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しおりを挟むそして土曜日。
満を辞して店に出向くもマリの姿は店内に見えなかった。
「おれへん…休憩か…?」
そのころマリはちょうど裏で本部の者と打ち合わせをしており、太獅と遭遇せずに済んだのだ。
数時間滞在してもアルバイトの交代があってもマリは見えず…ガセネタを掴まされたかと太獅は憤ったが、社員駐車場なる区域には見慣れた軽自動車が停まっている。
「売り場には立たへんのか…責任者なんやろか。ふむ…」
店内には滞在しすぎてもう怪しまれつつある、太獅は一旦コンビニへ離れてトイレを借り食料を調達、再び戻って駐車場で待つことにした。
そして夕方。
連休セールの準備で早出だったマリはいつもよりは早い時間に退勤して店から出てきた。
「………マリちゃん、」
「ッ…きゃあぁ、あ?太ちゃん…もうバレたか…」
マリは目元をひくつかせ、外灯の下で分かりやすく大きく舌打ちをする。
「なんで急に引っ越してん、探したんやで……龍が」
「あんた、龍ちゃんにまた迷惑かけて……はぁー…なんやの?何か用か?」
「何か、って…彼女やねんから、探すやんか…」
疲れのためやさぐれ感の強い彼女へ、太獅はいつもより弱気になりモゴモゴと口籠った。
「あんた自身は動かへんのか?ええ身分やな」
「俺の顔は割れててんもん…元の店行っても教えてもらわれへんし…」
「あっそう…一応動くことはしてんな、フン………もう嫌になってん、浮気されるんも土下座されるんも、それで許してまう自分も。ちょうど転勤の話が来たからうまく乗った、そんだけや。こない早く見つかるとは思えへんかったけどな」
「すまん……マリちゃん、あの…ちょっと痩せたんと違うか?」
「そら…忙しいから…食べん日もあるよ…」
謝罪はスルーするも、伏し目がちになったマリは勢いを失くした太獅へ律儀に答えてしまう。
「あかんて…メシ、食いに行こ、そこファミレスあったやん、奢ったるから…行こ…」
「いや、他人に奢ってもらう謂れはあれへん。やめて下さい」
「他人て…彼氏やんか、マリちゃんは俺の彼女やんか、」
太獅の所々声が掠れる、不眠と不摂生で栄養も足りておらず、風邪も引き始めているのだ。
「よぉ言うわ……一途やったんは最初だけや、」
「ごめん、」
「今さら遅いねん、何べんも言うたのに改心せぇへん…あんた、私を舐めすぎと違う?」
「ごめん…」
「あんたの謝罪には何も感じひん、終いや…もう何の感情もあれへんよ、他人に戻りたい。そんだけや」
目線は合わせず、マリはバッグへ手を入れて車のキーを探る。
顔を見てしまえばまた同じことを繰り返してしまう、それが分かっているからこうするしかない。
「嫌や、マリちゃん…」
「体だけやったらどんどん抱いていきゃ合う人が見つかるやろ、気張りや、」
「マリ」
「私もな、……あんた以外の人とエッチしてん」
運転席のドアを開けて尻から乗り込み、太獅の声に被せるようにマリはまさかの台詞を吐いた。
「……は…?」
「人と人のエッチを比べるんはアホらしいな、しやけど敢えて言うわ。ほんまに大切にしてくれる人とスるんは気持ち良かったわ…あんたよりな、」
「嘘や…俺以外と⁉︎マリちゃん、嘘やろ⁉︎」
目を剥いて痩けた頬に影が入る、太獅は耳を疑う彼女の言葉に愕然とし自分のことは棚に上げて問い詰める。
「ほんまや。この前から付き合い始めてん。結婚を前提としたちゃんとした人や…もう帰って、土下座も響かへんよ」
「は…お、俺と離れてひと月しか経ってへんぞ、そない早く乗り換えんのか、ま、前から浮気してたんか!」
「どの口が言うてんの?次来たら通報すんで。警察のお世話にはなりたないやろ…帰りや、ほなね」
マリはドアを閉めて施錠し、立ちすくむ太獅を置いて駐車場を出た。
「マリちゃんが…俺以外の男と……は…?」
自分は山ほど女の味を知っているというのに、太獅は彼女に言われたことがすんなり理解できず数分はぽかんと立ち尽くしていた。
車に乗り込みぐるぐると巡る想像と妄想、彼女は誰とどのようにまぐわったのか、自分の知らない顔で、声で、それは自分よりも良いセックスだったのか。
そして「結婚を前提に」という言葉がボディーブローのようにじわじわと効いてきて…昼間に腹に収めた栄養補助クッキーを助手席へ派手に吐き戻してしまう。
「ぉえッ……ぅぼッ…ぇ……ま、り…」
取り急ぎティッシュに吸わせて自宅まで戻り、翌日にクリーニングに向かうも車内はしばらく酸っぱい匂いが染み付いて臭かった。
それはマリの指定席だった助手席用のクッションにも吐瀉物が掛かってしまったから、そして彼女の匂いが消えるのが嫌だからと洗うのを躊躇ったという馬鹿な理由からである。
どうにも臭いが彼女の成分は消したくない、太獅は車に乗るたびにこの夜の事を思い出しては項垂れた。
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