尽くしてきた婚約者に裏切られたので、婚約を解消しました〜彼が愛に気づいたのは、すべてを失ったあとでした〜

ともどーも

文字の大きさ
82 / 82
第二章

エピローグ

 リュミナ湖の水面は、今日も穏やかに光っていた。
 風に揺れる木々の音を聞きながら、私は湖畔にしゃがみ込む。
 目の前には、真珠養殖のために沈められた籠がいくつも並んでいた。
 
「これは……もう少しかな」
 引き上げた貝を手に取り、そっと魔力を流す。
 薄い光が殻の内側を走った。
 
 ライト・スキャン。
 
 鉱山だけではない。
 今ではこうして、真珠の養殖も行っている。
 
 結婚して、半年。
 結婚と同時にクロードはレーヴェン伯爵の爵位を賜り、私たちは王都近くに与えられた屋敷で暮らしている。 
 私はときどきこうして湖へ来ていた。
 
 王女としての務めもある。
 式典や晩餐会、両国をつなぐ仕事も少しずつ増えていた。
 けれど──
 私がいちばん好きなのは、こうして湖や真珠に触れている時間だった。
 
「やっぱり、ここにいたか」
 聞き慣れた低い声に振り返る。
 クロードが立っていた。
 
 王太子殿下の側近としての仕事を終えたのだろう。礼装ではなく動きやすい上着姿で、呆れたように私を見下ろしている。
 
「お帰りなさい」 
「ただいま」
 
 クロードは私の隣にしゃがみ込んだ。
 
「また仕事か」 
「仕事というほど大げさなものじゃないわ」 
「湖に来るたびそう言うな」
 私は思わず笑ってしまう。
「だって、好きなんだもの。こうして育っていくのを見るの」 
「……イリスらしい」
 そう言って、クロードは引き上げた貝を覗き込んだ。
 
「どうだ?」 
「これはもう少し。こっちは……」
 
 そっと貝を開く。
 中にあったのは、小さな真珠だった。
 丸く整ったものではない。
 少し歪で、形も不揃いだ。
 
 でも。
「綺麗」
 
 思わずこぼれた言葉に、クロードが小さく笑う。
「イリスはそういうのが好きだな」 
「ええ」
 私は真珠を指先でそっと転がした。
 
「歪でも、美しいもの」
 
 あの日も、そう思った。
 マルタさんたちが贈ってくれた不揃いの真珠のネックレス。
 
 やり直すチャンスをもらった真珠たち。
 人生は、何度でもやり直せるのだと教えてくれた。
 
 私は今でも時々、そのネックレスを身につける。
 王女の装いには少し素朴かもしれないけれど、私にとってはどんな宝石より大事なものだ。
 
「何を考えている?」 
「幸せだなって」 
「……急だな」
 
 クロードが少しだけ照れたように視線を逸らす。
 結婚して半年たっても、こういうところはあまり変わらない。
 
「だって、本当にそう思ったの」 
 私は笑って言った。 
「遠回りしたけど、ここまで来られたんだなって」
 クロードの手が、そっと私の手に重なった。
「遠回りなんかじゃない。……必要だったんだよ。二人が出会うために」
 私は目を瞬いた。
 
「クロードがそんなこと言うなんて」 
「何だその顔は」 
「少し感動したの」 
「失礼だな」 
 けれど、その口元は笑っていた。
 
 リュミナ湖の向こうから、馬の足音が近づいてきた。
 どうやら王都からの使いらしい。
 
 従者が下馬し、私へ一通の封書を差し出した。
「ポルトリア王国より、王女殿下宛てのお手紙です」
 封蝋を見て、私は少し目を見張る。
 
「パトリシアお義姉様からだわ」
 パトリシア・フォン・ポルトリア第一王女──私の姉となった人からだった。
 
 封を切り、中を開く。
 端正な筆跡が目に入る。
 内容は長くない。
 マルシャル帝国で近く、婚約に関わる式典があるので、必ず出席してちょうだいとのこと。
 それと──
『会って話したいから、式典後に私のもとへ来て』
 私はその一文を見つめ、ふっと息をついた。
 
「何かあったのか?」 
 クロードが静かに聞く。
「ううん。何でもないわ」 
 私は手紙をたたみながら答えた。 
 どこか引っ掛かる気がするが、不思議と怖い気持ちはしなかった。
 
 これから先も、きっと色々なことがある。
 何が起きるかは分からない。
 王女としての役目。
 外交婚姻という立場。
 新しい国、新しい人間関係。
 簡単なことばかりではないだろう。
 
 それでも。
 私はもう知っている。
 人生は、何度でもやり直せることを。
 歪でも、ちゃんと光れることを。
 
「帰ろう」 
 クロードが私に手を差し出した。
 私はその手を取る。
 湖に目をやると、湖面に夕陽が広がっていた。
 
 柔らかな光が水に揺れ、まるで無数の真珠のようにきらめいている。
 
「綺麗ね」 
「ああ」
 隣に並んだクロードが、私の手を握る。
 その温もりが、じんわりと心に広がっていく。
 
「未来に何があっても」 
 私は湖を見つめたまま言った。 
「きっと大丈夫」
 クロードが私を見る。
「どうしてそう思う?」 
「クロードがいるから」
 一瞬、クロードが言葉を失ったように目を瞬かせた。
 それから、困ったように笑う。
 
「……反則だな」 
「何が?」 
「イリスは時々、平然とそういうことを言う」
 私はくすりと笑った。
 
 湖の風が、静かに吹き抜ける。
 遠回りした人生も、柔らかく光っていくように。
 私たちは手をつないだまま、ゆっくりと歩き出した。
 
 これから先もきっと、色々なことがあるだろう。
 それでも──
 この人と一緒なら、きっと大丈夫だ。

 リュミナ湖の水面が、夕陽を受けて静かに輝いていた。
 まるで、不揃いの真珠のように。

 fin


───────────────────
あとがき

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 皆様の応援のおかげで、『HOTランキング一位』『人気ランキング一位』をいただくことができました。
 また、たくさんの感想をいただき、毎日嬉しく、楽しく拝読していました。
 本当にありがとうございました!

 誤字報告を承認不要でご指摘くださった皆様にも、心より感謝申し上げます。
 作品への愛あるコメントばかりで、掲載できないのが惜しいほどでした。

 もしこの作品を少しでも面白いと思っていただけましたら、♥️評価やお気に入り登録をしていただけると、とても励みになります。

 次回作も楽しんでいただけるよう、全力で頑張ります。
 またお会いできることを願っています。
感想 289

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(289件)

太真
2026.03.22 太真
ネタバレ含む
2026.03.22 ともどーも

悪役たちはちょっとやり直せないぐらいにやらかしてしまいましたけど、多くの人はやり直せますよ( ̄∇ ̄)

いつもコメントありがとうございました😊😊😊

解除
ひらめすき
2026.03.22 ひらめすき
ネタバレ含む
2026.03.22 ともどーも

丁寧かつ嬉しい言葉をたくさん、ありがとうございます😊😊😊

真珠工場のおばちゃんたちはとっても大好きなキャラクターたちです(*´∀`*)
作業場のシーンは楽しくて最速で書き終わったような記憶があります( ̄∇ ̄)
モデルは、私が人生で出会った尊敬する恩人たちの集合体、といったところですかね🤔
「◯◯さんだったらこんなときなんて言うかなあ?」なんて考えながら書いてました🤭

作者冥利に尽きる言葉をいっぱい、ありがとうございました😊
また次回作でお会いできるよう、精進して参ります💪🏻

解除
ひろパパ
2026.03.21 ひろパパ
ネタバレ含む
2026.03.21 ともどーも

最後まで応援ありがとうございました😊😊😊
500年後、転生したディートリッヒが……((((;゚Д゚)))))))

解除

あなたにおすすめの小説

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

愛される女と利用される女 ~すぐ怪我する義妹と心配する王子、私はお見合いで何を見せられているのでしょうか~

夢窓(ゆめまど)
恋愛
スミッシィ公爵家のひとり娘ハーミヤは、王太子のお見合い相手に選ばれた。 しかし何度会っても、会話は天気と花だけ。毎回、王子の義妹が怪我をして乱入してお見合いは、途中で終わる。 断ったはずのプロポーズ。サインしていない婚約書類。気づけば結婚式の準備だけが、勝手に進んでいた。 これは、思い込みの激しい王子と、巻き込まれた公爵令嬢の話。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

愛を選んだ夫と離縁しました。本物の聖女である私は娘と南国で暮らします

藤原遊
恋愛
夫である王太子は、愛する令嬢を「聖女」だと宣言しました。 世襲聖女として国を守り続けてきた私と、まだ幼い娘がいるにもかかわらず。 離縁を告げられた私は、静かに頷きます。 聖女の務めも、王妃の座も、もう十分です。 本物の聖女がいなくなった国がどうなるのか—— それは、私の知るところではありません。 娘を連れて南国へ移住した私は、二度と王都へ戻らないと決めました。 たとえ、今さら国が困り始めたとしても。

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。