愛しけりゃこそ、しとと叩け。—私、あなたを断捨離します—

茜琉ぴーたん

文字の大きさ
7 / 18

7

しおりを挟む

 そして土曜日。
 満を辞して店に出向くもマリの姿は店内に見えなかった。
「おれへん…休憩か…?」
 そのころマリはちょうど裏で本部の者と打ち合わせをしており、太獅と遭遇せずに済んだのだ。

 数時間滞在してもアルバイトの交代があってもマリは見えず…ガセネタを掴まされたかと太獅は憤ったが、社員駐車場なる区域には見慣れた軽自動車が停まっている。
「売り場には立たへんのか…責任者なんやろか。ふむ…」
 店内には滞在しすぎてもう怪しまれつつある、太獅は一旦コンビニへ離れてトイレを借り食料を調達、再び戻って駐車場で待つことにした。


 そして夕方。
 連休セールの準備で早出だったマリはいつもよりは早い時間に退勤して店から出てきた。
「………マリちゃん、」
「ッ…きゃあぁ、あ?太ちゃん…もうバレたか…」
マリは目元をひくつかせ、外灯の下で分かりやすく大きく舌打ちをする。
「なんで急に引っ越してん、探したんやで……龍が」
「あんた、龍ちゃんにまた迷惑かけて……はぁー…なんやの?何か用か?」
「何か、って…彼女やねんから、探すやんか…」
疲れのためやさぐれ感の強い彼女へ、太獅はいつもより弱気になりモゴモゴと口籠った。
「あんた自身は動かへんのか?ええ身分やな」
「俺の顔は割れててんもん…元の店行っても教えてもらわれへんし…」
「あっそう…一応動くことはしてんな、フン………もう嫌になってん、浮気されるんも土下座されるんも、それで許してまう自分も。ちょうど転勤の話が来たからうまく乗った、そんだけや。こない早く見つかるとは思えへんかったけどな」
「すまん……マリちゃん、あの…ちょっと痩せたんと違うか?」
「そら…忙しいから…食べん日もあるよ…」
謝罪はスルーするも、伏し目がちになったマリは勢いを失くした太獅へ律儀に答えてしまう。
「あかんて…メシ、食いに行こ、そこファミレスあったやん、奢ったるから…行こ…」
「いや、他人に奢ってもらう謂れはあれへん。やめて下さい」
「他人て…彼氏やんか、マリちゃんは俺の彼女やんか、」
太獅の所々声がかすれる、不眠と不摂生で栄養も足りておらず、風邪も引き始めているのだ。
「よぉ言うわ……一途やったんは最初だけや、」
「ごめん、」
「今さら遅いねん、何べんも言うたのに改心せぇへん…あんた、私を舐めすぎと違う?」
「ごめん…」
「あんたの謝罪には何も感じひん、終いや…もう何の感情もあれへんよ、他人に戻りたい。そんだけや」
目線は合わせず、マリはバッグへ手を入れて車のキーを探る。
 顔を見てしまえばまた同じことを繰り返してしまう、それが分かっているからこうするしかない。
「嫌や、マリちゃん…」
「体だけやったらどんどん抱いていきゃ合う人が見つかるやろ、気張りや、」
「マリ」
「私もな、……あんた以外の人とエッチしてん」
運転席のドアを開けて尻から乗り込み、太獅の声に被せるようにマリはまさかの台詞を吐いた。
「……は…?」
「人と人のエッチを比べるんはアホらしいな、しやけど敢えて言うわ。ほんまに大切にしてくれる人とスるんは気持ち良かったわ…あんたよりな、」
「嘘や…俺以外と⁉︎マリちゃん、嘘やろ⁉︎」
目を剥いてけた頬に影が入る、太獅は耳を疑う彼女の言葉に愕然とし自分のことは棚に上げて問い詰める。
「ほんまや。この前から付き合い始めてん。結婚を前提としたちゃんとした人や…もう帰って、土下座も響かへんよ」
「は…お、俺と離れてひと月しか経ってへんぞ、そない早く乗り換えんのか、ま、前から浮気してたんか!」
「どの口が言うてんの?次来たら通報すんで。警察のお世話にはなりたないやろ…帰りや、ほなね」
マリはドアを閉めて施錠し、立ちすくむ太獅を置いて駐車場を出た。

「マリちゃんが…俺以外の男と……は…?」
自分は山ほど女の味を知っているというのに、太獅は彼女に言われたことがすんなり理解できず数分はぽかんと立ち尽くしていた。
 車に乗り込みぐるぐると巡る想像と妄想、彼女は誰とどのようにまぐわったのか、自分の知らない顔で、声で、それは自分よりも良いセックスだったのか。
 そして「結婚を前提に」という言葉がボディーブローのようにじわじわと効いてきて…昼間に腹に収めた栄養補助クッキーを助手席へ派手に吐き戻してしまう。
「ぉえッ……ぅぼッ…ぇ……ま、り…」

 取り急ぎティッシュに吸わせて自宅まで戻り、翌日にクリーニングに向かうも車内はしばらく酸っぱい匂いが染み付いて臭かった。
 それはマリの指定席だった助手席用のクッションにも吐瀉としゃ物が掛かってしまったから、そして彼女の匂いが消えるのが嫌だからと洗うのを躊躇ためらったという馬鹿な理由からである。
 どうにも臭いが彼女の成分は消したくない、太獅は車に乗るたびにこの夜の事を思い出しては項垂れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...