その時点では、嘘でした。

有沢真尋

文字の大きさ
10 / 14
【包囲網】

……解き放つわけには

しおりを挟む
「ちょうど良かった、と言って良いのかわかりませんが。殿下とお話したいことがありました。お時間頂くことは可能でしょうか。今日はなんの用事でこちらへ?」

 姿勢を正して、心持ち視線を上向けて目を合わせながら、折り目正しくミシュレはそう尋ねた。
 ラドクリフは、地味ながら仕立ての良いシャツやジャケットを身に着けた、良家の子息風。護衛はいるだろうが、見える範囲にひとを引き連れている様子はなく、お忍びといった風情で佇んでいた。

「ミシュレは、その動じないところが美徳だと思う。私からの申し出は耳に入っていると思うんだが……」

 少し、困ったように微笑まれる。
 ミシュレはわずかに小首を傾げて、ラドクリフの顔を覗き込んだ。

(このご様子だと、ラドクリフ様にとっても、あの縁談は本意ではないということ?)

「何かご事情でもあるのかと。殿下には御婚約者様がすでにいらっしゃるはずです。たしか隣国の姫君」
「破棄した」
「まさか」

 間髪おかず返されて、ミシュレは思わず非難がましい声を上げてしまった。
 とはいえ、まだ半信半疑。即座には信じられない。

「婚約破棄だなんて、そうそう簡単にできるものではないですよね。何かこう、よほどの事情がない限り」
「隣国と仲良くなるより、アルスを暴れさせないことが、いや、こう、きちんと飼いならすことの方が何に置いても優先されると関係各所の同意が得られた」

(……王家はとてつもなく本気だ。本気の縁談なんだ……!!)

 背筋にぞくりと悪寒が走った。
 ミシュレとしては、「なにかの間違いだろうしまずは王家に事情を確認しよう」程度で申し出をまったく重々しく受け止めていなかったのだが。
 王家の一大事としてすでに検討されており、了承を得て、隣国も巻き込んで婚約破棄をした上で申し込んできているとは。

「そこまでして……、王家はお義兄様を」
 欲しいのですか?
 声に出さずにミシュレはそう尋ねた。ラドクリフは苦み走った笑みを浮かべた顔で頷いてみせた。

「アルスを……、解き放つわけにはいかない」
 言葉の端々に緊張感が漂い、いちいち溜めながら発言してくる。

「それなら私と殿下が結婚するよりも、より直接的な方法として、プリシラ様がいらっしゃるではないですか。アルス兄様はプリシラ様のことは何と?」
「眼中にない」

 辛そうに吐き出されて、ミシュレは思わず眉を寄せた。

「そんな……。たしかにプリシラ様はプリシラ様で何を考えているかよくわかりませんけど。かたや王家の姫、かたや最強の魔法使い。政略結婚にはまずまずの間柄のはず。何が不満なんでしょう?」

(プリシラ様は、少し我が強いですけど、決して性格は悪くはありませんですよ、お義兄様。お可愛らしい方です。何度かお会いしているのですからご存知でしょう)

 胸の中で、思わずアルスに文句を言ってしまう。
 プリシラはミシュレにとっても大切な友人なのだ。眼中にないと言い切られてしまうのは納得がいかない。

「プリシラよりミシュレは? ミシュレはどう考えているんだ。結婚とか、恋愛とか」
「殿下、成り行きで立ち話になってますけど、お時間大丈夫ですか?」

 話を逸らす意図はなかったのだが、気になってつい聞いてしまった。
 タイミング的には不敬すれすれであったと思うが、ラドクリフは咎めることもなく柔らかに微笑む。

「大丈夫だよ、ミシュレ。今日ここで君とアルスが待ち合わせしているというのは当のアルスから聞いてきたんだ。アルスが来る前に君と話し合いたいと思って、私も来た。さてどうだろう、私からの申し出について、真剣に考えてもらうことはできないだろうか。のならば」

 聞き間違えでなければ、何か、妙なところを強調された気がする。傍点のうえ、二重線がひかれる勢いで。
 ミシュレはラドクリフを見上げて、ハキハキと答えた。

「まず、先程のご質問ですが、私は恋愛というものに疎いようです。結婚に関しては家督の問題がありますので、父と相談となると思います。つまり、現在心に決めた相手はおりませんし、いたとしても思いを遂げようとは考えないでしょう。風変りとは言われておりますが、私も侯爵家に生まれた身、果たすべき義務があるのなら、逃げようなどとは思いません」

 がっくり。
 目の前で、ラドクリフが目に見えて落ち込み、肩を落とした。心に決めた相手を……と聞き取りにくい声で呟いているが、もう一度はっきりと言ってくることはない。

(何……? 心に決めた相手がなに、どうしたんです……!? この婚約の申し出にはまだ何か裏が?)

 ただならぬ態度に、ミシュレは目を瞠った。

「私は、決して殿下からの申し出が嫌だなどとは思っていないんです。ただ、おそらく殿下の目的は果たせないだろうと考えております。私と結婚したからといって、アルスお兄様を引き込むことなど実質的には不可能ではないかと」
「そうだね!」

 落ち込み切って荒んだ表情のまま、ラドクリフはにこにこと微笑んだ。
 それから、気を取り直したように一歩進み出てきて、ミシュレの右手を取り、抵抗する間も与えずにしっかりと自分の両手で包み込む。

「アルスがどうして君のことを可愛く思っているのかがよくわかってきたよ」
「この会話で? どの辺でですか?」
「いやもう、可愛い可愛い。ぶっちぎりで可愛い。こんなに真剣に取り合ってくれるくせに、最終的には全面的に拒否されるなんて、心の中のSとMが大歓喜だよ。本当に私と結婚しない? アルスのことは抜きにして、どう?」
「王太子妃は無理です。今からだと何かと手遅れだと思いますし、どうせ頑張るなら、もっと別のことを頑張りたいです」

 手を離して欲しいな、振り払ってもそこまで失礼にあたらないかな、と悩みつつミシュレはきっぱりと言い切った。それから、そーっとさりげなく手を抜こうと試みる。
 ぐいっと、力を込めて握り直されてしまった。

「「殿下」」

 ラドクリフに対するミシュレの呼びかけに、もう一つの声が重なった。
 はっとミシュレが首を巡らすと、少し離れた位置に立つアルスの姿が見えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

処理中です...