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第四章 腹黒王子と付き合いの良い魔族たち
善意と作意
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「落とし物……ですが、手がふさがっていますね」
わざわざ麻袋を拾い上げ、追いかけてきてくれた女性。
振り返ったときには、ロイドのすぐ背後まで来ていた。
「助かった。ありがとう。ふさがってるのは片方だけだから大丈夫。こっちに乗せて」
クライスを抱えているのとは逆、右腕を差し出すと、麻袋を置こうとしてくれた。が、思い直したように持ち直し、「どこまでですか?」と聞かれる。
「このまま歩いてすぐ。あそこの看板見えてる宿まで……」
「そこまでご一緒しますね」
亜麻色の髪をふわっと背に流した、年齢のわかりづらい女性だった。話しぶりや声は落ち着いているのだが、顔立ちがあどけない。
しかも、どこかで見たことがあるような気がする。
記憶力にはそれなりの自信があるのに、まったく思い出せないのがもどかしい。
宿にはすぐにたどりつき、女性は中に入るときに扉を開けてくれた。
ロイドが二、三言従業員と話している間は待っていて、二階の部屋まで荷物を持ったままついてきてくれる。
クライスはすでに寝息を立てていたので、階段を上るときは両腕で抱えることになり、女性の配慮にはずいぶんと助けられた。
部屋に入り、寝台にクライスを寝かせる。
戸口で待っていた女性から、ようやく麻袋を受け取った。
「親切にありがとう。何もお礼はできないんだけど、これ、良かったら」
麻袋から取り出した焼き菓子の包みを渡すと、女性は「あら」という形に口を開いて手でおさえた。
(絶対どこかで会っていると思う)
「そんなつもりじゃなかったんですけど」
「そうだと思うけど、何もしないと心苦しいから。受け取ってもらった方がいいな」
あまり強引にする気はなかったが、女性は少し考えてから手を出した。
「実は私も、この宿に泊まっていて……。本当についでだったんですけど。せっかくだから頂きますね。滞在中にまたお会いできたら、何かお礼をします」
「それがお礼なんだけど?」
律儀な物言いにロイドは笑みを漏らし、女性もくすっと笑ってから踵を返した。
「お連れ様、具合が悪そうでしたね。お大事にどうぞ」
「ありがとう。疲労なんだ。休ませておく」
軽く笑みを交わしてから、女性が背を向けたタイミングで自分も部屋に入り、ドアを閉ざす。
同じ宿に泊まっていると聞いて、かえって「どこかで会ったことなかったけ?」とは聞きづらくなってしまった。詮索しあっても、あまりよろしくないだろう。自分も探られたくないし、相手にも無駄に警戒されそうだ。
二階建てでこじんまりとした宿なので、またすぐにも会いそうだ。
ちらりと寝台のクライスに目をやる。
余力を残していないというのは本当だったのか、すやすやと寝ている。
「どんな総力戦していたんだか。荷物も何もなかったし、着替えくらいは用意しておくか」
まだ当分は起きないだろう。その目算で外出することにした。
* * *
ロイドは、面倒見の良い性格だけに、気立てが細やかなところがある。
クライスに関しては多くの事情は知らないが、「男性であるルーク・シルヴァの恋人で、なぜか皆の前では男装をしており、女性であるルーナと交際していることになっている」と認識していた。
その実、肉体的には少女であることはあっさり見抜いている。
それらの事情が噛み合ってしまった結果。
(明日里帰りするかもしれないし、綺麗目でかわいい服がいいかな。両親の前でまで、男装する必要もないだろう)
男性ではなく、あくまで男装だと見抜いてしまっているがゆえに、思わぬ方向に親切心を発揮することとなった。
* * * * *
クロノスから渡された着替え一式を前に、ルーナは長考をしていた。
(俺は試されている……)
広げて見た限り、品物も趣味も悪くない。むしろそれを着る人間が誰か、きっちり意識して選んでいる感じがひしひしとする。
こういう感じだよね?と。
大当たりだ。それが問題だった。
クロノス自身は現在、「廊下で待ってるいるから」と実に紳士的なことを言って部屋から出ている。見ていないから、部屋の中で何をしようが、どんな言い訳をしようが別にいいよと言わんばかりの。
(着替えないという選択肢もあるが……。クライスの言う通りだな。「クロノス王子は何を考えているかわからないから嫌だ」か)
事の発端は、少し前。
ルーナが無造作に肩を揺すったところ、速やかに「おはよう」と起きたクロノスは、寝起きとも思えぬ爽やかな笑顔で言ったのだ。
「靴のついでに、服も合わせて買おう。オレが選んだ服でも着てくれる?」
「別にこだわりはない……が?」
含むところがあるような、無いような。
気にはなったが「ありがとう」と蕩けるような笑顔で言われて、ルーナは口をつぐんだ。
眼鏡は寝るときに外したまま。素顔のクロノスは少しタレ目がちでやけに甘い顔立ちだった。
「それじゃ、すぐに買ってくる。その靴で歩き回るの大変だろうし、待っててね」
口調もベタ甘で、軽く手を振って出て行く様など(お前は俺の恋人か。お前が尽くしたい相手は俺じゃないだろ)と呆れたほどだ。
そもそもリュートは普段派手な顔を隠すのに無骨な眼鏡をかけているが、もしやクロノスも、と勘繰りたくなるほど素顔は整っていた。兄であるアレクスは端正で正統派な美形であったが、クロノスも全くひけをとらない。
前世の記憶があり、見た目通りの若い王子とは別の人格があるせいなのか、よく言えばどこか達観しており、穿って見れば人を寄せ付けない食えなさのある男だとは思っていたが……。
(クライスみたいに前世のことなんかパパパーッと忘れていたら、変にこじらせないで全然違う人生だったんじゃないか?)
それこそいじいじといつまでもクライスにこだわってないで、その笑顔や地位他諸々でいくらでも恋人なんかできただろうに……。
他人事ながら納得行かない思いを抱えてもやついていたところで。
外出から帰ってきたクロノスから渡された着替え一式が。
男性用。
サイズはかなり大きめ。誰をイメージして選んだかは一目瞭然。
少なくとも『ルーナ』ではなく、便宜上その兄となっている、ルーク・シルヴァ用に見えた。
(何……? なんでだ? まさかこれは「お前の正体はわかってるぞ」って意思表示か。それとも深い意味は無い? いや無いわけないよな)
ぐるぐる考えたが、わからない。
着替えるべきか? と何度も自問する。
(クライスの交際相手が女性でないと認定された場合、クライスの性別への疑惑が取り沙汰されて迷惑をかけそうだが。他には特に支障がない……? 意味があるなら、探り合うより、あいつの考えにのったほうがいい、か)
考えすぎて面倒になり、ルーナは、変化の魔法を行使することにした。
わざわざ麻袋を拾い上げ、追いかけてきてくれた女性。
振り返ったときには、ロイドのすぐ背後まで来ていた。
「助かった。ありがとう。ふさがってるのは片方だけだから大丈夫。こっちに乗せて」
クライスを抱えているのとは逆、右腕を差し出すと、麻袋を置こうとしてくれた。が、思い直したように持ち直し、「どこまでですか?」と聞かれる。
「このまま歩いてすぐ。あそこの看板見えてる宿まで……」
「そこまでご一緒しますね」
亜麻色の髪をふわっと背に流した、年齢のわかりづらい女性だった。話しぶりや声は落ち着いているのだが、顔立ちがあどけない。
しかも、どこかで見たことがあるような気がする。
記憶力にはそれなりの自信があるのに、まったく思い出せないのがもどかしい。
宿にはすぐにたどりつき、女性は中に入るときに扉を開けてくれた。
ロイドが二、三言従業員と話している間は待っていて、二階の部屋まで荷物を持ったままついてきてくれる。
クライスはすでに寝息を立てていたので、階段を上るときは両腕で抱えることになり、女性の配慮にはずいぶんと助けられた。
部屋に入り、寝台にクライスを寝かせる。
戸口で待っていた女性から、ようやく麻袋を受け取った。
「親切にありがとう。何もお礼はできないんだけど、これ、良かったら」
麻袋から取り出した焼き菓子の包みを渡すと、女性は「あら」という形に口を開いて手でおさえた。
(絶対どこかで会っていると思う)
「そんなつもりじゃなかったんですけど」
「そうだと思うけど、何もしないと心苦しいから。受け取ってもらった方がいいな」
あまり強引にする気はなかったが、女性は少し考えてから手を出した。
「実は私も、この宿に泊まっていて……。本当についでだったんですけど。せっかくだから頂きますね。滞在中にまたお会いできたら、何かお礼をします」
「それがお礼なんだけど?」
律儀な物言いにロイドは笑みを漏らし、女性もくすっと笑ってから踵を返した。
「お連れ様、具合が悪そうでしたね。お大事にどうぞ」
「ありがとう。疲労なんだ。休ませておく」
軽く笑みを交わしてから、女性が背を向けたタイミングで自分も部屋に入り、ドアを閉ざす。
同じ宿に泊まっていると聞いて、かえって「どこかで会ったことなかったけ?」とは聞きづらくなってしまった。詮索しあっても、あまりよろしくないだろう。自分も探られたくないし、相手にも無駄に警戒されそうだ。
二階建てでこじんまりとした宿なので、またすぐにも会いそうだ。
ちらりと寝台のクライスに目をやる。
余力を残していないというのは本当だったのか、すやすやと寝ている。
「どんな総力戦していたんだか。荷物も何もなかったし、着替えくらいは用意しておくか」
まだ当分は起きないだろう。その目算で外出することにした。
* * *
ロイドは、面倒見の良い性格だけに、気立てが細やかなところがある。
クライスに関しては多くの事情は知らないが、「男性であるルーク・シルヴァの恋人で、なぜか皆の前では男装をしており、女性であるルーナと交際していることになっている」と認識していた。
その実、肉体的には少女であることはあっさり見抜いている。
それらの事情が噛み合ってしまった結果。
(明日里帰りするかもしれないし、綺麗目でかわいい服がいいかな。両親の前でまで、男装する必要もないだろう)
男性ではなく、あくまで男装だと見抜いてしまっているがゆえに、思わぬ方向に親切心を発揮することとなった。
* * * * *
クロノスから渡された着替え一式を前に、ルーナは長考をしていた。
(俺は試されている……)
広げて見た限り、品物も趣味も悪くない。むしろそれを着る人間が誰か、きっちり意識して選んでいる感じがひしひしとする。
こういう感じだよね?と。
大当たりだ。それが問題だった。
クロノス自身は現在、「廊下で待ってるいるから」と実に紳士的なことを言って部屋から出ている。見ていないから、部屋の中で何をしようが、どんな言い訳をしようが別にいいよと言わんばかりの。
(着替えないという選択肢もあるが……。クライスの言う通りだな。「クロノス王子は何を考えているかわからないから嫌だ」か)
事の発端は、少し前。
ルーナが無造作に肩を揺すったところ、速やかに「おはよう」と起きたクロノスは、寝起きとも思えぬ爽やかな笑顔で言ったのだ。
「靴のついでに、服も合わせて買おう。オレが選んだ服でも着てくれる?」
「別にこだわりはない……が?」
含むところがあるような、無いような。
気にはなったが「ありがとう」と蕩けるような笑顔で言われて、ルーナは口をつぐんだ。
眼鏡は寝るときに外したまま。素顔のクロノスは少しタレ目がちでやけに甘い顔立ちだった。
「それじゃ、すぐに買ってくる。その靴で歩き回るの大変だろうし、待っててね」
口調もベタ甘で、軽く手を振って出て行く様など(お前は俺の恋人か。お前が尽くしたい相手は俺じゃないだろ)と呆れたほどだ。
そもそもリュートは普段派手な顔を隠すのに無骨な眼鏡をかけているが、もしやクロノスも、と勘繰りたくなるほど素顔は整っていた。兄であるアレクスは端正で正統派な美形であったが、クロノスも全くひけをとらない。
前世の記憶があり、見た目通りの若い王子とは別の人格があるせいなのか、よく言えばどこか達観しており、穿って見れば人を寄せ付けない食えなさのある男だとは思っていたが……。
(クライスみたいに前世のことなんかパパパーッと忘れていたら、変にこじらせないで全然違う人生だったんじゃないか?)
それこそいじいじといつまでもクライスにこだわってないで、その笑顔や地位他諸々でいくらでも恋人なんかできただろうに……。
他人事ながら納得行かない思いを抱えてもやついていたところで。
外出から帰ってきたクロノスから渡された着替え一式が。
男性用。
サイズはかなり大きめ。誰をイメージして選んだかは一目瞭然。
少なくとも『ルーナ』ではなく、便宜上その兄となっている、ルーク・シルヴァ用に見えた。
(何……? なんでだ? まさかこれは「お前の正体はわかってるぞ」って意思表示か。それとも深い意味は無い? いや無いわけないよな)
ぐるぐる考えたが、わからない。
着替えるべきか? と何度も自問する。
(クライスの交際相手が女性でないと認定された場合、クライスの性別への疑惑が取り沙汰されて迷惑をかけそうだが。他には特に支障がない……? 意味があるなら、探り合うより、あいつの考えにのったほうがいい、か)
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