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第一章
プロローグ
「またしても結婚式キャンセルか~。さすがにイリスも怒るだろう」
「いやぁ、あのイリスが怒るわけないだろう」
屋敷へ戻り、執務室へ向かうと、扉がわずかに開いている。
中から、楽しげな笑い声が漏れてきた。
「文句は言うけど、結局は折れる。男爵家の娘だし、言いなりになるしかないもんな」
「あいつ、貴族学院のときからディートリッヒの追っかけだろ?」
くすくすと、嘲るような笑い声。
その中心で──
「イリスは俺を愛しているから問題ない」
ディートリッヒは、穏やかにそう言った。
胸が、静かに裂けた。
「それより、エレノアが怯えている。仲間を集めて、遊びにでも行かないか?ピクニックとか」
「おっ、いいな!」
「エレノアの好きなチーズタルトは外せないだろ。ああ、そうだ。イリスにサンドイッチを作ってもらおう。彼女の料理は家庭的で旨いんだ。エレノアにも食べさせたい。元気になってくれるかもしれないだろ?」
言葉が、刃のように突き刺さる。
「本当、ディートリッヒはエレノアが好きだよな」
「幼馴染みで、初恋の女だもんな」
「まあな」
彼は、ため息交じりに言った。
「でさでさ、あのあとどうしたんだよ」
「ははは。言わなくてもわかるだろ。エレノアに『元婚約者に無理やり乱暴されたから、優しい記憶で上書きしてほしい』なんて言われたら、断れないだろ」
友人たちが下卑た笑いを漏らす。
「あれは『治療』だ」
「お前、最低だな~。イリスも可哀想に~」
「なに、イリスにバレることはない。それに万が一バレたとしても──」
一瞬の沈黙。
「政略結婚だ。野心家のあいつが離れるわけがない」
その声は、あまりにも冷静だった。
「今の暮らしを捨てる女はいない。贅沢を知った女ほど、そうだろう?」
私は、扉の前で立ち尽くしていた。
涙は出なかった。
怒りも、悲しみも、もう形を成していなかった。
ただ、理解した。
──ああ。
私は最初から、どうでもよい存在だったのだ。
愛されていると思い込んでいたのは、私だけ。
その瞬間、胸の奥で、何かが音もなく崩れさった。
『今回が最後だ。誓うよ』
二度目の結婚式をキャンセルした際の言葉だ。
誓いの言葉とは、こんなにも軽いものなの?
いいえ。
ディートリッヒの誓いの言葉は……なんの価値もなかったのだと、私はようやく気がついた。
静かに踵を返し、廊下を歩く。
結婚式は、もう要らない。
この屋敷も、この男も、すべて。
あなたに尽くした私はもういない。
これからは、私は私のために尽くす。
裏切ったのはあなた。
すべてを失うのも、あなたよ。
「いやぁ、あのイリスが怒るわけないだろう」
屋敷へ戻り、執務室へ向かうと、扉がわずかに開いている。
中から、楽しげな笑い声が漏れてきた。
「文句は言うけど、結局は折れる。男爵家の娘だし、言いなりになるしかないもんな」
「あいつ、貴族学院のときからディートリッヒの追っかけだろ?」
くすくすと、嘲るような笑い声。
その中心で──
「イリスは俺を愛しているから問題ない」
ディートリッヒは、穏やかにそう言った。
胸が、静かに裂けた。
「それより、エレノアが怯えている。仲間を集めて、遊びにでも行かないか?ピクニックとか」
「おっ、いいな!」
「エレノアの好きなチーズタルトは外せないだろ。ああ、そうだ。イリスにサンドイッチを作ってもらおう。彼女の料理は家庭的で旨いんだ。エレノアにも食べさせたい。元気になってくれるかもしれないだろ?」
言葉が、刃のように突き刺さる。
「本当、ディートリッヒはエレノアが好きだよな」
「幼馴染みで、初恋の女だもんな」
「まあな」
彼は、ため息交じりに言った。
「でさでさ、あのあとどうしたんだよ」
「ははは。言わなくてもわかるだろ。エレノアに『元婚約者に無理やり乱暴されたから、優しい記憶で上書きしてほしい』なんて言われたら、断れないだろ」
友人たちが下卑た笑いを漏らす。
「あれは『治療』だ」
「お前、最低だな~。イリスも可哀想に~」
「なに、イリスにバレることはない。それに万が一バレたとしても──」
一瞬の沈黙。
「政略結婚だ。野心家のあいつが離れるわけがない」
その声は、あまりにも冷静だった。
「今の暮らしを捨てる女はいない。贅沢を知った女ほど、そうだろう?」
私は、扉の前で立ち尽くしていた。
涙は出なかった。
怒りも、悲しみも、もう形を成していなかった。
ただ、理解した。
──ああ。
私は最初から、どうでもよい存在だったのだ。
愛されていると思い込んでいたのは、私だけ。
その瞬間、胸の奥で、何かが音もなく崩れさった。
『今回が最後だ。誓うよ』
二度目の結婚式をキャンセルした際の言葉だ。
誓いの言葉とは、こんなにも軽いものなの?
いいえ。
ディートリッヒの誓いの言葉は……なんの価値もなかったのだと、私はようやく気がついた。
静かに踵を返し、廊下を歩く。
結婚式は、もう要らない。
この屋敷も、この男も、すべて。
あなたに尽くした私はもういない。
これからは、私は私のために尽くす。
裏切ったのはあなた。
すべてを失うのも、あなたよ。
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