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第二章
番外編 ディートリッヒSide──すべては予定通り
悲鳴が広間に響いた。
ヘレナ皇女の護衛がエレノアを拘束している。
「違う!離しなさい!私は悪くないわ!!」
無駄のない動き。
感情の一切ない制圧。
さきほどまで舞踏会だった空間は、すでに裁きの場へ変わっていた。
「ブランシェット公爵」
ヘレナ皇女の護衛隊長が一歩前へ出る。
「誉れ高きマルシャル帝国皇族への暴力行為、並びに重大な侮辱。現行犯として身柄を拘束いたします」
低く、よく通る声だった。
「処遇は両国王家間の協議にて決定される。異論は?」
沈黙。
公爵は、ゆっくりと頭を下げた。
「……ございません。すべて、皇女のご意思に従います」
その瞬間。
「お父様!?」
エレノアの声が裏返った。
信じられないものを見る顔。
だが、公爵は娘を見なかった。
ただ深く、深く頭を垂れ続ける。
「嫌……嫌よ……」
膝から力が抜け、彼女は床へ崩れ落ちた。
そのときだった。
「俺たちは関係ない!!」
広間の外で騒ぎが起き、怒号が響いた。
会場の扉が開き、ハンスとブルーノがヘレナ皇女の護衛に、拘束されながら入ってきた。
「俺たちはエレノアを助けようとしただけだ!」
「そうだなんだよ!あっ、そうだ。ディートリッヒに言われたんだ!助けてやれって!」
ざわり、と空気が揺れる。
視線が一斉にこちらへ向いた。
俺は、静かに二人を見た。
──悲しそうに見えるように。
次の瞬間、周囲から囁きが生まれた。
「なんてことを……」
「責任を押し付ける気か」
「友人を道連れにするとは……」
同情の視線が、俺へ向けられる。
非難は、二人へ集まっていった。
そんな中、ふと視線を感じる。
ヘレナ皇女だった。
鋭い金の瞳。
すべてを見抜くような視線。
『迷惑料です』
そう囁いて、あの宝石を渡した。
ヘレナ皇女は『……なるほど』と受け取った。
俺はわずかに微笑み、軽く頭を下げた。
皇女は一瞬だけ目を細め、そして視線を逸らした。
追加の迷惑料は必要なさそうだ。
◇◇◇
すべては、予定通りだ。
……少し、派手になったが。
エレノアは自分が舞台の中心だと思っている。
舞台さえあれば、彼女は必ず中央に立つ。
……昔から、そういう女だ。
ハンスとブルーノは単純だ。
『正義』を与えれば暴走する。
俺は何も命令していない。
ただ、背中を押しただけだ。
──『友達』だから、彼らがどこで踏み越えるかが分かる。
「……さて」
俺は踵を返した。
(もう、この劇場に用はない)
「イリスを迎えに行こう」
ようやく、本来の目的へ戻れる。
◇◇◇
翌日。
清々しい朝の光を全身に受ける。
腕の中には宝石箱。
必ずイリスをこの屋敷に連れて帰ってくる。
そう決意して、港へ向かう馬車の扉に手をかけた。
そのとき。
「ディートリッヒ!!」
聞き慣れた声。
門に張り付くハンスとブルーノがいた。
衣服は乱れ、顔色は最悪だった。
「家を追い出された……」
ハンスは子爵家の次男。
長男をサポートするのが世間一般的で、真面目に生きていれば子爵家の加護のもと、不自由のない人生を送れただろう。
「婚約を破棄されたんだ……!」
ブルーノは伯爵家に婿入りする予定だった。
ずいぶん自慢していたのにな。
二人は縋るように言った。
「俺たち、友達だろ?」
「助けてくれよ、ディートリッヒ……」
しばらく沈黙した。
そして、俺は静かに笑った。
「友達?」
二人が頷く。
「……そうか」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「愛するイリスとの結婚式を壊したくせに、君たちは俺の友達なのか?」
二人の顔が固まる。
「伯爵家が没落寸前になったとき、距離をとった君たちが俺の友達なのか?」
答えは返らない。
「安心してくれ」
俺は穏やかに告げた。
「恨んではいない」
一拍置く。
「ただ──」
馬車へ乗り込む。
「友達だったことは、忘れることにする」
御者が手綱を引く。
馬車が動き出す。
後ろで叫び声が上がったが、もう聞こえない。
進む先には港。
そして──
愛しいイリスがいる。
ようやく。
本当にようやく。
彼女を迎えに行ける。
今度こそ。
彼女を失う未来は、存在しない。
──俺が、手放さない限り。
ヘレナ皇女の護衛がエレノアを拘束している。
「違う!離しなさい!私は悪くないわ!!」
無駄のない動き。
感情の一切ない制圧。
さきほどまで舞踏会だった空間は、すでに裁きの場へ変わっていた。
「ブランシェット公爵」
ヘレナ皇女の護衛隊長が一歩前へ出る。
「誉れ高きマルシャル帝国皇族への暴力行為、並びに重大な侮辱。現行犯として身柄を拘束いたします」
低く、よく通る声だった。
「処遇は両国王家間の協議にて決定される。異論は?」
沈黙。
公爵は、ゆっくりと頭を下げた。
「……ございません。すべて、皇女のご意思に従います」
その瞬間。
「お父様!?」
エレノアの声が裏返った。
信じられないものを見る顔。
だが、公爵は娘を見なかった。
ただ深く、深く頭を垂れ続ける。
「嫌……嫌よ……」
膝から力が抜け、彼女は床へ崩れ落ちた。
そのときだった。
「俺たちは関係ない!!」
広間の外で騒ぎが起き、怒号が響いた。
会場の扉が開き、ハンスとブルーノがヘレナ皇女の護衛に、拘束されながら入ってきた。
「俺たちはエレノアを助けようとしただけだ!」
「そうだなんだよ!あっ、そうだ。ディートリッヒに言われたんだ!助けてやれって!」
ざわり、と空気が揺れる。
視線が一斉にこちらへ向いた。
俺は、静かに二人を見た。
──悲しそうに見えるように。
次の瞬間、周囲から囁きが生まれた。
「なんてことを……」
「責任を押し付ける気か」
「友人を道連れにするとは……」
同情の視線が、俺へ向けられる。
非難は、二人へ集まっていった。
そんな中、ふと視線を感じる。
ヘレナ皇女だった。
鋭い金の瞳。
すべてを見抜くような視線。
『迷惑料です』
そう囁いて、あの宝石を渡した。
ヘレナ皇女は『……なるほど』と受け取った。
俺はわずかに微笑み、軽く頭を下げた。
皇女は一瞬だけ目を細め、そして視線を逸らした。
追加の迷惑料は必要なさそうだ。
◇◇◇
すべては、予定通りだ。
……少し、派手になったが。
エレノアは自分が舞台の中心だと思っている。
舞台さえあれば、彼女は必ず中央に立つ。
……昔から、そういう女だ。
ハンスとブルーノは単純だ。
『正義』を与えれば暴走する。
俺は何も命令していない。
ただ、背中を押しただけだ。
──『友達』だから、彼らがどこで踏み越えるかが分かる。
「……さて」
俺は踵を返した。
(もう、この劇場に用はない)
「イリスを迎えに行こう」
ようやく、本来の目的へ戻れる。
◇◇◇
翌日。
清々しい朝の光を全身に受ける。
腕の中には宝石箱。
必ずイリスをこの屋敷に連れて帰ってくる。
そう決意して、港へ向かう馬車の扉に手をかけた。
そのとき。
「ディートリッヒ!!」
聞き慣れた声。
門に張り付くハンスとブルーノがいた。
衣服は乱れ、顔色は最悪だった。
「家を追い出された……」
ハンスは子爵家の次男。
長男をサポートするのが世間一般的で、真面目に生きていれば子爵家の加護のもと、不自由のない人生を送れただろう。
「婚約を破棄されたんだ……!」
ブルーノは伯爵家に婿入りする予定だった。
ずいぶん自慢していたのにな。
二人は縋るように言った。
「俺たち、友達だろ?」
「助けてくれよ、ディートリッヒ……」
しばらく沈黙した。
そして、俺は静かに笑った。
「友達?」
二人が頷く。
「……そうか」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「愛するイリスとの結婚式を壊したくせに、君たちは俺の友達なのか?」
二人の顔が固まる。
「伯爵家が没落寸前になったとき、距離をとった君たちが俺の友達なのか?」
答えは返らない。
「安心してくれ」
俺は穏やかに告げた。
「恨んではいない」
一拍置く。
「ただ──」
馬車へ乗り込む。
「友達だったことは、忘れることにする」
御者が手綱を引く。
馬車が動き出す。
後ろで叫び声が上がったが、もう聞こえない。
進む先には港。
そして──
愛しいイリスがいる。
ようやく。
本当にようやく。
彼女を迎えに行ける。
今度こそ。
彼女を失う未来は、存在しない。
──俺が、手放さない限り。
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