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言葉は光になりて
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窓の外にはなだらかな丘陵地が広がり、淡紫の芝桜が絨毯のように一面を埋め尽くしている。
青空へと伸びる糸杉がまばらに聳えていて、軽快に進む馬車の動きにあわせて後ろへと流れていった。
田舎道を進む車中にて、改めて「迅速な対策のため」とセドリックに所望され、コーデリアはギデオンの言葉を口にしていた。
「『彼は先だって亡くなった公爵の息子だ。彼にはすべてを継ぐ権利がある。わかるかね、下級貴族の娘が口をきくなどありえない相手なのだよ。理解する頭があるならここで身を引きなさい。二度と彼と会おうなどとは思わないように。君のような女は、まったく彼にふさわしくない』」
そのまま、ぎりっと奥歯を噛み締め、拳を握りしめる。
(「君のような女は、まったく彼にふさわしくない」くっ、かえすがえすも腹立たしい……! 貴族の使いそうなセリフまわし上位十件には該当しそうな文言だけど、初対面の相手に言って良いことじゃないでしょう、ひととして……!)
「記憶力良いね~。君自身が音声記録魔道具みたい」
セドリックが感心したように言うと、その隣に座ったロズモンドが控えめに咳払いをした。まるで気を引こうとするかのようなタイミングで、すうっとセドリックが視線を流す。
「なに?」
「さすが殿下は慧眼だなと。『音声記録魔道具』実用化には至っていませんが、構想して開発はしていました。現在の仕上がり具合としては、魔力消費を調節して軽くできない限り一般に流通させるには至らないと思いますが、魔力が強い人間なら使えないことは無いです。耐久実験なども兼ねて、コーデリアのバングルに仕込んでいました」
「何かいまさらっとすごいこと言ったよね!?」
おとなしく聞いていたシャーロットは、そこで瞳を輝かせて身を乗り出す。
コーデリアといえば寝耳に水、「バングルに?」と首をかしげて自分の左手を持ち上げる。ロズモンドは唇に笑みを浮かべて頷いた。
「コーデリアは、その道具でバートと連絡を取れる安心感のせいか、何か不安なことがあると指で触れる癖がある。ということに気づいていたので、防犯の意味も兼ねて、バングルの調節をするときに組み込んだ。触れるか、あるいは意識して魔力を流した後一定時間の会話が記録されるようになっている。コーデリアの記憶力に疑いは持っていないが、先程の言葉をギデオン自身が言った確かな証拠があれば、この後かなり有利に使えそうだとは思わないか?」
そう言うと、座席から腰を浮かせて向かいに座るコーデリアへと手を伸ばし、バングルに軽く触れた。ロズモンド自身の魔力を流して、指で軽くなぞる。
“彼は先だって亡くなった公爵の息子だ。彼にはすべてを継ぐ権利がある。わかるかね、下級貴族の娘が口をきくなどありえない相手なのだよ。理解する頭があるならここで身を引きなさい。二度と彼と会おうなどとは思わないように。君のような女は、まったく彼にふさわしくない”
「わあ……」
(言われてみれば、私は結構頻繁にバングルに触れているかも……。あの男に会う前は、バートと連絡とれないか考えていたから、無意識に触っていたような……?)
自分の手首から、憎きギデオンの声。コーデリアはごく普通に気持ち悪いとの感想を得たが、もちろんこの「証拠」が何を意味するのかについても、すぐに思い至っていた。
「たとえ私をバートの近くから追い払うための方便とはいえ、ギデオンさん自身が『彼にはすべてを継ぐ権利がある』と断言しているのは大きい……! もし陰謀の全容が『バートと自分の娘の間にできた子に公爵位を継がせる』だったとしても、表向きにはバート自身に継がせると言ってしまっているわけなので……」
セドリックを見れば、口元に笑みを浮かべてコーデリアの視線に答えてから、すました様子のロズモンドへと体ごと向き直る。
「なるほど、次期アップルビー子爵殿は異才の持ち主と聞いていたが、こんな魔道具まで開発しているとは予想もしていなかった。どうにか我が国にスカウトしたいところだけど……。おそらく貴国の王家は子爵殿の爵位を上げて、王族と婚姻させてでも国内に引き留めようとするだろう。とすると次善の策としては、決して敵に回さないよう、できれば便宜もはかってもらえるように、こちらの国内に親族でも引き込むのが良いかな」
食えない物言いに対し、動じた様子もなくロズモンドは宙を見つめて言った。
「どうでしょうね。人質として体よく我が家の人間を手の内に押さえておくつもりかもしれませんが、下手に有能な人間を引き入れてしまえば、祖国へ情報を流されたりといったスパイ活動を行われる恐れがあるのでは?」
もはやその返答は予期していたとばかりに、セドリックが流れのままにその続きを引き継ぐ。
「それで言えば、婚姻によって貴国の王女を王宮に引き込み王妃としての権限を与えることにも、危険性はつきまとう。いっそ、王族同等までの権限は与えず、かといって王族の監視下における地位に君の身内を押さえられれば、こちらとしてはまずまずの成果だ。ついでにその人物が、滞りなく公爵としての実務を行えるのであれば言うことがない。何しろ我が国の要職であるはずのかの地位はいまだ後継者を得られず、しかも適任と思われる人材がいないというのが現状だ」
膝に手を置き、緊張したまま全身で二人のやり取りを聞いていたコーデリアは、この会話の意味するところを必死に追いかけていた。
公爵位が浮いたままであることはおそらく、かなり大きな問題になっていたはず。後継者が誰になるのか、どういう決め方をするのは、王宮にとっても関心事であったのは間違いない。
だからこそギデオンが企てた陰謀を把握しており、さらわれたバートが運び込まれた先まで押さえていたのだ。
(セドリック様がこの場に現れた真の目的って……。シャーロット様は口実で、まさかお兄様と面識を得て親交を結ぶため……? そしてバートが適格と判断できた時点で、他の候補者を退けてバートを公爵位につける算段があった……?)
そのコーデリアの推測を裏付けるように、セドリックはにっこりと微笑んで言った。
「バート青年の母親だが、元々貴族の娘で王妃付き侍女だった。私の母上がその人となりについてはよく知っていた。実家が没落した際、公爵が実家への援助をたてにして強引に手元に引き取って行ったそうだ。すでに第三夫人までいたのでまともな扱いにはならず、身分が低いものと周りには思われていたようだが。実家はその後事業を軌道に乗せて爵位も返上せずに持ち直している。バートにその気があれば、ギデオンよりよほどしっかりとした後見人を出す準備はあるようだ。さてここで最大の問題になるのは、バート青年の能力と人間性、覚悟だ。彼がどんな人物なのか、王宮は強い関心を持っている」
「覚悟……」
コーデリアの知るバートは、平民の出と言いつつも品が良く、母親の教育が行き届いているように見えた。王宮騎士の試験を通り、職務を果たしていたことからも、優秀さについては上官が保証するだろう。王侯貴族と身近に接する機会も多く、その習慣にもある程度は通じているはず。
ひとつ気になると言えば、さほど強い野心をうかがわせなかった彼が、果たして公爵位に関心があるかであったが。
(バートは平民であることを受け入れているように見えたから、私も結婚するにあたって平民になることに疑問を抱いてなかった。でもまさか公爵だなんて。セドリック殿下は、お兄様の身内である私がバートと結婚することまでがこの計画に含まれることを示唆しているけれど……)
身分差に引け目を感じていた節のあるバートは、公爵位を継ぐことに意欲を見せるかもしれない。だとすれば、一緒に平民になると信じていたコーデリアの将来設計とはずいぶん遠く隔たった未来が待ち受けていることになる。
覚悟を問われているのは、コーデリアもまた同じだった。
「バートの意見は改めてバートに聞くとして。その選択次第で私の思い描いていた未来とはだいぶ違うことになりそうなのですが……」
震える声でコーデリアはそう言って笑顔のセドリックを見つめ、続けた。
「私は、社交がそんなに上手くなくて……、努力はしますけど、小説を書いているので引きこもりがちで。努力はしますけど。それとは別に、公爵夫人になっても小説は変わらず書きます、よ? せっかくの、仕事なので」
たどたどしく告げたコーデリアに対し、セドリックは鷹揚に頷いてみせた。
「どうせなら男性のような偽名もやめたら良い。公表するしないは君に任せるが、公爵夫人が少し変わった女性で、変わった仕事をしていることくらいこの先の世の中では認められるはずだ。君が認めさせるんだ。何しろ君の小説に関しては私が、稀代の悪女ステファニーが惨たらしく槍に貫かれるまでぜひ読みたいと考えている。ステファニー滅ぶべし」
ちらっと視線を流したロズモンドが「為政者がそういう滅多なことは言わないでください。『全国一斉ステファニーさん狩り』という歴史に残る大悪事の始まりを想起させます」と咎めるように言った。
コーデリアはコーデリアで「槍で貫かれエンドは今のところ考えてません」と正直に告げる。
セドリックは窓の外に目を向け、晴れ上がった青空を見ながら「たしかに、悪女に狙い定めて空から槍を降らせるのは、少々難しいかもね」と呟いた。
青空へと伸びる糸杉がまばらに聳えていて、軽快に進む馬車の動きにあわせて後ろへと流れていった。
田舎道を進む車中にて、改めて「迅速な対策のため」とセドリックに所望され、コーデリアはギデオンの言葉を口にしていた。
「『彼は先だって亡くなった公爵の息子だ。彼にはすべてを継ぐ権利がある。わかるかね、下級貴族の娘が口をきくなどありえない相手なのだよ。理解する頭があるならここで身を引きなさい。二度と彼と会おうなどとは思わないように。君のような女は、まったく彼にふさわしくない』」
そのまま、ぎりっと奥歯を噛み締め、拳を握りしめる。
(「君のような女は、まったく彼にふさわしくない」くっ、かえすがえすも腹立たしい……! 貴族の使いそうなセリフまわし上位十件には該当しそうな文言だけど、初対面の相手に言って良いことじゃないでしょう、ひととして……!)
「記憶力良いね~。君自身が音声記録魔道具みたい」
セドリックが感心したように言うと、その隣に座ったロズモンドが控えめに咳払いをした。まるで気を引こうとするかのようなタイミングで、すうっとセドリックが視線を流す。
「なに?」
「さすが殿下は慧眼だなと。『音声記録魔道具』実用化には至っていませんが、構想して開発はしていました。現在の仕上がり具合としては、魔力消費を調節して軽くできない限り一般に流通させるには至らないと思いますが、魔力が強い人間なら使えないことは無いです。耐久実験なども兼ねて、コーデリアのバングルに仕込んでいました」
「何かいまさらっとすごいこと言ったよね!?」
おとなしく聞いていたシャーロットは、そこで瞳を輝かせて身を乗り出す。
コーデリアといえば寝耳に水、「バングルに?」と首をかしげて自分の左手を持ち上げる。ロズモンドは唇に笑みを浮かべて頷いた。
「コーデリアは、その道具でバートと連絡を取れる安心感のせいか、何か不安なことがあると指で触れる癖がある。ということに気づいていたので、防犯の意味も兼ねて、バングルの調節をするときに組み込んだ。触れるか、あるいは意識して魔力を流した後一定時間の会話が記録されるようになっている。コーデリアの記憶力に疑いは持っていないが、先程の言葉をギデオン自身が言った確かな証拠があれば、この後かなり有利に使えそうだとは思わないか?」
そう言うと、座席から腰を浮かせて向かいに座るコーデリアへと手を伸ばし、バングルに軽く触れた。ロズモンド自身の魔力を流して、指で軽くなぞる。
“彼は先だって亡くなった公爵の息子だ。彼にはすべてを継ぐ権利がある。わかるかね、下級貴族の娘が口をきくなどありえない相手なのだよ。理解する頭があるならここで身を引きなさい。二度と彼と会おうなどとは思わないように。君のような女は、まったく彼にふさわしくない”
「わあ……」
(言われてみれば、私は結構頻繁にバングルに触れているかも……。あの男に会う前は、バートと連絡とれないか考えていたから、無意識に触っていたような……?)
自分の手首から、憎きギデオンの声。コーデリアはごく普通に気持ち悪いとの感想を得たが、もちろんこの「証拠」が何を意味するのかについても、すぐに思い至っていた。
「たとえ私をバートの近くから追い払うための方便とはいえ、ギデオンさん自身が『彼にはすべてを継ぐ権利がある』と断言しているのは大きい……! もし陰謀の全容が『バートと自分の娘の間にできた子に公爵位を継がせる』だったとしても、表向きにはバート自身に継がせると言ってしまっているわけなので……」
セドリックを見れば、口元に笑みを浮かべてコーデリアの視線に答えてから、すました様子のロズモンドへと体ごと向き直る。
「なるほど、次期アップルビー子爵殿は異才の持ち主と聞いていたが、こんな魔道具まで開発しているとは予想もしていなかった。どうにか我が国にスカウトしたいところだけど……。おそらく貴国の王家は子爵殿の爵位を上げて、王族と婚姻させてでも国内に引き留めようとするだろう。とすると次善の策としては、決して敵に回さないよう、できれば便宜もはかってもらえるように、こちらの国内に親族でも引き込むのが良いかな」
食えない物言いに対し、動じた様子もなくロズモンドは宙を見つめて言った。
「どうでしょうね。人質として体よく我が家の人間を手の内に押さえておくつもりかもしれませんが、下手に有能な人間を引き入れてしまえば、祖国へ情報を流されたりといったスパイ活動を行われる恐れがあるのでは?」
もはやその返答は予期していたとばかりに、セドリックが流れのままにその続きを引き継ぐ。
「それで言えば、婚姻によって貴国の王女を王宮に引き込み王妃としての権限を与えることにも、危険性はつきまとう。いっそ、王族同等までの権限は与えず、かといって王族の監視下における地位に君の身内を押さえられれば、こちらとしてはまずまずの成果だ。ついでにその人物が、滞りなく公爵としての実務を行えるのであれば言うことがない。何しろ我が国の要職であるはずのかの地位はいまだ後継者を得られず、しかも適任と思われる人材がいないというのが現状だ」
膝に手を置き、緊張したまま全身で二人のやり取りを聞いていたコーデリアは、この会話の意味するところを必死に追いかけていた。
公爵位が浮いたままであることはおそらく、かなり大きな問題になっていたはず。後継者が誰になるのか、どういう決め方をするのは、王宮にとっても関心事であったのは間違いない。
だからこそギデオンが企てた陰謀を把握しており、さらわれたバートが運び込まれた先まで押さえていたのだ。
(セドリック様がこの場に現れた真の目的って……。シャーロット様は口実で、まさかお兄様と面識を得て親交を結ぶため……? そしてバートが適格と判断できた時点で、他の候補者を退けてバートを公爵位につける算段があった……?)
そのコーデリアの推測を裏付けるように、セドリックはにっこりと微笑んで言った。
「バート青年の母親だが、元々貴族の娘で王妃付き侍女だった。私の母上がその人となりについてはよく知っていた。実家が没落した際、公爵が実家への援助をたてにして強引に手元に引き取って行ったそうだ。すでに第三夫人までいたのでまともな扱いにはならず、身分が低いものと周りには思われていたようだが。実家はその後事業を軌道に乗せて爵位も返上せずに持ち直している。バートにその気があれば、ギデオンよりよほどしっかりとした後見人を出す準備はあるようだ。さてここで最大の問題になるのは、バート青年の能力と人間性、覚悟だ。彼がどんな人物なのか、王宮は強い関心を持っている」
「覚悟……」
コーデリアの知るバートは、平民の出と言いつつも品が良く、母親の教育が行き届いているように見えた。王宮騎士の試験を通り、職務を果たしていたことからも、優秀さについては上官が保証するだろう。王侯貴族と身近に接する機会も多く、その習慣にもある程度は通じているはず。
ひとつ気になると言えば、さほど強い野心をうかがわせなかった彼が、果たして公爵位に関心があるかであったが。
(バートは平民であることを受け入れているように見えたから、私も結婚するにあたって平民になることに疑問を抱いてなかった。でもまさか公爵だなんて。セドリック殿下は、お兄様の身内である私がバートと結婚することまでがこの計画に含まれることを示唆しているけれど……)
身分差に引け目を感じていた節のあるバートは、公爵位を継ぐことに意欲を見せるかもしれない。だとすれば、一緒に平民になると信じていたコーデリアの将来設計とはずいぶん遠く隔たった未来が待ち受けていることになる。
覚悟を問われているのは、コーデリアもまた同じだった。
「バートの意見は改めてバートに聞くとして。その選択次第で私の思い描いていた未来とはだいぶ違うことになりそうなのですが……」
震える声でコーデリアはそう言って笑顔のセドリックを見つめ、続けた。
「私は、社交がそんなに上手くなくて……、努力はしますけど、小説を書いているので引きこもりがちで。努力はしますけど。それとは別に、公爵夫人になっても小説は変わらず書きます、よ? せっかくの、仕事なので」
たどたどしく告げたコーデリアに対し、セドリックは鷹揚に頷いてみせた。
「どうせなら男性のような偽名もやめたら良い。公表するしないは君に任せるが、公爵夫人が少し変わった女性で、変わった仕事をしていることくらいこの先の世の中では認められるはずだ。君が認めさせるんだ。何しろ君の小説に関しては私が、稀代の悪女ステファニーが惨たらしく槍に貫かれるまでぜひ読みたいと考えている。ステファニー滅ぶべし」
ちらっと視線を流したロズモンドが「為政者がそういう滅多なことは言わないでください。『全国一斉ステファニーさん狩り』という歴史に残る大悪事の始まりを想起させます」と咎めるように言った。
コーデリアはコーデリアで「槍で貫かれエンドは今のところ考えてません」と正直に告げる。
セドリックは窓の外に目を向け、晴れ上がった青空を見ながら「たしかに、悪女に狙い定めて空から槍を降らせるのは、少々難しいかもね」と呟いた。
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