愛しけりゃこそ、しとと叩け。—私、あなたを断捨離します—

茜琉ぴーたん

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 マリが銭湯を楽しんでいた同じ日の夜。
「なぁ龍、お前、ゆいちゃんがこっち来たのって、どうやって突き止めた?」
「ん、向こうのご両親に取り入って教えてもらってん。交際してます、言うて」
「うわ、悪い奴やな……おばちゃんは教えてくれんやろな…おじちゃんも心証悪うしたないしな…マリちゃんの行方、調べたいねんけどな、どないしよう?」
太獅は正直に事のあらましを伝え、似たような経験のある弟・龍に知恵を借りていた。
 龍は京都で出会った彼女・唯に対して地道なストーキングと付き纏いで交際に発展させ、兵庫へ転勤した彼女を執念で追い掛けた努力と執念の人である。
 もっとも龍は兄へ話したくて話したわけではない。たいした用も無いのに度々帰省しては出掛けて行くのを不審に思われ、問い詰められて無理矢理に事情を白状せざるを得なかったのだ。
「もう解放してあげや、マリちゃん可哀想やん。浮気ばっかした癖に何で探すねん、バカにしてるやろ」
「マリちゃん以外はオヤツやねん…まぁまぁ…これやるから食えよ……お前やったら、もしこれが唯ちゃんやったら、どないして探す?」
太獅は弟の好物のチーズかまぼこを袋から一本取り出して差し出した。
「んー……会社を辞めてたらお手上げに近いから興信所かな。辞めてなければ…買収する」
「買収…?」
「人を雇って、善良な客を装って尋ねる。『前にいた船丘さんはどこですか?』って。『良くしてもらったから次の店にも通いたい』とかなんとかやり込める」
龍はもっしゃもっしゃとかまぼこを噛み、フィルムに付いたチーズも爪で取って舐めとる。
「家電屋みたいに接客につくタイプの店とちゃうからな…」
「しやったら店員に金を積んで口を割らせる。酒を呑ませてもいい、知ってる人に吐かせる」
「こわ、なぁ龍、お前…ちょっと考えてくれへん?」
残りのかまぼこを袋ごと差し出して、兄は早速弟から買収にかかった。
「……なんでや、嫌や…マリちゃんに嫌われたないよ」
「金ならやるから…動くだけで1万やる!足取りが掴めたら3万や、頼む!」
「本気やな………下調べと計画だけは練ったるよ……失敗しても知らんで?……ちょっと時間もらうで…」
袋を取って覚悟に燃える兄を見遣り、龍は自室へと下がる。



 数日後、龍は兄へマリ探しの計画を披露した。
「ただの転勤かも分からんけど、新店舗のオープニングスタッフっていう線はあれへん?アパレルって若い人ばっかやし店舗数が莫大やろ、マリちゃんの年齢でも店長とか任せられる可能性あるよ、」
「なるほど…」
「ここらで最近オープンしたのが…隣町や、あと県北、まずは既存の近隣に行ってみたら?」
「よし、ほな頼むわ」
「は?さすがに自分で行きなって」
ここまで考えてやっただけでも有り難く思うべきなのに更に人頼みか、龍はしかめっ面を隠しもせずに兄へ向く。
「いや、実は…あの後も休みに元の店行って結構粘ってん。したら近隣店にも網張られたみたいでな、どこ行ってもマリの名前出したら店員の顔が強張りよんねん…」
「……アホなんか。僕の計画を…もー…僕も引っ越し準備とかあるから、ぼちぼちするよ」
「ええよ、すまん……もう俺やと誰も口を開かへんねん…」
 なんて馬鹿で不憫な兄だろう。貴重な休みを兄のために捧げる、普通ならしないことだがここまで情けないと同情さえしてしまう。
「ほんまに……結局手伝うてまうねん…」
 これが人たらしの才能か、と龍は半ば感心し、報奨金がかかっているためそれなりに張り切ったように見えた。



 翌週、龍はとある方法でマリの行方を知り、車で目的地まで向かう。
 市を跨いで走ること20分ほど、工場や古い病院が建ち並ぶ一角の、ピカピカの店舗は周囲の建物から浮いて目立っていた。
「ふー…通り…来たよー…」
 不真面目な兄はもう少し困ればいい、実は龍は今回の調査結果を太獅へすぐに報告する気がない。

 兄弟の恋愛事情なんて本来は積極的に見聞きするものでもないし、どちらかといえば知りたくないものなのだが、兄の女性関係の悪い話は昔から嫌でも耳に入ってくる。龍が中学生の頃には太獅は立派な浮気者に成り下がっており、意地悪な者から「お前、あのヤリチン葉山の弟なんだって?」と揶揄からかわれたりもした。
 高校は京都の附属へ入ったので迷惑は被らなかったが、地元の友人からは定期的に「お兄さんが土下座してた」という目撃情報がリークされていた。
「依頼は依頼…ふん」
 太獅は浮気者だがマリのことは大切にしていた、龍もそのあたりはよく分かっている。昔から彼女を常に優先していたし、時に男らしく守ったり目尻を下げて「可愛い」と褒めそやしたり、仲良く写ったプリントシールを見せびらかしたりと本当に睦じいカップルだったのだ。
 それは浮気をし始めてからマリに逃げられる直前までそうだったはず、ただ彼女は腹の奥で消化しきれないまま溜め込んでいたのだろう。
「浮気はあかんわなぁ、病気かな」
 太獅は先日浮気相手のことを「オヤツ」と表したが、軽んじているわけではなく本当にそうなのだろうと龍は思う。性行為という物に対して無頓着、重きを置いていないから簡単にセックスができるのだろう。
 何を隠そう龍の彼女・唯も元ビッチで、己の性欲と知的好奇心を満たすために男を食っていた。龍もまんまと食われたが使い捨ては嫌だと食い下がり交際に持ち込んだという過去がある。
「唯さんもそうだったもんな…分からんでもないけど…けど浮気はあかんわ」
 車内で粘ること数時間、店舗の明かりが消えて従業員がぞろぞろと出てきたところで龍は闇に目を凝らし、マリの車に続いて敷地からしれっと車を出した。
 県道を走ること10分もなく、簡単な尾行でマリの自宅は割り出せてしまう。
「ふー…ミッションコンプリートだな、」
 その後龍は少し隠密行動をとり、疲れた体で運転して自宅へと戻った。



「おう、遅かったな…なんや掴めたか?」
「まだまだやな、少しずつやるよ」
「頼むで…モヤモヤして…女抱く気にもなれへん」
「はぁ、」
 太獅はしばしば女性のことを「女」と敬意のない表し方をする。しかしこれも女性全体の中からマリが飛び抜けて崇高な存在という扱いであり、浮気相手をけなしているわけではないらしい。つまりはマリが「特上」、その他女性が「並」なのである。
 その大事な大事な彼女が嫌がることを繰り返すのは何故なのか不明だが、今回はさすがに堪えたのかいつもの別れ話とはテンションが違う。家族には文句を言ったり恨み言を吐いたりしているが、一人になると静かに頭とスマートフォンを抱えて貧乏ゆすりをしているし、食事の量が明らかに減った。
 いつか頭を打つとは思っていたがあそこまで消沈している姿は見ていられない…しかし冷静な龍はお年玉のつもりで今日得た情報を提供してやることにする。龍は年明けに引っ越すので、何か太獅がやらかしたとしても自分は巻き込まれずに済む。自分が家を出てからメールにてお知らせしようと算段を立てた。
「寂しい年末年始を過ごしゃええねん…」
 これまで迷惑をかけられたせめてもの腹いせ、龍は力なく腰掛ける太獅を残してリビングを後にする。



『マリちゃん、隣町の新しい店舗におったよ。大学病院筋のとこ。迷惑はかけるなよ』
「へ、そんな近いとこにおったんか…仕事終わりやと閉まってるか…休みに…」
 冬季休業も終わった1月中旬、龍は予定通り兄へマリの居場所を教える画像付きメールを送信した。自宅の住所も知っていたが教えるのは辞めた、弟としても兄が本当に前科者になるのは避けたかったのだ。
「…店内で声かけて騒ぎになるとあかん…でも顔見たいしな…」
土曜まではあと2日、太獅はホームページで店舗の位置を確認して突撃の予定を立てる。
 入り口から覗く、姿を発見、どう声を掛けるか…太獅は部屋でひとりシミュレーションを繰り返した。
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