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第五章 もつれあう前世の因縁
何言ってんの?
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「……なんでこんな短時間に、そういう面白いことになるの?」
唇の端から片頬までひくりとひきつらせたロイドの肩に手を置き、さっと抱き寄せて木の幹の裏に隠れてクロノスは真面目くさった調子で言った。
「様子を見ましょう」
「殿下、面白がってるよね?」
咎める口調のロイドに対し、クロノスは「まさか」と白々しく言い、そっぽを向いた。
その横顔が、笑いをこらえて微かに震えているのを見て、ロイドは溜息をつく。
「殿下~~? あんまり人の悪いことはなしにしようね~~?」
「何を言うんですかロイドさん。オレをなんだと思っているんですか」
こみ上げる笑いのせいで唇がぴくっとしているくせに、あくまで心外そうな声で答えるクロノス。
「どいつもこいつも」
頭痛を覚えたようにうなだれたロイドを、クロノスが片腕で優しく抱きしめる。額が鎖骨にぶつかった。
この体勢はなんだ、と我に返ったロイドは顔を上げたが、クロノスはまったく気づいていない様子で、木の幹から少し離れた位置にいる三人を慎重にうかがっていた。
「危なくなったら止めますから。まずはちょっと楽しみましょう。あ、いえ、様子を見ましょう」
わざとらしく言い間違えてから、ちらりと視線をくれたクロノスは、眼鏡越しに片目を瞑ってにいっと薄い唇をつりあげた。
* * *
間抜け面。
匂い立つような美少女であるところのアゼルは、クライスをそう評した。
クライス自身も、アゼルにそう思われているのを必要以上に自覚している節があった。
強気を保とうとしているようではあったが、傲然とした態度のアゼルを前に明らかに怯み、落ち込んでいる。
「なんで目を離すとすぐに僕の知らないひとといちゃついていたり、クロノス王子とお泊り旅行していたりするかな。僕が修行中に、どんな爛れた日常送っているんだよ……」
恨み言を言う声はぐずついている。
(あらやだ。もしかして魔王、浮気の前科あり?)
思った以上のクライスの落ち込みの理由を察し、アゼルはごく普通にルーク・シルヴァに対して呆れた。この男、こう見えて不実な恋人なのかと。
一方のルーク・シルヴァは、クライスの言っていることに関して、思い当たってはいた。しかし、何が争点なのかはいまいち理解できていない。アンジェラのことは片付いたつもりでほぼ忘れかけていた上に、昨日クロノスと同室に泊まるのも、全員納得していたと思っている。
ゆえに、爛れた日常などまったく身に覚えがない。
怠惰に過ごしている自覚はあるが。
「どうした。何が問題なんだ」
美少女のアゼルが胸を押し付けるように腕にしがみつくのを許したまま、ルーク・シルヴァはいぶかしげに言った。
「……自分がいま何をしているかわかっているのかな」
クライスが押し殺した声で答える。
「『何を』」
ルーク・シルヴァは首を傾げた。
(この男、本気でわかっていない……!)
クライスとアゼルとその場に姿を見せていない傍観者二名の心が完全に一致した瞬間だった。
「僕に説明させる気なの? その……綺麗な子は誰なのかな……」
だんだん声が小さくなり、横を向いてしまったクライス。
ひとえに、アゼルの魔族的な美貌がクライスには直視し難いものであり、なおかつあくまで自分が責めているのは男であって、アゼルではないと考えていたせいだ。アゼルが誘惑したのか、ルーク・シルヴァが恋人がいることを伏せて手を出したのか。
悪いのはどちらなのか。
クライスがぐずぐずと考えているのをよそに、ルーク・シルヴァは「ああ」と納得したように頷いた。
「これはお前の昔の知り合いじゃないのか」
「!?」
いきなりきわどい素性をばらされて、アゼルが息を呑んだ。
(それを言う!? 魔王、それを言う!? そのまま色々辿って行ったらあれが勇者であなたが魔王で殺戮の過去まで明るみに出るでしょう!?)
驚愕のアゼルを差し置き、クライスは「えぇ?」と気の無い声をもらした。
「なにそれ、また? どこかで流行ってるのかな……僕の昔の知り合い詐欺」
「また?」
ルーク・シルヴァに疑問形で先を促され、クライスは淡々とした調子で説明をした。
「うん。さっきもそういう『自称・僕の知り合い』に会ったんだ。色々総合すると前世的な話をしていた気がするけど、何言ってんの? って感じだった。たしかに死んだはずの人しか知らないこと言っていたから、『あーもしかしてこのひとの前世、あのひとなのかな。生まれ変わったのかな』とは思ったんだけど。でも純粋に『今の僕には関係ないひと』だったんだよね」
しん、と辺りが静まり返った。
(この子はこの子で何を言い出したわけ……?)
クライスの思いがけない告白に対し、アゼルは呆然として目を見開いてしまった。
魔王は魔王で「ふうん」と気の無い相槌をしつつ言った。
「前世の知り合いがお前を訪ねてきたと?」
「道端で会った。運命だねって言われたから、運命ってなんですかって言ってきた」
「その相手は今どこに?」
「置いてきちゃったなぁ」
アゼルはルーク・シルヴァを突き飛ばしながら距離を置くと、クライスとルーク・シルヴァの中心に立って喚いた。
「あなたたち、一体なんの話をしているわけ!?」
「前世的な意味で僕の知り合いっていう詐欺の話かな? 詐欺じゃないのかもしれないけど、それ結局今の僕に何か関係ある? っていうか」
聞かれたから答えただけのクライスに対し。
アゼルはなぜか妙にしくしくと痛む胸をおさえて言った。
「聞いてあげなさいよ……。なんで道端に置いてきちゃうのよ……。ていうか誰なのよそのひと」
(もしかして前世的な意味で私やステファノの知り合いだったりするんじゃないの……?)
「誰かは少しだけ思い当たるんだけど……。正直、そのひとがそのひととして僕と過ごした時間よりも、生まれ変わって別の人間として生きた期間の方が長いと思うんだよね。そっちにもちゃんと家族がいる。役割や立場もあるだろうし。だから、べたべたする必要もないかなって」
クライスは近衛騎士であり、第一王子に見込まれる程度には優秀な自覚もある。
王宮内の派閥や闘争に興味はないが、この先まったく無関係でいられるつもりもない。
だとすれば、一番関わる気のない第三王子イカロスに謎の因縁を持ち出され、情に訴えられるのは少し迷惑だなという計算はあった。
一番の理由は、もう思い出となった幼くして死別した片割れの話をされても、現実感がなかったからなのだが。
「お前はその、前世的な話には興味がない、と?」
少しだけ慎重に、ルーク・シルヴァが確認した。
「暇なときだったら付き合うけど、いま修行中だし」
「付き合うって、どう付き合うんだ」
「話を聞く。それ以外に何かできるかな」
「まあ……。話を聞いて相手が納得したらそれで……」
クライスの話運び自体に納得しかけているルーク・シルヴァが同意すると、クライスも頷いた。
「前世の話なんか、暇なときじゃないと無理」
* * *
三人から離れた位置にいるクロノスも、うつむいて胸をおさえていた。
身長差のおかげで、間近な位置から表情がよく見えるロイドはにこにこと笑って言った。
「殿下、しっかり。こんなことで傷ついている場合じゃないでしょ」
「傷ついてなんかいませんよ~~?」
皮肉っぽい調子で言いつつ、クロノスはロイドを抱きしめる腕に力をこめた。
ロイドの頭に顎をのせるようにして、緑の梢を見上げる。
「あ~あ。聞いたことなかったなって思っただけ。他の人からすれば運命でも、あいつにとっては暇潰しでしかないのか……」
(さっきからなんだろうね、これ)
おとなしく抱きしめられながら、ロイドは内心首を傾げる。アゼルがルーク・シルヴァに近づいてみせていたのは、確実にクライスに見せつける意図があったと思うのだが、こちらは恋人の擬態をする必要はないはずなのだが。
どうもクロノスはロイドを抱えていることそのものを忘れているらしい。
「それにしても、クライスに会った前世的な人って誰なんだろう。殿下の昔の仲間で、誰か他にも死んでるの?」
「どうでしょう。アゼルのような消息不明は他にもいますけど……。あいつ、置いてきたって、どこに置いてきたんだ?」
立ち直ったかどうかはさておき、普段通りの理知的な口調を取り戻したクロノス。
腕の力がゆるんだ拍子にロイドは少し距離を置いて、三人の方をのぞきこんだ。
まさにそのとき、今一人そこに見知らぬ人物が近づいてきているのが見えた。
唇の端から片頬までひくりとひきつらせたロイドの肩に手を置き、さっと抱き寄せて木の幹の裏に隠れてクロノスは真面目くさった調子で言った。
「様子を見ましょう」
「殿下、面白がってるよね?」
咎める口調のロイドに対し、クロノスは「まさか」と白々しく言い、そっぽを向いた。
その横顔が、笑いをこらえて微かに震えているのを見て、ロイドは溜息をつく。
「殿下~~? あんまり人の悪いことはなしにしようね~~?」
「何を言うんですかロイドさん。オレをなんだと思っているんですか」
こみ上げる笑いのせいで唇がぴくっとしているくせに、あくまで心外そうな声で答えるクロノス。
「どいつもこいつも」
頭痛を覚えたようにうなだれたロイドを、クロノスが片腕で優しく抱きしめる。額が鎖骨にぶつかった。
この体勢はなんだ、と我に返ったロイドは顔を上げたが、クロノスはまったく気づいていない様子で、木の幹から少し離れた位置にいる三人を慎重にうかがっていた。
「危なくなったら止めますから。まずはちょっと楽しみましょう。あ、いえ、様子を見ましょう」
わざとらしく言い間違えてから、ちらりと視線をくれたクロノスは、眼鏡越しに片目を瞑ってにいっと薄い唇をつりあげた。
* * *
間抜け面。
匂い立つような美少女であるところのアゼルは、クライスをそう評した。
クライス自身も、アゼルにそう思われているのを必要以上に自覚している節があった。
強気を保とうとしているようではあったが、傲然とした態度のアゼルを前に明らかに怯み、落ち込んでいる。
「なんで目を離すとすぐに僕の知らないひとといちゃついていたり、クロノス王子とお泊り旅行していたりするかな。僕が修行中に、どんな爛れた日常送っているんだよ……」
恨み言を言う声はぐずついている。
(あらやだ。もしかして魔王、浮気の前科あり?)
思った以上のクライスの落ち込みの理由を察し、アゼルはごく普通にルーク・シルヴァに対して呆れた。この男、こう見えて不実な恋人なのかと。
一方のルーク・シルヴァは、クライスの言っていることに関して、思い当たってはいた。しかし、何が争点なのかはいまいち理解できていない。アンジェラのことは片付いたつもりでほぼ忘れかけていた上に、昨日クロノスと同室に泊まるのも、全員納得していたと思っている。
ゆえに、爛れた日常などまったく身に覚えがない。
怠惰に過ごしている自覚はあるが。
「どうした。何が問題なんだ」
美少女のアゼルが胸を押し付けるように腕にしがみつくのを許したまま、ルーク・シルヴァはいぶかしげに言った。
「……自分がいま何をしているかわかっているのかな」
クライスが押し殺した声で答える。
「『何を』」
ルーク・シルヴァは首を傾げた。
(この男、本気でわかっていない……!)
クライスとアゼルとその場に姿を見せていない傍観者二名の心が完全に一致した瞬間だった。
「僕に説明させる気なの? その……綺麗な子は誰なのかな……」
だんだん声が小さくなり、横を向いてしまったクライス。
ひとえに、アゼルの魔族的な美貌がクライスには直視し難いものであり、なおかつあくまで自分が責めているのは男であって、アゼルではないと考えていたせいだ。アゼルが誘惑したのか、ルーク・シルヴァが恋人がいることを伏せて手を出したのか。
悪いのはどちらなのか。
クライスがぐずぐずと考えているのをよそに、ルーク・シルヴァは「ああ」と納得したように頷いた。
「これはお前の昔の知り合いじゃないのか」
「!?」
いきなりきわどい素性をばらされて、アゼルが息を呑んだ。
(それを言う!? 魔王、それを言う!? そのまま色々辿って行ったらあれが勇者であなたが魔王で殺戮の過去まで明るみに出るでしょう!?)
驚愕のアゼルを差し置き、クライスは「えぇ?」と気の無い声をもらした。
「なにそれ、また? どこかで流行ってるのかな……僕の昔の知り合い詐欺」
「また?」
ルーク・シルヴァに疑問形で先を促され、クライスは淡々とした調子で説明をした。
「うん。さっきもそういう『自称・僕の知り合い』に会ったんだ。色々総合すると前世的な話をしていた気がするけど、何言ってんの? って感じだった。たしかに死んだはずの人しか知らないこと言っていたから、『あーもしかしてこのひとの前世、あのひとなのかな。生まれ変わったのかな』とは思ったんだけど。でも純粋に『今の僕には関係ないひと』だったんだよね」
しん、と辺りが静まり返った。
(この子はこの子で何を言い出したわけ……?)
クライスの思いがけない告白に対し、アゼルは呆然として目を見開いてしまった。
魔王は魔王で「ふうん」と気の無い相槌をしつつ言った。
「前世の知り合いがお前を訪ねてきたと?」
「道端で会った。運命だねって言われたから、運命ってなんですかって言ってきた」
「その相手は今どこに?」
「置いてきちゃったなぁ」
アゼルはルーク・シルヴァを突き飛ばしながら距離を置くと、クライスとルーク・シルヴァの中心に立って喚いた。
「あなたたち、一体なんの話をしているわけ!?」
「前世的な意味で僕の知り合いっていう詐欺の話かな? 詐欺じゃないのかもしれないけど、それ結局今の僕に何か関係ある? っていうか」
聞かれたから答えただけのクライスに対し。
アゼルはなぜか妙にしくしくと痛む胸をおさえて言った。
「聞いてあげなさいよ……。なんで道端に置いてきちゃうのよ……。ていうか誰なのよそのひと」
(もしかして前世的な意味で私やステファノの知り合いだったりするんじゃないの……?)
「誰かは少しだけ思い当たるんだけど……。正直、そのひとがそのひととして僕と過ごした時間よりも、生まれ変わって別の人間として生きた期間の方が長いと思うんだよね。そっちにもちゃんと家族がいる。役割や立場もあるだろうし。だから、べたべたする必要もないかなって」
クライスは近衛騎士であり、第一王子に見込まれる程度には優秀な自覚もある。
王宮内の派閥や闘争に興味はないが、この先まったく無関係でいられるつもりもない。
だとすれば、一番関わる気のない第三王子イカロスに謎の因縁を持ち出され、情に訴えられるのは少し迷惑だなという計算はあった。
一番の理由は、もう思い出となった幼くして死別した片割れの話をされても、現実感がなかったからなのだが。
「お前はその、前世的な話には興味がない、と?」
少しだけ慎重に、ルーク・シルヴァが確認した。
「暇なときだったら付き合うけど、いま修行中だし」
「付き合うって、どう付き合うんだ」
「話を聞く。それ以外に何かできるかな」
「まあ……。話を聞いて相手が納得したらそれで……」
クライスの話運び自体に納得しかけているルーク・シルヴァが同意すると、クライスも頷いた。
「前世の話なんか、暇なときじゃないと無理」
* * *
三人から離れた位置にいるクロノスも、うつむいて胸をおさえていた。
身長差のおかげで、間近な位置から表情がよく見えるロイドはにこにこと笑って言った。
「殿下、しっかり。こんなことで傷ついている場合じゃないでしょ」
「傷ついてなんかいませんよ~~?」
皮肉っぽい調子で言いつつ、クロノスはロイドを抱きしめる腕に力をこめた。
ロイドの頭に顎をのせるようにして、緑の梢を見上げる。
「あ~あ。聞いたことなかったなって思っただけ。他の人からすれば運命でも、あいつにとっては暇潰しでしかないのか……」
(さっきからなんだろうね、これ)
おとなしく抱きしめられながら、ロイドは内心首を傾げる。アゼルがルーク・シルヴァに近づいてみせていたのは、確実にクライスに見せつける意図があったと思うのだが、こちらは恋人の擬態をする必要はないはずなのだが。
どうもクロノスはロイドを抱えていることそのものを忘れているらしい。
「それにしても、クライスに会った前世的な人って誰なんだろう。殿下の昔の仲間で、誰か他にも死んでるの?」
「どうでしょう。アゼルのような消息不明は他にもいますけど……。あいつ、置いてきたって、どこに置いてきたんだ?」
立ち直ったかどうかはさておき、普段通りの理知的な口調を取り戻したクロノス。
腕の力がゆるんだ拍子にロイドは少し距離を置いて、三人の方をのぞきこんだ。
まさにそのとき、今一人そこに見知らぬ人物が近づいてきているのが見えた。
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