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第二章 彼女と模擬試合
男前彼女。
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「クライス、この間の休日、女の子と歩いていたって本当か?」
近衛騎士隊の修練場において、茶色髪の青年の放った何気ない一言が、明らかな緊張を生んだ。
「本当だよ。どこで噂になってるの?」
聞かれたクライスは、余裕たっぷりの表情で答える。
三々五々集まって、のんびりとした空気を漂わせていた面々が、一瞬で気を引き締めて耳をそばたてた気配があった。クライスは気付いていたが、気にしないふりをした。
「あちこちで聞いた。ずいぶん可愛い女の子連れて、王宮出て城下にくりだしていたって。お前、彼女いたの?」
「なんだよその言い方。いちゃ悪いかよ」
クライスは、内側から光を放つがごとき多幸感に満ちた表情を見せる。
「うっわ。まぶしっ」
茶色髪の青年は、大げさに目を細めて、手で顔をかばった。
「可愛い女の子……。ふふふ、そうだよね。誰が見てもそういうよねー!!」
一方のクライスはといえば、どうもその一言が決め手だったらしく、さかんに頷いていた。
「お前、女官たちにも王宮に出入りしているお嬢様方にもずいぶん愛想良いし、その割に今まで受けた告白は全部断り倒してたよな。で、『あれー? あいつやっぱり男の方がー?』なんて空気にもなっていたし、実際そのつもりでアレクス殿下まで動いたわけだ。それが今になって、実は可愛い彼女がいましたーだなんて、ちょっと出来過ぎだろ。大方、知り合いに恋人のふりでも頼んだんだろ?」
「何言ってんだよカイン。僕は正真正銘女の子が好きだ。この間なんてお泊りデートだったんだからな! 可愛い女の子が、いくら頼まれたからって、恋人でもない男と一夜を共にすると思うか?」
「まあ、なぁ……。それ以上に、今のお前って微妙な立場だしな。それをわかって、恋人のふりをするとしたら、相当の覚悟と度胸がなきゃできない。アレクス殿下と王妃様に真っ向から喧嘩売るわけだから」
「恋人のふりじゃないって言ってるだろ」
若干、弱気になってクライスは視線をさまよわせる。
今、周りの者が聞き耳を立てているのは、まさにその件というのはよくわかっているのだ。
カインと呼ばれた茶色髪の青年は、気立ての優しそうな顔に少しばかり困った表情を浮かべて、小柄なクライスを見下ろした。そして、身をかがめて耳の近くに唇を寄せ、囁き声で言った。
「ふりなのか本当なのかはさておいても、だ。報復があるかもしれない。彼女を危険にさらして平気なのか、お前。そのへんの分別はある方だと思っていたんだけどな」
言われたクライスは真顔になり、カインに目を向ける。
「わかってるけど。今は僕の気持ちをきちんと示さないと、王子しつこいから。僕には好きな人がいて、わけのわからない結婚の申し込みなんか受けられないし」
段々と、声が弱気になる。
うーむ、とカインは考え深げな呻き声をもらした。
「その件に関してはご愁傷様としか……。実際、気の毒だとは思ってるんだが」
不貞腐れた表情のクライスの頭に、大きな掌をごく軽く置く。
普段、他の者に気安く触れられたら、烈火の如く怒るクライスである。
このときは上の空で、カインとの近すぎる距離感や触れられたことなど気にする様子はなかった。
カインは茶色の瞳でそんなクライスをじっと見ていた。
その時、ふっと修練場の空気が変わった。
隊士たちのどこか弛緩した態度が張りつめたものになる。
「待たせたな。今日は模擬試合ということで、こうして集まってもらったわけだが……」
純白のジャケットの肩に金糸の房飾りをつけた黒髪の青年。ストライプのシャツをのぞかせ、ゆるく紺のストールを首に巻き付けた上品な出で立ちで、ブーツの足音も高く現れた。
クライスは眉間に皺を寄せ、挑むような強い眼差しを向ける。
その場にいる近衛騎士たちを鷹揚に眺めまわしていた青年は、クライスに目を止めた。視線が絡む前にクライスの方から思いっきり顔を背ける。
青年はすぐに実直そうな表情となり、笑みも浮かべずに口を開いた。
「日頃の訓練の成果をぜひ見せて欲しい。王宮内で手が空いている者も今日は出入り自由にしている。観覧者がいるというのはあまりない経験かもしれないが、気にせずに勝負に集中してくれ。見世物にするようで気が引けたるが、近衛騎士隊を今の規模で維持する為に、今後こういったアピールの場は増えていくだろう。はじめよう」
青年の言葉通り、修練場の周囲には普段はない椅子が並べられていて、ぽつぽつと人が入り始めている。
平和な時代に、軍備にいかに予算を割くかは年々扱いの難しい話題になっているということで、苦肉の策でこのような「交流」が考案されたということだった。
とはいえ、近衛騎士隊の面々から不平不満があるわけではない。むしろ、ギャラリーがいることを楽しんでいる者もいる。
「さて、若手エースのお手並み拝見といきますかね」
カインがちらりとクライスに視線を向けると、クライスは不敵に唇の端をつりあげて微笑んだ。
その様子を見つめていた黒髪の青年が、よく通る声で付け足した。
「ところで、皆もわかっていると思うが。クライスに怪我をさせた者は王家に対する叛意ありとみなす。死刑もやむなしだ、そのつもりで」
瞬間的にクライスが飛び出そうとし、カインが強く抱きしめてその小柄な身体をおさえつけた。
「あんのクソ王子ころ」
「落ち着け落ち着け」
「はなせっ。いい加減、僕をこけにするにもほどがあるだろう、あいつ。高見の見物なんかしてないでエントリーして出てくればいいのに。事故に見せかけてころ」
「だーかーら、今は仕事中。そういう本音は職務に反してるから。今はだめだ」
カインの手の中でクライスはバタバタと暴れて、困ったようにのぞきこんでくるカインを、キッときつく睨みつける。
「それはそうだけど!」
「ああ、オレに対するアレクス王子の視線が熱いな。近いうちに不慮の事故で死ぬかもなオレ」
「……っ。悪かったっ。クッソ。あとで、僕が王子に話をつけるよ。カインは良い友達だから、なんかしたら許さないって」
悔しさを滲ませて陰々滅滅とした声で言うクライスを、ようやく腕から解放して、カインは穏やかに微笑んだ。
「そこまでしなくてもいい。お前に話しかけられら王子が喜ぶだけだ」
嫌なことを聞いたとばかりに、クライスは閉口する。
そのまま二人で並んで、皆が溜まっている方へと足を向ける。トーナメントの組み合わせが抽選で決定しているはずなので、その確認だった。
だが、集まった近衛騎士たちが、観覧席の方を見て妙な反応をしているのに気づき、カインとクライスは顔を見合わせた。
どちらともなく、観覧席を振り返る。
「すげー、美少女だな」「どこのご令嬢だ」「ちょっと幼くも見えるけど、それはそれで」「見事な銀髪だな……」
話の遡上にのっている渦中の美少女は、誰に問うでもなく一目瞭然の存在感でそこにいた。
純白のドレスに、編み上げの赤いコルセットを細い腰につけた、波打つ銀髪の少女。ドレスは少し変わった形で、後ろの方は長めに布がとられているが、前面は膝上の短さで、目いっぱいのフリルが真っ白でほっそりとした太腿に綿菓子のように乗っている。
「あ……うそ……可愛い……何あれ。すごく可愛い……。やばい。死んじゃう……」
うわごとのようにぶつぶつ言うクライスに対し、カインは腕を組んで「見たことないけど誰だ。すごい可憐だ。そういや、前の彼女も銀髪なんだっけ?」と声をかけるが、目を大きく見開いたクライスはまともに聞いている様子もない。
一方、近衛騎士たちからも、観客席の人々からも注目を集めている少女は、まったく気にしたそぶりもなく座る場所を探していた。文官の青年たちが、興奮した様子で誰か声をかけろ、とやりあっている。
それすら気付いていなそうであった少女だが、ふっと会場の様子を見るように目を向けてきた。
自分が見られたわけでもないのに、視界に入ったと意識した者誰もが息を呑む。
恐ろしく綺麗な翡翠の瞳が、何かをとらえて、輝くばかりの笑みを浮かべた。
「おーい、クライスー!」
少女がほっそりとした手を上げて、ぶんぶんと振る。
頬を染めたクライスが、ばたばたと走って近寄っていく。
「なんでここにいるの!?」
決壊寸前のような、とろけて崩れ落ちそうなほどの笑顔でクライスが言うと、少女はにこにこと笑みを浮かべて言った。
「模擬試合があるって聞いたから、彼女らしいことしに来たぞー。ここで応援しているから、カッコイイとこ見せろよ」
「うんっ。見せる……誰にも負けない。ルーナのためだけに戦う……!」
どこからどう見ても腑抜けた様子ながら、クライスが宣言する。それを見て、『ルーナ』はいたずらっぽい眼差しで言った。
「トーナメントなんだってな。てっぺんとったらキスしてやる。したいだろ? さっさと勝ってこいよ。俺もお前とキスしたいんだ。あんまり焦らすなよ」
顔をいいだけ赤くしたクライスは、手で目元を覆うと、その場に膝を折って崩れ落ちた。轟沈。
なぜか、自分が言われたわけでもない者たちまで息を呑んで頬を染めていた。
様子を見ながら近づいていたカインが、クライスの襟を引っ張って立ち上がらせる。
「あれが噂の彼女か……。なんかこう、予想とは違うんだけど、確かに可愛いな」
クライスはまだ顔をおさえたまま「うん。やばい。動悸がひどい。可愛すぎて息もできない。この世のすべてを滅ぼしてこいって言われても従っちゃう」と言い、「彼女は魔王かよ。お前、どんだけ好きなんだよ」と呆れつつカインが答えた。
そのついでのように、クライスの耳元で囁く。
「アレクス王子の顔がすごいぞ。見ものだ」
「ふん。王子がルーナを見ようだなんて百年早いんだよ。あの輝きの前に目が爛れてしまえばいい」
急速に冷え切った声でクライスが応じる。
「お前も、ハッキリしてるよな……。こりゃ王子、ほんとに見込みがないな……」
カインは苦笑しながら、呟いた。
近衛騎士隊の修練場において、茶色髪の青年の放った何気ない一言が、明らかな緊張を生んだ。
「本当だよ。どこで噂になってるの?」
聞かれたクライスは、余裕たっぷりの表情で答える。
三々五々集まって、のんびりとした空気を漂わせていた面々が、一瞬で気を引き締めて耳をそばたてた気配があった。クライスは気付いていたが、気にしないふりをした。
「あちこちで聞いた。ずいぶん可愛い女の子連れて、王宮出て城下にくりだしていたって。お前、彼女いたの?」
「なんだよその言い方。いちゃ悪いかよ」
クライスは、内側から光を放つがごとき多幸感に満ちた表情を見せる。
「うっわ。まぶしっ」
茶色髪の青年は、大げさに目を細めて、手で顔をかばった。
「可愛い女の子……。ふふふ、そうだよね。誰が見てもそういうよねー!!」
一方のクライスはといえば、どうもその一言が決め手だったらしく、さかんに頷いていた。
「お前、女官たちにも王宮に出入りしているお嬢様方にもずいぶん愛想良いし、その割に今まで受けた告白は全部断り倒してたよな。で、『あれー? あいつやっぱり男の方がー?』なんて空気にもなっていたし、実際そのつもりでアレクス殿下まで動いたわけだ。それが今になって、実は可愛い彼女がいましたーだなんて、ちょっと出来過ぎだろ。大方、知り合いに恋人のふりでも頼んだんだろ?」
「何言ってんだよカイン。僕は正真正銘女の子が好きだ。この間なんてお泊りデートだったんだからな! 可愛い女の子が、いくら頼まれたからって、恋人でもない男と一夜を共にすると思うか?」
「まあ、なぁ……。それ以上に、今のお前って微妙な立場だしな。それをわかって、恋人のふりをするとしたら、相当の覚悟と度胸がなきゃできない。アレクス殿下と王妃様に真っ向から喧嘩売るわけだから」
「恋人のふりじゃないって言ってるだろ」
若干、弱気になってクライスは視線をさまよわせる。
今、周りの者が聞き耳を立てているのは、まさにその件というのはよくわかっているのだ。
カインと呼ばれた茶色髪の青年は、気立ての優しそうな顔に少しばかり困った表情を浮かべて、小柄なクライスを見下ろした。そして、身をかがめて耳の近くに唇を寄せ、囁き声で言った。
「ふりなのか本当なのかはさておいても、だ。報復があるかもしれない。彼女を危険にさらして平気なのか、お前。そのへんの分別はある方だと思っていたんだけどな」
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「わかってるけど。今は僕の気持ちをきちんと示さないと、王子しつこいから。僕には好きな人がいて、わけのわからない結婚の申し込みなんか受けられないし」
段々と、声が弱気になる。
うーむ、とカインは考え深げな呻き声をもらした。
「その件に関してはご愁傷様としか……。実際、気の毒だとは思ってるんだが」
不貞腐れた表情のクライスの頭に、大きな掌をごく軽く置く。
普段、他の者に気安く触れられたら、烈火の如く怒るクライスである。
このときは上の空で、カインとの近すぎる距離感や触れられたことなど気にする様子はなかった。
カインは茶色の瞳でそんなクライスをじっと見ていた。
その時、ふっと修練場の空気が変わった。
隊士たちのどこか弛緩した態度が張りつめたものになる。
「待たせたな。今日は模擬試合ということで、こうして集まってもらったわけだが……」
純白のジャケットの肩に金糸の房飾りをつけた黒髪の青年。ストライプのシャツをのぞかせ、ゆるく紺のストールを首に巻き付けた上品な出で立ちで、ブーツの足音も高く現れた。
クライスは眉間に皺を寄せ、挑むような強い眼差しを向ける。
その場にいる近衛騎士たちを鷹揚に眺めまわしていた青年は、クライスに目を止めた。視線が絡む前にクライスの方から思いっきり顔を背ける。
青年はすぐに実直そうな表情となり、笑みも浮かべずに口を開いた。
「日頃の訓練の成果をぜひ見せて欲しい。王宮内で手が空いている者も今日は出入り自由にしている。観覧者がいるというのはあまりない経験かもしれないが、気にせずに勝負に集中してくれ。見世物にするようで気が引けたるが、近衛騎士隊を今の規模で維持する為に、今後こういったアピールの場は増えていくだろう。はじめよう」
青年の言葉通り、修練場の周囲には普段はない椅子が並べられていて、ぽつぽつと人が入り始めている。
平和な時代に、軍備にいかに予算を割くかは年々扱いの難しい話題になっているということで、苦肉の策でこのような「交流」が考案されたということだった。
とはいえ、近衛騎士隊の面々から不平不満があるわけではない。むしろ、ギャラリーがいることを楽しんでいる者もいる。
「さて、若手エースのお手並み拝見といきますかね」
カインがちらりとクライスに視線を向けると、クライスは不敵に唇の端をつりあげて微笑んだ。
その様子を見つめていた黒髪の青年が、よく通る声で付け足した。
「ところで、皆もわかっていると思うが。クライスに怪我をさせた者は王家に対する叛意ありとみなす。死刑もやむなしだ、そのつもりで」
瞬間的にクライスが飛び出そうとし、カインが強く抱きしめてその小柄な身体をおさえつけた。
「あんのクソ王子ころ」
「落ち着け落ち着け」
「はなせっ。いい加減、僕をこけにするにもほどがあるだろう、あいつ。高見の見物なんかしてないでエントリーして出てくればいいのに。事故に見せかけてころ」
「だーかーら、今は仕事中。そういう本音は職務に反してるから。今はだめだ」
カインの手の中でクライスはバタバタと暴れて、困ったようにのぞきこんでくるカインを、キッときつく睨みつける。
「それはそうだけど!」
「ああ、オレに対するアレクス王子の視線が熱いな。近いうちに不慮の事故で死ぬかもなオレ」
「……っ。悪かったっ。クッソ。あとで、僕が王子に話をつけるよ。カインは良い友達だから、なんかしたら許さないって」
悔しさを滲ませて陰々滅滅とした声で言うクライスを、ようやく腕から解放して、カインは穏やかに微笑んだ。
「そこまでしなくてもいい。お前に話しかけられら王子が喜ぶだけだ」
嫌なことを聞いたとばかりに、クライスは閉口する。
そのまま二人で並んで、皆が溜まっている方へと足を向ける。トーナメントの組み合わせが抽選で決定しているはずなので、その確認だった。
だが、集まった近衛騎士たちが、観覧席の方を見て妙な反応をしているのに気づき、カインとクライスは顔を見合わせた。
どちらともなく、観覧席を振り返る。
「すげー、美少女だな」「どこのご令嬢だ」「ちょっと幼くも見えるけど、それはそれで」「見事な銀髪だな……」
話の遡上にのっている渦中の美少女は、誰に問うでもなく一目瞭然の存在感でそこにいた。
純白のドレスに、編み上げの赤いコルセットを細い腰につけた、波打つ銀髪の少女。ドレスは少し変わった形で、後ろの方は長めに布がとられているが、前面は膝上の短さで、目いっぱいのフリルが真っ白でほっそりとした太腿に綿菓子のように乗っている。
「あ……うそ……可愛い……何あれ。すごく可愛い……。やばい。死んじゃう……」
うわごとのようにぶつぶつ言うクライスに対し、カインは腕を組んで「見たことないけど誰だ。すごい可憐だ。そういや、前の彼女も銀髪なんだっけ?」と声をかけるが、目を大きく見開いたクライスはまともに聞いている様子もない。
一方、近衛騎士たちからも、観客席の人々からも注目を集めている少女は、まったく気にしたそぶりもなく座る場所を探していた。文官の青年たちが、興奮した様子で誰か声をかけろ、とやりあっている。
それすら気付いていなそうであった少女だが、ふっと会場の様子を見るように目を向けてきた。
自分が見られたわけでもないのに、視界に入ったと意識した者誰もが息を呑む。
恐ろしく綺麗な翡翠の瞳が、何かをとらえて、輝くばかりの笑みを浮かべた。
「おーい、クライスー!」
少女がほっそりとした手を上げて、ぶんぶんと振る。
頬を染めたクライスが、ばたばたと走って近寄っていく。
「なんでここにいるの!?」
決壊寸前のような、とろけて崩れ落ちそうなほどの笑顔でクライスが言うと、少女はにこにこと笑みを浮かべて言った。
「模擬試合があるって聞いたから、彼女らしいことしに来たぞー。ここで応援しているから、カッコイイとこ見せろよ」
「うんっ。見せる……誰にも負けない。ルーナのためだけに戦う……!」
どこからどう見ても腑抜けた様子ながら、クライスが宣言する。それを見て、『ルーナ』はいたずらっぽい眼差しで言った。
「トーナメントなんだってな。てっぺんとったらキスしてやる。したいだろ? さっさと勝ってこいよ。俺もお前とキスしたいんだ。あんまり焦らすなよ」
顔をいいだけ赤くしたクライスは、手で目元を覆うと、その場に膝を折って崩れ落ちた。轟沈。
なぜか、自分が言われたわけでもない者たちまで息を呑んで頬を染めていた。
様子を見ながら近づいていたカインが、クライスの襟を引っ張って立ち上がらせる。
「あれが噂の彼女か……。なんかこう、予想とは違うんだけど、確かに可愛いな」
クライスはまだ顔をおさえたまま「うん。やばい。動悸がひどい。可愛すぎて息もできない。この世のすべてを滅ぼしてこいって言われても従っちゃう」と言い、「彼女は魔王かよ。お前、どんだけ好きなんだよ」と呆れつつカインが答えた。
そのついでのように、クライスの耳元で囁く。
「アレクス王子の顔がすごいぞ。見ものだ」
「ふん。王子がルーナを見ようだなんて百年早いんだよ。あの輝きの前に目が爛れてしまえばいい」
急速に冷え切った声でクライスが応じる。
「お前も、ハッキリしてるよな……。こりゃ王子、ほんとに見込みがないな……」
カインは苦笑しながら、呟いた。
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