右見ても左見てもクズ男とチャラ男!愛され迷惑!

有沢真尋

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第2章

11 レインくんお引越し回に向けて!

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「家を出るですって? もしかして配信の関係かしら? 騎士団の宿舎にお引越し? 忙しくなるわね!」

 王宮での仕事を終えて屋敷に帰宅したルイスは、いつもは忙しい母フィリスも珍しく早めに今日は帰宅していると聞き、早速部屋を訪れた。
 フィリスは、ルイスから「家を出ます」の一言を聞くなりメイドに「荷造り手伝ってあげて」と次々と指示を出し始める。
 話が早い。

 商家の生まれで、自身も十代の頃から経営に参加し商会を切り盛りしている辣腕の実業家である。前の夫とは死別で、ルイスをつれて再婚。現在は侯爵夫人の肩書きもある女盛りの美女だ。
 メイドに髪の手入れをされながら、自分で爪を磨きつつ矢継ぎ早に話しかけてくる。

「ルイスちゃん、配信見てるわよ~! 登録チャンネル数ランキング五位って、現在の配信魔道具の普及状況から考えると、持っているひとみんな見ているくらいの感覚でしょ? 『新人騎士レインくん』としてだいぶ顔が売れちゃっているみたいだけど大丈夫?」

「お母様、お忙しいのにご覧になってくださっているんですね! ありがとうございます! 多少の変装はしているつもりなのですが、もしルイスの姿でいるときにレインに似ていると言われてどうしても切り抜けられないようでしたら『新人騎士レインは兄弟です』と言い逃れすることになっておりまして」

 あらっと声を上げてフィリスは目を瞬いた。

「そうなの? それは大変ねえ。あなたの兄弟と言えばニコラスさんだけなのよねえ。お母様が再婚したあともうひとりくらい産んでおけば影武者に立てられたのに、申し訳ないことしたわ」

「いえ、これは実際にはいないからこそできる言い訳ですよ。配信が終わった後、レインくんは遠い国へ留学して帰ってこないことにしておきますから」

「レインくん……!! あんなに騎士団のお兄さんたちと仲良くなったのに、そんな悲しいことってある?」

 目に涙を浮かべた感情表現豊かなフィリスに戸惑いつつ、ルイスは「私の兄弟設定であるレインは、初めからこの世に存在していません」と事実のみを述べた。
 途端、フィリスはくっと悔しそうに顔を歪めて決然と言う。

「最後に産道開いたの、ルイスのときで十八年くらい前だけどお母さままだいけるかもしれない。あなたの弟であるレインくんをこの世に呼んでくるわ」

「出産ではなく召喚みたいなことを言っていますが、決して無理はしないでくださいね!? もし子を授かることがありましても、生まれてくるのが弟かどうかはわかりません。かわいい妹かもしれませんよ。私とはお父様が違うことになりますから、ニコラス義兄さまに似たお子さんかもしれませんね」

 ニコラスは、ルイスにとって義理の父にあたるヴェルナー侯爵によく似ている。フィリスと侯爵の間にこれまで子どもができなかった理由は当人同士にしかわからぬ事情であり、口出しができることでもないが、ルイスとしても少しだけ残念に感じていたのは事実であった。

「お義父とう様とお母様の子に会ってみたいと、私も思いますよ。その子はこの家では家族全員と血の繋がりのある子ということになりますよね。つまり、お義兄にいさまと私の血を引く子です」

「ルイス、その表現はどうなのかしらってお母さまは思うわ。ニコラスさんは素敵なお義兄さまだけれど」

 うっとり話すルイスを少しばかり引き気味に見てから、フィリスは小さく息を吐き出し「家を出ても、騎士団にはニコラスさんがいてくれるから、心強いのはあるわよね」と呟いた。
 その独り言を拾って、ルイスは「はい」と笑顔で答える。

「もともとは、ニコラス義兄さまのお力になりたくて配信に参加しました! とはいえ、当初は配信時間外は会計監査室の通常業務にあたるつもりだったんです。ですが、予想外に反響があり、配信の期間内はルイスの姿で王宮をうろうろするのはよくないと判断しました。そのため、実際に騎士団の宿舎へ入れていただき、普段の業務時間も騎士団で過ごすことを室長と副団長へ申し入れた次第です」

「屋敷から誰かを連れていけるわけではないのよね? ニコラスさんは学生時代からずっと自分のことは自分でしていると言っていたわ。ルイスは大丈夫なの? 配信の残り期間は二ヶ月少しとはいえ、実際生活してみると長いわよ。メイドのひとりも連れていかないで本当にやっていけるのかしら」

 眉をひそめたフィリスに、ルイスはなんでもないことのように言う。

「大丈夫です。洗濯や部屋の清掃は担当部署の方がなさるそうです。男世帯なので女性の出入りには厳しく、係はすべて男性とのことなので、メイドのどなたかにご一緒いただくこともできません」

「あら~。それじゃあなおさら大変じゃない!! 大丈夫なの? 男は狼よ? そんなところにうら若き乙女がひとり紛れ込んで平気なの?」

 母親としては当然の心配であるが、ルイスはここでもまた満面の笑みを浮かべて「大丈夫です!」と言い切った。

「私の正体が女性であるとは誰にもバレていませんから!」

「……えっ? さすがにニコラスさんはわかっているでしょう?」

「それが全然なんですよ!! ニコラス義兄さまに変装を見破られなかったので、自信になりました。義兄さまが気づくまでは大丈夫だと思います!!」

 フィリスは、何もかも悟ったような笑みを浮かべた。義理の息子がどういう人間であるか、フィリスなりに理解している。ルイスの言い分をそのまま真に受けることはない。

「まあその、期間内に月のものもあるでしょうし、ちょっとした気の緩みで肌を見られてしまうこともあるかもしれないし、女であることを全員に対して隠し通すのは何かと大変だと思うの。悪いこと言わないから、ニコラスさんには打ち明けてしまいなさい。必ず力になってくれるから」

「いえいえ、お義兄さまだからこそ言えないんです! レインくんという『実際には存在しない騎士団員』にフォーカスした配信というだけでも日常ものとしては完全なやらせですのに、その正体が義妹だと知って協力していたとなったら、お義兄さまの罪が重くなります!!」

 やらせがお好きではないみたいですし、とても言えませんとルイスはきっぱりと言い切った。

「今更少しくらいやらせを加減したところで、レインくんの存在そのものがやらせなのだからたいした違いはないと思うんだけど……」

 頭を抱えてぶつぶつと言っていたフィリスであるが「ま、いいわ」とすぐにさっぱりとした顔で頷いた。

「ルイスができると言っているのに、私がいつまでもごちゃごちゃ言うことじゃないわね。持ち込む荷物の準備は自分ですると思うけど、お母さまにも手伝わせて。最近うちの商会で扱い始めた化粧品がお肌に良いって評判なのよ~。ちらっとだけでもいいから配信に映り込ませてくれないかしら?」

「お母様、王宮の第一騎士団が運営するほぼ非営利のチャンネルでステルスマーケティングしようとしないでください。だいたい、お母様の商会の化粧品だなんて、見る方が見ればすぐにわかりますでしょう? そうするとどうしてレインくんがそれを持っているのかという話になり、ヴェルナー侯爵家まで素性をたどられるなんてすぐですから。絶対にだめです。家名につながるような私物は一切持ち込みません」

 すらすらと淀みなく話すルイスを前に、フィリスは「そこまでわかっていて、どうしてこの子は自分が女性だとバレていないと自信満々で言い切っているのかしら?」と首を傾げたのだった。

 * * *

「現実問題として、カップル配信案は悪くないと思う。稼働人数が少ないから通常業務への影響が軽微だし、王宮内の映してはいけない場所とか、映してはいけないひとに気を遣う必要もないわけで」

 騎士団の宿舎にて、夜勤に当たっていない面々で夕食をしている際にイヴリン姫の提案ゴリ推しが話題となった。
 口火を切ったランドルフに、すぐさまニコラスが「だめだ」と言う。

「『騎士団の日常』と直接関係ない内容は、番組の主旨に合っていない。予算獲得のための配信とはいえ、騎士団が勤務時間中に遊んでいる風景なんておかしいだろ。姫様は『なんらかの任務で城下町に出て、お忍びデートをする』と言っていたが、騎士二人でカップルを偽装するなんてそんな任務はない。誰かを尾行するというのなら、それはもう別の部署の仕事だ」

 ニコラスが何気なく口にしたその言葉に、ランドルフは笑顔で「それだ」と応じた。

「要人警護かつ尾行ということであれば第一騎士団の任務としてあり得る。つまり『要人のお忍びデートを、一般人に偽装した騎士たちがつかず離れずの距離で見守る』だ。この際、イヴリン姫に誰かとデートしてもらうとして、それを新人騎士二人で護衛がてら尾行するという内容なら実現できそうじゃないか」

「実現……させてどうするよ。というかその内容で新人騎士をつける意味もわからない。危険がいっぱいの市中でつかず離れずで見守るなんてかなり高度な任務だ。せめて俺とお前くらいじゃないか?」

「俺とニコラスで偽装カップルはできないな……」

 少しだけ気勢を削がれた様子のランドルフに対し、ニコラスは「だろ? にこにこ笑顔でスイーツ食べて二人で一つのハートは作れないだろ? 俺とお前で」と気のない様子で続けた。

「そもそも『自分がデートしていると、配信見られない』って姫様は要人役の出演だって絶対ごねるぞ。婚約者のいない姫様が誰とデートするんだって問題もある。だめだだめだ」

「うーん……。でも三ヶ月の間に、週一~二配信だとネタ切れが怖いからな。どうにか実現できないかな……。スイーツ配信なら俺はやりたい。いや遊びはだめか」

 ランドルフは諦めきれない様子で呟きつつ、目の前のスープを食べ始めた。
 その横で、深刻な顔をしたヴィンセントがぶつぶつと言う。

「レインくん、宿舎に引っ越してくるって言ってましたけど、そもそも普段はどこにいるんでしょう。実は今日、すごくよく似た方を見かけたんですが、女性だったんですよね」

 ごふ、とニコラスがむせた。コップの水を飲み干して、げほげほと咳き込みながら尋ねる。

「レインくんによく似た女性だと……?」
「はい。事務方のエリアだったと思います。仕事中でしたし、離れていたので声はかけられなかったんですが」
「他人の空似だろう」
「完全に女性でしたからね。俺もそう思ったんですけど、あんなに似ているなら他人ということもないだろうなと。血縁の方かな」
 
 詮索というほどの執念は滲み出ていなかったが、その顔には「興味をひかれている」とありありと書かれていた。
 顔を強張らせながら、ニコラスは息を吐き出す。
 遠くを見て呟いた。

「第三回はレインくんお引越し回か……いよいよ来るのか」
 
 気の休まる暇のない日々が続きそうな予感に、ニコラスは目を瞑って低い声で呻いたのだった。
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