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第1話:限りなくBに近いA、あるいは不条理な鎮魂
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探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』
第1話:限りなくBに近いA、あるいは不条理な鎮魂
第1章:廃病院と未確認の特異点
午前二時半。
『旧・飯島総合病院』の三階廊下は、結露が天井から滴るほどの湿気に満ち、
カビと腐敗臭が五感に粘りつく。この悪臭と陰鬱な気配こそが、
この場所が「強力な残留情動の貯蔵庫」である証だった。
「ひっ、うぅ……帰ろう、ユウキくん。もう限界だよ、この匂い……」
ミステリー作家兼探偵の久我奏太は、恐怖と吐き気で膝を震わせていた。
相棒の大学生ユウキはいつも通り妙に優雅な口調で言う。
「工事業者が続々と戦線離脱してるんですから、放置できませんよ。医療モールに改装する計画、頓挫寸前です」
久我は目を潤ませながら叫ぶ。
「それは知ってる!でも、なんで僕らなんだよ!」
「簡単ですよ」
ユウキはニコリと笑った。
「ここで起きてる怪異は“女性の霊”が中心と判断されてます。それに干渉できるのは――」
親指が迷いなく、久我の右手を指した。
「霊体の胸部だけ触れる男、久我奏太以外にはいない」
「やめろその説明!!」
久我は顔を真っ赤にする。
「依頼主の常務が言ってましたよ。『安くて確実な除霊を頼む』って。つまり、予算の都合で我々が来たんです!」
「安いのかよ僕らの命!!」
だがユウキは表情一つ変えずに続けた。
「久我さんの“呪われた右手”――霊的波動の集中する胸部に限定して干渉可能という事実。これが、今回の依頼の核心的な実験フェーズですよ」
ユウキは、まるで美術品の鑑定でもするかのように優雅な動作で、片目の特殊暗視装置(ゴーストサイト)のダイヤルを調整している。このサイトは、霊体の微細なエネルギー波動を低周波の残像として捉えることができた。
「我々が今ここにいるのは、霊体そのものの『物理的干渉可能性』を検証するためです。久我さんの『呪われた手』以外に、このデータの核を解析し、真の鎮魂を完了させる術はない」
ユウキは冷静に続ける。
「久我さんの能力は、霊的波動の集中する部位、つまり『女性の胸部』にのみ、限定的な接触が可能であるとされています。しかし、これはあくまで推論。霊体そのものに触れた例は過去に存在しない。今回、貴方が霊体の『情動の核』に触れることができるかどうか。それは、オカルト探偵史上初の試みとなるわけです」
久我は激しく抗議する。
「だから! 触れるかどうかも分からない幽霊の胸に、僕の手が干渉するなんて、誰が保証できるんだ!? もし触れなかったら、そのまま霊体に取り憑かれて終わりじゃないか!」
彼の全身の皮膚は粟立っていたが、霊の姿は全く見えない。この「触れる部位の限定」と「視覚の欠如」こそが、久我に課せられた、あまりに不条理な呪いだった。
ズズズ……ズリュ……。
湿った雑巾を引きずるような、粘着質な不快音。久我の直感は、それが「殺意」の塊であることを告げていた。
「ヒィッ! ユウキくん、来た! 強い冷気の塊がこっちに来てる!」
ユウキはスコープ越しにターゲットの軌道を捉え、指示を出す。
「久我さん、ターゲットは今、貴方から見て真正面です。廊下の天井に貼り付いていますが、間もなく降下しますよ。恐怖を、探究心に変えてください」
殺意のベクトルが真上から降下してくるのを感じ、久我はもはやパニック状態で、右手を突き出した。
「うわあああああ! 触る、触らない以前の問題だァァ!!」
第2章:まさかの誤爆と、不条理な感触
「久我さん。右手を、ターゲットの情動の核へ」
ユウキの冷徹な声が、久我の理性を上書きする。突き出した右手が、吸い込まれるように虚空へと伸びた。
バシィッ!!
乾いた打音が響いた。 久我の右手は、冷たい、しかし硬質な「何か」を鷲掴みにしていた。
「……ぐわぁ!?」
久我は目を見開く。見えない。だが、信じられないことに、確かに触れている。
「な、なんだこれ! 硬いぞ! 霊体じゃないのか!? しかし読み取れない!」
恐怖の中、指先に意識を集中させるが、情動の残滓は一切流れ込んではこない。ただ冷たく、滑らかな感触だけがある。
「ユウキくぅーん! 何だこれぇ! どうやら胸みたいだが、硬くてツルツルしてる! 何の情動も流れてこないぞ!」
久我は懐中電灯の光をそちらに向け、恐る恐る目を凝らす。
暗闇に浮かび上がったのは、眼球のない、無表情な女性の顔。そしてその胸部には、内臓がリアルに描かれたプラスチックのパネルがあった。
「ひ、ひぎゃああああん! 女性用人体模型ィィ!?」
久我は激しく震えながら、すぐさま右手を離した。
「失礼。スコープの微調整に僅かな誤差が出たようです。ターゲットは模型の隣。さあ、久我さん、ターゲットが接近しています。貴方の背後、二メートルの地点です」
「な、後ろだと!?」
久我は飛び上がり、再び前に向かって手を突き出した。
「ユウキくん、右手を前に! どこにいるんだ!」
ユウキはスコープでターゲットの位置を測定し、指示を出す。
「そのままです。少しだけ右。はい、もう少しです。そのままの体勢で、前に四十五度、手を伸ばしてください」
久我は泣きながら、ユウキの指示通りに、見えない空間を探索する。右、少し前、四十五度……。
むにゅ、ぐにゅ。
乾いた打音ではない。水に指を沈めたような、湿った、しかし確かな弾力を持った何かを、久我の右手は鷲掴みにしていた。
「……ひっ!?」
久我は目を見開く。見えない。だが、信じられないことに、今度は確かに掴んでいる。
「ゆ、ユウキくん! 今度こそ触れた! 冷たい! だけど、さっきの模型とは全然違う感触だ! 人間の、皮膚の、奥にある……!」
久我は感触に戸惑いながら、実験の成功と、その不条理な感触に戦慄した。
「……すごい柔らかいぞ……嘘だろ……」
ユウキはタブレットに解析画面を表示させながら、久我の独り言を聞き逃さなかった。
「おや、久我さん。解析前から非常に高い評価ですね。やはり貴方の右手の干渉は、霊体の『情動の核』に集中するよう調整されている。そして干渉部位は、胸部に限定されている。霊力学的に極めて興味深い」
久我はハッと我に返り、顔を青くした。
「ち、違う! 今のは、その、解析のための初期評価だ! 貴様は録音するな! なにが霊力学だ、変なこと言うな!」
恐怖と混乱の中、久我は掴んだ感触のある部分から指を横にずらしてみた。
「……スカ。何も触れない。やっぱり胸だけだ! 幽霊なのに!」
久我は観念した。再び右手を、確かな感触のある部分に深く集中させる。
もにゅ。くにゅん。
その瞬間、久我の頭の中に、甲高く、悲鳴のような女性の声が直接響いた。
『ア……アッ……ちょ、待っ……そんな、激シク……そこ、ダメェッ♥』
「し、静かに! 今、読み取っているんだ!」
ユウキは久我の独り言を聞きながら、冷静にタイマーを起動した。
第3章:限りなくBに近いAという奇跡
解析が進み、久我は霊と直接対話した。
『ヤメて! 私の胸を揉むな! 気持ち悪い!』 「うるさい! 早く未練を吐き出せ! 僕だって好きでこんなことしてるんじゃない!」 『わ、分かったわよ……! 私は……私は恥ずかしかったの……!』
久我はカッと目を見開いた。
「見えた……!!」
久我はパッと手を離し、尻餅をついたまま後ずさった。 冷たい気配が和らぎ、代わりに、心底恥ずかしがっている情動の波動だけが久我を包む。
「……ユウキくん、分かったよ。彼女がここに留まっている理由が。そして、我々の鎮魂の目的が、何であるかも」
ユウキは神妙な面持ちでタブレットにメモを取る。
「彼女は、この病院の医療事務員だった。翌日の合コンのために、勤務後の休憩室で『奇跡の盛りブラ』を試着中に心臓が停止した。未練は、『この職場で、盛りブラ姿の自分が死体として発見されるのが、死ぬほど恥ずかしかった』という一点だ」
久我は優しく、見えない霊に語りかけた。
「安心してください。僕が触れた感触……僕の『右手』は嘘をつかない」 『ホント?』 「ああ。僕が保証する。貴女の胸は、パットやワイヤーで虚飾されたものより、遥かに繊細で、美しい弾力だった」 『……!』 「限りなくBに近いAだ。それは、貴女が誇っていいサイズだ」
『う、嘘でも嬉しい……ありがとう、変態の探偵さん……』
久我の頭の中から霊の声が消え、同時に冷たい気配が急激に薄れていった。
エピローグ:蘇生と現行犯
「おや、情動が完全に消失しましたね。鎮魂成功です、久我さん。そして、貴方の『物理干渉可能性』の仮説も見事に証明された」 「やった……! 助かったぁ……」
久我は安堵のあまりへたり込む。 しかし、霊の気配が完全に消えた直後――。
ドクンッ!!
強烈な心音が響き、廃墟の床を振動させた。
「……え?」
久我の視界に、生身の女性が倒れていた。血色が戻り、止まっていた心臓が力強く鼓動を再開している。
「ぶはっ!!! げほっ、げほっ!!」
女性は猛烈な勢いで咳き込み、空気を吸い込んだ。
ユウキは冷静に女性の脈を測り、スコープを外した。
「久我さん、やりましたね! 貴方の熱情的なマッサージと魂の肯定がショックを与え、まさかの蘇生に成功したようです!」 「そんなバカな! 僕は『触れるか不明な霊体』に触れていたんだ! 生身の女性に触ったんじゃない!」
女性は上半身を起こし、久我を見た。
「あの……さっきの言葉……ホントですか? 私、このままでもイケますか?」
久我は引きつった笑顔で後ずさる。
「え、あ、いや、それは……」
「責任……取ってくださいね? 探偵さん♥」
ユウキは久我の肩を叩き、満面の笑みを浮かべた。
「おめでとうございます、久我さん。人命救助です。同時に、現行犯でもありますが、これで残留思念は消えましたので、依頼は完了です」 「依頼は完了だけど僕の人生は未完了だ! 逃げるぞ!」
廃病院の廊下を、心臓蘇生した女性に追いかけられ、慇懃無礼な相棒に笑われる久我奏太の悲鳴がこだました。
今回の事件、これにて(物理的に)解決である。
第1話:限りなくBに近いA、あるいは不条理な鎮魂
第1章:廃病院と未確認の特異点
午前二時半。
『旧・飯島総合病院』の三階廊下は、結露が天井から滴るほどの湿気に満ち、
カビと腐敗臭が五感に粘りつく。この悪臭と陰鬱な気配こそが、
この場所が「強力な残留情動の貯蔵庫」である証だった。
「ひっ、うぅ……帰ろう、ユウキくん。もう限界だよ、この匂い……」
ミステリー作家兼探偵の久我奏太は、恐怖と吐き気で膝を震わせていた。
相棒の大学生ユウキはいつも通り妙に優雅な口調で言う。
「工事業者が続々と戦線離脱してるんですから、放置できませんよ。医療モールに改装する計画、頓挫寸前です」
久我は目を潤ませながら叫ぶ。
「それは知ってる!でも、なんで僕らなんだよ!」
「簡単ですよ」
ユウキはニコリと笑った。
「ここで起きてる怪異は“女性の霊”が中心と判断されてます。それに干渉できるのは――」
親指が迷いなく、久我の右手を指した。
「霊体の胸部だけ触れる男、久我奏太以外にはいない」
「やめろその説明!!」
久我は顔を真っ赤にする。
「依頼主の常務が言ってましたよ。『安くて確実な除霊を頼む』って。つまり、予算の都合で我々が来たんです!」
「安いのかよ僕らの命!!」
だがユウキは表情一つ変えずに続けた。
「久我さんの“呪われた右手”――霊的波動の集中する胸部に限定して干渉可能という事実。これが、今回の依頼の核心的な実験フェーズですよ」
ユウキは、まるで美術品の鑑定でもするかのように優雅な動作で、片目の特殊暗視装置(ゴーストサイト)のダイヤルを調整している。このサイトは、霊体の微細なエネルギー波動を低周波の残像として捉えることができた。
「我々が今ここにいるのは、霊体そのものの『物理的干渉可能性』を検証するためです。久我さんの『呪われた手』以外に、このデータの核を解析し、真の鎮魂を完了させる術はない」
ユウキは冷静に続ける。
「久我さんの能力は、霊的波動の集中する部位、つまり『女性の胸部』にのみ、限定的な接触が可能であるとされています。しかし、これはあくまで推論。霊体そのものに触れた例は過去に存在しない。今回、貴方が霊体の『情動の核』に触れることができるかどうか。それは、オカルト探偵史上初の試みとなるわけです」
久我は激しく抗議する。
「だから! 触れるかどうかも分からない幽霊の胸に、僕の手が干渉するなんて、誰が保証できるんだ!? もし触れなかったら、そのまま霊体に取り憑かれて終わりじゃないか!」
彼の全身の皮膚は粟立っていたが、霊の姿は全く見えない。この「触れる部位の限定」と「視覚の欠如」こそが、久我に課せられた、あまりに不条理な呪いだった。
ズズズ……ズリュ……。
湿った雑巾を引きずるような、粘着質な不快音。久我の直感は、それが「殺意」の塊であることを告げていた。
「ヒィッ! ユウキくん、来た! 強い冷気の塊がこっちに来てる!」
ユウキはスコープ越しにターゲットの軌道を捉え、指示を出す。
「久我さん、ターゲットは今、貴方から見て真正面です。廊下の天井に貼り付いていますが、間もなく降下しますよ。恐怖を、探究心に変えてください」
殺意のベクトルが真上から降下してくるのを感じ、久我はもはやパニック状態で、右手を突き出した。
「うわあああああ! 触る、触らない以前の問題だァァ!!」
第2章:まさかの誤爆と、不条理な感触
「久我さん。右手を、ターゲットの情動の核へ」
ユウキの冷徹な声が、久我の理性を上書きする。突き出した右手が、吸い込まれるように虚空へと伸びた。
バシィッ!!
乾いた打音が響いた。 久我の右手は、冷たい、しかし硬質な「何か」を鷲掴みにしていた。
「……ぐわぁ!?」
久我は目を見開く。見えない。だが、信じられないことに、確かに触れている。
「な、なんだこれ! 硬いぞ! 霊体じゃないのか!? しかし読み取れない!」
恐怖の中、指先に意識を集中させるが、情動の残滓は一切流れ込んではこない。ただ冷たく、滑らかな感触だけがある。
「ユウキくぅーん! 何だこれぇ! どうやら胸みたいだが、硬くてツルツルしてる! 何の情動も流れてこないぞ!」
久我は懐中電灯の光をそちらに向け、恐る恐る目を凝らす。
暗闇に浮かび上がったのは、眼球のない、無表情な女性の顔。そしてその胸部には、内臓がリアルに描かれたプラスチックのパネルがあった。
「ひ、ひぎゃああああん! 女性用人体模型ィィ!?」
久我は激しく震えながら、すぐさま右手を離した。
「失礼。スコープの微調整に僅かな誤差が出たようです。ターゲットは模型の隣。さあ、久我さん、ターゲットが接近しています。貴方の背後、二メートルの地点です」
「な、後ろだと!?」
久我は飛び上がり、再び前に向かって手を突き出した。
「ユウキくん、右手を前に! どこにいるんだ!」
ユウキはスコープでターゲットの位置を測定し、指示を出す。
「そのままです。少しだけ右。はい、もう少しです。そのままの体勢で、前に四十五度、手を伸ばしてください」
久我は泣きながら、ユウキの指示通りに、見えない空間を探索する。右、少し前、四十五度……。
むにゅ、ぐにゅ。
乾いた打音ではない。水に指を沈めたような、湿った、しかし確かな弾力を持った何かを、久我の右手は鷲掴みにしていた。
「……ひっ!?」
久我は目を見開く。見えない。だが、信じられないことに、今度は確かに掴んでいる。
「ゆ、ユウキくん! 今度こそ触れた! 冷たい! だけど、さっきの模型とは全然違う感触だ! 人間の、皮膚の、奥にある……!」
久我は感触に戸惑いながら、実験の成功と、その不条理な感触に戦慄した。
「……すごい柔らかいぞ……嘘だろ……」
ユウキはタブレットに解析画面を表示させながら、久我の独り言を聞き逃さなかった。
「おや、久我さん。解析前から非常に高い評価ですね。やはり貴方の右手の干渉は、霊体の『情動の核』に集中するよう調整されている。そして干渉部位は、胸部に限定されている。霊力学的に極めて興味深い」
久我はハッと我に返り、顔を青くした。
「ち、違う! 今のは、その、解析のための初期評価だ! 貴様は録音するな! なにが霊力学だ、変なこと言うな!」
恐怖と混乱の中、久我は掴んだ感触のある部分から指を横にずらしてみた。
「……スカ。何も触れない。やっぱり胸だけだ! 幽霊なのに!」
久我は観念した。再び右手を、確かな感触のある部分に深く集中させる。
もにゅ。くにゅん。
その瞬間、久我の頭の中に、甲高く、悲鳴のような女性の声が直接響いた。
『ア……アッ……ちょ、待っ……そんな、激シク……そこ、ダメェッ♥』
「し、静かに! 今、読み取っているんだ!」
ユウキは久我の独り言を聞きながら、冷静にタイマーを起動した。
第3章:限りなくBに近いAという奇跡
解析が進み、久我は霊と直接対話した。
『ヤメて! 私の胸を揉むな! 気持ち悪い!』 「うるさい! 早く未練を吐き出せ! 僕だって好きでこんなことしてるんじゃない!」 『わ、分かったわよ……! 私は……私は恥ずかしかったの……!』
久我はカッと目を見開いた。
「見えた……!!」
久我はパッと手を離し、尻餅をついたまま後ずさった。 冷たい気配が和らぎ、代わりに、心底恥ずかしがっている情動の波動だけが久我を包む。
「……ユウキくん、分かったよ。彼女がここに留まっている理由が。そして、我々の鎮魂の目的が、何であるかも」
ユウキは神妙な面持ちでタブレットにメモを取る。
「彼女は、この病院の医療事務員だった。翌日の合コンのために、勤務後の休憩室で『奇跡の盛りブラ』を試着中に心臓が停止した。未練は、『この職場で、盛りブラ姿の自分が死体として発見されるのが、死ぬほど恥ずかしかった』という一点だ」
久我は優しく、見えない霊に語りかけた。
「安心してください。僕が触れた感触……僕の『右手』は嘘をつかない」 『ホント?』 「ああ。僕が保証する。貴女の胸は、パットやワイヤーで虚飾されたものより、遥かに繊細で、美しい弾力だった」 『……!』 「限りなくBに近いAだ。それは、貴女が誇っていいサイズだ」
『う、嘘でも嬉しい……ありがとう、変態の探偵さん……』
久我の頭の中から霊の声が消え、同時に冷たい気配が急激に薄れていった。
エピローグ:蘇生と現行犯
「おや、情動が完全に消失しましたね。鎮魂成功です、久我さん。そして、貴方の『物理干渉可能性』の仮説も見事に証明された」 「やった……! 助かったぁ……」
久我は安堵のあまりへたり込む。 しかし、霊の気配が完全に消えた直後――。
ドクンッ!!
強烈な心音が響き、廃墟の床を振動させた。
「……え?」
久我の視界に、生身の女性が倒れていた。血色が戻り、止まっていた心臓が力強く鼓動を再開している。
「ぶはっ!!! げほっ、げほっ!!」
女性は猛烈な勢いで咳き込み、空気を吸い込んだ。
ユウキは冷静に女性の脈を測り、スコープを外した。
「久我さん、やりましたね! 貴方の熱情的なマッサージと魂の肯定がショックを与え、まさかの蘇生に成功したようです!」 「そんなバカな! 僕は『触れるか不明な霊体』に触れていたんだ! 生身の女性に触ったんじゃない!」
女性は上半身を起こし、久我を見た。
「あの……さっきの言葉……ホントですか? 私、このままでもイケますか?」
久我は引きつった笑顔で後ずさる。
「え、あ、いや、それは……」
「責任……取ってくださいね? 探偵さん♥」
ユウキは久我の肩を叩き、満面の笑みを浮かべた。
「おめでとうございます、久我さん。人命救助です。同時に、現行犯でもありますが、これで残留思念は消えましたので、依頼は完了です」 「依頼は完了だけど僕の人生は未完了だ! 逃げるぞ!」
廃病院の廊下を、心臓蘇生した女性に追いかけられ、慇懃無礼な相棒に笑われる久我奏太の悲鳴がこだました。
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