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【4】にゃあ!!

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 笑わないんじゃなかったか!? と司に目を向けるも、項垂れていて気付いていない。
 その司に対して、川合先輩は淡々と言った。

「一ノ瀬君、プライベートのせいか少し印象が違いますね。いつも冷た~い感じで、失敗したらこっちが怒られそうだなって内心ひやひやしていたんですけど……」
 段々と、笑みがその顔に広がっていく。
 司はがばっと顔を上げて言った。

「そんなことないです、川合さんはいつも完璧ですし、仰ぎ見る感じです。カッコイイなと思ってて。俺なんか足引っ張らないように背伸びしていただけです。ああ、でも結局こんなにしてもらってすみません。迷惑かけたくなかったのに。川合さんの下で働くのもあと少しってこの時期に。こんな失敗」
「お酒に弱いのは個人の特性です、失敗には該当しません。酔いに任せて横暴な行動に出たり、卑猥なことを言ったわけでもないですし、もう気にしないでください。そもそも私がもっと気を付けていれば……」

(おいおい、この先輩超いいひとじゃねえの!?)
 司を見る。
 まさしく同じことを考えているらしいのが、その崩壊寸前の表情から知れた。

 もともとがそんなに冷たい性格ではなく、放っておけば人好きのするタイプなのだ。本人も決して人間が嫌いなわけではない。むしろ他人に冷たくあたるのが苦手。
 ここまで誠意あることを言われてしまえば「冷たい男」を貫くのはもう無理だろう。

「入社以来お世話になりっぱなしで、ありがとうございます。川合さんと一緒に働けて光栄ですっ」
 がつん。
 がばっと頭を下げようとして、ローテブルにしたたかに額を打ち付けていた。
 ……っ、と声のない悲鳴を上げた司を気遣うように、川合先輩が腰を浮かす。膝立ちになりテーブルに手をついて、司を覗き込む。さらさらの黒髪が背中をすべる。

「大丈夫ですか? いつものクールな一ノ瀬君も素敵ですが、お酒が入るとそんなに変わってしまうものなの?」
 涙目になった司が顔を上げた。

「どっちかっていうとこっちが地です。普段は無理しているっていうか……こう言うと嫌味っぽいかもしれないけど、俺、女性にモテたくなくて」
「ああ。うん、わかる。なんとなく女性が苦手そうだと思ってた。あー……ごめんね、もう少し適切な距離を」
 心配したとはいえ、距離を詰めてしまったのを後悔するように川合先輩は身を引く。
 痛むらしい額を手でおさえていた司は、勢いよく「大丈夫です!!」と言った。

「女性はだめですけど、川合さんは大丈夫です!! ……って言うと、なんか変かな。ごめんなさい。川合さんを女性だと思っていないという意味ではなくて、真逆。川合さんは別格すぎてすべての最上位っていうか。存在が尊い? 俺より小さいのに仕事めちゃくちゃできるし、『可愛い』って言われただけで敵意剥き出しにする戦闘力も半端ないし、こう……憧れっていうか。本当にカッコイイ」
 言いながら、顔がどんどん赤くなっている以上、おそろしく恥ずかしいことを言っている自覚はあるのだろう。
 恥ずかしいというか、それはもう告白だ。

(こんなの、好きでもない男に相手の部屋で二人きりの状況で言われたらドン引きだぞ)
 そう思って先輩の様子をうかがうと。

 司よりもさらに真っ赤になって固まっていた。心なしか、微かに震えてすらいる。

 あー。
 これはこれは。

「その、ありがとうございます。一ノ瀬君みたいなひとにカッコイイって言ってもらえると……働き甲斐があります。私も一ノ瀬君と一緒に働けてすごく嬉しいです」
 震え声の返事は、業務仕様の皮をかぶってはいたものの。
 そこに感情が決壊した司が最後のダメ押しまでする。

「好きです。……迷惑かもしれませんし、その、俺の気持ちが迷惑なら迷惑かけない形でこの世に存在しているようにしますので。この先部署が離れたとして、一日一回遠くから一瞬見るだけとか、本当にそれだけで大丈夫なんです。付き合って欲しいって包丁持って脅したりとか絶対しませんから」
 司。
 迷惑かけられ過ぎた過去のせいで、告白が常軌を逸してないか。
(絶対に余計なこと言ってるからな、いま)

 ハラハラしたものの、川合先輩はその場にぺたんと座り込んでしまって、火を噴いている顔を手で押さえていた。

「びっくり……しましたけど。嬉しいです……。一ノ瀬君は仕事も伸びそうですし、部署が離れても見守りたいと思っていました……」
 このひともほんと、仕事から離れられない性質みたいだな!!
 照れ隠しにしても歪みねえわ!!

 さんざん心の中でつっこんでいる猫の気持ち知らず、男女二人は目の前ではにかみつつ笑み交わしている。
 やがて、司が立ち上がった。
 ここらでついに「触れあい」でもするのかと思いきや。

「まず、お茶いれますね。酔った上での妄言と思われたくもないですし。この件はもう少し酔いが抜けてから後ほど改めてお伝えしますので、川合さんもそのつもりでいてください」
 何言ってんのかよくわからないこと言い出した。

(酔ってやがる……)
 酒にか、この状況にかは、わからないけれど。

 一方で、こんな生殺し告白をぶつけられた先輩の方も、きちっと正座し直してにこにこと笑っていた。
「はい。お待ちしております」
 いいのか。

 呆れて猫はもう何も言えません。
 ふと、川合先輩がこちらに顔を向けてくる。なぜかにこっと微笑んでから手を伸ばしてきた。

「このぬいぐるみ可愛い。触っても大丈夫?」
 司に聞く。
「はい、どうぞ。触ると『にゃあ』って言うんです。子どもの頃、猫が飼えなくて代わりにってプレゼントでもらったんですけど、飼い猫同然に大切に扱っていたらボロボロになることもなくここまで一緒にきてしまいました……」
 嘘じゃない説明。
 晩酌の相手をさせているって話は省いているみたいだったけど。
 川合先輩はにこにこ笑いながら、そっと手を伸ばしてきた。
 気安くさわるなよ、と言おうとしたところで頭を下げられる。「よろしくお願いします」とすばやく小声で囁いてから、鳴き声スイッチに触れてきた。優しく。

 気安く……。

「……にゃあ(可愛いな)」

 こっちこそよろしくな。
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