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2月
21(最終話)
しおりを挟む翌日、夜。
この日、松井の車で帰宅した知佳はまず着替え、この後訪問してくる予定の恋人に備えて化粧直しをした。
「ふー……あ、念のため…」
彼は狼ではないがキスハグは当たり前にするだろう…知佳は着たばかりのパーカーから一旦腕を抜いて肩まで持ち上げ、汗拭きシートで脇や首元、胸の下を拭う。
「…胸とかまた触られるかも…汗臭くないかな…」
さすがに千早の家に連泊はできず昨日は自宅へ送り届けてもらい、今日は当初の予定通り松井の車に乗せてもらった。
仕事上の規則だし咎められる謂れは無い、知佳は千早を説得して無理矢理認めさせたのだった。おかげで千早はメールの文面にも不機嫌を分かりやすく滲ませており、彼女は内心「面倒くさいな」と思っている。
来て早々口論になったりしたら嫌だな、しかも泊まるつもりは無いようだが、雰囲気に任せてセックス未満の行為をさせられたりしたらどうしよう…と知佳の妄想も絶好調に捗っていた。
「まぁ生理中だからナイか、ふー…ん…ムダ毛…んー…」
知佳が各所を念のため確認していると、聞き慣れたバイクのエンジン音がして部屋の前の駐車場で止まる。
「あ、来た…」
何度訪問を受けてもこの瞬間はドキドキして堪らない。きっとあの夜の…告白された夜の記憶が呼び起こされるからなのではないだろうか。
「こんばんは…チカちゃん、無用心やで」
「こんばんは…そうかな」
なら家主に断りもなくドアノブを回さなければいいのに、無施錠だからといってそのま入ってきた千早へ知佳は少し惚けて返した。
今夜の夕飯は炊きたてご飯とテイクアウトの牛皿、千早が買ってきてくれたものをコタツへ並べる。
知佳は青と赤の揃いのマグカップを出して麦茶を注ぎ、丼に盛った白米の上へ牛皿を乗せ替えて仲良くいただきますをした。
「美味しい」
「やっばり牛やな」
「今は節約で鶏もよく食べますけど…牛は別格ですよねぇ」
二人は口々に牛肉を讃え、店内飲食ばりのスピードでペロリと平らげる。
「ごちそうさま……なんや急いでまうな、」
「ごちそうさまです…冷めたら嫌ですもん…あ、コーヒー淹れますね」
「おー、嬉しいね」
これはカップルっぽいな、知佳はシチュエーションに浸りながら湯を沸かした。
「コーヒーメーカーもあれば便利ですけど…ひとりだと持て余すんですよね」
「んー……同棲でもしたら買おか、」
「あ、そんな、先のことを…」
匂わせたようで端なかった、知佳は回収したマグを洗ってドリップコーヒーをセットしお湯を注ぐ。
「お砂糖とミルクは入れます?」
「ブラック…いや、砂糖を少し」
「はーい」
知佳は赤のカップへ料理用の砂糖をひとさじ落とし、牛乳パックから直にミルクを注いだ。
「…豪快やな」
「スティックシュガーとか切らしてて…この前千早さんにお出ししたのが最後で。千早さんはもうお客様じゃないからこれで許して下さい」
そう言って知佳は青のカップへ砂糖をさじの半分ほど入れて落とす。
「ええよ、飾らんな…意識低い系」
「反論できないや……あっ、と……千早さん、」
ぱたぱたと寝室へ入って、知佳は赤い包み紙の箱を携えて戻って来た。
「あの…好みが分かんなかったから…形に拘っちゃって…ダメだったら私食べますから、あの」
「そない保険張らんでええから…ん、ちょうだい」
「は、い、どうぞ…」
きちんと両手で差し出すのを待って千早は手を出して受け取り、
「おおきになぁ」
と微笑めばその笑顔に知佳はきゅんとハートを射られて静かに悶絶する。
「ぐっ…あ、開けてみて下さい…」
「なにそのリアクション…えらい豪華やね…………お、お?なにこれ…食えんの?」
箱の中身は普段使わないが馴染みのある工具、レンチ・モンキー・ペンチ・スパナ…を模したミルクチョコレートだった。
「もちろんです…精巧にできてますよね。いや、無難な詰め合わせがいいかなとも思ったんですけど…千早さんが貰ったことないような物にしたかったから…」
「へ…よぉできてるな…重いし…1個食うてみよか…モンキー……美味…おもろいなぁ、チカちゃんおおきに、」
「人気らしいんです、神戸のお店のなんですけど…取り寄せまして…ふふ、良かった」
妙なウケを狙ったが滑らなくて良かった、知佳はホッとしてカフェオレを口に含む。
「イベント消化やな、うん」
「良かった良かった」
「あ、義理チョコとか配んの?」
「んー…今年は無いかな…応援と被っちゃったし、異動で入れ替わりあってバタバタしてるし…あげるあげないで差をつけてもいけないし。貰ったら返す、くらいでしょうか……なに?」
この冬は転勤が多発、新しい副店長はどうも威圧的で知佳に限らず印象が悪く…店長をはじめ渡したい管理職もいたが、今回は丸々渡さないことにしたのだ。
最たる理由はそんなところ、しかし千早が求めるのはもっと自分も関わる事情であって欲しかった。
男がじぃと意味ありげに見つめてくるものだから知佳はたじろぐ。
「うん、聴いてるよ」
千早はそう答えてチョコをひと齧り、彼女の肩を強く抱いて文字通りの甘い息を耳に吹き掛けた。
「え、だから…あげ、ない…」
「ちゃうって、俺がどんな答えを待ってるか分かるやろ?な、」
ゴツゴツした手は次第に脇から腰へ降りてきて、腹まで届くその指が知佳のヘソの辺りをくりくりといじり出す。
「あの、あ、ん♡ふ、あの、」
「うん、ハズレたら罰ゲームな」
もう充分に罰ゲーム然とした行いをされている、知佳は困り眉毛で
「…ほ、本命がっ…できたので……義理は…あげません…………あ、合ってます?」
と答え直した。
「正解よ、ん♡ハ…チカちゃん、口開けて、チョコあげる、」
残りのモンキーをくれるのかと思いきや、千早はそれをがじと齧って口に含み、ニィと笑って唇を迎えに行く。
「ぅあ、あ、んフ……ン、あ、ふ…」
「んム」
体温よりもう少し高い口内温でトロリと溶け始めるミルクチョコレート、知佳の口へ移せば歯に舌に塗り付けるように千早は彼女を丸ごと味わった。
「ん、ん…ちはや、さ、……ぷハ…あ………美味しいですね…」
「うん。これ日持ちすんのかな?ちょっとずつ食お…あ、」
「あ…ふふっ!千早さん、ここ、」
「チカちゃんもよ、ひひっ」
二人は子供のように口周りをチョコで汚し、互いに見合って笑った後、ペロペロとさすがに自身で舐め取る。
目を見合わせ綺麗になったと確認して、時計を確認した千早はコーヒーを飲み切ってよいしょと腰を上げた。
「よし……ほんなら帰るわ…ええバレンタインやったよ」
「はい…また明日、ですね」
「うん、次はいつも通り本店で。……着いたら連絡するから…あぁ、ここでええよ、ほなね…ん、」
サンダルを履こうとする知佳を手で止めて、千早はいつものように背を丸めて名残惜しそうに口付ける。
「ん♡……はい、おやすみなさい…気をつけて、ん♡」
「うん、おやすみ……ん、」
さよならのキス、おやすみのキス、おかわりのキス、コーヒーとチョコレート味のキスは3度交わされ、ぽっぽと温もる体で千早はバイクを走らせた。
おしまい
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