コーデリアは攫われた婚約者を取り戻したい

有沢真尋

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変わり者令嬢と、その家族

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 ――俺は平民で、貴族の生まれの君と釣り合いが取れているとは言い難い。君にはもっとふさわしい相手がいるのかもしれないけれど……。君と恋人と呼べる関係になれたら、すごく幸せだと思う。もちろん、君を大切にする。君と、君のご家族の理解を得た上で、結婚を前提に真剣な交際を申し込みたい。

 一年前。
 二人の間の身分差を気にしていたバートは、コーデリアとの交際に先立ち、まずは父親を始めとした家族に正面から挨拶に来た。
 その、堂々とした立ち居振る舞い。一挙手一投足に漂う気品。苦労してきた半生を感じさせない爽やかさに、王宮騎士団内でも評判の好青年ぶり。
 両親も兄弟も「変わり者令嬢」にこんな良縁が、と両手もろてを上げて二人の恋仲に賛同を示した。
 それが、まさかの急転直下。

“二度と彼と会おうなどとは思わないように。君のような女は、まったく彼にふさわしくない”

「良い……若者だったよね……彼は。才気煥発さいきかんぱつ、私の魔道具開発の話も嫌な顔ひとつせず、いつも真剣に聞いてくれてさ。こんな弟欲しかったって思ってたのに……」

 日が落ちて、夜。子爵邸の一室にて。
 窓際に立ったコーデリアの長兄ロズモンドが、ふるふると頭を振って見事な銀髪を揺らし、大きな手のひらで額を覆って切々と言った。
 ソファに沈み込むように腰掛けていた当主にしてコーデリアの父レイモンドも、暗澹たるため息をついて呟く。

「本当に、良い青年だったよ。明るくてまっすぐで気が利いて、騎士団でも出世頭だ。家名に寄り掛かるばかりのそこらの貴族の子息より、よほど気骨がある……」
 
 男二人のシケた態度を前に、コーデリアは「お葬式みたいな空気はおやめください!」と声を上げた。

「バートは死んでいませんので、お二人とも、どうぞ故人を懐かしむような会話は慎んでください」
「いやでもほら、もし次に会う機会があったとして、そのとき彼は隣国の準王家、公爵様なんだよ。気安く私の魔道具の実験になんか付き合ってくれないよね?」

 ロズモンドは、気品のある端正な顔に悲しげな笑みを浮かべた。レイモンドも「然り」と頷いている。
 二人の態度は、さかのぼること数時間前、バートの叔父を名乗る人物が現れた件に起因している。
 出会い頭のコーデリアにぶしつけな言葉を浴びせかけたその男は、ギデオン・オルブライトと名乗った。
 そして、終始高飛車な態度のまま、レイモンドに告げたのだ。

 曰く、バートは先だって亡くなったオルブライト公爵の四男である。母親の身分の低い庶子で長らく行方知れずになっていたが、公爵が跡取りを明確に示す前に亡くなった後、さらに長男から三男までも相次いで亡くなったことで、唯一の後継者として探されていたのだ、と。
 叔父であるギデオンが、「偶然街で出会ったのは、まさに神のおぼし召しである」とバートに事情を説明したところ、後継者の自覚に目覚めただちに生家に帰る決断をした。
 国に帰れば彼には素晴らしい身分、輝かしい未来が用意されている。
 当然、結婚相手も釣り合いが大事。
 他国の下級貴族の小娘が大きな顔をして現れては、迷惑千万。
 そこまで実に仰々しく嫌味っぽく語ると、テーブルの上に小ぶりなトランクを投げ出し、吐き捨てるように続けた。

“手切れ金だ。ゆめゆめ、彼を追いかけてきて惑わし、自分こそがふさわしい相手だなどと騒ぐのはやめてくれ。君は彼の邪魔にしかならない”

 その場に同席していたコーデリアはもちろん怒りとともに突き返そうとしたが、父であるレイモンドがひとまずその場を収めて「こちらで検分させて頂いて、後ほどご回答申し上げたく」とトランクには手を触れぬまま答えた。
 ギデオンは意地悪そうなしかめっ面のまま「そう言って繋がりを保とうとしても無駄だぞ、この貧乏人」と嘲るように言い捨てて、立ち去ったのだった。

 * * *

「私は、まだ本人の口から、今回の件について何も説明を聞いていません。だいたい、バートがいなくなったときの状況からしておかしいんですよ。『生き別れの息子だ』と言い張る男性が現れたのだとか……。あの方の説明が事実であれば、お父様はすでに亡くなっているはず。であれば他の誰かがその場限りの嘘でバートを騙して連れ去ったんです。いくら身分や財産をちらつかされたとて、本人が喜んで隣国に向かったというのは考えにくいです。私に一言もなく……」

 話しながら、コーデリアは左手首のバングルを指でなぞる。
 ギデオンがいなくなってすぐに通信を試みたが、まったく応答がなかった。意図的に無視しているのでなければ、魔力枯渇や意識喪失、つまり使用不可の状況にあると考えられる。もしくは、距離的に離れ過ぎると使えない特性もあることから、もうかなり遠く、隣国奥深くまで行ってしまったのかもしれない。
 いずれにせよ、胸騒ぎがしてならない。

(身分や財産……。以前の彼は少しだけ気にしている素振りはあったけれど。だからといって、いきなり「与える」と言われたものをこれ幸いと受け取る性格ではないはず。せめて、私に相談くらいはしてくれると思う)

「騎士団に確認したところ、たしかに隣国のオルブライト公爵家からの正式な書簡が届いていて、バートの退団手続きがとられていたのは事実だ」

 ロズモンドが、涼しいまなざしに感情をのせず、淡々と告げる。ただ手をこまねいていたわけではなく、ギデオンが屋敷を出てから夜までの間に、裏付けをとるために動いていたのだ。
 ソファに座り直したレイモンドもまた、同意するように言い添えた。

「あの男が置いていったトランクも調べてみたが、それなりの金額が入っていたよ。もちろん贋金でもない。この件に関しては、本物のオルブライト公爵家、その関係者が動いていると考えておいた方が良いだろう。だとすれば、下手に事を荒立てるわけにはいかない。国内なら打つ手があるとしても、隣国の準王家とことを構えたとなれば、国際問題となる恐れもある」

 その正面に座っていたコーデリアは、身を乗り出して主張する。

「公爵様が後継者を指名しないままお亡くなりになったのはともかく、なぜその後三人のご子息まで亡くなられているんでしょう。流行り病でもなければ、確実に何かの陰謀だと思います。そこに、長らく不在だった庶子が戻っても……。こんなことなら、バートがお母様と移住してきた経緯をもっときちんと聞いておくべきでした」

「それはそうだね。危険を感じて逃げてきた、という線も十分考えられる。だとすると、いくら『いま戻れば後継者になれる』と言われても、あのバートに限って素直についていくとは考えられない。まず、裏を疑うはずだ」

 すぐさま、ロズモンドがコーデリアの言い分を認めるように発言した。
 兄妹の会話に耳を傾けていたレイモンドが、結論が出たのを見て口を開く。

「叔父というあの男の態度を見ていても、親切心からバートを連れ帰ったとは到底思えない。平民育ちの庶子なら御しやすいと考え、自分の手の内の令嬢と結婚させて後見人として立つ目論見がある、と考えるのが妥当なところかな。それであれば、バートの婚約者であるお前を早々に排除しようとした理由もわかる」

 コーデリアは拳を握りしめ、「ゆるせない」と呟き、続けた。

「そんなの、バートの意思を無視して利用しようとしているだけじゃないですか……! 最低。ギデオン某、覚えているがいいいわ。次の作品の悪役のモデルは決まりよ。怖気おぞけだつような残忍な目に合わせてギタギタにしてあげるんだから……!」

「小説の中でどうしようが、本人は痛くもかゆくもないし問題は何一つ解決しないよ~」

 さらりと口を挟まれて、コーデリアはロズモンドを睨みつけた。

「お兄様、そんなこと私だってわかっています。まずはバートと連絡をとり、状況を確認します。お兄様から頂いたこのバングルがあるので、近くまで行けば通信が可能です。そういうわけで、私はすぐにでも隣国に向けてちます」

 言うなり、さっと立ち上がる。
 レイモンドは厳しい顔で「向こうも警戒しているはずだ。危ない真似は……」と難色を示したが、ロズモンドが「私が同行します」と素早く言った。

「今すぐ行くと言うんだったら、ちょうど試作品の飛行用の魔道具がある。試す?」

 にこにこと言われ、コーデリアは「試作品ということは?」と聞き返す。

「まだ一度も正常に作動していない。つまり飛行に成功したことはない。高度だけは確保できるんだけど、突然落ちる。生き物を搭載した場合、地面に叩きつけられて痛い目を見るだろうな。場合によっては命を落とす」
「陸路で。準備をして朝イチの鉄道で向かいます」

 拒絶を示したコーデリアに対し、やれやれといった苦笑を浮かべながらロズモンドは呟いた。

「こういうとき、バートだったらいやいやでも付き合ってくれるんだよね。やっぱり私の魔道具開発のためにもバートにはコーデリアと結婚してもらわないと」
「やめてください。バートを利用しようとした時点でお兄様も私の敵です! ドギツイ官能小説の中でひどい目に合わせますよ……!」
「『アーヴィン夫人の情事』みたいな? あっはっは、それは勘弁だなぁ。でも売れるんだったら、ありかも。あれは名作だった」

 突然キリッと決め顔になってベストセラーの官能小説の名を口にしたロズモンドに対し、コーデリアは目を見開いた。

「ありなんですか。さすがお兄様! いつか書く日に向けて、心に留めておきますね!」

 賑やかに言い合う兄妹を前に、レイモンドは「気をつけて行くように」と鷹揚に言った。
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