晩を過ごしたら帰る前にももう一回海ではしゃいで。
(もう…あの海に帰れないのかな。みんなの目の前であたし、消えたことになるのかな。せっかくの海水浴だったのに…)
「ご、め…ね」
夢の中ではみんなが…ほら、海で待ってる。
ビックリさせちゃってごめんね! って言いながら、みんなの輪の中に戻るあたし。
「お前の好きな肉、焼けてんぞ」
そう言いながら取り皿に肉をよそってくれるのは、誰だっけ。宇野っち?
「おせぇなー。一足先に飲んでるぞ…ほら、シーナの分」
って、あっという間に一本目を飲み干して、あたしの一本目と自分の二本目を手に笑うのは…誰? 大石くん?
お肉がのった取り皿を受け取って、キンキンに冷えた発泡酒を受け取って。カシュッといい音をさせて開けたそれをゴクゴクと飲むと、冷たさが喉を通って胃に沁みて。
「これぞ、海だぁああ!」
解放感で、そう叫ぶのは…あたし?
夢なら、どうか覚めないで。このまま夢の中がいい。
――――ささやかな願いを込めていたはずなんだけど、あたしの近くには神様って存在はいないみたいで。
「……目が覚めたか」
その声に、ゆっくりと目を開けていく。
普段自分が眠っているベッドよりも広く、天井は高く。
「ここは…」
この部屋だけで、おばあちゃんちの家がまるごと入っていそうなほどに広く。
右へと顔を向ければ、夕焼けのように明るいオレンジ色の長髪で上下真っ白の軍服っぽいものを着たイケメンがイスに腰かけていて。
「ここの説明の前に、お前はなんなんだ。先に説明をしてもらおうか」
イスの背もたれにふんぞり返るようにし、長くて邪魔くさそうな脚を組み、いかにもめんどくさげにそう言った。
「なんなんだって言われても……」
そこまで言ってから、口を噤む。
あたしのその態度を見て、目の前の彼の眉間にシワが深く刻まれた。
でも…正直なところ、寝起きにそんなことを聞かれてもっていうのと、この状況を一番わかってないのはあたしなんだってことと。
それに何よりも、初対面のこんな強面の男の人に、何をどう話しても信じてもらえないような…そんな気がしてならなかった。
とはいえ、確かめたいことはあった。
「あの…ぅ」
何とか出した声。
「…なんだ」
こっちの勇気に対して、素っ気ない返事。
「一つだけ、先に確認したいんですけど」
おずおずと聞いてみれば、いかにも面白くなさげに「言ってみろ」とだけ。
「あの、ですね。えぇ…っと………聞き間違いかどうか聞きたいんですが」
「…なんだ」
ゴクッと唾を飲み、もう一回勇気を出す。
「さっき、聖女が…って」
かろうじてそう呟いたあたしへと、不機嫌そうな彼が指をさす。
どう見ても、その視線と指先は自分へと向いている。
「…あたし?」
思わず聞き返すと、「納得はいかないがな」と彼は吐き捨てるように返してきた。
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