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公爵令嬢を探る
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ぴー。
ぴー。
人間の鳴き声ではありません。鳥です。私、現在鳥です。
(お師匠様、これはもはや変装ではなく変身というか、かなり高等な魔術の類では……!!)
ということで、「手を貸す」というお師匠様に疑いなく身を委ねた結果、怪しげな魔法で鳥にされてしまいました。
青みを帯びた銀の羽を持つ、珍しい色合い。お師匠様カラー(毒草で魔変化)という微妙さをのぞけば、妖精のような、見たこともないほどの美しさです。
その姿で、私は公爵邸へと、空から近づきました。
――まずは行動パターンを探り、機会を見つけるんだ。お二人が次に顔を合わせる、夜会や舞踏会の予定を調べておいで。
お師匠様の助言があったのです。
(上級貴族の集まりに私は呼ばれることがないので、日程や開催場所は探りでもいれない限りわかりませんからね……!)
威容を誇る公爵家のお屋敷の周りを旋回し、大きなバルコニーを擁した二階の一室がアナベル様の部屋であると、あたりをつけました。
ちょうど、アナベル様がバルコニーに出ていらしたのです。
ぴー。
鳴きながら近づくと、あら、というようにアナベル様は小首を傾げて見上げてきました。
艷やかな絹糸のような金髪に、翠の瞳。千年に一人の美少女級の美貌。これまでの経緯を思えば苦手意識のある相手ですが、これからこの方に自分が惚れ薬を盛るかと思うと、もうすでに申し訳ない気分になってきています。
「綺麗な鳥ね。どこから来たの? 捕まえて羽をむしったりしないから、もう少し近くにおいでなさい」
甘く澄み切った声で呼びかけられて、私はふらふらと大理石の手すりに降り立ちました。
アナベル様は薄紅色の唇に笑みを浮かべて「本当に綺麗」と呟いています。
そのとき、部屋の中から「お嬢様。レナ様がお見えです」と声が響きました。
「今行くわ」
返事をしたアナベル様の肩に、私が罪のない小鳥の仕草で飛び移ると、怒られるどころか「いい子にしていてね」と笑いかけられました。そんなアナベル様がいい子ですと思いながら、私はうなじの後ろに姿を隠しました。
メイドさんたちが手際よく準備をすすめ、アナベル様を訪ねてきていた侯爵令嬢のレナ様とアナベル様のお茶会が始まりました。
話題は多岐に及び、若い貴族の噂話に移り変わっていきました。
「それにしても、あのミントって貧乏娘、本当に目障りですよね。もともとお父上が仕立て屋として評判を呼んで、陛下のご衣装を仕立てる機会を得て気に入られて叙爵されたと聞きましたが。最近では王室御用達の看板を掲げていて、もう一階級上がるという噂まであるようです。平民上がりのくせに親子で大きな顔をして。ああ、卑しいったらないわ」
上品な香りのするお茶を飲みながら、どぎつい悪役もどきのセリフを吐いているのはレナ様です。アナベル様はといえば、かすかに眉をひそめて、固い声で言いました。
「そうは言っても、この国の貴族法を厳密に見ていけば、爵位のある者以外は皆、平民なのよ。わたくしの父は公爵位以外にも侯爵や伯爵といった爵位をいくつか持っていて、家督を継ぐお兄様以外の兄弟に譲る手続きをしているけれど、受けるまではたとえ生まれが公爵家であっても兄たちも私も実際は平民だわ。レナはどうなの? お父上から爵位を譲り受けていたかしら。その手続きをしていないのであれば、あなたも平民なのよ」
ぎゃふん。
レナ様の顔がそれはそれは恐ろしげな形相に歪みました。
アナベル様は、自分が相手をやり込めたことなどすぐに忘れたように、涼しいお顔でお茶を一口飲んで唇を潤してから、さりげなく続けました。
「あまりあの方をいじめるのは感心しないわ。あなた、以前笑いものにするためだけに、ミント嬢にお茶会の招待状を出していたでしょう。もし出席していたら、ドレスや作法でいじめ抜く気だったわよね」
「そんなつもりはございませんわ。だいいち、あの貧乏娘は、来なかったじゃありませんか。しかも、欠席の知らせをアナベル様にお願いするだなんて、恥知らずな真似まで。身の程をわきまえないとは、ああいう方のことを言うのです」
扇を開いて口元を隠したレナ様は、明らかに動揺した様子で、早口にまくしたてました。
一方のアナベル様は、実に落ち着き払った様子で耳を傾け、嫌味の欠片もない様子で朗らかに言うのです。
「貴族社会の作法は入り組んでいて、ときどき私でもめまいがするの。お父様が爵位を得て間もないミントさんでしたら、なおさら複雑怪奇でやりにくいことも多いでしょう。ゆっくり学んでいけばいいのよ。そういうときに、同年代の集まりで笑いものにされたりしたら、気持ちが荒んで嫌になってしまうかと思って。あなた、下手な手出しはおよしなさい」
凛としたアナベル様の横顔はそれはそれは美しく、私は見惚れてしまいました。
(アナベル様、好き……! これまで私を締め出したり追い返したりしていたのは、これほど深いお考えあってのことなのですね……!)
それならそうと、ツンツンしていないでもっとわかりやすく言ってくださればいいのに。
でも、私は単純な人間なので、もしこんな美しく高貴な方に少しでも優しくされようものなら、今頃アナベル様の前に身を投げ出し、下僕志願していたことでしょう。
ぴーーーーーーーー!!
感動のあまり、私は居てもたってもいられず、アナベル様の絹糸のような髪の中に頭から飛び込みます。
「え。鳥? なんで?」
このときはじめて私に気づいたレナ様が、変な声を上げていました。
アナベル様は「きれいな子でしょう」と可愛らしく笑いかけています。
その様子をもの言いたげに見ながら、レナ様は不意に、ひっそりと口の端を吊り上げました。一瞬、とても意地悪そうな顔をしたのを、私は見てしまいました。
「アナベル様がご寛大なのを良いことに、ミント某はやりたい放題ではありませんか。最近ではジェームズ殿下に色目を使い、あのいやらしい胸を押し付けて、勘違いも甚だしい振る舞いを」
ぴぎっ。
アナベル様の肩の上から、私は猛然と抗議をしました。
(事実を歪めてそういうこと言うひとがいるから、余計にややこしくなるんですよ!)
根も葉も無いとは言い難いのが、惜しいところです。殿下の行状に問題があることは、誰の目にも明らかなのですから。
私は、アナベル様の様子をそーっとうかがいました。アナベル様は、ふくふくとした私の胸毛を蝋細工のような指で撫でながら、可憐な唇を開いて言いました。
「ミントさん、お胸は大きいけど、べつにいやらしくなくてよ」
はぁあ? あんた馬鹿? と、今にも口走りそうなほどレナ様の顔が歪みましたが、幸いにも声は出ていませんでした。公爵家ご令嬢との身分差に、遠慮なさったのでしょうか。
アナベル様はふふふ、と私のふかふかの胸毛に指をうずめて、楽しげに続けます。
「私の見た限り、ミントさんは殿下から興味を持たれていることに、困惑なさっているご様子。今まで一度だって、お胸を押し付けたり、色目を使ったりはしていませんわ。逃げ出したくて仕方ないって顔をしていましてよ」
「で、でも殿下はアナベル様のご婚約者様ですよ? 良いんですか、他のご令嬢を気にかけていても! 今はともかく、この先どんな間違いがあるかわかりませんよ!」
このときばかりは、私もレナ様の危惧を否定できませんでした。
しかし、アナベル様は一切揺らぐことのない堂々たる態度で、顔を上げて笑って言ったのです。
「その時は、その時です。殿下が私以外の方を選ぶというのでしたら、私も可能な限り応援いたします。政略結婚は国のために大切ですが、不幸な感情の先に国の安定があるとは思えませんもの。私の願いは、殿下が幸せでいてくださること。ひとの幸せを考えてくださるひとでいてくれること。それだけです」
鳥の目にも涙です。
私はあまりのアナベル様の心映えの美しさに撃たれて、泣きながら飛び出したのでした。
アナベル様は、私の背に向かって「また遊びに来てね」と声をかけてくれました。
好き!
* * *
ぴー。
人間の鳴き声ではありません。鳥です。私、現在鳥です。
(お師匠様、これはもはや変装ではなく変身というか、かなり高等な魔術の類では……!!)
ということで、「手を貸す」というお師匠様に疑いなく身を委ねた結果、怪しげな魔法で鳥にされてしまいました。
青みを帯びた銀の羽を持つ、珍しい色合い。お師匠様カラー(毒草で魔変化)という微妙さをのぞけば、妖精のような、見たこともないほどの美しさです。
その姿で、私は公爵邸へと、空から近づきました。
――まずは行動パターンを探り、機会を見つけるんだ。お二人が次に顔を合わせる、夜会や舞踏会の予定を調べておいで。
お師匠様の助言があったのです。
(上級貴族の集まりに私は呼ばれることがないので、日程や開催場所は探りでもいれない限りわかりませんからね……!)
威容を誇る公爵家のお屋敷の周りを旋回し、大きなバルコニーを擁した二階の一室がアナベル様の部屋であると、あたりをつけました。
ちょうど、アナベル様がバルコニーに出ていらしたのです。
ぴー。
鳴きながら近づくと、あら、というようにアナベル様は小首を傾げて見上げてきました。
艷やかな絹糸のような金髪に、翠の瞳。千年に一人の美少女級の美貌。これまでの経緯を思えば苦手意識のある相手ですが、これからこの方に自分が惚れ薬を盛るかと思うと、もうすでに申し訳ない気分になってきています。
「綺麗な鳥ね。どこから来たの? 捕まえて羽をむしったりしないから、もう少し近くにおいでなさい」
甘く澄み切った声で呼びかけられて、私はふらふらと大理石の手すりに降り立ちました。
アナベル様は薄紅色の唇に笑みを浮かべて「本当に綺麗」と呟いています。
そのとき、部屋の中から「お嬢様。レナ様がお見えです」と声が響きました。
「今行くわ」
返事をしたアナベル様の肩に、私が罪のない小鳥の仕草で飛び移ると、怒られるどころか「いい子にしていてね」と笑いかけられました。そんなアナベル様がいい子ですと思いながら、私はうなじの後ろに姿を隠しました。
メイドさんたちが手際よく準備をすすめ、アナベル様を訪ねてきていた侯爵令嬢のレナ様とアナベル様のお茶会が始まりました。
話題は多岐に及び、若い貴族の噂話に移り変わっていきました。
「それにしても、あのミントって貧乏娘、本当に目障りですよね。もともとお父上が仕立て屋として評判を呼んで、陛下のご衣装を仕立てる機会を得て気に入られて叙爵されたと聞きましたが。最近では王室御用達の看板を掲げていて、もう一階級上がるという噂まであるようです。平民上がりのくせに親子で大きな顔をして。ああ、卑しいったらないわ」
上品な香りのするお茶を飲みながら、どぎつい悪役もどきのセリフを吐いているのはレナ様です。アナベル様はといえば、かすかに眉をひそめて、固い声で言いました。
「そうは言っても、この国の貴族法を厳密に見ていけば、爵位のある者以外は皆、平民なのよ。わたくしの父は公爵位以外にも侯爵や伯爵といった爵位をいくつか持っていて、家督を継ぐお兄様以外の兄弟に譲る手続きをしているけれど、受けるまではたとえ生まれが公爵家であっても兄たちも私も実際は平民だわ。レナはどうなの? お父上から爵位を譲り受けていたかしら。その手続きをしていないのであれば、あなたも平民なのよ」
ぎゃふん。
レナ様の顔がそれはそれは恐ろしげな形相に歪みました。
アナベル様は、自分が相手をやり込めたことなどすぐに忘れたように、涼しいお顔でお茶を一口飲んで唇を潤してから、さりげなく続けました。
「あまりあの方をいじめるのは感心しないわ。あなた、以前笑いものにするためだけに、ミント嬢にお茶会の招待状を出していたでしょう。もし出席していたら、ドレスや作法でいじめ抜く気だったわよね」
「そんなつもりはございませんわ。だいいち、あの貧乏娘は、来なかったじゃありませんか。しかも、欠席の知らせをアナベル様にお願いするだなんて、恥知らずな真似まで。身の程をわきまえないとは、ああいう方のことを言うのです」
扇を開いて口元を隠したレナ様は、明らかに動揺した様子で、早口にまくしたてました。
一方のアナベル様は、実に落ち着き払った様子で耳を傾け、嫌味の欠片もない様子で朗らかに言うのです。
「貴族社会の作法は入り組んでいて、ときどき私でもめまいがするの。お父様が爵位を得て間もないミントさんでしたら、なおさら複雑怪奇でやりにくいことも多いでしょう。ゆっくり学んでいけばいいのよ。そういうときに、同年代の集まりで笑いものにされたりしたら、気持ちが荒んで嫌になってしまうかと思って。あなた、下手な手出しはおよしなさい」
凛としたアナベル様の横顔はそれはそれは美しく、私は見惚れてしまいました。
(アナベル様、好き……! これまで私を締め出したり追い返したりしていたのは、これほど深いお考えあってのことなのですね……!)
それならそうと、ツンツンしていないでもっとわかりやすく言ってくださればいいのに。
でも、私は単純な人間なので、もしこんな美しく高貴な方に少しでも優しくされようものなら、今頃アナベル様の前に身を投げ出し、下僕志願していたことでしょう。
ぴーーーーーーーー!!
感動のあまり、私は居てもたってもいられず、アナベル様の絹糸のような髪の中に頭から飛び込みます。
「え。鳥? なんで?」
このときはじめて私に気づいたレナ様が、変な声を上げていました。
アナベル様は「きれいな子でしょう」と可愛らしく笑いかけています。
その様子をもの言いたげに見ながら、レナ様は不意に、ひっそりと口の端を吊り上げました。一瞬、とても意地悪そうな顔をしたのを、私は見てしまいました。
「アナベル様がご寛大なのを良いことに、ミント某はやりたい放題ではありませんか。最近ではジェームズ殿下に色目を使い、あのいやらしい胸を押し付けて、勘違いも甚だしい振る舞いを」
ぴぎっ。
アナベル様の肩の上から、私は猛然と抗議をしました。
(事実を歪めてそういうこと言うひとがいるから、余計にややこしくなるんですよ!)
根も葉も無いとは言い難いのが、惜しいところです。殿下の行状に問題があることは、誰の目にも明らかなのですから。
私は、アナベル様の様子をそーっとうかがいました。アナベル様は、ふくふくとした私の胸毛を蝋細工のような指で撫でながら、可憐な唇を開いて言いました。
「ミントさん、お胸は大きいけど、べつにいやらしくなくてよ」
はぁあ? あんた馬鹿? と、今にも口走りそうなほどレナ様の顔が歪みましたが、幸いにも声は出ていませんでした。公爵家ご令嬢との身分差に、遠慮なさったのでしょうか。
アナベル様はふふふ、と私のふかふかの胸毛に指をうずめて、楽しげに続けます。
「私の見た限り、ミントさんは殿下から興味を持たれていることに、困惑なさっているご様子。今まで一度だって、お胸を押し付けたり、色目を使ったりはしていませんわ。逃げ出したくて仕方ないって顔をしていましてよ」
「で、でも殿下はアナベル様のご婚約者様ですよ? 良いんですか、他のご令嬢を気にかけていても! 今はともかく、この先どんな間違いがあるかわかりませんよ!」
このときばかりは、私もレナ様の危惧を否定できませんでした。
しかし、アナベル様は一切揺らぐことのない堂々たる態度で、顔を上げて笑って言ったのです。
「その時は、その時です。殿下が私以外の方を選ぶというのでしたら、私も可能な限り応援いたします。政略結婚は国のために大切ですが、不幸な感情の先に国の安定があるとは思えませんもの。私の願いは、殿下が幸せでいてくださること。ひとの幸せを考えてくださるひとでいてくれること。それだけです」
鳥の目にも涙です。
私はあまりのアナベル様の心映えの美しさに撃たれて、泣きながら飛び出したのでした。
アナベル様は、私の背に向かって「また遊びに来てね」と声をかけてくれました。
好き!
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